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人々を導く光の神

2007年05月17日(木) 17時17分-魔法司法

    余は支配者
   余は超越者
   余は絶対者
   いや、神と称する方が正しかろう

   人間どもに導きの光を授けることが余のつとめ
   余は人間どもに進むべき道を示す
   人間どもは皆、余に指し示された道を行く
   人間どもにまた別の道を示す
   皆、余の威光に従う
   逆らうものは誰一人としていない
   人間どもは愚直に余の天啓に従う

   人間どもは誰もが他の人間との衝突を怖れる
   摩擦を嫌う
   闘争を厭う
   されど愚かなことに人間どもは衝突を避けず
   摩擦を甘受し
   闘争を巻き起こす
   故に我が導きの光を授ける
   余の名の下に人間どもは共に歩み
   自らを律し
   秩序を学ぶ
   人間どもよ、その平穏に感謝せよ
   余あってこその平穏とゆめゆめ忘るるな

   余は上位者
   余は統治者
   余は神権者
   そう、余は神なり

「やれやれ、聞いちゃいられないね」

   ほう、何者だ
   余にそのような不遜な物言いをする愚か者は

「ここよ、ここ。カ・ミ・サ・マ」

   ふん、人間の小娘よ
   余を神と知っての無礼か

「カミサマねぇ・・・。まあ、あんたがあたいたち人間を正しい方向に導いてくれようとしているってのは理解できるわ。でもあんた・・・カミサマを敬ったり崇めたり感謝の対象にしたりする人はいないでしょうね。・・・少なくともあたいの周りにはね」

   ほう、面白いことを言う
   ならば問う
   なぜ人間どもは余の導きに従う
   なぜ逆らう人間はおらぬ
   これこそ余が崇められている証であろう

「それはあんたの運が良かっただけのこと、たまたまよ。あたいはあんた以外のカミサマをいくつも見たことがあるけど・・・言うことを聞く人間がほとんどいないカミサマだってたくさんいたわ」

   それは余の眷族のものとしては情けない限り
   信じるに値せぬ邪悪な神なのだろう

「いえ、そのカミサマはきっと正しい道を示している。むしろあたいたち人間はそのカミサマの前では罰当たりなことをしているって誰もが知っているわ。ただ運悪く誰も従っていないだけ」

   ならばただその余の眷族が信じるに足りぬ矮小な存在というだけのこと
   しかし小娘よ
   それはむしろ余の偉大さを強調する事例であろう
   現に余に従わぬものは居らぬのだから

「分からない?分からないの?カミサマっていうのは人間あってこその存在だってことよ」

   なるほど
   神とは信奉者あってこその存在と主張したいわけだな
   信奉者なき神は絶対者にあらずと
   余は数多の信奉者をかかえる
   それは余が偉大故に信奉者がいるのではなく
   信奉者が多い故に余は偉大なものとなった
   そういう理屈であろう
   面白い
   小娘の主張は理解した
   しかしその主張には根拠がない
   逆に問う
   余の存在なしで困るのは人間どもの方ではないのか

「確かにカミサマなしでは困るという人は多いでしょうね。カミサマによって秩序は保たれ、衝突は防がれ、争いが減っているのは事実よ。でも誰もカミサマを敬ってなんかいない。そしてカミサマは人間あってこその存在、これは厳然たる事実よ」

   何を根拠にそのような戯れ言を

「カミサマは人間によって作り出された」

   ・・・愚かなり
   なんたる妄言
   なんたる背信
   なんたる傲慢

「信じる信じないは勝手よ。ただカミサマを作ったのは人間、これは事実。その作られたカミサマが人間の上位者だなんて聞いちゃいられないわ」

   小娘よ
   自分の罪を認め、悔い改めると誓え
   今ならその大罪、赦そう

「そういえばあんた、自分の運の良さを理解してないのね。いいわ、教えてあげる」



「あなたの運の良さ、それはあなたの居る場所が大きな交差点だということよ、信号機サマ」


神=人々を導く絶対正義の存在
と定義した場合を身近に投影したもの
カミサマを信号機と読み替えてもう一度読むと二度おいしい
最終更新:2014年02月17日 11:10