2007年03月01日(木) 08時49分-Κ
「運転はぼくがするからどんどん飲んじゃっていいよ」
山田さんが言ったので、そのあとの記憶は実はあまり定かではない。
打ち上げも終わって、駅まで行って解散ということになって、みんなで車に乗り込む。
後部座席に人間を詰め終え、真ん中の座席に乗ろうと思ったとき、運転席に見知らぬ人が座っていることに気づいた。
「え、あの、どなた?」
すでに助手席に座っていた琢磨が振り向く。
「あ、この人は鈴木さん」
「え、でも、運転は山田さんが」
「だからね、君は知らなかったかもしれないけどね」
琢磨の目が真剣になる。
「山田さんはハンドルを持つと人が変わるんだ」
「最近、健介見ないよな」
すると、その場にいたやつらの顔が凍りついた。
「お前覚えてないの?」
「へ、なにを?」
今枝の始終ニヤついている顔が無理にしかめられて近づいてくる。思わず、退く。
「この前、俺の部屋で飲んでたときさ」
「この前っていつ?」
「お前は覚えてないかも知れんけどさ」
「だからいつだよ?」
「酒が足りなくなって、誰かが買いに行くかを決めようってなったじゃん」
「ああ、結局寒いなか俺が買いにいったんじゃん」
「で、あみだくじで決めようってなって」
「そうだっけ?」
「お前が調子に乗って、むちゃくちゃ複雑なの作ったじゃん」
「そんなことあったかなぁ」
「それ以来、スズケン見かけないんだよ」
「どいうこと?」
「迷って出てこれなくなったんだよ」
「紹介するよ、鈴原今日子さんだ。T大の法学部に通ってて、将来の夢は弁護士、成績優秀、スポーツ万能、美人、家は資産家、気立ても良い。一点の曇りもない才女だ」
その説明が気に食わない。
「でも、どこかに欠点はあるはずでしょ」
「今日子さん、こんなこと言ってますけど、どうしやす。やっちまいましょうか」
「だから、どんな玉にも、傷があるはずだよ。それが人間なら、なおさらだ」
「今日子さん、こいつまだ言ってますけど、欠点なんてあるんですか」
「そうね、欠点がないところじゃないかな?」
自分で言うんだ。
「だからさ、そういう、抽象的なやつじゃなくてね」
すると、今まで気づかなかったのだが、今日子の隣にいた、おそらくは今日子の友達であろう、まだ紹介されてない紹介される兆候すらない中の下くらいの女が口を開いた。
「あたし知ってる」
「知恵は黙って……」
「今日子はね、「味噌バター」って言葉を聞くと気が狂うの」
「ほーほっほっほほ、ほーほっほっほっほっほっほ、ほーーーーーほっほっほっほっほっほ、おほ、おほ、おほ、おほほ、おーーーーーーーーーーーほーーーーーほほほっほっほっほっほっほっほっほ、おほほ、おほ、おほ、おほう、うほっほっほっほっほ、おほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほほ、ほほっほっほっほ」
「そうかぁ、完璧な人なんていないんだなぁ」
「そうだなぁ、思わぬところに弱点があるもんだなぁ」
みながしんみりしているところに、知恵がまた口を開いた。
「実はもう一つ、欠点があるの」
みながまた知恵に注目した。
「今日子はああなったら、もう二度と元に戻らないの」
懐かしいやつからの手紙が来た。
山折を最後に見たのは、あの飲み会の帰り、同じ駅まで歩いているときだ。
あまり荒れることのないメンバーで飲んだはずだったんだが、山折は馬鹿だから当然のごとく飲みすぎていた。ふらふらして、ブロックの向こう側に入り込んだブロック崩しの玉のようにブロック塀にぼこぼこぶつかっていった。すると、言わんこっちゃない、道の端っこでうずくまって、もどし始めてしまった。
このときのぼくの行動に間違っていた点があるなら、指摘してみてほしい。ぼくは、少しでも楽にしてやろうと、あいつの背中をさすってやったのだが、結果的にはそれが裏目に出て、逆流のスピードが加速的に上がり、体内のものを排出しすぎたやつは、はじめは少しずつ、次第にまるで落下するように、空に上っていってしまった。
ぼくはすっかり、あいつはお星様になったんだ、とばかり思っていた。
手紙によると、なんでもジェット気流に乗ってアメリカ上空を通過しているところを、親切な科学者たちに拾われて、どこかわからないところの地下室に保護されているらしい。なぜか外出も許可されていないらしく、この手紙も、もし届いたとしたら、みかんの皮の汁で書いてあぶり出しにしなきゃ読めなくしてあるからなのだそうだ。
まったく、親切にそう書いてなかったらぼくにも読めないところだった。
夢野家の血は呪われている。
誰でも、夢の中で夢を見るという経験があるだろう。夢野家の人間は、家系的にその多重夢がはなはだしいのだ。そのせいで、夢野家の双子の兄妹、弥作と菜々子は不幸な末路を遂げた。
菜々子は、何年間も、夢から覚めていない。多重夢がこんがらがりすぎて、帰れなくなったのか、どこかの夢を現実と間違えて、そこで暮らし始めてしまったのか。
弥作は、ある日突然姿を消した。おそらく、目覚めすぎてしまったのだろうと思われる。
うちの近所の、高木さんの犬の名前は「いぬおとこ」という。理由は誰も知らない。
河合南美江はドジッ娘である。
歩き方を間違えるのは常の話で、右手と右足を同時に出すのはまだかわいいほう、この前など、両足を同時に出そうとした。その後両手を同時に振って、前方に見事に倒れた。起き方を間違えて、逆立ちになってしまうこともある。
目覚め方を失敗して、朝起きたら別人になっていることもしばしばである。
ここまでは、正直よく聞く話であろう。だがここからである、河合南美江を世に五万といるであろうドジッ娘たちから、一目置かれる存在にしているのは。
河合南美江の特技、それは「振り返り方を失敗する」という美技である。彼女に、真後ろから話しかけてはならない。彼女は思わず、体を一切回転させず、首だけで振り返ろうとし、しかも無理にそれをやるものだから、必ずや首がふくろうみたいに180度回転し、脊椎を損傷してしまうからだ。
しかしぼくは先日、ある用があって急いでいたものだから、思わずその禁を破ってしまったのだ。
「河合さん!」
そして悲劇は起こった。彼女なりに、自分の悪癖に対処しようとしていたのだろう、彼女は今度は首を一切ねじらず振り返ろうとしたが、やはり彼女の首から下は以前と同様まったく動かず、よって彼女は、人間のからだの構造的には絶対に振り返ることができないようにからだを固定してしまったわけで、何とか動かせるのは目だけだったのだが、その難題を彼女は顔を捻じるという、超構造的な暴挙で解決しようとし、そのため、下顎はほとんど動かず、顎より上部は無理やり回転運動をしようとしたため、まず顎関節が粉砕し、続いて連鎖的に上顎骨、口蓋骨、頬骨、前頭骨、側頭骨、後頭骨、頭頂骨、等に螺旋状の亀裂が走り、その破片が髄膜を切り裂き、脳に突き刺さって、顔は雑巾を絞ったようになり、目、耳、鼻から大量に血を噴出し、その場に崩れ落ちた。
全治三ヶ月の大怪我であった。
ぼくは神社からの帰りの長い階段を降りる途中で、横っちょに生えている桜を見ていた。
こんなところには得ているなんて気が付かなかった、春になったら階段を占拠して、通行人を困らせてみよう、などと考えていたのだ。下のほうで、あいつらががやがや言っている声が聞こえる。一番大きな声は坂本のだ。
「だからさ、『死霊のはらわた』の1だけしか見てないとね、サム・ライミの本質を見誤っちゃうわけで、ちゃんと2とかさ、その間に撮った『XYZマーっと、うわあぁっ!!」
「お、おい坂本!」
「うわ、やべえんじゃない?」
「どうしたの、いったい?」
「坂本が足踏むはずして、転がっていっちまったんだよ」
「それまずいんじゃない? この階段て無茶苦茶長いんでしょ」
「ああ、うわさによると無限に続いてるって話だ」
「マジで?」
「うん、巫女さんがそう言ってた」
「巫女さんが? ていうかお前、おれに勝手に巫女さんに話しかけてんじゃねえよ!」
斉木君は生まれながらの乱暴者だ。ちょっとしたことですぐに頭に血が上り、喧嘩沙汰になる。できれば近寄りたくない人間のひとりだ。
だが、傍らにかれの幼馴染の美倉さんがいれば安心だ。斉木君の頭には金属の輪っかが嵌まっていて、美倉さんがお経を唱えると、その輪っかが食い込んで苦しみ始めるのだ。
どうやら、ありがたいお経の力により、斉木君の頭骸骨が膨らむらしいのだ、理由はよくわからないが。
加藤さんはトラックに轢かれて、頭を強打し、俳人同然となってしまった。
かわいそうに、これからどうやって食っていくのであろうか。
岩清水君は最近母親から真相を聞いた。
「実はお前は代理出産で生まれたんだよ」
「ええ! ということは」
「そう、本当は違う人が生まれてくるはずだったんだよ」
「こっちが下手に出ているうちに、早いとこ立ち退いてもらおうか」
「いやだ、俺のうちを道路になんかさせないぞ!」
「そうじゃなくて、道路の上にお前が勝手に家を立ててんだよ!」
「あああ、勉強してねえから、ぜんぜんわかんねえや。一問も解けそうにない。何が書いてあるのかもよくわからない。自分の名前さえ書けない。あれ、鉛筆ってどうやって持つんだっけ? こんなことなら予復習しとけばよかった。そうだ、質問しよう! でも質問てどうやってすればいいんだっけ? 手を上げるんだっけ、足を上げるんだっけ。それとも土下座するんだっけ。思いださなきゃ、でも思い出すってどうやってやるんだっけ?」
林田君のお父さんは前の大地震のときに、地割れで死んでしまった。地割れの真上にいたために、一緒に真っ二つになってしまったのだ。
喜多野君は、よくは知らないけど、殺人拳の使い手で、その必殺拳を食らうとみんな死んでしまうらしい。何でもその拳を食らうと、経絡秘孔を刺激することにより、体内で伝染力がすさまじく強いウィルスが培養され、それが呼吸によりばら撒かれて、みんな死んでしまうらしい。
小石川君が池に落ちると、女神様が現れ、「あなたが落としたのはこの金の斧ですか、それともこちらの銀の斧ですか?」と聞くものだから正直に「いいえ、私が落としたのはさび付いた鉄の斧です」と答えたら、「正直者のあなたには、この両方をあげましょうと、女神様は言われるのだった。
暴走族の山野田君たちは傍若無人、交通ルールもなんのその、夜の交差点をバイクの集団で、なんとぐるぐる回り始めた。
「いったい何がしたいんだ?」
「た~つまきを、作るんだい!」
柳田君の悩みは、足が短いこと、普通に立っていても足が地面に届かない。
ジョニーが、波打ち際に倒れていたのを見つけたのは二週間前、ぼろぼろになった船員服を着て、記憶も何もかも無くしてしまっていた。顔がジョニーっぽかったので、ジョニーと名づけられた。どこから来たのか、どこへ行こうとしていたのか、どうして波の出るプールになんか流れ着いたのかを訊こうとしても、頭を抱えるばかりだ。
「はい、こちら救急センター、いったいどうされましたか」
「大変なんです、い、妹がUFOにさらわれました!」
「落ち着いてください、落ち着いて何がおきたかを話してください」
「だ、だから、妹がUFOに」
「呼吸はありますか?」
「はぁ?」
「妹さんは息をしていますか?」
「息っつったって」
「それなら、背中の肩甲骨の間を、強く叩いてみてください」
「え、ええ。あっ、出ました! 突っかかっていた餅が出ました! 息もしています!」
「それなら、救急車がそちらに向かっていますから、安静にしてお待ちください」
小野田君は時々、斧で体を十文字切りにされる夢を見るらしい。どうして夢というのは、人に思い出したくないことを思い出させるのだろうか。
「今気づいたんだけど、君頭に刀が突き刺さっているよ」
と憧れの先輩に言われてしまった、大和さんの顔といったら。
「すすすすすすすいません、ここにくる途中に戦場があったもんだから、あたし、気づかずに」
その場の空気は和やかに笑いに包まれるのであった。