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フィクションv(居酒屋で雪と詩と)

2007年03月01日(木) 08時51分-鴉羽黒

  *

 雪の降った日は詩を書くことにしている。


「…よく降るな、今年は」
 一杯目のそば焼酎を飲み干したあと、稲沢はそう呟いた。
 午後八時を過ぎた居酒屋は、いつものように大学生たちで埋め尽くされている。店内の喧騒はラッシュ・アワーのホームのようであったが、窓の外を見やりながらいったその言葉は、どうやら連れには聞こえたようだった。
「そうだなぁ」
 連れ――城崎は、雪ではなく泡の積ったビールを傾け、そう答えた。
「困るよね」
 三杯目のビールを空にして、城崎はしみじみとそう続ける。
「実に困る」
 城崎の口数が増えるのは、酔っている証拠だ。とはいえ、よく口が回るようになるというわけではなく、ぼんやりとした声でお経を唱えるようにつらつらと喋る。目もどこか虚ろである。
 慣れた店というのは嫌なもので、ジョッキが空になったのと城崎が酔ったのとの両方を察知して、頼んでもいないのに店員が次のビールを運んできた。店というか、この場合、慣れた店員というべきかも知れないが。
 城崎は礼を言ってそのジョッキを受け取り、そのまま口につける。すぐに酔うくせにビールばかり何杯も飲み、それでいて最初に酔った状態のまま低空飛行を続ける、というのがこの友人の酒の飲み方である。止めると一時は素直に従うが、しばらくすると思い出した様に飲み始める。
 役目を果たして帰りかける店員に、稲沢は自分のそば焼酎を頼む。
 飲み相手の稲沢としては、城崎が自分の財布でまかなえる分の飲み食いしかせず、周りに迷惑をかける酔い方ではないことだけで十分なので、特に止めたりはしない。
 しいて言えば、城崎がまだ二十歳を迎えていないのは問題かもしれないが。
「雪と一緒にネタが降ってくるわけでもないんだから、ねえ」
「…なんの話だ?」
 付け足しておくと、酔った城崎の話は城崎脳内の架空ファンタジーなので意味の分からないことが多い。
 それでも律儀に聞き返してしまうのは、稲沢はそんなフィクションを酒の肴にするのが嫌いではないからだった。
「詩だよ。雪と詩は一緒に降ってくる」
「牧歌的な話だな」
「あー、いや、違った。詩は降ってこないや。どちらかというと、降りおちた雪が詩に変わる」
 よりメルヘンな展開になっているようだった。
「で、つまり、その変わるところの現象というか作業というか、クリエイション的な感じの役割を、僕が担っているわけで――さ?」
 城崎は枝豆を食べたいらしいが、手に取る枝豆は空のものばかりで、なかなか中身の入った豆を見つけられないでいる。
「ほう」
 相槌は打ったが理解はしていない稲沢。
「あんまりたくさん降られると、詩に変える作業が追いつかないんだ。詩のネタがない」
 実のところもう枝豆は全て食べ終わっていると思うのだが、それを指摘するタイミングを計りかねているうちに、城崎は豆を諦めたようだった。
「それで、困るのか」
 最初の台詞はそこにつながるらしい。
 よくわからないが、たぶん、雪が降ったら詩を書く、ということだろう。
「例年はせいぜい二、三作で済むのになぁ…、この冬は、今月だけでもう五作くらい書いたよ。…あれ、六だったかな。七か。まあ、とりあえずたくさんだよ」
 稲沢としては城崎が詩を書くということ自体知らなかったため、量はともかくそのことに単純に驚いていた。城崎は確かに詩文学の講義を好んで受けているが、知識として学ぶことと自分で創作するのとではまた別の話だろう。
「そういうわけで、十年目にして自我崩壊の危機に直面しているんよ。今日も降ってるし」
「大変だな」
「小説に宗旨がえしようかと思いついてみたんだけど、実際、無理やよねー、あれ。作家とか、たぶんきっと人間じゃないよ」
 暴言である。
「人間だと思うが」
「だよねー」
 城崎のビールは五杯目になっている。最初に頼んだ唐揚げがようやくやってきたが、皿に乗った唐揚げがいつもより少ないように見えて、運んできた店員の口が何かを咀嚼していた。稲沢は抗議の視線を送ったが、彼女に「おごってくれてありがとう、ごちそうさま」と――言いたかったのだろうが実際は咀嚼中の唐揚げのせいでふにゃふにゃした言葉にしかならなかった――、満面の笑顔で言い返され、稲沢としては溜息をついて残りを食べにかかるしかなかった。店員が知り合いというのも問題である。というか、なんでクビにならないんだあの女。
「そうだ」
「どうした」
「ひほはんひへたほほはほうは」
「…唐揚げは食ってからにしてくれ」
「紫野さんになんかネタをもらってみるというのはどーだろーか」
 虚空を見上げながら、唐揚げをつまみ食いした犯人の名を挙げる城崎。
「前にもさー、稲沢にネタを提供してもらったことがあるからさ。うまくいくんじゃないかと」
「そんなことあったか?」
「ほら、こないだのさー、稲沢が撃たれたと思ったら雪が破裂して銀杏がおでんに――、あれ、なんか違うな」
「まあ、無理に思いださなくてもいい」
「紫野さんだと、どうなるかなー…、…えーと、やきいもが爆発?」
「城崎お前、詩を書いてるんだよな?」
「そうだよー、雪の日にねー。そう言ってるじゃんか、はじめから。…雪、止まないなぁ」
 腑に落ちない稲沢ではあったが、詩も芸術なのだから、前衛芸術というくくりのものがあってもおかしくはないということにしておく。
「まあ、雪が降ってるんだから、雪の詩を書けばいいだろ」
「破裂する?」
「するなよなんでだよ」
 どうも城崎には妙な固有イメージがあるらしい。
「まあでも、雪の詩なんか書きつくしてるか」
 雪の日に詩を書くというのなら、まず思いつくモチーフは当然、雪だろう。
「いやー、まあ、せっかくだから考えてみるよー」
 ビールは七杯目。窓の外には順調に雪が積り、城崎の鼻の下には泡が積っている。
「雪か…。雪ー。白い・積る・降る・冷たい――」
「詩なんだから、比喩とかそういうのか?」
 一応それらしいアドバイスもしてみるが、稲沢にその方面の能力はないので、教科書にあるようなことしかいえない。
「たとえか。雪…、――ひらひらと降るそれは、例えば思い出、努力、経験値、その他なしてきた物事」
「ほう」
 なんだかそれらしくなってきた雰囲気がある。
「それは地に落ち、すこしずつ、だが確実に積り・重なってゆく。転んだときにはそれはクッションのようにその身を受け止め――」
 ぼんやりした顔の城崎の口からつらつらと詩が紡がれていく様子は、どうかすると降霊術の儀式のようにも見えた。
「また逆に、積った雪に脚をとられて転んだりもする。積りすぎてもいけない、たまには雪かきという整理も必要である、と」
「そうだな」
 詩というよりは教訓めいてはいるようにも思うが、稲沢は悪くないと思った。城崎もそう思ったのか、どっかに書いておかないと忘れるかなと呟き、ごそごそとカバンを漁りだした。
 ふと、その動きが止まる。
「――あー、でもだめだ。これ、雪だし、春になると全部一斉に溶けて消え去るね。毎年春になると人生リセットみたいな。はかない」
「…よくわからんが、難しいんだな」
「まあねー、といってもまあ、好きでやってるんだけどねー、あと自我だしさ」
 どうやら稲沢の考える以上に難しい問題のようだった。
 七杯目の途中で、飲みかけビールは放置されている。
「やっぱり、紫野さんに協力を頼もうかな」
「言えば喜んでやりそうだが、今は忙しいんだろうからやめておいたほうがいいんじゃないのか」
「だよねー」
 テーブルに顔を横たえ、城崎は溜息とともにそう言った。
「…ちなみに、今まではどんな誌を書いてたんだ?」
「いや、だから破裂の」
「それ以外にしてくれ」
「…んー。日記帳見れば分かるけど、あれは非公開だしなぁ。まあ、秘密ということにしておいてくれなー、恥ずかしいし」
「それはそうかもな」
 なんであれ、自分が作ったものを人に見られるのは気恥ずかしさが伴う。
「今までも話題に出なかったのは、まあ、それでか」
「そやなー」
「しかしじゃあ、なんで今日に限ってそんな話をしたんだ?」
 別に他意があっての質問ではないのだか、城崎は不思議そうに首をかしげ、しばらく固まった。
「…なんでだろう?」
「いや、俺は知らんよ」
 外ではまだ雪が降り続いている。

 この日以来、雪が降ると稲沢も詩のことを考えるようになってしまった。
 あとはもう、雪が破裂しないことを祈るのみである。

 *


 卒業までにzへ、と言っておきながらしばらく音沙汰なくしていたフィクションようやく再び。ぐだぐだ話ですが。
 ネタは考えているけど書いていない、という状態が続いていたのでアルファベットの割り振りが適当。卒業式まではもう間がないのですが、一応書けるだけ書きます。でも絶対三月末までかかるなぁ…。

 やたら誤字があったので、修正アップです。
最終更新:2014年02月16日 23:30