2008年11月07日(金) 00時20分-K
「池田、お前、物考えたことあるか?」
池田は数秒間、空の一点を見つめながら、まるで物を考えているかのような顔をした後こう言った。
「覚えが無いね」
呆れ果てた俺が言う。
「たまには、物ぐらい考えたほうがいいぞ。ばちが当たるわけでもない」
池田はまた、先ほど見つめた所とほぼ同じ場所を見つめていたが、突然眉を顰めると、
「あれ、喋ってもいないのに、頭の中に声がするぞ? その、外には漏れて来ないんだが、自分の声
が」
俺はため息をついた。
「安心しろ、それが考えるってことだ」
今日の池田は大きめのヘッドフォンに、UFOキャッチャーの景品のように頭蓋骨を鷲掴みにされている。隙間からはジャカジャカと有り余るほどの騒音が漏れ出している。
「おい、池田、少しうるさいぞ」
実は少しではない。
「えっ、なに?」
顔を顰めて聞き返す池田。
「うるさいから、音量を下げろ」
「えっ? 何だって?」
俺はため息をついて、ジェスチャーでヘッドフォンを外すことを要求した。ようやく理解した池田は、すまなそうにヘッドフォンを外しながらこう言った。
「いやあ、朝起きてから、耳の中からすげえ音がして、周りの音は聞こえないし、人には迷惑が掛かるし………」
実は電源の入ってなかったヘッドフォンが外されると同時に、池田の声もすさまじい音によって掻き消された。
講義中に横を見ると池田が鼻をほじっている。口を大きく開けて。首を傾けて斜め上を見ながら。顔の筋肉をゆがませながら。それでいてものすごく幸せそうな顔で。
何も見なかった振りをして黒板に視線を戻すと、ゴリュッという風な音がして、池田が「あ」と小さく声を上げた。横目で確認すると、池田の指先には何か巨大な塊が付着していて、それを池田は驚愕の目で見ている。今のはあの巨大な鼻くそがはがれる音だったのかとも思えるが、少し妙だ。大きな鼻くそをサルベージしたときの池田の顔は、まるで新種の生物を発見した生物学者のような顔で、全方位からためつすがめつした後、まるで投げられた木の枝を主人の所に持ち帰る犬のように勢い良く、そのどんなダークエネルギーでも引き離しえないほど凝縮した銀河団のような光りを湛えた瞳をこちらに向けるのだ。今現在のような不安そうな表情ではない。
心配なわけではないが、念のために
「どうした?」
と訊くと、
「なあ」
と一呼吸いれた後
「大変なことになったのかもしれない」
とこちらを向いた顔の真ん中にある鼻には大きな一つの穴しかあいていなかった。鼻づまりになりにくいかもしれないな、と割りと冷静に考えていた。
「人の鼻の穴に指を突っ込むのはやめろ~」
池田が一人で鼻を両手で押さえてもがいている。また妄想相手に相撲をとっているのか、ご苦労なことである、とコメントを付しながらそばによって覗き込むと、池田の鼻の穴から人差し指が飛び出していた。
「池田、演技してよ、演技」
池田は演技が得意と思い込んでいるが、池田が演技が得意だと思っている人間も、池田のやっていることが演技だと思っている人間も他にはいない。
「分かったよ、仕方ないな、誰をやる」
「今日は山田だ」
次の瞬間、池田は山田になった。
「よう、山田、久しぶり」
「ああ久しぶり」
「次の定例会議は来週の日曜日な」
「分かった」
「それじゃな」
「それじゃ」
ふっと、山田が消えて、池田が帰ってきた。
「どうだ、俺の演技は」
「ああ、まあまあかな」
相変わらず池田は、それを自分が演じていると信じ込んでいて、それらの役が、見聞きし、感じ、考えることができる、人格を持っていることに気付きはしない。
朝、太陽の光りに目を細めながら歩いていると、先を行くあの後姿は池田ではないか。
「よ、池田、おはよう」
少しびっくりさせてやろうと、思い切り背中を叩くと、その衝撃で池田はむせ始め、体をくの字に曲げた。
「ぐふ、ぐふ、ぐぶりゅぎゅあ」
形容しがたい音を喉の奥から搾り出すと、突然池田の喉が顎が埋まるほど大きく膨らんで、どうやら腹の底から押し出されてきたその丸い膨らみはそのまま、口に押し出され、人の頭ほどのサイズの粘液まみれの白い卵が目の前の地面に吐き出され、転がり落ちた。
あまりのことに気が動転して、背中をさすってやりながら、
「おい池田、大丈夫か」
と声をかけると、池田は
「うぇい、朝食ったもん、全部出しちまったぜ」
と口元を拭きながら言った。
帰り道、池田と並んで歩く。特に喋ることも無いので、黙って歩を進めていると、
ぶうっ
という見事な音が池田のほうから聞こえてきて、こういうのは黙して語らないのがマナーなのかもしれないが、あまりに見事だったので
「おい、池田ぁ」
と、少し後ずさりながらいうと、池田
「あっ、昼飯に、豚食ったのばれた?」
少しずつ書いていこう
最終更新:2014年02月17日 13:12