2007年06月26日(火) 06時51分-ロックンロール・ロレンツォ
彼女は生来強力なサイコキネシスの能力を備えていて、その気になれば完全犯罪はもちろん、全宇宙を思い通りに支配するほどの力を発揮できたのだが、結局一生そのことを自覚することなく、ただ思い通りにならない毎日がつまらなくなって死んだ。
彼女は高報酬に誘われて始めたバイト先の上司にそういうルールだと説得されて、生まれて初めて猫耳を付けたところ、それまで彼女の内に眠っていた野生が突然目覚めてしまって応対した客のものを食い千切って逃げ込んだ夜の街を駆け回り、路地裏を彷徨っていたところを当局によって追い詰められると意を決して牙を剥き爪を立てて飛び掛り、血みどろの攻防を繰り広げた末に麻酔銃と投げ網で捕獲され、閉じ込められた精神病棟の一室で裁判を待つ内に与えられる食事を口にすることを頑なに拒み続けて死んだ。
彼女は好奇心が強すぎて死んだ。
彼女は男と付き合っていて、彼から「どんなことがあっても必ず貴女を守る」という誓いを捧げられたがどうしても信じきることが出来ずに、ついに彼の誓いを試してやろうという気になって彼の目前で助けてくれることを期待しながらこれ見よがしに死んだ。
彼女はあらゆる動物の言語を理解して彼らと意志の疎通をすることが出来たから、犬や象やライオンやキリンや虎や熊やパンダや土竜ともみんな友達だったが、初対面だった河馬の意見を非礼にもつい鼻で笑ってしまった事を発端として始まってしまった喧嘩に完敗して死んだ。
彼女はいわゆる死んだほうがマシな人間だったので死んだ。
彼女は彼氏を失った傷心を慰めて新しい恋に踏み出す活力を得ようと一泊二日の天国旅行へ旅立ったが着いた所が想像以上に風光明媚でその感動と興奮に任せて無計画に散財してしまった為に帰りの切符を買うことが出来なくなって死んだ。
彼女は不老不死に強い憧れを抱いていたがその実現に絶望し妥協してせめてその半分だけでも叶えようとして死んだ。
彼女は絶世の美女にして優れた頭脳を兼ね備えた才色兼備の人でそのキラキラと輝く瞳は見る者すべてを虜にしていたが月の無い夜に趣味のダイビングをしている時に頭蓋骨ごと眼球をダツに貫かれて死んだ。
彼女は不意に世界の全てを悟って死んだ。
彼女も不意に世界の全てを悟って死んだ。
彼女は人類史上最高の審美眼をもっていて、あらゆるもののどんな隠れた美しさも見逃さなかったし、映画にしても小説にしても絵画にしても彫刻にしてもそれらの美点を見抜くにあたっては誰より長けていて、その評価もこれ以上なく的確で非の打ち所が無かった為に、彼女の眼にかないさえすればどんな鑑定士や評論家の保証書や評価よりも確実で信頼性があるということで、若くして各界から随分重宝がられて絶対的な存在となっていたのだが、ふと目をやった鏡に映った自分の姿を見て死んだ。
彼女はまさに人生の岐路に立たされていて、前途には少し進んだ先に決定的な失敗が見え透いているようにしか思えない道と一方その先がどうなっているか全く分からない道とがあり、精も根も尽き果てるまで考え抜いた末に死んだ。
彼女はひたすら自由を愛し、親から無抵抗をいいことに押し付けられた名前から自由に、大人に押し付けられるルールから自由に、義務教育から自由に、動物的な習慣や生活サイクルから自由に、継承されてきた倫理から自由に、遺伝や環境に支配された体質・体格・顔立ちや趣味趣向から、さらには不可解な社会そのものから、文化的影響から、テストから、感覚から、関係から、満たされない懐疑から、底が欠けた世界から、自己否定の刃から、それでも捨てきれない自分可愛さから、二つの無限に取り巻かれる恐怖から、圧倒的無知から、人間の悲惨さから、価値から、意味から、時間から、重力から、弱さから、血から、欲求から、自由に、自由に、もう何も要らないから、自由に、なろうとしていき、そうしてとうとう何も無くなってしまった空っぽの自分自身から、自由になろうとして、死んだ。
彼女は死んだ。21回目の誕生日の朝だった。