2009年05月06日(水)17時23分-17+1
1
タップシューズに画鋲。
わたしがスタジオをやめようと固く決心したのは、このときです。誰もいない更衣室、自分のロッカーの前でしばらくの間、わたしはじっとその金色の尖ったものを眺めていました。
子どもじみたやり口でした。におい取りのクッションの下に巧妙に隠されていたことが、事故ではないことを証明していました。昔の少女漫画のようなことが、本当にあるのだなと思いました。
正直、いつかこうなるだろうなと自覚していただけに、さして衝撃を受けることはありませんでした。兆候はそこかしこに現れていました。犯人も、おおかた予想がついています。
城ヒナミさん。
志尾アヅサさん。
真際リョウコさん。
この三人が、嫌がらせの主たるメンバーでした。
ヒナミさんもアヅサさんもリョウコさんも、阿知波先生と深い親交があった所為か、とうとう嫌がらせが露見することはありませんでした。ほとんど友人のような関係であったと思います。もちろん、阿知波先生はどの生徒とも仲が良いです。先生は四十代前半で、一方、ジャズダンススタジオ『アチハ』の生徒は幼稚園の子から六十代後半のかたまでと、幅広い年齢層の人がいます。しかし、阿知波先生は年齢差のギャップを軽々と乗り越え、あるときはミセスのおばさまがたと、またあるときは小学生の女の子たちと積極的にお喋りしていました。
わたしから三人を告発することはできませんでした。何故なら、それはわたしのプライドに関わることだからです。スタジオをやめることも、許せるぎりぎりのところでした。
初めて嫌がらせをされたのは、確か、一年ほど前になると思います。しかし、この画鋲のときが初めての物理的攻撃、初めての例外であって、それまではこのような大胆な行動にでることはありませんでした。あくまで彼女たちは狡猾な人間でした。人間の皮を被った狼でした。
どうして彼女たちはこんなことをするのか、根本的な理由がこの時のわたしには分かりませんでした。どうやら、いじめる三人にはそれぞれに異なった背景があるようでしたが、当時は想像することさえかないませんでした。
わたしは画鋲を、誰かが来ないうちに、そっとくずかごに捨てました。
公演まであと二ヶ月。
それまでは、どんなに辛くてもやめないでおこうと思っていました。公演までは、何があったとしても、まだまだ耐えられると思っていました。
……無理だったのですが。
2
ここで、前もって話しておかなければならないことは、スタジオ『アチハ』にはさまざまなクラスがあるということです。
月曜日はジャズダンスの初級クラス。火曜日はジュニアクラス。水曜日はヒップホップ。木曜日は午前にミセスクラス、午後にビギナークラス。金曜日はまたジャズの初級。土曜日は午前にバーレッスン、夕方にタップダンスとジャズの中級クラスがあります。
もちろん、すべてのクラスを阿知波先生ひとりが指導しているわけではありません。阿知波先生はジャズダンス専門です。しかし、特別講師の飼沼コージさんが教えるヒップホップには生徒として参加しているようでした。逆にコージさんのほうもスタジオ『アチハ』でジャズのレッスンを受けたことがあるそうです。講師が生徒、生徒が講師になるなんて変わった構図になることはままありました。
件の三人の中で、タップダンスの前になるクラス――バーレッスンを習っているのは、志尾アヅサさんだけでした。ですから、わたしのタップシューズに画鋲を仕込んだ人物は、彼女が一番可能性の高い人物と言えました。
そんなアヅサさんが、タップが終わった直後にレッスン室に現れ、「あれ、チカさん聞いた?」と話しかけてきました。彼女だけは他の二人とは違い、直接わたしに負の感情をぶつけてくることはありません。奇妙なことに、あくまで表面上では親しくしようとするのです。どこか矛盾した、歪んだ思考を持っているようでした。
会話の内容は主に日曜練習の予定についてだったと思います。即座に忘れてしまうような、どうでもいい事柄でした。どうやら彼女は、画鋲に対する反応を知りたいようでした。自分ではそれとなくのつもりでしょうが、わたしには意図があからさまに伝わってきました。
わたしは彼女の期待に応えませんでした。その代わり、満足していない様子でレッスン室を去っていく後ろ姿に、心の中で何発も悪意の弾丸を撃ち込みました。
悪意の弾丸は黒色ではありません。
鮮やかなグリーンです。
わたしは十七発目で意識を切り替え、自分もレッスン室を退散することにしました。いつのまにか、他の人たちはみな、ボードを片付けにレッスン室を去っていました。
タップシューズは知っての通り、つま先とヒールのところに金属板――チップと言います――が張られているので、そのまま不用意に踊ると床を傷つけることになります。ですから、スタジオ『アチハ』では一メートル四方ほどのボードを下に敷いて練習します。
すでに自分のボードを物置に仕舞ったタロウくんが、片付けを手伝ってくれました。タロウくんはまだ小学生ですが、ジュニアとヒップホップとタップの、三クラスも習っています。希少な男の子なので、阿知波先生も将来に期待しているようでした。わたしも、木靴のように重い旧式のタップシューズを軽々と操る様子には感心していました。
タロウくんがお母さんに連れられて帰っていくのを見送ると、入れ違いになるかたちでヒナミさんとリョウコさんがやって来ました。二人もアヅサさんと同じく中級クラスを受けているのです。わたしの顔をみたとたん、ヒナミさんは険悪な表情を浮かべました。リョウコさんはまったくの無反応でした。わたしなど眼中にないようでした。
二人は「おはようございまーす」と声を揃えて挨拶し、わたしの横をすり抜け、更衣室へと向かっていきました。もう夕方でしたが、スタジオ『アチハ』ではどんな時間でも、スタジオに来たときはおはようございますと言うのです。
ここまでの話で、三人の性格がなんとなく理解できたかと思います。
ヒナミさんは、感情の起伏がとても分かりやすく、嫌味や悪口を何の躊躇もなく平気で言える人でした。精神的な攻撃はほとんど彼女の独擅場でした。はじめは彼女が一番わたしを嫌っているように見えましたが、それは違うということが後になって分かりました。
対照的にアヅサさんは理解しづらい人で、さきほども触れましたが歪んだ思考の持ち主でした。対面しているときは親しげな口をきくのに、嫌がらせ行為をするのは決まって彼女でした。発言と行動がまるで食い違っているのです。病気だったのかもしれません。
リョウコさんはまた違ったタイプで、彼女は最後まで何もしませんでした。唯一したといえば、極めて自然な無視行為でしょうか。彼女が三人の中で最もわたしを憎んでいるということは、今でも信じられません。それほどに彼女は、他人に腹の内を見せない人でした。
あつらえたかのように見事に分散されている三人でした。
それゆえに、彼女たちがひとつにまとまったときは、何事においても鉄壁ともいえる存在でした。
3
次の日――日曜のことです。
公演が近づいてからは、普段はお休みの日曜日も、市営のスポーツセンターなどの施設を利用して、スタジオ全体で練習を行ないます。この日からは本番の衣装を身に纏って練習することになっていました。
タップダンスしか能のないわたしですから、公演で踊るのも当然一曲のみなので、いつも最初のウォームアップが終わると暇になります。かといって一階スペースを出番のない人間が陣取るわけにもいかず、わたしは急な階段を上った先のキャットウォークへと追いやられていました。
その日はクーラーがすこしきつかったので、わたしは奥の壁によりかかって上着を羽織っていました。そこからでも、手すりの向こう側――下の階で件の三人が色彩豊かなスカートをはためかせて踊っているのがよく見えました。三人とも、ジャズダンスに対しては真剣に取り組んでいたのです。
音楽が止み、その場で阿知波先生からヒナミさんへ、動きが大ざっぱすぎると厳しいダメ出しが入りました。ヒナミさんは一瞬にして頬が赤くなり、それから泣きそうな顔で阿知波先生の指摘を聞いていました。
わたしはすぐに見ないふりをしましたが、ヒナミさんはそんなわたしを見逃しませんでした。お昼の休憩時間になるやいなや、ヒナミさんはひとりでキャットウォークに上ってきました。
「ねぇ桃瀬さん、どうしてこっち見てたのぉ? わたしに言いたいことでもある?」と意地の悪い、のりで貼りつけたような笑顔でヒナミさんは問い質しました。彼女がこうなってしまった以上、わたしには謝るしか術はありませんでした。
ヒナミさんは休憩時間をまるまる使ってわたしに罵詈雑言をぶつけるつもりのようでしたが、そのときジュニアクラスの子どもたちと親御さんたちが一斉に入室して、団体でがやがやとキャットウォークに上ってきたので、舌打ちされるだけでその場はすみました。タロウくんも来ましたが、休憩後はジュニアからの再開となったので、ろくに喋ることもなく、わたしはまたひとりになりました。
それからタップの練習時間になるまで、わたしは本を読んで過ごしました。何度かお手洗いに立ったりもしましたが、それ以外はほとんど活動することなく、ただ黙々と本を読んでいたと思います。海外ミステリでした。殺人事件が起こり、犯人が追求されるだけの話でした。わたしのコンディションが悪かった所為か、あまり物語に浸れなかったので、つまらなかったです。
しかし、どうにもしがたい破壊衝動を発散させるには、それは充分に暴力的なストーリーでした。
三人のいじめが始まってからというものの、悪意の弾丸を撃ち込むだけではとても満足できないほどの衝動が、わたしのうつわをいっぱいにしようとしていたのです。うつわ、です。うつわは容量を超えたら、溢れてしまいます。
このころまでのわたしは、彼女たちの数々の嫌がらせ行為に対して、何の反撃もしない代わりに何の反応もしないというスタンスをとっていましたが、どうしてもストレスは溜まる一方でした。何度罵ってやりたいか、何度殴ってやりたいかと思ったことでしょう。しかし彼女たちの嫌がらせが表面上は発覚していないこと、ほとんど精神的攻撃のみであることが、わたしに行動を許しませんでした。行動すれば自分が不利になるだけでした。
ですから、わたしは衝動を押し殺すしかありませんでした。バイオレンス描写の警告表示がされるような本を読むことで、うつわの中味を蒸発させるしかありませんでした。
タップの練習時間になるころには、だいぶ楽になっていたかと思います。
タロウくんがキャットウォークまで呼びに来てくれました。急な階段を下りる途中、「タップ、がんばろうね」とわたしを励ますように言いました。聡明なあの子のことですから、きっと何かしらの悪い空気を感じとったのでしょう。
タップ用のボードを持っていくことができないので、スタジオ以外の場所では普通のスニーカーで練習します。スニーカーを履く前に、つい逆さにして振ってしまいましたが、ほこりが落ちるだけでした。
しかし、どれだけ確認したところで、足の裏がスニーカーの中敷きに触れた一瞬、わたしは神経の末端から身震いしてしまいます。今になっても、です。あの土曜日以来、わたしはそういうものにできあがってしまっていたのです。
微弱な電流を永続的に流されているかのような、苦い痺れはやがて時間が経つとともに感じなくなっていきました。痺れがなくなるわけではなく、無感覚になるだけです。まるで足が地についていないようでしたが、タップに支障はありませんでした。家のスリッパでも、どんな靴でも同じ体験をしていたので、すでにわたしはその現象に慣れていました。
かえって、それがあだとなってしまったのでしょうか。
練習が終わったころ、わたしは右足に違和感を抱いていました。正確には右足の裏、です。その違和感は痺れによく似ていましたが、しかしまったくの別物のように思われました。階段を一段一段上るたびに、その違和感は増大していきました。
キャットウォークに戻ってスニーカーを脱ぐと、ちくっ、と爪先が痛みました。まさかと思い右足を確認すると、靴下に赤い点が三つありました。点はゆっくりと草食動物のように大きくなり、靴下を赤黒く染めていく――その様子は、はっきりと憶えています。
血でした。
違和感は痺れでなく、ただの痛みでした。
スニーカーに手をおそるおそる入れて、小さな尖ったものがいくつか突き出ているのを確認しました。中敷きの裏側から、剣山のごとく画鋲が刺さっていたのです。細い針以外の部位はすべて中敷きに隠れていて、まったく目立たないようになっていました。覗き込むようにしないと、その針の有無さえ分からなかったほどです。
「こんなおぞましいもので踊っていたんだ」
思わず、そう、わたしは呟いていました。
鳥肌が治まりませんでした。
この衝撃は土曜日の比ではありません。一度目と二度目では――攻撃を寸前で阻止するのと実際に受けてしまうのでは、大きな差異が、そして深い断絶があります。
青ざめていたであろうわたしは右足をかばうように立ち上がり、ふらつく身体をなんとか手すりで支えて、下の階をぐるりと見渡しました。視界がぶれて、もうすこしで滑って転落しそうになりました。
隅のほうで、ヒナミさんとアヅサさんが可笑しそうに耳打ちをしていました。こちらのほうをうかがうように見て、わたしと目が合うと、二人は挑戦的な目つきで睨み返してきました。二人とも、興奮している様子でした。計画はヒナミさん、実行はアヅサさんであることは間違いありません。
リョウコさんは二人のすぐ近くでひとり、イヤホンで音楽を聞いていました。彼女は目を瞑っていて、あくまで無表情でした。
4
今でも痕が残っている、右足の小さな刺し傷は、彼女たちがとうとう越えるべきでない一線を突破してしまった証です。流血させたことに味をしめたのか、それとも病みつきになってしまったのか、もはや彼女たちはリスクの高い行為をためらわないようになっていました。
それからは地獄でした。
次の土曜日、誰もいない更衣室、自分のロッカーの前でわたしは既視感を抱いていました。予感していたことが、見事的中していました。
またもやタップシューズに画鋲が仕込まれていたのです。
その次の週も、画鋲は仕込まれました。
その次の週も。
その次も。
すぐにタップシューズを持ち帰ったのですが、それからは両面テープで様々なところに貼りつけられるようになりました。衣服に仕込まれることもしばしばありました。剃刀の刃の日もありました。言葉の暴力も以前と変わらず浴びせられました。わたしは、ほとんど彼女たちの玩具になっていました。
どれほど早くスタジオに出向いたところで、無駄なことでした。わたしにできることといったら、スタジオに何も持ち込まず、自分もできるだけいないようにする、ただそれだけだったのです。レッスン後、急いでスタジオを去るたびに阿知波先生が声をかけてくれましたが、返事をする余裕はありませんでした。阿知波先生は何も知りません。
とうにプライドは潰れ、スタンスは崩れていました。しかし、わたしには告発も反撃も逃亡もできませんでした。いつのまにやら、スタジオをやめるという選択肢は、彼女たちへの純粋な恐怖によってすでに閉ざされていたのです。うつわの水は、恐怖のあまり凍りつきました。
もう、いっぱいいっぱいだったと思います。眠れない日々が続いていました。絶食の毎日でした。過剰な量の薬を飲みました。もうすこしで自傷行為に走ったかもしれません。本当に、危ないところでした。
――そんなふうにすっかり参ってしまっていた、ある日曜日のことです。
休むな、と脅されていたわけではありませんが、強迫観念に縛られていたわたしは、日曜練習に出ざるをえませんでした。スニーカーはいつだったかに盗まれていたので、新品のものを用意していました。それもすぐになくなるだろうと思っていました。肌身離さず持っているなんて気力は残っていませんでした。
ものがなくなるなんて、もう日常茶飯事。悪意に満ちた噂もちらほらと聞こえてくる。これでは集団無視も時間の問題。それでも、けっして阿知波先生が気づくことはないのだ――そう、わたしは諦めていました。
キャットウォークで憔悴しているわたしを心配に思ったのでしょうか、コージさんが体調を気遣ってくれました。ヒップホップの講師をしている彼です。彼は自分の教室を他に構えていて、ダンススタジオ『アチハ』に依存していない人間でした。ですから、わたしの悪い噂もまだ耳に入っていなかったのでしょう。
コージさんはわたしのことを本当に心配してくれて、わたしはひととき、絶望の淵から救われたような気分になりました。彼は、この世界に存在しているのは敵だけではないのだということを実感させてくれました。
身体の調子はまったく大丈夫とわたしは嘘をついて、それから、いろいろとたわいもないことを話して、最後にケイタイのアドレスを交換しました。どうやらコージさんは、自分で言うのもいやらしいですが、その……、十歳も若いわたしのことを、ひとりの女性として少なからず意識しているようでした。
優しい言葉をかけてくれる彼を、わたしは救世主だと思いました。
しかし彼は、悪意の弾丸を撃つ、引き金にしかすぎませんでした。
その銃を持っていたのはアヅサさんです。
休憩時間になるとコージさんは下の階へ戻り、わたしは楽しい会話の余韻に浸っていました。久しぶりの多幸感でした。自分に害意を抱いていない人と話した、たったそれだけで幸せになれるということはある意味不幸なことでしたが、このときにはそのような思考には至りませんでした。
ふと、タロウくんが来ていないことに気づきました。よくよく辺りを見ると、キャットウォークにいたのはわたしだけで、ジュニアの子どもたちも誰もいませんでした。
もしかして今日はジュニアの練習がないのだろうか、そんなことを推測しながら、わたしはキャットウォークの手すりにここ最近軽くなった体重を預けて、下の階にタロウくんがいないかどうか探そうとしました。しかし、人の姿はほとんどありません。みんなコンビニへ買い出しに行ったようでした。
そのときです。
背中で何かが爆ぜたような感覚とともに、部屋全体が反転しました。反転した向こう側にアヅサさんが立っていました。頬は紅潮していました。肩を震わせていました。両手を前に伸ばした姿勢のままで固まっていました。すぐに視界から消えました。黒く錆びた金属の棒が両脚に強く当たり、それもまたすぐに離れていきました。その衝撃を痛覚が認識するよりも早く、わたしは小学校の体育館のようにてかりのある床と熱烈なキスとハグをしていました。遠くで叫び声が聞こえました。それはアヅサさんのものだったと思います。
落ちた、と把握するのにいくらかの時間を要しました。
5
後ろから突き落とす。その無計画にして衝動的な行動は、それまで巧妙な手口で誰にも露見させずにわたしを苦しめていたアヅサさんにしては、実に愚かな手段であったといえるでしょう。ところが、偶然にも休憩時間だったので、わたしの背中を突いたその瞬間を目撃した人がひとりもおらず、なおかつヒナミさんとリョウコさんによるでっちあげの証言もあった所為で、完全なる不幸な事故である、と周囲には判断されてしまいました。
全治一週間でした。骨折も脱臼もしておらず、三メートル弱もの高さを転落したにしてはまるで奇跡のような傷の浅さでした。いえ、ただの打撲でしたから、傷ですらありませんね。
しかし、その打撲は、公演を辞退するには充分な理由となりました。
数日後、わたしは診断書を手に、正午ごろにダンススタジオ『アチハ』を訪れました。確か、祝日だったので昼間に行くことができたのだと思います。脚の痛みは画鋲のときのそれとは違って、靄のように鈍く散漫としていましたが、ゆっくり歩けば特にひどい痛みは感じませんでした。
わたしは心から安心していました。脚の故障という文句のつけようのない理由によって、ついにスタジオを逃亡することができるのです。そうです、わたしは今年の公演だけでなく、スタジオまでもやめる決心がついていました。やめさせまいとする彼女たちの圧力は、思い切ってやめてしまえばどうも影響しないのだ――そんな単純なことにやっと気がついたのです。
安心できたのも短い間でした。
大きなステンドグラスふうの扉を開けると、いるはずのない人たちが待ち構えていました。
ヒナミさん、アヅサさん、リョウコさんの三人です。二度と顔を合わせないようにと訪れる時間帯を考慮したというのに、そんな浅知恵はお見通しと言わんばかりに、彼女たちは目の前で不適に笑っていました。あのリョウコさんまでも、静かに笑っていました。
「桃瀬さん、残念ねぇ。阿知波先生なら用事でいないのよ。いるのはお留守番の、わたしたち三人だけ」と、ヒナミさんは劇役者のごとくよく通る声で言いました。悪意の弾丸を百五十発ほど撃ち込まれたような気分になりました。
「チカさん、脚、大丈夫? 阿知波先生に何の用だったのかな? 悩みごとがあるなら、あたしたちに話してくれてもいいんだよ?」と、聞いているこちらが気持ち悪くなるほどに、自分のやったこととちぐはぐな内容をアヅサさんは言いました。しかし、よく含意を考えるとそれは脅し文句でした。
「けじめをつけましょう」
そう、最後にリョウコさんが追い討ちの言葉をかけました。
わたしは唐突に登場した天敵に対応できず、その場に立ち尽くしてしまいました。完全に油断していました。まだ何も終わっていなかったのです。ここから逃亡する前に、どうしてもやらなければならないことがあるのを、わたしは覚悟しました。
それは……、反撃です。
阿知波先生がいないダンススタジオ『アチハ』で、わたしができることは、告発ではなく逃亡でもなく反撃でした。わたしは正気に返りました。そして、天敵どもに背を向けることなく、自分の意志で前に進みました。それはこの一連の事件における、はじめての積極的な前進でした。
決戦は、奥の更衣室で繰り広げられました。
まだレッスンには早い時間とはいえ、人目を避けるためです。
ここまで話をしてきて幾度となく彼女たちの台詞を引用してきたので、すでにご推察のことと思われますが……、わたしは今でも、更衣室で交わされた会話の応酬を、三人が放つ負の感情に満ちた言葉の数々を、一字一句違わずに記憶しています。けれどもこの場でそのすべてを再現しようとは思いません。どうか省略させてください。あれは、簡単に口に出せるようなものではないのです。記憶していると言うよりも、忘れられない、のほうが正しいのでしょう。
結果のみを話します。
そこで、ようやくわたしは、彼女たちが嫌がらせを執拗に行なった理由――三人それぞれの異なる背景を知りました。いまさら知ってもどうしようもないことを、強制的に知らされました。
ヒナミさんの場合は、ダンスの技量の差とそれによる阿知波先生の待遇の違いから生じた、単純な嫉妬心でした。感情がストレートに出る彼女らしい理由です。思わず共感を覚えてしまうほどの、理解の易さでした。
アヅサさんの言うことは要領を得ないものでした。もともといびつな人でしたから、筋道立てて話を組み立てるのも苦手なようでした。どうやらわたしとコージさんが親しくするのが許せないようでしたが、しかしその一方で、コージさんのことを好きなのではないと完全に否定しました。それは本当のことであるように思われました。けれども、今になっても真意は分からないままです。実に、彼女は病んでいました。
リョウコさんが最も残酷な理由でした。彼女は口数こそ少なかったものの、言外に、わたしを誰よりも、何よりも嫌っているのだ、と悟らせるだけの嫌悪感をちらつかせていました。彼女は終始、わたしと目を合わせませんでした。
リョウコさんは短くこう言いました。
「ただ、精神的嫌悪がするだけなの」
――こうしてわたしは、舌戦で圧倒的に敗北しました。
三重に、おのれの存在を否定されたのです。
絶望に打ちひしがれていると、ふと、更衣室のすみに、タロウくんが忘れたものと思われる、旧式のタップシューズが無造作に置いてあるのに気づきました。わたしは、その小さなタップシューズを、つい自分の境遇と重ね合わせてしまいました。
やめようかと二の足を踏んでいたら、
いつのまにか二の舞をダンスしている。
まさに、踏んだり蹴ったり。
6
わたしにやれることはすべてやりつくしてしまった――そんな虚無感に襲われながら、それこそ逃げるように廊下へ出ました。とにかく、あの三人を視界から外したくてたまらなかったのです。
それから、ひとり、呆然としていました。
無意識に持ち去っていたのか、右手には小さなタップシューズがぶらりぶらりと揺れていました。
静かに逃亡するつもりだったのにどうしてわたしは……、と心のうつわは後悔の気持ちでいっぱいでした。早く家に帰りたい、温かいお風呂に浸かりたい、そして眠りたい……、そんなことも考えていたと思います。
そのときです。
廊下の先、ステンドグラスふうの扉が不意に開き、タロウくんが急いだ様子で入ってきました。タロウくんはわたしを――わたしの持っている小さなタップシューズを見ると、「あ、ぼくの!」と声を張り上げました。
わたしは小さなタップシューズをタロウくんに渡しました。タロウくんはお礼の言えるとても良い子なので、このときもわたしにありがとうございましたとお辞儀をしました。レッスン終了後にするものと同じ挨拶でした。……そういえば、その日は火曜日――つまりジュニアのレッスン日でした。
タロウくんは純真な瞳でわたしを見つめると、表情から察したのか、
「もしかして、怪我したから、タップ、やめちゃうの?」
そう、心配そうに尋ねてきました。
わたしは正直に、そうよ、と答えました。この日、何が起こったにせよ、もうわたしがダンススタジオ『アチハ』を去るのはわたしの中でゆるぎなく決定されていることでした。
ところが。
返事を聞いたタロウくんは、いきなり俯いたかと思ったら、すぐに泣き出してしまったのです。あまりにいきなりだったので、わたしは咄嗟に何も対処ができませんでした。
慌ててなだめてもタロウくんは泣き止まず、あらん限りの大声で叫び、涙と鼻水で真っ赤な顔をめちゃくちゃにして、そして――。
そして。
「桃瀬先生、やめないで」と。
「いつまでも、ぼくにタップを教えて」と。
そう、涙ながらに懇願してくれたのです……!
ただ一心に、主張してくれたのです……!
わたしは自分が最低の馬鹿だと痛感しました。周囲に流されてばかりで、わたしは肝心なことを見落としていました。
どうして講師の立場であるわたしたちが、教え子を泣かせているのでしょうか。どうして立派な大人のはずのわたしたちが、子どものような、幼稚ないがみ合いをしていたのでしょうか。
ビギナークラスを担当していた、城ヒナミさん。
二つの初級クラスを教えていた、志尾アヅサさん。
ミセスクラスを受け持っていた、真際リョウコさん。
そして――タップダンスクラスの講師だった、わたし。
わたしたち大人が無理に子どもの真似事をするから、力加減が分からず、負の感情が強すぎて、ついにはこのような事態になってしまったのです。
わたしはもっと大人の対応をとるべきだったのです。タップシューズに画鋲を入れられたとき――そう、あのとき! 一線を越えてしまったあのとき、わたしはすぐに彼女たちを告発すべきだったのです。子どもたちがいるのに逃亡なんて、子どもたちが見ているのに反撃なんて、そんなことをしていいはずがないのに、するべきではないのに、できるはずがないのに、どうしてわたしは!
どうして。
どうして。
本当に――どうして!
いつのまにか、わたしもタロウくんを抱きかかえるようにして泣いていました。まるで子どものように、我を忘れて泣き叫んでいました。
スタジオをやめたいなんて気持ちは、とうに消え失せていました――。
7
……しかし、その後のわたしがタップを続けていけなくなったということは、そちらのほうがご存じのことかもしれませんね。
あの時、もうすこし早く、タロウくんが来てくれていたら。
あの屈託のない笑顔で、何もかもを帳消しにしてくれたら。
もしかしたら、わたしは……いえ、いまさら、何をどう仮定しても無駄な話ですね。もしあのときこうだったらなんて責任逃れは、いい大人のやることではありません。
自分で自分を告発した。
それだけが、大人としてわたしが満足にやれたことです。
――さて。
わたしの話せることは、これがすべてです。
ところどころ、おぼつかないところもあったと思いますが、話した内容にけっして嘘が含まれていないことを、もう一度、ここに誓います。
はあ……。
ずいぶん長いこと喋っていたので、ちょっと疲れましたね。
……すみません、すこしだけ休んでもいいですか、刑事さん?