2009年01月14日(水) 02時26分-K
2のBの山本裕子は学年一の美人であった。多くの男子からは言い寄られ、また面食いである担任の教師新海毅からも目をかけられていた。多くの女子は顔には出さずともよく思っていなかったのだが、彼女と仲の良いいくらかは、からかい半分とも取れる口調で誉めそやし、ついには天にまします担任の妻みどりにも勝ると言う輩も出る始末。それを彼女は何にも言わずただ笑って受け止めていた。否定も肯定もしなかったにもかかわらず、担任の妻は天の上に住まう者の例に違わず嫉妬深かった。また彼女は、夫が女生徒に色目を使い続けることに業を煮やしていたのだった。夫と女生徒達への見せしめとするために、彼女に手痛い罰を加えることにした。
同じクラスの大蟇かおるは、人の父親と、巨大な蛙の母との間に生まれた子供で、学校一の醜男であり友達もいない。みどりは担任の妻のみが持つ不思議な見えない指により彼の心に触れ、裕子への一途で力強い、燃え滾る愛と恋の炎を植えつけた。裕子はその日、一日中粘りつくような視線に悩まされた。
そしてその日の夕方、丘の上の学校から駅まで歩く下り坂、新聞部の編集作業で下校時間からずいぶん遅れてしまった裕子は、またあの舐めるような視線を背中に感じた。振り返ると彼女は自分が実際に舐められていることを発見した、かおるの長い舌によって。裕子は走り出した。しかし、かおるも飛び跳ねながら追いかける。いくら取材で鍛えられた足だとしても、バスケット部のかおるにはかなわない。このままではじきに追いつかれてしまう。
裕子は丘の上の学校に向かって祈った。
「王理ヶ丘の上にまします、我らが担任の先生よ! どうか、お助けください。ここであのような半怪物に汚されるくらいなら清らかなまま死んだほうがいかほどましなことか! もし、あのご寵愛頂いた日々の口約束のなかに僅かでもまことが含まれているのなら、どうかお願いですから私を助けてください」
担任の新海毅は丘の上の学校の職員室の窓から、千里眼によりこのことを見て取った。そして、これが自らの妻の差し金であることも理解した。しかし今彼女を助けてしまえば、妻との仲が一層冷え切ってしまうことを危惧し、なかなか彼女を助けることができなかった。そこで彼は、チョークのこべりついた黒板消しを手に取ると、黒板消しクリーナーがあるにもかかわらず、窓の外に手を差し伸べてぽふぽふした。その赤白黄色混じった粉は夕暮れ時の風に乗ると裕子の元へと届いた。彼女は今しも、長く伸びたかおるの舌に足首をつかまれ引き倒された所で、ちょうどその舌が輝く肉置きのいい腿をはいずりながら這い登り、学校指定の校則より少々短めに切りそろえられたチェックのスカートのなかにしのび寄ろうとしたときのことだった。
その粉を全身に浴びた途端に、不思議な力が彼女の体全体に染み渡り、彼女の体は次第に変化し、指先は痺れ、叫べども声はでず、体は堅くなり、そして金属の光沢を帯び始めた。彼女は銅像になってしまったのだ。頭の禿げ上がった何代目かの校長先生の。
目の前で最愛のオンナを失ったかおるはその銅像に抱きつき、涙と涎でどろどろにしてしまった。それでできたばかりのはずの校長像は一瞬のうちに緑青だらけになり、かおるは中毒で二週間寝込んだ。
その銅像は、今も住宅街の道の真ん中に立っていて、とても交通の邪魔で、担任はそろそろ裕子の出席日数について本気で悩み始めている。
岡島正志は人の身の父親と女神の母親の間に生まれた子供だった。血筋のよさを思わせる整った顔立ちと優秀な頭脳を持ち合わせていたが、内気で人に心を開かず、学校においてほとんど口をきくということが無かった。それに目を付けたのが、校内に悪名を轟かせた三人組、雷矢、大丸、津名である。三人は「計算上儲けが無限大になるように見えるが、実は理論値に観測値を繰り込むことにより結局有限の儲けに留まる」という「繰り込み詐欺」を正志に見破られ根に持っていたのだ。指摘が無ければ、神の血筋を持たない愚かな人間どもは脳が足りなくて、もし儲けが無限大ならハイパーインフレが起こって結局、すべて紙くずになると言うことも理解できずに、喜んで騙され身代を差し出していたのだ。
彼らは仕返しのために、正志に
「俺だよ、おれおれ。いや俺さ、車で走ってたらぶつけちゃってさ。今警察にいるんだよ。え? いや、ほんとなんだって! それでさ、なんだか示談金ってのを払わなくちゃいけないらしくて、それを払わないとなんか、牢屋に入れられるらしくて、ほんと、マジなんだって、今マジでヤベえんだって! ちょっと待って、今警察の人に代わるから………はい、そのですね、言いにくいことなんですが、示談金を払えないと我々としたら彼を収監せざるを得ないわけでして、それを避けるためには云々……」
という手紙を渡して校舎裏まで呼び出し、紐でぐるぐる巻きにして、何かの役に立つかもしれないとずっと以前に掘っておいた穴の中に放り込んで、上から土をかぶせていった。
「けっ、おかんが神様だからって調子こきやがって」
そのとき、これまでずっと口を閉ざしていた正志が初めて言葉を発した。
「これで住むと思うなよ、恐れを知らぬ傲慢な人間どもよ。貴様ら、矮小な者どもらが、高貴なる神の血筋を受け継ぐものを殺したとなれば、必ずや恐ろしい天罰が下るであろう。確かに我は半身は神なれど、もう半身は人なれば、死すべき定めである。だが、我死すとも、必ずや我が肉を苗床として不思議な草花が生え出でて、口々にお前らの悪逆非道の業を暴き立てるであろう」
興奮すると多弁になる性質なのであろうか、だがそんな長口上も
「馬鹿、そんな非科学的なことがあってたまるか」
と一蹴され、正志は埋められてしまった。
彼を心配したのが、彼の母である大地の女神、輝く瞳の岡島美代子である。永遠の命持つ彼女には、限りある命しか持てぬ存在であるからこそ、人との間にできた子は格別愛しかったのである。次の日から、最愛の息子の姿を探して学校の廊下をさまよう彼女の姿が見られた。学校の教師たちは、必ず探してみせると約束し、帰ってもらおうとしたが、追い返そうとするたびに輝く瞳の美奈子は、千の足を持ち、万の首を生やし、億の腕をのたくらす怪物「モンスター・ペアレント」に体を変化させ暴れまわった。百戦錬磨の盾と矛持つ教師たちもこれには恐れをなし、肉つきの良い生徒を選び出し、脂身の付いた肉を焼き、薫り高きぶどう酒とともに供え、怒りを鎮めようとしたが、それも無駄であった。
そのとき、校舎裏から声が上がった。皆がそちらを向くと、地面から名も知らぬ不思議な草花が生え出でて、三人の名前を叫びたてたのだ。皆でその三人の顔を探し出し、女神の前に差し出した。彼らは抗弁しようとしたが、怒れる神の一睨みの前では、無力であった。そのとき三人は体の自由が奪われるのを感じた。声を出そうとするが、喉からは息が漏れるばかり。そして体が縮んでいくのを、呆然と感じるだけであった。だが、じきに理解力も奪われて、自らの情けない姿に恥じると言う、無駄な行為をする必要も無くなった。そしてすぐさま本能が理性の椅子を奪い取る。彼らは蛙と蛇と蛞蝓へと姿を帰られてしまったのだ。その廊下の一角では、今でもその三匹が睨み合って、永遠の業罰を受け続けている姿が見られる。不思議な草はうるさいので、すぐに刈り取られてしまった。
そろそろ自分が勇者に思えてきた。
最終更新:2014年02月17日 13:14