2011年05月01日 (日) 15時09分 - すばる
1
中央戦線、依然南下中。
「ガッ、第二防衛線、突破されました。オイラー中隊、退避します。」
「ガッ、なにを言っている。そこを突破されたら、いったい何人が犠牲になると思っているんだ。ふざけるな、戦え。」
「ガッ、無理です、敵の数が多すぎる。すぐにエリア3、それにエリア4にも退避勧告を出してください。早くしないと手遅れになる。」
「ガッ、そんなものはこちらで決めることだ。いいか、お前たちは何があってもそこで戦え、お前たちがそこで連中を食い止めていれば、それだけ被害は少なくて済むんだ。」
「ガッ、そんな無茶苦茶な、私たちに、死ねというんですか。・・・うわあああぁぁぁ。」
「ガッ、おい、どうした。オイラー中隊、応答せよ。オイラー中隊、応答せよ。」
中央戦線、依然南下中。
避難命令が出たのが早かったか、敵が襲ってきたのが早かったか、それは判断に難しいだろう。ほぼ同時、というのが一番手っ取り早い。ともかく敵は、おびただしい数の銃弾の中、血飛沫をあげて攻め込んできた。人の群れは、逃走のために南へ殺到するものと闘争のために北へ向かうものとで二分する。彼らはバリケードを作り、銃弾を打ち散らすも、敵はそれに構わず突撃する。当然、そのうちのいくらかは弾に当たり吹き飛んだ。ダムダム弾だ。もちろんそれは、戦争で使っても違法なのだけれど、敵はすでに人ではなく、通常の銃弾では何十発と打ち込まねば効果が出ないし当然そんな余裕もない。それで、この敵に関してはダムダム弾だろうと毒ガスだろうとお構いなしだ。しかしそれにもかかわらず敵の攻撃は止むことを知らず、むしろ勢力を増大させていった。
敵はバリケードを突破し、敵陣中央に突っ込む。こうなっては銃の信頼性は大きく崩れる。味方に当たる確率が跳ね上がるからだ。彼らは毒ガスのピンを抜き、それを地面に叩きつけた。こうなってしまっては、勝ち目はほとんどないに近い。しかしこの敵に降伏などということはきかず、逃走もまた、この状況では意味のないものである。選択肢はすでに、自決しかない。
茂みから覗くと、陣地にはすでに人影ひとつ見つからない。味方の姿はもちろん、敵の姿もそこにはなかった。軍隊蟻が通った後を連想させる。ジャングルの地面を根こそぎかっさらう軍隊蟻の行軍後には、虫一匹のこらない。すでに仲間たちは絶望的だろう。だが、私たちは残っている。偶然に偵察に出ていて難を逃れたのは、私を含め一個分隊、たった四人だけだが、それでも私たちは生き残っている。
でも、それだけだった。たった四人で、いったい何ができる。せいぜい一匹でも多く敵を道連れにするだけ、それ以外に何もできることなんてありはしないではないか。部下たちもみな、意気消沈の色を隠せないでいる。でも私は、この場であきらめたくはなかった。虎の群れに対して蟻がたったの四匹、その差はあまりにも決定的で、一矢報いることすらかなわないかもしれないけれど、それでもこの場で終わりたくなどない。
私は立ち上がる。
「行こう、まだこの近くに、無事な居住区が残っているかもしれない。彼らが逃げるための時間稼ぎぐらいなら、私たちにもまだできるかもしれない。」
私はそう言って皆を見渡す。もちろん嘘だ。こんな状況では避難命令が出ないわけがないし、敵はすでに居住区の位置を知っているはず、無事であるはずがない。ただ、前を向くことが重要だった。今は前を向き、立ち上がるよりほかに何もできない。すでに人類絶滅は秒読み状態、回避手段は皆無である。しかしそれでも私たちにできることといえば、生き続けようとすること以外に何もない。部下たちもそんなことはわかっている。そして、彼らは強かった。一人残らず、立ち上がる。
2
陣地内に入ることはできない。戦闘用、自決用のVXガスは皮膚からでも吸収されるため、ガスマスクすら気休めにしかならないのだ。私たちとしても、毒ガス銃はできることなら使いたくないのだが、この状況でそんなことを言っていては話にならない。おそらく陣地内には、毒ガスが充満しているのだろう。食糧はじめ物資が明らかに足りないけれど、仕方がない。近くの居住区まで移動することにする。私としても、このあたりにあるすべての居住区の位置を把握しているわけではない。むしろ情報漏えいを避けるため必要最小限にしか知らされていない。私が知っている居住区は三つ、そのすべてが陣地の南西にある。ただ、そこへ行くためには森を抜けなければならない。森はただでさえ危険だが、その上奇襲の心配もある。敵がたった一匹であろうと奇襲されれば確実に全滅だ。偵察任務が主の私たちは、森での隠密行動にはなれているはずなのに、心臓の高鳴りが抑えられない。一切の物音に耳を澄ませながら、ゆっくりと歩く、静かな行軍は、何日も、何日も続くかのように果てなく私たちを挫こうとする。本当は一時間にも満たない時間だったことを、太陽の位置から知ったのはようやく森を抜け、居住区を囲う防御壁が林間より見えた時のことだった。ただ、それと同時に見えたのは歓喜ではなく絶望。ちょうど正面に位置する北門は破られ、入り口に無数の屍が転がっている。当然ガスがたまっているだろう、近づくのはあまりにも危険だ。仕方がないので壁の周りを大回りし、反対の門のほうを目指す。しかし南門は、ぴったりと閉まっていた。高くそびえる門扉は、それがいかに強硬かを誇示し、同時にそれを破った敵の力をも示している。しかし閉ざされた門は、別のことをも教えてくれた。門が開かれずにこの居住区がほろんだとは考えられない、防衛の痕跡はあったのだ、いかに奴らとて壁を乗り越えて侵入することはできないし、門に傷一つないことから考えて攻撃を受けたのではない。間違いなく門は、脱出のために開かれたのだ。ではなぜ今門が閉められているのか、それは当然、敵の手から逃れるためであろう。ただ、北門のほうに何人も倒れていることから、全員が無事に逃げられたはずがない。たぶん、ここから逃れた人たちは、まだ中に人がいるにもかかわらずこの扉を閉めたのだ。逃げ遅れた人たちを見殺しにして、自分たちだけが逃げるために。その中には、自らの身を挺して敵から皆を守ろうと武器をとったものも多く含まれていたことだろう。いや、そういうものこそ、戦線で戦ったもの、周りの人たちを逃がそうとしたものこそが取り残され、見捨てられた。自分の身をかわいがり、一目散に逃げ出したものだけが生き延びた。それは、なんと不条理な話か。ただ、それだとして私たちにできることなど何もない。閉まった門が示すただ一つ確かなことは、もはやこの居住区に入る手段はないということだ。南北両方の門が塞がれたのだから、もう諦めるしかない。仕方がないので、次に近い居住区を目指すことにする。
3
入り口に横たわる死人の山を見て、部下の一人が駆け出した。とっさに腕を掴もうとするが、手は空をきり、部下は入り口にたどり着く前に倒れこみ、動かなくなった。もしかしたらここは、彼の生まれ故郷なのかもしれない。そんなことも知らない自身が疎ましいが、確かなのは、彼を助ける手段がないということだ。おそらく毒ガスの残渣を吸い込んだのだろう、すでに命すら怪しい。ただ、この居住区ももうだめだ。逆側の入り口でも、集団自決の跡が見られ、中に入るのは不可能だろう。こうなると、残り一つも望めまい。そちらへ行くよりも、まっすぐ南へ向かうべきだろう。エリア3は壊滅、もしかしたら、エリア4も危ないかもしれない。敵の進行速度は、明らかに速くなっている。人類はすでに首の皮一枚だ。
もうすでに食料は底をつき、私たちは木の実やら昆虫やらで何とか食いつないでいた。サバイバルは過酷を極め、私を含め全員が疲弊の色を顔に浮かべている。神経を磨り減らす行軍が何日も続く。なにしろどこに何があるのかほとんどわからないのだ。求めるべき居住区の影も、自らの目で見るよりほかに見つける手段は何もない。私たちは無言で、ただ歩き続ける。一定のテンポを崩さない足と、鋭くぎらつかせた眼だけを残し、あとはすでに死んでいるようにすら思われる。それでようやく、視界を覆わんばかりの白壁を見たのは、どれほどたってからだってからだろうか。私たちはただ、入り口に向かって無心に歩き続ける。希望の光に胸を躍らせるも、それはほんのひと時の間だけだった。開かれた門の内側には、人一人いない。死臭が漂ってこないかわりに、生きた人間の息遣いもそこにはなかった。せめて何か食べ物だけでもないかと探したけれど、見つけたのは今必要のないものばかり、すでに避難命令が出たのだろう。ここにはもう、何もない。せめてその日だけはベッドで休むことにして、明日の太陽が昇るのを待つ。ただ、その日を境に、部下の一人が姿を消した。
私は、残された最後の部下とともに南へと向かう。もはや人類に残された最後の砦はエリア5だけである。エリア5は、エリア4までとは違ってたった一つの巨大都市からできている。だから私にもそのおおよその位置はわかり、おかげで少しは気も楽だ。ただしそこに着くまでにはまた何日も歩かなければならない。すでに限界だと思っていた疲労は次の日数時間で昨日のそれをしのぎ、その日の終わりにはまたそれを限界だと感じる。そんないつ果てるともわからない地獄の行軍が何日続いたか、ようやく目的のそれを視界が捉える。地平線の向こうにかすんで見えるそれは、そこまでの距離がどれほどあるかもわからないけれど、姿が見えているというだけでわずかばかり気休めにはなる。ただ、そんなのは本当に気休めにしかならないし、とうとうそこにたどり着いた時、私たちは、最悪の現実を目の当たりにする。人類最後の砦を闊歩していたのは、人ではなく、敵だった。姿かたちは人と変わらないけれど、間違いない。なにを見ているともしれないうつろな目は、心を抜かれている証拠だ。
「うわあああぁぁぁ。」
突然、部下が叫ぶ。そして、自らの持つ毒ガスのピンを抜き、大きく振りかざす。それを見た私は、一目散に逃げた。どうすればいいのかなんてわからない、でも死にたくなんてなかった。連中に捕まれば、連中と同じ存在になってしまう。それは人類に反旗を翻すことであり、しいては守るべきものを傷つける行為だから、連中にとらえられる前に自ら命を断てと言われていたはずなのに、これまでに見たいくつもの屍、死してなお死をまき散らすあんなものには決してなりたくなかった。どうしていいのかわからず、ただ死というものの恐怖にどうすることもできずに走り続ける。傷だらけになりながら、泥まみれになりながら、転げ回り、のたうちまわり、ただ逃げ続ける。もはや前も後ろも、何も見えなかった。
地面に突っ伏したまま、荒く息を吐きながら悲しみに暮れ、絶望に暮れ、途方に暮れ、自身の無力を呪い、どうしようもない現実を呪い、私は声も出さずに泣いた。ただあふれるだけの涙、それを止めるすべを知らない私は、地面に顔をうずめ、ひたすらに声を殺した。
ざくりという、足音が聞こえた気がした。そうして気が付く。誰かが、私の傍らに立っている。奴らではない、それが奴らならば、私はすでに、向こう側に取り込まれているはずだ。ただ顔を上げる気にはなれなかった。それが何者なのか、見てみようとは思わなかった。やがて頭上から、声が聞こえてくる。感情のこもらない、機械的な声。
「おめでとうございます。あなたが最後の生き残りです。報酬として、あなたには100ポイント差し上げます。それではこれより、次のゲームを始めます。次のゲームでは、あなたが鬼です。あなたに触れられた人は、鬼となります。あなたは自分が死ぬ前にすべての人間を鬼にしなければなりません。それでは、ゲームスタートです。」