2007年06月19日(火) 17時50分-K
世界に何の変化も見られなくなって、何年経ったのかもわからなくなってしばらく経った。太陽系の探索は進んだが、恒星間の移動は技術的壁を乗り越えられないまま忘れ去られ、物理学においては、世界を説明することはできるが、実験で確かめることはできないほど高度化し、飽きられた。数学は学ぶために一生をかけなければいけないほど巨大化して、語源どおり「学ぶ」ためだけのものと化し、化学は制覇され、生物は図画工作の一種と成り果てた。学問は総じて趣味人の手慰みとなった。行けるところにはすべて行けるようになり、行けないところには行けないことが明らかとなり、住めるところにはすべて人が住んで、フロンティアは消滅した。新しい発明は数百年絶えてなく、表現活動も決まりきったムーブメントを一定周期で繰り返すばかりである。人々の生活習慣も生まれてから死ぬまで何の変化も見られなかったが、これについては自然界の歴史から見れば、生まれてから死ぬまでの間に生活習慣が大きく変化することのほうが異常なので、誰も文句を言おうとはしなかった。状況が安定すると、人間はあまり子供を生まなくなるもので、出生率が下がり、世界の人口もちょうどよいところで安定した。
そしてあいも変わらず星ぼしは輝き続けた。
世界には次第に、埃が積もり始めた、比喩ではなく。その現象は最初、月などの空気のない場所で発見された。地表にうっすらと塵が積もり始めていたのだ。居住ドームの表面の普段掃除する必要がまったくないところでも同様だった。最初は宇宙塵の一種だと言われていたが、そのうち言わなくなった。興味を失ったのだ。
それは、地球や火星などの大気のあるところでも、起こり始めた。風があるためになかなか気づけなかったのだ。しかし確実に風は埃っぽくなっていき、吹き溜まりは、埃で埋まり始めていた。
町でもゴーグルなしでは歩けなくなり始め、風のない日は、すべての上にうっすらと灰が積もった。
久方ぶりの変化に、人々はどう反応したかと言うと、たいした反応はしなかったのである。理由のひとつは、何か反応するのが面倒だったから。もうひとつは、この変化は数百年のスパンでゆっくりと起こったことだからである。人々の多くは変化がおきていることにすら気づけなかった。
埃は長いときをかけて少しずつ少しずつ積もっていった。歩くと足跡がつくことが当たり前になっていた。晴れていても、百メートル以上の視界を望むものはいなかった。遠くの物が見えないのは当たり前だったからだ。
人の一生の間で積み重なる埃の厚さは本当にわずかだった。
しかしそれは着実に積もっていった。それは一見雪のようだった。実際風の日には舞い上がった埃で吹雪のようだった。ただし雪よりもくすんでいて、しかも誰もそれが振るところを見てはいなかったが。そのうち、すべてのものの表面に一様に付着して、もう動こうがもがこうが、振り払うことはできなくなった。野外だろうが屋内だろうが降り積もり、整備の届かない場所では膝や腰まで埋まってしまうのだった。
そしてそのうち本当にすべてのものが埋もれてしまった。生けるものも死せるものも、有機物も無機物も、善き物も悪しき物も、滅びる定めのものも滅びざるものも、存在するものも存在しないものも。
世界は埋もれてしまったのだ。
このような世界の滅び方を誰が創造しただろうか。
世界は灰色に覆われた。動くものは何一つなく、すべての上に厚い埃が積み重なり、死の町ポンペイを思わせる有様だ。
しかし、そんな世界に光が差すときが訪れた。一陣の突風が吹き埃が舞いとび、塵の底に眠っていた生物たちは驚き目覚め、天を仰いだ。世界に活力が戻ったのだろうか。
いや違う。次の瞬間、この宇宙のすべては崩壊し、クオークとグルーオンのスープに化してしまった。この世界は片付けられてしまったのだ。
治療効果がないとして、作りかけでほったらかしになっていた箱庭が、倉庫の整理で捨てられてしまったのだ。新しい治療法が神の病状をよくすることを期待するしかない。