2008年09月09日(火) 02時46分-K
最近見た海外アニメの中で、ダントツに印象に残ったのが、『ハンガリアン・フォーク・テイルズ』
(原題は『Magyar
nepmesek』。ハンガリー人は自分たちのことをマジャルと呼ぶ)、ハンガリーの昔話をアニメ化したらしいが、要は『まんが日本昔ばなし』のハンガリー版。1978年から続いていて、何でも百話近くあるらしいが、今回見ることができたのはその中の6th
seasonの13話。前評判も何もなく、同じ東欧でもチェコやロシアと違って、ハンガリーはアニメの伝統が特にないから(チェコにはマリオネットの伝統を受け継ぐ人形アニメの歴史が、ロシアには共産革命直後からのプロパガンダアニメの歴史があり、度肝を抜く作品がごろごろ転がっている)特に期待もせずに見たのが良かったのかも知れない。「見て知りそ、知りてな見そ」である。実際技術的にはたいしたこともなく、解説によるとこれでもかなり洗練されてきたほうとかで、そうすると素朴だった初期seasonが別の意味で見たくなってしまうのだが、この素朴さが題材とあっている。だれもCGバリバリの『まんが日本昔ばなし』など見たいと思わないでしょ(いや、少し見たいかも?)。声もキャラクター一人々々に声優がつくわけでなく、語り部(男)が一人いて、その人がナレーションから男女すべての声を演じる、と言うやり方も日本と共通で(日本では市原悦子〈家政婦、マニアックな所でヒルダ〉と常田
富士男〈「子鬼じゃ、子鬼がおる」のおっさん〉がやっていたね)、これも昔ばなしっぽさの出し方の世界標準なのかもしれない。
そして何より面白いのが、その内容なのだ。昔ばなしなんてのはどこでも荒唐無稽でご都合主義で意味がよく分からなかったりするものだが(日本にも蛤女房や魚女房などの、単なる下ネタでしかないような昔ばなしがあったりする)、そういうものは作品化するに当たってやっぱり現代人の目で整理されてしまったりする。ところが、そこの所をよく分かっているのか、それともハンガリー人の脳みそはいまだに中世のままなのか、そのよくわからんとこをよくわからんまま画面に表現しているので、堅くなった脳にこころよい衝撃が与えられるという仕組みになっているのだ。そしてこれこそ、日本にも十分すぎるほどアニメがあるのにわざわざ海外アニメーションをほじくろうとする意味なのだ。日本のアニメではこれはありえないよな、と言うような話を見るたびに小規模コペルニクス転回を起こし、逆に日本アニメの特徴もわかるようになるのだ。
と言うわけで今回見た13話の中で特に気に入った3話を紹介しよう。
まずは『かくかくしかじか』、意味のわからん話。
あらすじはこんな風。まず雄鶏が生垣を荒らす。それを見たカササギが尋ねる。
「おや、どうしたんだい。ひどい有様じゃないか」
そう訊かれた生垣
「雄鶏に荒らされてしまいました」
それを聞いたカササギ
「それは可愛そうに。それじゃあ僕はこの尾羽をちぎるよ」
と言って自分の立派な尾羽をちぎってしまう。
カササギは飛んで行って胡桃の木に止まる。胡桃の木が訊く。
「おや、カササギさん。立派な尾羽はどうしたね」
カササギは答える。
「生垣が雄鶏に荒らされたんだ。だから僕は尾羽をちぎったんだ」
それを聞いた胡桃の木
「だったら僕は葉っぱを落とすよ」
と言って葉っぱをすべて落としてしまう。
それを見た鹿の母親が訊く。
「おや、胡桃の木さん、どうしたの」
胡桃の木は答える。
「生垣が雄鶏に荒らされたんだ。それでカササギが尾羽をちぎったんだ。だから僕は葉っぱを落としたのさ」
それを聞いた鹿の母親
「それなら私は子供を追い払うわ」
と言って自分の子供をすべて追い払ってしまった。
鹿の母親が、子供がいなくなって泉のほとりで泣いていると、泉が聞きます。
「鹿さん、なぜ泣いているの。お子さんたちはどこへ行ったの」
それに答えて
「雄鶏が生垣を荒らしたの。それでカササギが尾羽をちぎって、胡桃の木が葉っぱを落としたの。だから子供を追い払ったの」
すると泉は
「だったら僕は水を血の色に染めるよ」
と言い、本当に泉の水は血のように真っ赤に染まってしまった。
泉に水を汲みに来たお手伝い女がそれを見てびっくり
「あらま、なぜこんな色になっちまったんだい」
それに泉が答えて
「まず雄鶏が生垣を荒らして、それでカササギが尾羽をちぎったから、胡桃の木が葉っぱを落として、すると鹿が子供を追っ払った。というわけで私は水を赤く染めたというわけ」
するとお手伝い女
「なるほど。それならあたしはこの桶を壊しましょう」
と言って、頭突きで水汲み桶を壊してしまった。
お手伝い女が家に帰ると御かみさんが訊きます。
「おいお前、水汲みはどうしたの」
するとお手伝い女は答えます。
「雄鶏が生垣を荒らしたので、カササギが尾羽をちぎり、胡桃の木が葉っぱを落として、鹿が子供を追い払い、泉は水を真っ赤に染めました。だから私は水汲み桶を壊したのです」
それを聞いた御かみさんは
「じゃあ、私はパン種を壁に打ち付けましょう」
と言ってパン種を壁に投げつけます。
ちょうど帰ってきたご主人、それを見て驚きあわてて、
「おいおい、何をやってるんだお前は」
と尋ねます。御かみさんは
「雄鶏が生垣を荒らしたからカササギが尾羽をちぎったんだってさ。それで胡桃の木が葉っぱを落とし、鹿が子供を追い払い、泉が水を真っ赤に染めて、それでマリアが水汲み桶を壊してしまったんだ。それで私はこうやってパン種を壁にぶつけてるってわけなのさ」
と答えます。ご主人は
「そういうことか、それならわしは髭をそろう」
と髭をそってしまいました。それを見て息子が叫びます。
「父さん、何で髭をそってしまったの」
主人は答えて言います。
「まずは雄鶏が生垣を荒らして、それでカササギが尾羽をちぎり、次に胡桃の木が葉っぱを落として、それを見た鹿は子供を追い払った。それを聞いた泉は自分の水の赤く染め上げたので、マリアは水汲み桶を壊して、妻はパン種を壁になげつけた。だからわしは髭をそったのだ」
それを聞いて納得した息子は
「だったら僕は牛の足を切ろう」
というと、のこぎりを持って牛小屋に行きます。そして牛の足をギコギコ切って、二匹目に行こうとしたとき、兵隊が通りかかって、彼に訊きます。
「なぜそんなことをしているんだい」
それに答えて言うには
「雄鶏が生垣を荒らしたから、カササギは尾羽をちぎり、胡桃の木は葉っぱを落とし、鹿は子供を追い払い、泉は水を赤く染め、手伝い女は桶を壊し、母はパン種を壁に投げ、父は髭をそり、そして僕は牛の足を切ろうとしているんです」
それを聞いた兵隊は
「気を確かに持て!」
と叫んで抜いたサーベルで彼を何回も叩き伏せ、足の切られていない牛を売り払い、そのお金で何日も続く結婚式を開いてある娘と結婚して、末永く幸せに暮らしたということです。もし死んでいなければ今も生きていることでしょう。
なんだそりゃあ!
(続きはまた書く)
エッセイなのに続く
最終更新:2014年02月17日 13:07