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光は放物線を描いて

2008年12月20日(土) 18時16分-カンパニール


「……人間の進化も打ち止めかもしれないな」
「なぜ? 心境の変化というヤツかい?」
 恒星間コンコース。あの日と同じカウンターバー。
「人間の、なんて言うかな、“可知域”は確実に拡大してきたと思うんだ。これまで逆行したことはない。少なくとも絶対的に見れば」
「いったん知ってしまったことを、それこそ知らなかったことになどできないからな。共通認識されるべき知識であればあるほど」
「生存権は母なる太陽系をゆうに超えて、さまざまな未知を既知に更新してきた」
「その度に、新たに現出した未知に立ち尽くしてはいるが。国境の長いトンネルを抜けるとまたトンネルであった、なんてことはざらさ」
「ああ。探究の歴史とはその繰り返しだと思う」
「で、悲観的な思いに至った理由は?」
「こうして地球外に人間が暮らすようになって何世紀も経つが、そういうことは私も実感している。仕事柄結構な数の星を回っているから」
「それは俺も承知している」
「自らの目で見てきたからこそ、土地土地の変わりばえの無さが嫌でも目に付くんだ」
「変わりばえの無さ?」
「そう。何十パーセクと隔てた主系列星でも、同じように港へ公社の船が接舷し、同じように入管手続きを受け、こうして電気ブランが飲める。これがすごいことだというのはわかる。その反面、つまらなく思う時もある」
「ほう。それは忙しいことだな」
「この宇宙そのものが対称形をしたホモジェナスではと感ずることすらある」
「その理屈っぽい性格もホモジェナスだと?」
「そうじゃない。個々の性質が出来上がる土壌となるような、もっと一般性の問題なんだ」
「没個性とでも嘆きたいのかい? ジャーナリストじゃあるまいし。それこそ一般論じゃないか」
「フムン。そういう節もあったかもしれない。自分では気付かなかったが」
「知り合った時のことを覚えていないのかい? 君はずいぶんと目を白黒させていたよ。それは物理的差異によるものだろう?」
「そう、そうだったな。でも慣れてしまったよ。見た目の違いなんてその程度の些事じゃないかな」
「旧世紀の人間はそうは思わないだろう。歴史を顧みるまでもなく。そういう感覚はまだ新しいよ」
「旧世紀か…。その時代を生きた人間だって、後世の子孫にこんな呼ばれ方をするとは思わなかったろうな」
「宇宙がまだフロンティアだった楽しい時代さ」
「当時は地域ごとに全然通じ合わない別々の言葉を話していたそうだよ」
「えぇ? ならどうやって互いにコミュニケーションを取るのさ? 筆談かい?」
「いやいや、文字も違うんだ。食べ物も嗜好も歩き方も、用の足し方までまたしかり。たった数千キロでも生活圏が隔たってしまうと、それが当たり前なんだ」
「ますますわからないな。いくらなんでも、それじゃあ別の生き物じゃないか」
「両方の言語を習得した専門職の人間が少数いて、仲立ちになることでやっと意思疎通していたらしい」
「七面倒くさいことをやるなぁ」
「そういう人員を養成するための大学まであったという記録も残ってる」
「そりゃいいや! 旅行者に道案内できるようになれば学位がもらえるなんて、夢のような時代だな」
「決して甘いものじゃないぞ。せめてハイスクールの生徒と弁論できるくらいでないと」

「しかしそれは合理化への努力の結果だろ? 想像してみたまえ。バザーの客引きばあさんが自分にはさっぱり意味を持たない売り文句をわめき散らしながら寄ってくるのを。そのくせ俺が異言語人と悟るや、まるで知恵遅れでも見るかのような侮蔑の目で罵り言葉を残して去っていくんだ。表情を見れば容易く知れるようなことをここぞとばかりに吐き捨ててさ。まっぴらごめんだよ。そうだろう? 言語が統合された理由がわからないわけじゃあるまい?」
「もちろん理解しているつもりさ。私が言いたいのは……」
「言いたいのは?」
「山や谷、海、湖。いろいろな地形があるからこそ、自分がどこにいるのかわかるってことだよ……。どこもかしこも切り崩して埋め立てて、真っ平らにしてしまったら、見通しはいいかもしれないが、すぐにどちらへ進めばいいか迷ってしまうと思うんだ。本当にまっすぐ歩いているのかさえ……」

「一過性の懐古主義に浮かされてるだけさ。そう深刻に考えるな。俺と君とでは完全に別個の個性である事実は、役所に問い合わせる必要も無いはずだ」
「懐古主義か…。どうなのかな」
「楽しかった過去への憧憬を抱くことは誰もが通る道さ。ただ君の場合は、それがこの世に生を受けるはるか以前に遡っただけの話だな」

「過去への憧憬と言っても、当の宇宙そのものは何も変わっていないのかもしれい」
「だがついに宇宙が収縮しだしたと主張する学者もいるそうじゃないか」
「膨張し続けてきた宇宙がやがて収縮することは、旧世紀からとっくに予想されていたことさ。ただそれが今起きようとは思ってもみなかったんだ。遠未来の可能性のひとつに過ぎなかったから」
「月に旗を立てて喜んでいた時代に比べれば、現代なんて立派な遠未来さ。夢と希望に満ち溢れたワンダフル・エポック!、ってな」
「ハハ、まったくだ」

「私には日本人の血が流れているらしい」
「どうりで。舌を噛みそうな名だと前々から思っていたんだ」
「先祖がどういったものか気になってね。いろいろ調べてみたんだ」
「それが原因ってわけか」
「うん。世界はうんと広くなったのに、人間の多様性は逆に狭くなっているように感じたんだ」
「確かに、宇宙空間では行動に制約があるぶんそうなる傾向があるのかもしれないな」

「あれを見なよ」
「すごい混雑だな。……地上はちょうど夕暮れ時か」
「みんな、急いでエスカレータを駆け下りる。家に帰ってのんびりしたいがために。先日免許を更新した折、シャトルの教官が口酸っぱく言っていたが、帰途、しかも見慣れた自宅周辺というのは特に事故率が高いらしい」
「油断一秒なんとやら、かい?」
「のんびりしようとするあまり、人生の多くの部分はまったく反対の状態にある。これは大いなる矛盾じゃないか?」

   * * *

 光は放物線を描いて、ポーラースターからサザンクロスへと、開放されたディスプレイの上をなぞっていく。行き交う乗客は見向きもしない。強化ガラス一枚を隔てた真空。
 二人はそれを眺めながら、意識の中の流星を飛ばす。アロー、アロー、シリウス。元気シテルカイ? ヘイ、オリオン。ベルトガ緩ンデルゾ。ゴキゲン麗シュウ、ミセス・ベガ。
 何千光年と延びたカウンターが二人の間にはあり、シェイカーの小気味いい音も遠のいていく。その眼に映るのは、はるか過去の追憶。何千年と虚空を彷徨ってきた一条の光線。

   * * *

「電気ブラン」
「私も同じものを」
「…………」
「いかがされました?」
「……失礼。ヒューマノイドの方にお目にかかるのは初めてなもので…」
「ああ。この辺りではそれほど珍しくもないのですが…。確かに初対面では面食らわれるのも当然ですな。こちらこそ失礼した」
「こちらの星系へは今朝到着したばかりでして」
「ほう。ビジネスですかな?」
「ええ」
「ゲラッフ・F・ボールド」
 差し出された手。
「ホーク・ミマサカです」
 恒星間コンコース。その一角の、カウンターバー。

エス☆エフ!
最終更新:2014年02月17日 13:13