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死神との対話

2007年04月05日(木) 12時46分-Κ

  話すと長くなるので話さないが、俺は奴の卑劣な手にかかって死んでしまった。四方八方から集中する重力波を使った遠隔殺人により完璧な密室を作り上げていて、このままでは俺の死のなぞは迷宮入り必至だ。このままでは死ぬに死にきれない。奴が俺亡き後、茜を狙っているとなればなおさらだ。
 「というわけで何とかならんものか」
 「と言われましてもねぇ」
 俺が今話しかけているのは、黒スーツに地味なネクタイ、黒髪七三分けにサンダーバードのブレインズのような黒渕めがねの男で、渡された名刺を見るとピンク色のファンシーな字体で死神と書いてある。つまり、死神なんだそうだ。
 「このままじゃ、とても成仏できそうにないんだよ」
 「あぁ、その点ならご安心ください。強制的にでもさせますので」
 「いや、そういうことじゃなくてね。成仏するような気分じゃないってことで」
 「成仏に気分とかはまったく関係ありませんから、気になさらないほうが良いかと」
 「だからね……」
 やめたやめた、こいつとけんかしても始まらない。とにかく今俺がやるべきことは一つだけ。何とかして、奴に復讐しなければ。
 「とにかくな、俺は奴が地獄に落ちるのをこの目で見届けるまでは絶対に成仏なんてしないからな」
 「残念ですがそれは無理なご相談です」
 「何故だ!」
 「だって、地獄なんて存在しませんからね」
 「へ?」
 「地獄なんて存在しないって言ったんですよ」
 「じゃあ、天国は?」
 「ちょっとぉ、もうちょっと合理的に考えてくださいよ。天国とか地獄だとか、そんな非科学的なものがあるわけないじゃないですか」
 「じゃ、俺この後どうなるの?」
 「消えます」
 「消えるって?」
 「消えるんです。無になるんです。存在することをやめるんです。この世界のどこにも存在しなくなるのです。消失します。消滅します。そして二度と存在することはありません、未来永劫。あなたは二度と何かを考えることはありませんし、何かを思うことも、何かを感じることもありません。何かをすることも、何かをされることも永遠に永久にとわにないのです」
 冗談じゃない! まだ消えてたまるものか。何とかしてここで踏みとどまらねば。
 「だ、だったらさ、生まれ変わりとかはないの? 生まれ変わってさ、もう一度あの世界に戻って、もしかしたら少しだけ前世の記憶を持っていたりしてさ。そそそそれがだめなら、なんか交霊術とかで、生きている人たちにメッセージを送れたりしないの。そのさ、どうしても伝いたい話があるんだよ。ほんと、大事な話なんだよ。これが伝わらないと大変なことなんだよ。ね、お願い、後生だから、一生のお願い、ほらこのとおり」
 「やめてくださいよ、ほら、顔を上げて。土下座なんてする必要ないんですよ」
 「じゃ、じゃあ」
 「残念ですが、そういうサービスはいたしておりません」
 何なんだこの男は。これじゃ、乗れんのに腕押し、抜けない釘、豆腐の子はかすがい、馬の耳をねぶる、坊主が屏風に上手の手から水が漏れる、らちが開かない。
 「あのさ、なんだかさ、君じゃ頼りない感じがしてきたからさ、その、もっと偉い人と言うか責任者の人と合わせてもらえないかな?」
 「責任者といいますと?」
 「だから、いるでしょ、一番偉い神様、唯一神とか、ヤハウェとか」
 「何を言ってるんですか? そんなのいるわけないじゃないですか」
 「はぁ?」
 「さっきから天国だとか地獄だとか神様だとか、少し頭を冷やしたほうが良いんじゃないですか」
 「ででででも、死神はいるのに?」
 「いますよ。死神ってのは自称ですけどね。あなた方が言う死神に当たる仕事をしているから、死神と名乗っているってわけですよ」
 「だけど……」
 「あなたは少し地上の俗説やら迷信やらに毒されすぎですね。もうちょっと自分の頭でちゃんと考える癖をつけておいたほうがいいですよ」
 「すいません、今後気をつけます」
 「安心してください、あなたに今後なんてないですから。じゃ、行きますよ」
 「ちょちょちょちょっと待ってよ! 本当に何もないの? 本当にこのまま引き下がらなきゃいけないの? この世には神も仏もないって言うの?」
 「だからそんなものはないって言ってるじゃないですか」
 死神が俺の腕を引っ張っていこうとする。その向こうには穴が開いている。いや穴ではない。それはなんでもない。もし穴だったら視界のその部分が黒くなるはずだが、これはそういうものではない。視界のその部分がなくなっているのだ。つまりそこは何も見えていないのだ。顔の後ろが見えないのと同じ意味でその部分には何も見えない。そこに視線をやることは不可能だ。だからそれの形を云々することも、その向こう側を見ようとすることもできない。いや考えることも、考えないようにすることも不可能だ。それが「無」なのだろう。あの中に入ったら最後、俺は跡形もなく消え去ってしまう。いやだ、そんなのいやだ。
 俺は懸命に抵抗した。訳のわからないことを叫んで、手足をじたばたさせて、噛み付いて、つばを吐きかけて、髪の毛をつかんで引っ張って、両足をしっかり踏ん張って。とうとう相手が根負けして、俺を放した。俺はバランスを失ってどうと倒れたが、こいつが、また俺を引っ張っていこうとしたら、今度はさらに暴れてやる。
 「あなたは頑固なひとですねぇ」
 死神は乱れたネクタイを調えながら苦笑して言った。
 俺は相手から少し離れてもう一度土下座した。
 「お願いします。お願いだから、何とかしてください!」
 死神も近づいてきて、俺の前に座った。
 「本当に何も方法がないんですか? ほんとうに、これっぽっちもないんですか? 一ミリも、一ミクロンも、一ナノも、一ピコも、ないんですか?」
 それを聞いて死神は、心底あきれた顔で俺を見ながら言った。
 「役に立つような方法はまったくありません」
 「じゃあ、一見役に立たなさそうな方法はあるんですね!」
 「いや、これは本当に役に立たないですし」
 「それでいいです。少しでも可能性があれば、可能性がゼロよりは少しましです。それをお願いします。お願いしますからそれをお願いします」
 「わかりましたよ、後悔しても知りませんからね」
 「で、どんな方法なんですか?」
 「ゾンビになるのです」
 「ゾンビ?」
 「ゾンビです」
 「ゾンビって、あのゾンビ」
 「どのゾンビなのかは知りませんけど」
 「『バタリアン』みたいな」
 「ああ、まあそんなもんですかね」
 「で、でも、なんでゾンビなんですか」
 「なんでって?」
 「だから、幽霊とかはないのかなと思って」
 「また、幽霊なんて非科学的なものを持ち出して」
 「だからその、幽霊は駄目でゾンビはいいってのが腑に落ちないんだよ」
 「神の御業は計り知れないのです」
 「さっきいないって言ってたじゃん」
 「言葉のあやですよ。そんなことよりやるんですかやらないんですか?」
 「ちょちょちょっと考えさせてくれないかな?」
 「あんまりそんな暇はないんですけどねぇ。ゾンビになるには体が必要ですからねぇ。早くしないとほら、もうお葬式も終盤ですよ」
 と死神が指差した方向を見ると、そこではまさしく俺の葬式が進行中、集まってくれた友達たちが、棺おけの中に花を投げ入れているところだった。そこにはもちろん茜の姿も。肩を震わして泣いている。彼女が泣いている姿を見たら、俺までが泣きそうになってしまう。俺が生きてさえいたら、彼女にそんな思いは絶対にさせないのに。俺があの場にいさえしたら、彼女の震える肩を抱いて慰めてやるのに。ところが親切にも俺の変わりにそれをしようとしている男が一人。奴だ。奴め、よくものうのうと俺の葬式に出られるな。てめえのその分厚い化けの皮を今すぐにも引き裂いてやる。
 「おやおや、あの男、なかなかの色男ですねぇ。女の人の心の隙間に忍び込むのがとてもうまそうだ」
 俺の胸の奥から赤熱した石炭のような感情が湧き出した。俺は死んでしまったかもしれないが、大丈夫、俺の心はまだ死んでない。
 「わかったやるよ」
 「やるって何をですか?」
 「とぼけんなよ。ゾンビだよ。ゾンビだろうがバンビだろうか、なってやろうじゃないか。そして地上に再び舞い降りて、あの野郎、目に物見せてやる」
 「はいはいわかりました。じゃあやりますよ。そうだ、やる前に一つだけ注意しとくことがあったんですよ。ゾンビになると「肉を食うこと」意外まったく考えることができなくなるので注意してくださいね。注意したからといってどうにかなるものじゃないけど」
 「えっ、ちょっとまっ」
 「あじゃらかもくれん、ないじぇりあ、てけれっつのぱあ、ゾンビになあれ!」
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ちょっとソローキン風?
最終更新:2014年02月17日 11:04