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くるくるリクルート

2009年04月19日(日)19時58分-K

 金がないのと首がないのとが同じだとはよく言ったものだ。仕事がなければ好きなことにうつつを抜かしていられるのでうれしい事三昧なのだが、収入がないのは困る。金がなければご飯が買えないじゃないか。ご飯が買えなければ、ご飯が食べられないじゃないか。ご飯が食べられなければ、お腹が空くじゃないか。お腹が空いたら、何もできないじゃないか。何もできなければ、仕事ができないじゃないか。仕事ができなければ、収入が入らないじゃないか。収入がないと、ご飯が食べられないじゃないか。以下略。
 一寸先は闇というのは本当だ。つまりお先真っ暗だ。このまま、誰に知られることもなく、消えていくように、死んでいってしまうのだろうか。社会的透明人間だ。これが本当の無職無収だ。誰がうまいこと言えといったか。
 そんなある日、空きっ腹を抱えて、金もないのに古本屋めぐりをしていて、割りと気に入っていた店である猫又文庫の看板がなくなっていたり、「三位一体の父と子と精霊の精霊って確か伝統的な英語約ではGhostだから、聖霊病院はもしかしたらGhost Hospitalなのか?」と思っていたら「Holy Spirit Hospital」だったり、杁中のBook-offから川原通のBook-offへの道の中間地点にかけて出没する「ちょっと前に大垣から出てきたんですが、仕事が見つからず、お金がなくてそこのCoco一番屋でカレーを食べるのに百円でいいから下さい」と二年前からずっと同じ事を言い続けている歯抜けの男にまたも話しかけられたりして暗澹たる気分になっていたとき、妙な看板を見つけた。実は道端で妙なものを見つけるのは得意なのだ。昔、後輩の女の子に褒められたことがある。道端で何かを拾っているのを見られて笑われたこともある。もしかしたらあれは褒めていたのではなく馬鹿にしていた?
 それにはこう書いてあった(あっ、看板のほうね)。
 『回転職業』
 いったいなんのこっちゃ。回転する職業とな。サーカスとか、あと染之助・染太郎とか。染之助・染太郎は職業の名前だろうか。もしかして読み方を間違えているのか。「Romancement売ります」だと思ったら、「Roman cement売ります」だったみたいな。しかしこれのどこをどう読み間違えろというのか。読み間違えるのに相等高いスキルを要求されるだろう。『秩父路は死の迷路』を『叔父様は死の迷惑』と読み間違える並みの難易度だ。「No Smoking」を「横綱禁止」の意味と取り違える並みのアクロバティックが要求されている。そんな奴ァいねえ。
 しかし、こんな所でうんうん唸りながら悩みぬいて、道行く人に怪しまれ警察に通報されたりするのも詮無いこと、一体この店が何なのかは店に入ってみて直接確かめればいいことくらい、自慢の超絶頭脳をフル回転させて集中考疑や俯瞰流考等の必殺技を駆使すれば何とかぎりぎり分かるというものである。というわけで自動ドアを抜けて中に入る。
 するとそこに広がっていたのは様々な服装の人間達がベルトコンベアに乗ってぐるぐる店内をぐるぐる巡回しているのだ。これは一体何なのだ。
 「へいらっしゅわい!」
 座布団の上に正座して運ばれてゆく人々の間に見え隠れする店員が、威勢良く声を上げる。
 「何にしゃすか?」
 もしかして人身売買の現場にいあわせてしまったのか。まさかこんな所で堂々と商売していたとは仏様でも気が付くめぇ。ルパンなら気がつくかも知れないが。ルパン? リュパン? デュパン? まあいいや。じゃあこの人達は何のために売られてゆくのか。臓器移植の闇市場か。つまりこの人達は借金のかたに売り飛ばされたドナー。ドナドナドーナード~ナ~~、売られてゆうくうよお♪
 とこれほどの意味内容を僅か五分ほどかけて考えると、正義の炎にその瞳を滾らせ、きっと店員を睨みつけた。すると、その店員は変な顔でこちらを見ている。それはそうだ、店に入ってきた客が五分ほどフリーズした後、突然調子っぱずれのドナドナを歌い始めたかと思うと、正義の炎にその瞳を滾らせ、自分をきっと睨みつけてきたのだ。それは変だ。変な顔にもなろうというものだ。だがこちとら悪党の都合を慮ってやるほど人間ができてるってわけじゃねえんだ。三枚に下ろしたあとたたきにしてやるから、そこになおりやがれ! と腰に手をやるが、そこにはあるはずの二本刀は影も形もない。嗚呼悲しい哉、廃刀令、すっかり忘れていた。何回でも忘れて思わず腰に手をやってしまう。しかし忘れてしまうことも仕方のないこと。廃刀令は明治9年西暦1876年、百年以上前のことで、もちろん生まれる前のことなのだから、憶えているほうがおかしいのだ。しかしどうする。こちらは丸腰だ。相手の戦力はまだ分からない。今日は一時撤退して、形勢を立てなおしてもう一度来るか。しかし、そうすればこの哀れな人達はどうなるのだ。眼の前の人達が救えなくて、何が武だ! 何が侍だ! 俺はよう、ただこの手が届く範囲の、ほんっとうにちっぽけな範囲の人間を助けたいって思ってるだけなんだ。世界を救うとか、平和だとか戦争だとか、そんなのは俺には何の関係もねえ。俺はこの大して大きくもない手でつかめる物を、たいして長くもない腕で抱えられるものを大切にしてえって思ってるだけなんだ。それのどこが悪い。誰だって、そうお前だって思ってることじゃねえか。その誰だって思ってることを、自分のやれる範囲内でやっていこうって話のどこが悪い! どこが間違ってる! なぜそれすら否定しようとする。それはな、お前が逃げてるからだよ。そこら辺の普通のおっさんでも、それなりに正面から立ち向かっていることから、お前が逃げているからだ。だから、お前は自分の正当化のために皮肉な態度を保ってるんだ。そんなくだらない仮面なんかさっさと剥いじまえ。俺は知ってるんだぜ、その仮面の向こうにはちゃんとした人間の顔があるってことだって。仮面に乗っ取られて、自分じゃ取れねえってんなら、俺がこの右手で無理やりにでもその仮面を砕いてやる。お前がこんな当たり前なことすら否定するってのなら、まずはそのふざけた幻想をぶち殺す。
 とこんな程度のことを0.2秒程度かけて考えると、店員に向けて確かな一歩を踏み出した。そうだ、男の真価は追い詰められたときにこそ問われるのだ。『真昼の決闘』のゲーリー・クーパーを見ろ。最期の戦いに赴くワイルド・バンチの面々の姿を思い出すんだ。あれ、それは思い出したらまずくないか?
 憤りと怒りを視線に乗せて飛ばしながら、相変わらず変な顔をしている店員の前に仁王立ちする。もしかしたら最初から変な顔なのかもしれない。鼻の穴の数に違和感がある。体中の細胞を臨戦態勢にしながら、意を決して店員に話しかける。
 「あの、すいません、ここは何を売ってる店なのでしょうか?」
 すると店員にこやかな笑みで
 「職業です」
 と答える。
 「職業?」
 「ええ、職業です。看板が出てましたでしょ」
 自動ドアを通って店の前に出ると確かに「回転職業」の看板がある。気がつかなかった。じゃあ、なんでこの店にはいったんだったっけ。まあいい、おぼえていないときもある。
 変な顔で待っている店員の所に戻って質問を続ける。
 「じゃあ、この回ってる人達は」
 すると店員にこやかな笑みで
 「職業です」
 と答える。
 「職業?」
 「ええ、職業です」
 はっきりとは思い出せないのだが、かすかなデジャブを感じる。もしかして永劫回帰の罠にかかったのか。俺は自分の人生に「もう一度!」と言えるだろうか?
 「お客さんは回ってくる職業の中から、お好きな職業を選ぶのです。そして座っている座布団の柄でお値段が決まるというシステムです」

          ナ ゝ   ナ ゝ /    十_    ー;=‐         |! |!
          cト    cト /^、_ノ  | 、.__ つ  (.__    ̄ ̄ ̄ ̄   ・ ・
ミミ:::;,!      u       `゙~´   ヾ彡::l/VvVw、 ,yvヾNヽ  ゞヾ  ,. ,. ,. 、、ヾゝヽr=ヾ
ミ::::;/   ゙̄`ー-.、     u  ;,,;   j   ヾk'! ' l / 'レ ^ヽヘ\   ,r゙ゞ゙-、ノ / l! !ヽ 、、 |
ミ/    J   ゙`ー、    ;, ;;; ,;; ゙  u ヾi    ,,./ , ,、ヾヾ   | '-- 、..,,ヽ  j  ! | Nヾ|
'       _,,.. -─ゝ.、   ;,  ;;   _,,..._ゞイ__//〃 i.! ilヾゞヽ  | 、  .r. ヾ-、;;ノ,.:-一'i
  j    /   ,.- 、  ヾヽ、 ;; ;; _,-<  //_,,\' ' !| :l ゙i !_,,ヽ.l `ー─--  エィ' (. 7 /
      :    ' ・丿   ̄≠Ξイ´,-、 ヽ /イ´ r. `ー-'メ ,.-´、  i     u  ヾ``ー' イ
       \_    _,,......::   ´゙i、 `¨ / i ヽ.__,,... '  u ゙l´.i・j.冫,イ゙l  / ``-、..- ノ :u l
   u      ̄ ̄  彡   、ヾ ̄``ミ::.l  u   j  i、`ー' .i / /、._    `'y   /
              u      `ヽ  ゙:l   ,.::- 、,, ,. ノ ゙ u ! /_   ̄ ー/ u /
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       /;;;''  ̄ ̄ ───/  ゙  ,::'  \ヾニ==='/ `- 、   ゙ー┬ '´ / \..,,__
、      .i:⌒`─-、_,....    l   /     `ー┬一'      ヽ    :l  /  , ' `ソヽ
ヾヽ     l      `  `ヽ、 l  ./  ヽ      l         )  ,; /   ,'    '^i

 ま、まさか、こんな所にあろうとは! どおりで探しても見つからなかったわけだぜ、この世のどこかにあるという(BGM 『ガンダーラ』)職業選択の自由。これでようやく机の引き出しを開けたり閉めたりを繰り返す日々ともおさらばだ。もしかしたら一つの引き出しだけでなく他の引き出しにも当たったほうがいいかも、とか、開けたり閉めたりするだけじゃなく引き出しの中を調べたりしたほうが見つかるかも、とか考えていた所なので、大量の無駄な労力を省ける。
 俺は急いで店を出ようとする。
 「あれ、一体どこに?」
 店員は止める。俺は銀行かコンビニを探して、いざというときのために持ってきておいた親の預金通帳から金を降ろしてこようと考えている旨を告げる。すると店員
 「ああ、それくらいなら、暗証番号を教えてくださればこちらでやっておきますよ」
 といってくれる。サービスいいなあ、と感心しながら通帳を渡す。店員残高を確認してから、
 「ふむふむ、では、どれでもお好きなものをお選びください」
 とコンベアーを手で示す。こちらは言われなくてもよりどりみどり、鵜の目鷹の目である。お花屋さん、ケーキ屋さん、モデル、お嫁さん。みんな小学生のときに憧れた職業である。目の前を流れさる職業たち。それはすべて俺の未来の姿である。ここは無数の未来、平行世界の展示場なのだ。こんな代物にお目にかかるためには、兎の着ぐるみを着た行き倒れに人参を恵んでやるくらいの僥倖だとばかり思っていた。今俺は、この無数の未来の中から一つを選び取ろうとしているのだ。それは必然的に他の未来の否定である。今まで俺のモラトリアムが長引いてしまったのはそれが怖かったからだ。人生に怖気付いて、自分の選択のもたらす結果に怖気付いて、一歩を動けなくなっていたのだ。これではビュリダンのロバを笑えない。しかし、今こそ、この遅すぎた一歩を踏み出すのだ。自分が本当に求めているものに手を伸ばし、そして掴み取るのだ。
 俺は拳を握り締めて体の震えを止めると、己の未来に確かに眼を据えて、人生への確信の一手を差した。
 「ようし、君に決めた!」
 ズバッと突き出した手は、しかし目当ての座布団をすかって、その隣にあった、「流離いのラヴハンター」を引っつかんでしまう。俺はあわてた。なんだ「流離いのラヴハンター」って? 職業なのかそれ? 収入源はどこから? 座布団の上には高そうなアルマーニのスーツを着て謎の文様の描かれた黄金色の裏地をちらと見せ、ノーネクタイのワイシャツの胸元は第2ボタンまで開けられ、髪は整髪料でべたべた、全身から噴射する女を惑わすフェロモンで頭越しの景色が揺らめいて見え、片目にはハートの形のラブリー眼帯をつけた男が正座で座っている。この男が「流離いのラヴハンター」? 俺にこうなれというのか? あわてて目当ての座布団の姿を追うが、俺が狙っていた「トレジャーハンター」はもう遥か向こうで暖簾をくぐって厨房に入っていってしまう。思わずすがるような眼で店員を見ると
 「一度ふれた商品には責任を持って下さい」
 とつめたい言葉。
 「じゃ、じゃあ、兼業というのは? 「流離いのラヴハンター」と「トレジャーハンター」はどう考えても両立できるでしょ?」
 しかし、店員は親の通帳を見直すと、
 「しかしそれには、お客様のご予算が……」
 流離いのラヴハンター、高っ!
 「お買い上げありがとうございましたぁ!」
 と元気のいい声に送り出されて、店の前に放り出される。失意だけを胸に抱えて。とうとうすべてを失ってしまった。未来への第一歩を見事に踏み外してしまった。これからどうすればいいのだろうか。
 ポン、と肩に手が置かれる。見上げると「流離いのラヴハンター」が女を蕩けさせる視線で上から優しく見下ろしている。店の中からついてきたのだ。そうだ、まだすべてを失ったわけではない。今まで持っていたすべてを失って、とりあえずこの職を手に入れたのだ。これだけは手放してはいけない。俺は明日から「流離いのラヴハンター」だ。親が泣こうが関係ない。「流離いのラヴハンター」の目はそう語っているような気がした。
 しかし、具体的にどうすればいいんだろうか。買ったはいいが、別に今すぐ「流離いのラヴハンター」になってしまう気配はない。どうしたものか思案に暮れていると、「流離いのラヴハンター」は不意に俺の手を握ってこう言った。
 「じゃあ、とりあえず、ホテルに行こうか」
 その手は欲情の気配にじっとり湿っていた。


絶望的にこんなの書いてる場合じゃないんだよオオおおおおおお。
最終更新:2014年02月17日 13:29