2007年05月31日(木) 13時39分-穂永秋琴
君子は怪力乱神を語らない。(『論語』述而)
私は平素趣味が少なく、酒や歌など、大勢で楽しむことを良しとするものは、一つとしてすることができない。文章のほかに娯楽はないのだ。そこで心を遊ばせ耳を驚かせる事件を広く集め、妄言虚聞も記録して保存した。(袁牧『子不語』序)
1 路上画虎
各務原の仲原健作は、美術学校の学生である。虎の絵を描くことを好み、常々友人に「俺が描いた虎はみな画布から飛び出て人を食うのだ」と言っていた。ある日、仲間たちとの飲み会の帰りに、泥酔して高速道路の柱に虎の絵を描いた。虎は飛び出てこなかった。仲間たちがからかうと、彼は言った。
「これは虎、俺は大トラ。こいつは俺を恐れて出てこないのだ」
仲間たちは笑った。
のちに岡崎の会社員宮村孝義がここを通った。彼は虎の絵を見てつぶやいた。
「俺もこの虎のように力があったならなあ。所詮俺は会社にこき使われる馬車馬にすぎんのさ」
すると、すぐさま虎は壁から飛び出してきて彼を噛み殺し、駆け去っていった。
稲稲子が評して言う、この話は豪放を愛し諦観を拒絶するものである。小心の者が、他人のの悪戯の餌食となって終わりを迎えること、いかに多いことであろうか。
2 蜘蛛水管
海津の中竹小学校の校庭には、すでに使われなくなった水道管が放置してある。水が通らなくなってから久しく、乾いたまま顧みられることがなかった。
ある日、ここに通う小学五年生の高原敏文が、放課後友人たちとこの水道管のそばで遊び、戯れにこの蛇口をひねったところ、水管から小さな赤い蜘蛛が大量に這い出し、排水管へ流れ込むように押し寄せていった。ぞっとして蛇口を閉じると、蜘蛛たちは出てこなくなった。
この話は、筆者の友人であり、その場に居合わせた原村明則から、筆者が親しく聞いたものである。
稲稲子が評して言う、この話は水道その他行政によって提供されているサービスに、いかに危険が潜んでいるか、そして我々がいかにそれに気付いていないかを諷したものである。
3 名射手
多治見の宗像次郎は、警官である。従来、怠惰の性質で、二十五年にわたって勤めたが、巡査長までしか昇進しなかった。しかし、拳銃の腕前は抜群で、しらみの心臓をあやまたず撃ち抜くことができた。
宗像が警察に勤めてちょうど二十六年目になる日、強盗が刃物を持って銀行に押し入る事件があった。早期に通報されたため、強盗はまわりを囲まれて脱出不可能になった。そこで強盗は女性職員を人質にして立て篭もった。宗像が拳銃を持って銀行の中に入ると、強盗は職員の首に刃物を押し当て、言った。
「銃を捨てろ!」
宗像は拳銃を捨てるかわりに六発の弾丸を抜き、地面にばらまいた。強盗はふっと息を緩めた。宗像はすぐさま銃を構え直し、引き金をひいた。撃鉄が空の弾倉を打つ音がした。強盗は額から血を流して死んだ。
稲稲子が評して言う、異才の持ち主はどこにでもいるものである。だがその才が発揮される場がなければ、誰がその才能を知ることができよう。ああ!
4 イチイ
中津川の実村数雄、その父の実村三多六は有徳の僧であった。数雄は豪放磊落で、酒と女と音楽をこよなく愛した。寺の境内には一本のイチイの大樹があり、毎年鮮やかな実をつけた。数雄はこの木を好み、毎晩、酒とギターを持ってイチイの木陰に入り、酒を根元にかけてから、
「やあ、姉さん。今日もお付き合いください」
と言って、おもむろにギターを弾き始めるのだった。
昭和の末年、六月、数雄は赤い服の美女を夢見た。彼女は言った。
「日ごろ美酒と佳音を賜り、感謝しております。実は土地神がわたくしに淫らな思いを抱き、しつこく言い寄ってきますので、死を装って逃れ、この地を去ることにいたしました。しかしあなたの友誼に報いないわけにはいきません。私の足元をお探しください。そこにささやかな贈り物を残しますから」
数雄はこれがあのイチイであると悟り、言った。
「貴女は私の知音ですから、この地を去られるとは名残惜しいことです。どこかでまたお会いできるでしょうか」
赤い服の女は答えた。
「火の中で別れます。水の中でお会いしましょう」
数雄はさらに問おうとしたが、そこで目が覚めた。深夜であった。豪雨が降りしきり、風声と雷鳴が聞こえた。
翌朝、落雷があってイチイの木が焼失したことが分かった。数雄は昨晩の夢を思い出し、炭化したイチイの根元を掘り返してみた。根元には木箱が埋まっていて、中には仏像が入っていた。鑑定に出してみたところ、それは円空仏であった。
やがて数雄は父に従って僧籍に入ったが、俗心収まり難く、たびたび寺を抜け出しては放蕩にふけった。そこで三多六は数雄に諸国行脚の修行を命じた。
ある日、数雄が木曽の山中を旅していたところ、濃霧のために道を誤り、川に転落した。数雄は泳ぎが得意でなかった上、川は深く流れは速かったため、あわや溺れそうになったが、上流のほうから赤い服の女が泳いできて岸まで手を引いてくれたので、九死に一生を得た。数雄が一息ついて礼を言おうとしたところ、赤い服の女は忽然として姿を消していた。数雄はまわりを見わたし、一本のイチイの木が、鮮やかな実をつけているのを見つけた。
稲稲子が評して言う。神鬼と人間の道は隔たっているという。実村の如く、神鬼のうちに知音をえた人間はまことに稀であると言えよう。
5 逆川南流
羽島市の中央に川があり、その名を逆川という。長良川を出て木曽川に注ぐ。他の川と異なり、南から北へ流れるので、逆川と呼ぶのである。この川は戦後の高度成長期、多量の工業排水が流れ込み汚濁が進んだが、現在では環境保全の声が高まり、水質も相当な改善を見せている。
逆川の水質改善に尽力した者に片山繁樹という男がいた。平素より奇行を好み、しばしば逆立ちして町を練り歩いた。片山は平成十四年九月に死んだ。彼が死んだ日、逆川は北から南に流れた。
稲稲子が評して言う、この話もまた「イチイ」と主題を同じくしている。主題とはすなわち「知己」ということである。知己はどうして人間のみに限る必要があるのか。川の怪事は片山の死を悼むものでなくてなんであろう。
6 白馬非馬
従来、木曽は馬の産地であって、岐阜や長野では馬を祀る神社も数多い。また馬の霊異譚も極めて多いのである。
中村上総というのは有名な馬主で、何頭もの名馬を輩出してきた。中村はある秋、これまでにもまして優れた馬を得、見事に調教して、笠松競馬場に出走させようとした。いざ競馬が始まろうという日、中村が馬に、
「さあいよいよ本番だ。よろしく頼むぞ」
と言うと、馬ははっきりと、
「嫌だ」
と言った。中村は大いに驚き、即座に持馬をみな木曽山麓に放して馬主を廃業した。
またある時、笠松競馬で白馬が一位となった。二位になったのは黒馬で、騎手は村山勲であった。村山は馬がこうつぶやくのを聞いた。
「白馬は馬に非ず」
調べさせてみると、優勝した白馬はシマウマの白子であった。
稲稲子が評して言う、この話は真実あったことと見るにはさすがに眉唾ものであるが、それに近いことはあっても不思議ではない。馬の聡明を伝える話は、このほかにも極めて数多いのだから。
7 老女侠
関ヶ原の荻原千恵は駄菓子屋の店主である。早くに夫と死別し寡婦となった。荻原は齢九十を過ぎてなお心身頑健で、百斤の鼎を持ち上げることができた。
あるとき、200キロはあろうという巨大な熊が里に下りて幾人かの人を襲ったことがあった。荻原はたまたま熊に出くわし、これを投げ飛ばした。熊は頭を割って死んだ。
ある人が言う。荻原はやくざの娘で、家業を嫌ってその家を出、山麓の小村に隠れ、密かに義侠の行いを為し、人を救ったことは十度、人を殺したことは二十度にのぼると。またある人が言う、深夜、荻原が雲に乗り、塚原卜伝や佐々木小次郎と剣を競っているのを見たと。
荻原は平成十六年に死んだ。
稲稲子が評して言う、そもそも真の侠客とは荻原の如き者を言うのであろうか。俗世に在って隠棲し、奢らず溺れず、密かに人を助けた。古はともあれ今となっては稀なことである。その荻原の死は、あらゆる義侠の死を示すものであろう。悲しいかな!
8 鮫と烏賊
安八の三田倉景子は女子高生である。非凡な才能と端麗な容姿を持っていたが、狷介な性格で、人に屈するを潔しとしなかった。水泳部に属し、泳ぎに極めて巧みであったので、密かに鮫と呼ばれていた。
夏休みのある日の夕方、彼女が一人プールに残って練習をしていると、不意に一人の少年が入ってきた。肌は白くきめ細やかで、手足は長い。
三田倉が、
「誰? 入部希望者?」
と尋ねると、彼は、
「この秋から転入予定の墨倉十郎です。前の学校では水泳部にいました。心地良さげに泳いでいらっしゃったので、ご一緒させていただきたくなりまして」
そういわれると三田倉とても満更ではなく、では一緒に泳ぎましょうとなった。墨倉はやはり泳術に長けていたので、三田倉は良い練習相手を得たと思い、その後しばしばやってきた墨倉を歓迎した。
年若い男女が長い時間ともに過ごしていれば、曖昧の情は免れがたく、夏休みも終わりに近づいたある夜、墨倉はとうとう雲雨のことに及ぼうとした。三田倉は抵抗しようとしたが、墨倉のまるい目を見て俄かに気分恍惚となり、抗おうとした手をだらりと垂らし、墨倉が自分の水着を脱がせていくのをぼんやりと眺めた。三田倉はしばらく陶然としていたが、不意に鋭い痛みが襲って、意識が鮮明に戻った。見ると、巨大な烏賊が自分の手足胴体に所構わず絡み付いていた。恐ろしいよりも怒りが勝り、三田倉は烏賊の脚を引きちぎって食べた。烏賊はあわてふためき、逃れようとしたが、三田倉は許さず、脚一本をちぎってはそのたびに食らい、とうとう烏賊を食べ尽くしてしまった。
墨倉という男子生徒は、以後二度と現れなかった。
稲稲子が評して言う、この話は猥褻な内容を含むが、淫を晦える記述ではなく、むしろ一時は惑うとも意志によって惑いを払えることを示すものだ。
9 紙魚仙
以下の話は、友人の石波祐子から聞いたものである。石波というのは女子高生だが、古書を酷愛し、東西の古典に通暁し、博覧右に出る者はないというほどの人である。
石波はある日、古い図書館の蔵書整理を頼まれ、普段は職員も立ち入らないような資料室に入った。蛍光灯のスイッチを入れ、いくつかの本を取り出しては開いて見ていると、どこからか、「まぶしい!」という声が聞こえた。しかし、部屋の中には石波を除いて誰もいない。不思議に思っていると、今度は「あわあわ、あわあわ」とうろたえる声が聞こえた。石波はふと、先ほど開いた本の頁の上で、紙魚がのたくっているのに気付いた。
石波は言った。
「人語を収得しておられるとなれば、もしや随分と長生きされ、仙となっておられるのでは」
紙魚はそういわれると、そり返って答えた。
「いかにも。書庫にて文字を食らい続けること五百年、書かれた知識はみなこの小さな頭に入っておる」
石波は、もしやこの紙魚ならば、今は失われた様々な知識を持っているのでは、と思い、いくつかの質問を試みようとした。ところが、別の部屋から職員が石波を呼んだので、
「呼ばれたので行きます。少々お待ちいただけませんか。尋ねたいこともございますから」
と言うと、紙魚は、
「よかろう。戻ってきたら何事であろうとも答えてやるぞよ」
と言った。
用事を済ませて石波がこの部屋に戻ってくると、
「た、助けてくれえ」
という悲鳴が聞こえた。石波が書物に駆け寄ると、5ミリほどの大きなダニが先ほどの紙魚を襲っていた。石波は慌ててダニを追い払ったが、紙魚はすでに死んでいた。
稲稲子が評して言う、これは知識の失われやすさについての寓話である。五百年の書物に重ねられた知識も、ちっぽけなダニによってとうとう今人に知られぬまま滅びてしまった。いったい、これほどの悲しみがほかにあるだろうか。
10 枯樹吐炎
以下は清州の真中晋作から聞いた話である。
真中の家の庭に歳月を経た銀杏の木があり、その根は大きく張って真中の家の地下にも入り込んでいた。ところがある日、台風が清州を過ぎり、この銀杏に雷が落ちた。銀杏は倒れはしなかったものの、ひどく弱って、根から枯れ始めた。そのため、根が通っている土壌は沈んで、真中の家は傾いてしまった。
真中の母は言った。
「こうなったらどうしようもないわ。惜しいとは思うけれど、切ってしまわなくては」
そこで銀杏を切るために業者を呼んだ。業者がのこぎりを銀杏の根に入れたところ、唐突に樹上から炎が噴き上がり、その高さは天にまで及んだ。炎はまもなく消えたが、業者は気味悪がり、この木を切ることを拒んだ。
そののち、この銀杏の木は生気を取り戻し、枯れることなく葉を繁らせているという。
稲稲子が評して言う、五行の思想では、木気は火気を生み、また、火気は金気を克す。おそらく、落雷により銀杏の中の木気が弱まり、かえって火気を生じたものであろう。
11 孕字
これも真中晋作から聞いた話。
一宮の曾我麻美、学生時代は文士を志したが、挫折し、紡績企業に就職した。しかし就職して六年目にあたる平成十四年の秋、理由なくして解雇を言い渡された。途方に暮れて街を彷徨し、一件の居酒屋に入って夜半過ぎまで飲んだ。曾我はそこで初老の男に会い、絶望と酔った勢いとで、男を自分の部屋に誘った。褥をともにしようとしたとき、男は曾我のベッドに枕頭に『トリストラム・シャンディ』があるのを見て、言った。
「なかなか奇特な趣味ですな」
曾我は答えた。
「学生時代は文学者や小説家を夢見たものだったわ」
すると男は、
「ならば力を貸してしんぜましょう」
といい、曾我を抱いた。
男は翌朝早くに去り、二度と戻らなかった。曾我は妊娠した。
月が満ちぬうちに、曾我は出産した。見ると、生まれたのは子供ではなく、書物だった。曾我は「ああ、あの男は作家だったのだ」と得心した。
稲稲子が評して言う、この話は文学的な体験が絶望のうちに存在することを暗喩している。文学史をひもとけば、挫折によってなんとあまたの傑作が生まれたことであろう。
12 白火取
弥富の坪井一誠は写真を趣味とし、とりわけ昆虫の撮影を好んだ。飛騨の山中に粗末な別荘を構え、しばしば訪れて昆虫を撮った。夏六月、網戸を閉め、家の外に吊るした電灯に集まる虫をぼんやり眺めやっていたところ、外に若い女が立っているのに気づいた。女は白いブラウスとスカートを身につけていた。
坪井は、
「どちらさまですか」
と声をかけた。女は応じて言った。
「道で車が故障してしまいました。一晩休ませていただけませんか」
そこで坪井が女を招きいれると、流暢な日本語からは意想外なことに、西洋人の風貌であった。そのことを尋ねると、女は言った。
「両親はアメリカ人ですが、私は生まれも育ちも日本です。欧米へ行ったことはありません」
深夜、坪井は手洗いに起きた。懐中電灯が手元に見当たらなかったため、蝋燭に火をともして部屋を出た。すると白衣の女が隣の部屋から出てふらふらと近寄ってきた。坪井が何事かと尋ねる前に、女は陶然とした様子で叫んだ。
「ああ、あなたは私の身を滅ぼしてしまわれました!」
驚く坪井に近寄ると、蝋燭の火に手を触れた。たちまち女は姿を消し、あとには焼け焦げた、白い蛾の羽のようなものが、ひらひらと廊下に落ちた。
稲稲子が評して言う、女の両親がアメリカ生まれというのは、この女がたんなる蛾が化けたものではなく、帰化種の蛾であることを暗示しているのである。帰化動物によって日本独自の環境が破壊されることは、なんとしても防がねばならない。