2007年10月13日(土) 00時25分-穂永秋琴
盧仝について
795~835。号は玉川子。唐代の詩人。若くして隠棲し、官途につくことを拒んだ。のち韓愈に評価され洛陽に移る。茶を好んだことでも知られる。甘露の乱と呼ばれる政治事件に巻き込まれ命を失った。
その詩風は怪異にして奇抜。
自らを詠む三首
玉川子に返事をしよう
君が賢者かはまだわからない
頭を下げれば地があるけれど
顔を上げても天はない
骨肉は秀でていたのが痩せてしまい
かずらは年老いてなまぐさくなってきた
家族の手紙は気がかりを増やし
相手をしているうちに歳月が流れていく
盧さんはものぐさで
賢しさ愚さにはまったく驚かない
蚊やあぶは家人であり
草や石は親戚だ
万巻の書の知識は胸のうちに朽ち
日月は目をとらえて明るくする
ひるがえって悲しむのは、広成子が
ひまに任せて長生きを説いたこと
物の外に知己はない
人の世では癖というものの王だ
生涯はこれ夢であり
楽しみに溺れて酒を故郷とする
日と月はひげに貼りつき
雲と山は肺腑をとざす
ばか者よ、おまえだけが正しい
なにもびくびくすることはないのだ
思う所有り
あのころわたしは美人のもとで酔った
美人のかんばせは花のようにあでやか
いまや美人はわたしを棄てて去り
楼台のたますだれは天のかなたとなった
天のかなたにはきよらかな女神の月
もちづき、いざよい、満ちては欠ける
みどりの黒髪と生きながらに離れ
眺めやっても見えず、こころは絶たれた
こころは絶たれて
数千里も遠ざかる
酔って巫山の雲に横たわる夢
涙が湘江の水にしたたるのがわかる
湘江の岸辺には花と木があふれ
美人は見えずこころは沈む
沈んだこころで琴をつまびけば
調べは高く弦は切れて、知音の友もない
美人よ美人よ
夜の雨も知らぬまま朝の雲を迎える
片思いの一夜をすごすうちに梅の花が開き
窓の前まで迫る、この花はきみだろうか
夏の夜にみみずの歌を聞く
夏の夜、雨が降りそうな中
門のそばでみみずが歌う
おまえには筋骨もないのに
よく天地の心にこたえるものだと思う
おまえは家族も朋友も持っておらず
おまえは名声にも利益にも侵されていない
孤独な音律、言いたいことがあるのか
哀しみ怨みがどうしてさほどに深いのか
浮かびただよう軽薄の子
朝から晩まで歌いつづける
肝の中身はおまえたちとは違っても
熱い血が流れているのはお互いおなじ
昨日を歎ず三首
昨日の日に追いつくことはできず
今日の日も瞬く間にすぎさる
こうしてこうして、またこうして
青年の心は死に、白髪が生じる
秋風が枯葉を散らし、旅人は断腸の気持ち
一斗の酒だけが憂い顔を晴れさせる
賢者の名も聖人の行いもひどく苦しい
周公も孔子も、ただ自らを欺いていただけのこと
天下の凡夫どもは酒に溺れ、
この玉川先生も酒に溺れている
凡夫どもは銭を持っているから享楽も思いのまま
玉川先生は銭がないから清貧暮らし
銭があってもなくても哀れなもの
百年の歳月は川のように過ぎ去る
日ごろの気がかりはすっかり解け去った
空の上には悠然たる太陽
上帝は遠すぎて何物をも治められず
日輪はいそいそと西へ沈んでいく
いにしえより聖人はなに一つ為すことができず
道を行うことができずにみな白骨となった
白骨は土に変わり、魂は黄泉に沈み
生ける者たちは彼らを思うことなく平生を過ごす
いつになれば禁酒の街を去り
酒で満ちた甕を抱え、背中をさらして眠れるのだろう
掩関銘
蛇の毒には姿があり
薬の毒には名前がある
人の毒は心にあって
顔をあわせれば兄弟のよう
巧言を聞いてはならぬ
千丈の穴より深い罠
扉を閉ざしているのがよい
鳥の声がきこえる