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煌魔

2009年06月09日(火)20時31分-うつろいし

 1話 ライズ

  ―だって煌魔が来るから。―
 テーゼはそう言った。アンチェスは薄ら目をあける。
 面(おもて)を上げた先の空は紅を増している。天は着々と煌魔に喰われているようだ。
「だからって、お前を置いていけるかよ」
 寄りかかる板の下には、涙を流しながら、行ってといった彼女が眠る。アンチェスは再び目を閉じた。

 空が白んだからだった。
アンチェスが訳を尋ねると、村の老いた者たちは口々に、再び煌魔が現れたと恐怖に顔をしかめた。煌魔はアンチェスも口伝にて知ってはいた。恐怖しさえした。
 ただそれは、村の者たちが贄にとテーゼを選んだ時の比ではなかった。
 激しく抵抗した。激昂したといっていい。そんなアンチェスを見る村の者たちの目にも涙が浮かんでいるのは、アンチェスも解ってはいた。
 女の肉でなければならないという。しかも若く、かつ若すぎない肉だと。
 テーゼの顔は蒼白だった。しかし、首を縦に振ったとき、アンチェスの中の吹き荒ぶ風は、虚ろな凪へと変わった。
 村の者たちは、住んでいる天幕の布壁を外し、あちこちの井戸を埋め立てて、馬に荷車をつなぎ移動の準備を始めた。これから煌魔と反対の方角にある、家畜が暮らせる限界の地域、霜の降る地まで移動するのだ。
 形式通りのぎこちない宴と祭りの後、テーゼは古くから続く村のしきたりに倣い、贄となってここに埋められた。

 アンチェスは村の去った方に目を遣る。地平線は、どこまでも続く枯れ野を風になびかせ、空と溶け合っていた。
 直(じき)に煌魔が贄を喰いに来る。そして煌魔は食休みをし、その排泄物は死後の世界の恵みになると云う。
「お前が逝くなら俺も逝くぞ、お前の願いなんか聞いてやるかよ。聞こえてるか?」
 軽く後ろの板に頭をぶつける。
 刹那、空の端、地の果ての一点が紅蓮に灯る。世界が光に照らされた。
「煌・・・・・・魔・・・」
 アンチェスは辛うじてそれだけを言った。

 そして日は昇る。


  2話 おおかみ

 炎に照らされ、刃が煌めいた。
 汚れを纏わされた布を放り、灯りに刀身を晒す。映り込む顔は若干疲れて見えたが、その瞳だけは鋭く光っていた。
 無謀だと分かっている。だが、これだけは譲れなかった。

 最初は獣たちだった。草原の獣たちが消えた。長老に尋ねると、苦い表情を浮かべ、逃げたのだと答えた。そして、それ以上はがんとして話さなかった。
 次は天だった。輝く星々が、ある時急に薄れ始めた。長老に詰問すると、彼は重々しく告げた。
 煌魔が来たと。
 そして、贄としてフレイを指名した。

 吹き荒ぶ風を縫うようにして、固い足音が聞こえてきた。厚い垂れ布を掻き分けて、一つの影が天幕へ滑り込む。
「全員武器は整え終わった。老人衆にはまだ気付かれてない」
 そう言って、青年が火の向かい側に座る。
「開始は宴の終了後だ。贄絞めにはまず薬が使われるらしい。じじいが変な気を起こさないよう、薬を盛られる前にやる」
 青年は、なぜか薄らと笑いを浮かべる。
「仮にも長老で君の親父だぜ、ファルクさん」
 ファルクと呼ばれた男はしばし瞠目する。
「・・・・・・。贄にするために子を育てさせる奴を俺は父とは認めない」
 若い娘の、どもる仕草が脳裏をよぎる。
 フレイの住む家は、彼女が生まれると同時に、村のはずれへと移転することになった。
 作業が終わり、村が寝静まった後、親父がぼそりと呟いたことを今でも覚えている。
 彼女は意図的に、人間関係を作らせないよう仕向けられていた。しかし、それはそうだと確信して監視しないと気付かない程、慎重に進められていた。
 そしてその思惑どおり、フレイは他の者と深い交友を持たない、内気な娘に育った。
 ただ一人の例外を除いて。

 彩られた縄がはらりと落ちる。
白く細い喉が動いたが、周囲のどよめきで聞き取ることはできなかった。困惑した表情に微笑みを返し、ファルクは立ち上がる。一つ、大きく息を吸った。
「父上、私たちは煌魔を倒しに行く」
 周囲から更に驚きの声が上がる。中央に据えられた炎が激しく揺れた。
「わずか6人で煌魔に比肩すると思うてか」
 枯れ木が擦れるような、静かで乾いた声が響く。
「えぇ、もちろん」
 枯れ木には目もくれず、ファルクは同志を見渡す。周囲を警戒する彼らの瞳には、炎が宿っていた。
「たわけたことを・・・・・・」
 いいつつも長老は動かなかった。いや、動けなかった。もともと狩りにしか必要ない、数少ない武器を所持した男たちを止めるには、被害が大き過ぎるのだ。
「ティル、そなたは我が息子の言を信じておるのか?まだ見(まみ)えたことすらない煌魔を相手に勝てると」
 以前ファルクに状況を報告しに来た青年が、静かに長老を見つめる。代わりに同志が当たり前だと吼えた。
 長老の顔は炎に照らされて、影をより濃く落としていた。

 時が止まっていた。
 口やかましい星々はとうに村とともに逃げ去り、駆け回っていた風は息絶えている。複数の呼吸音だけが流れていった。
「狩りは先に示した通り。俺が馬を駆り、おとりになる。ティルらは嗅ぎ付かれないよう俺の刀が視認できなくなるまで下がれ。俺が伏せ、煌魔がそこに覆いかぶさろうとしたとき、全員で弓を射よ。のち、ティル、リグ、ガレアは各々の得物で俺の援護を。ドルス、シルロは引き続き後方にて援護を頼む。行け」
 ティルとリグに目で合図をする。2人は固い顔でゆっくりと頷き、手綱を握り直した。2頭の馬がそれぞれ荷車を引いて持ち場へと駆けていく。
再び時が止まる。

 静かに、ファルクは剣を棄てた。
手綱を両手で掴み直す。後方で蹄の音が響いてきた。
「俺の予想が正しければ、煌魔には武器も援護も要らない。3人を頼んだぞ。ティル、リグ。そしてすまない、フレイ」
 最後に愛馬の首を軽く叩く。最大の謝辞を込めて。
 紅蓮の輝きが、影を突き刺した。

 震える手から、紙が舞い落ちる。
 今しがた、息子の亡骸は再び焼かれ、風となった。
 5人の男たちは、追いついて来た息子を荷車に移し、その死を看取ったという。
 手紙の最後が目に止まった。
  ―なぜ贄が娘なのかは〝長老〟なら分かるだろう?―


 3話 オオカミ

 破片が粉々に飛び散った。
 罵倒が少女を押し潰す。酔いが回っている大人たちは加減というものを吐失してしまった後だった。ルードは少女に下がるよう命じ、代わりに少女の母親に後始末を命じた。
 情など、地平の向こうに捨て去った。残るのは煌魔の爪へと続く咎の鎖と、暗い信念だけだ。片付け終わった母親に少女の代わりを務めるよう命じる。
 少女、フレイの父親が粗相をされた男に詫び、酒を注いだ。
 男衆の笑い声が虚空を埋め尽くす。

 荷馬車の平坦な音に、少年の嗚咽は轢き潰されていった。
「カミュねぇ。なんで、カミュねぇが」
 口うるさかったが、さびしい時、いつも一緒にいてくれた姉。
眠っているようだった。首筋から流れ出す血と、それを浴びる儀式の板がなければ。
 村で一番偉い、お父さんにお願いしても首を横に振るばかりだった。
「お父さんでもどうにもならないことはあるのだよ。ルード」
 娘の血の匂いで煌魔に知らせるのだという板は、とうに地平線の下へと埋もれていた。
 車輪は淡々と回っていく。

 突然歯車が瓦解した。
 娘の周囲を6つの影が取り巻いていた。低い声が周囲を波立たせる。
 ルードには目の前に映る光景が受け入れられなかった。なぜ自分の息子が、なぜ無謀なことをしに?そればかりが頭の中を巡る。
 瞼の裏側で火花が交差し、踊り狂う。ルードはそれを意志の力で抑えつけ、静かに両の目を開けた。
 立ち上がる嵐を鎮めなければならない。この暗い灯火を守るためにも。
「わずか6人で煌魔に比肩すると思うてか」
 贄の娘が喉を上下させる。
「えぇ、もちろん」
 その声は強かな落ち着きを持って響く。
嵐は煌きを帯びて全てを吹き崩した。
 彼らが過ぎ去って静まり返った村に、しわがれた声が流れ、沁み渡る。
 かろうじて長老の名のみが彼を動かしていた。色を失った村の者たちは長老の命を受け、なんとか息を吹き返す。
 荷馬車の荒い振動で、老人の表情は窺い知れなかった。

 ただ、風が荒れ狂うかのような震動が、ファルクにまだ生きていることを伝えていた。
 眼には地平線を覆い尽くす炎が焼き付いて離れない。いや、眼だけではなく、半身が炎に噛みつかれている。
 疾走する友も、がむしゃらに足を動かしているだけだった。
 どこからか怒声が響いてきた。徐々に大きくなるそれにまどろんでいると、突然腕を引かれ、固いものの上に叩きつけられた。
「大丈夫か。しっかりしろ。おぃ!」
 ドルスの絶叫が耳を貫く。こいつは、普段寡黙なくせに、しゃべる時は大声だから困る。
「火傷だ。早く薬を出せ。さっさとしろ、リグ!」
 涙声が混じって、変に崩れたドルスの声が意外で、おかしかった。まだ無事な方の手を伸ばすと、温かくて、ざらざらした固いものに触れた。あいつの髭面か。
「伝えておけ、炎だ。地平線を、覆い尽くす、ような、な」
 唇を動かす度に皮膚が裂ける。風を受けて肉が悲鳴を上げた。
自分の声が頭の中を巡りながら、次第に遠くなる。反響に合わせて何か響いて来た。
「君の馬は楽にしておいたぜ。心配しないで、今はゆっくり体を休めろよな」
  ありがとう

 ―敬すべき父上へ、不肖の息子ファルクより
 おそらく私の予想が正しければ、父上がこの手紙を手にするとき、私は彼の地へ旅立っているだろう。
 何から書けばよいだろうか。まず、私は前々から、父上がフレイを贄として使うために、他人との関係を作られないよう働いていたことを知っていた。
 その頃からだと思う。口伝に伝わる半生に一度は迫りくるという煌魔について考えるようになったのは。
 私が煌魔のことについて村の年寄りに尋ねて回っていたのは、ひょっとすると父上に知られていたのかもしれない。
 尋ねるうちに、私はふと違和感を覚えた。
 なぜか、煌魔が迫り来るのは毎回同じ時期なのだ。父上は贄を差し出しているから当たり前だと思われるかもしれないが、贄は大柄な娘であったり、その女の胸の高さにも満たないような娘であったりした時もあるらしいのだ。
 家畜を食う時とて、子の肉と親の肉では腹の満たされ方が違う。ならば、煌魔の迫る時期が変動してもよさそうなのに、実際は早まったなどとは聞いたことがない。
 他にも、年寄りの話を組み合わせると、そこここで辻褄の合わない点が出てくる。
 もしかしたら、煌魔への贄は建前なのではないのか。私は疑念に思った。
 何の建前なのか。それは、霜降りの地へと移動したことのある父上ならば思い付くだろう。
 なぜ贄が娘なのかは〝長老〟なら分かるだろう?―

 一旦息を大きく吐いた。弱った胸が悲鳴を上げる。
「腹の子に伝えておけ。そなたの父親は命を賭して煌魔と見(まみ)え、真実を得たとな」
 フレイは泣き腫らして歪んだ顔で唇を噛みしめ、ゆっくりとうなずいた。


 4話 ただしさ

 電球の灯りが揺れた。
 それ以前に部屋の扉が激しく音をたてて振動している。木製の滑らかな椅子に座っていた女は、小さく舌打ちしながら備え付けのモニタを操作する。小さな金属音がして、部屋のロックが解除された。
「まだ君は用意していなかったのか、レイラ。早く準備をして逃げるんだ!」
 開けるや否や、背が高く、どこか疲れた顔をした男が、加えて眉間にしわを寄せて詰め寄ってくる。
 レイラと呼ばれた女は、無表情でモニタを操作し続けている。部屋全体から、透き通った音色の単調な曲が流れてきた。
「本当に分かっているのか? もうすぐ夜が明けるんだぞ。ここにいたら危ないんだ!」
 小奇麗な机の上で、機器が音を立てて点灯した。レイラはその機器から琥珀色の液体が入った器を取り出して少しすする。鼻腔をくすぐる澄んだ香りとともにふっと息を吐いた。
「フィルール以北では耕作が可能で、かつ星を一周することが可能だ。原始人のような・・・・・・」
「行かないわ」
 再び液をすする。肺に溜まった呼気を長々と吐き出してから人差し指を立てて、いきりたつ騒音源を止めた。
「私はこの家を捨てる気はないわ。特別だもの。捨てるくらいなら・・・」
 ふっと笑みがこぼれた。指先で頬をなでる。
「それは、君のお父さんの家だからということか?」
 いつものつまらなさそうな顔へ戻った男に、レイラは液体が入ったもう一つの容器を手渡した。男は立ったまま液体を飲む。
「あんなパパだったけどね。いなくなってみると、分かるものよ」
 容器の中に映る彼女の顔はただ、ただ穏やかだった。
 単調な曲は終盤に入ったのか、それまでの調べを幽かに変え、うねりを帯び始めていた。
男は気まずそうに、手にしていた容器を両手でさする。
「僕には分からないな。すまない」
 馬鹿じゃない、当然よ。と噴き出すレイラを男は遮った。男の瞳にレイラの相貌が映る。
「僕が分からないのは、君のお父さんを餌に使ってまで君が行きたくない理由だよ」
 容器の中の天井が揺らぎ、また元に戻る。
「何のこと?」
 レイラは怪訝そうに首を傾げる。男の焦げ茶の瞳は、光に相対(あいたい)し、深い色を呈していた。
「それじゃ私がまるで死にたがりの、ひどい女じゃない。ふざけないでよ?」
 うねりを帯びていた曲は束の間波が収まり、遠くへ退くように消えた。男の瞬きが、まだ時が止まっていないことを告げる。
「パパは確かに私をメスとしか見ていなかったし、抵抗したら動物の屑だとか言われたけど、それでも私が小さい頃は優しかった。あなたがその、私を助けるためとはいえパパを殺したことはしょうがないことだし、私はそれを責めてはいないわ。むしろ感謝してる。だけどパパはパパなのよ」
 レイラの眉間に薄らとしわが寄る。男はゆっくりと近くの机に容器を置き、レイラに向き直る。
「君は彼を愛してはいない。まるでごみ箱に集(たか)る汚らわしい虫のように感じている。それは僕が彼を殺す前も殺したあとも変わっていない」
「何言ってるの? ふざけないで! 私をパパと一緒にしないでちょうだい」
「君は、君自身が思っている以上に彼を憎んでいるんだ。僕が彼を殺した時に、その亡骸を見て長年の悲願が叶ったかのような表情を浮かべるくらいにね」
「違う、違うわ! あの時は確かに喜んだけど、今は違う。もういないあいつを憎んでも意味がないの。憎んでなんかない」
 知らないうちにレイラは椅子から立ち上がっていた。目線の少し上に男の瞳。
 違わない。男の言葉にレイラは自分の言葉の矛盾に気がつく。口元を押さえたレイラに追い打ちを重ねるように、男の薄い唇が言葉を紡いだ。
「君が一番憎んでいるのは、君を棄てた彼だ。そうだよな?」
 レイラは男の視線を断ち切り、容器を机に置く。乱暴に置いた所為で液体が少しこぼれた。
「僕がただならない物音を聞いて、この家に入って君を見つけたのは、丁度彼が君をいらないと言ったときだったよ。もちろん君は彼の卑しさも憎んでいる。だけどそれ以上に君は実の娘を卑しい理由で棄てようとした彼だ。だろう?」
 机に拳を打ち付ける鈍い音が響く。華奢な手が小さく震えて、薄い唇から鬱憤が洩れ出した。
「パパも私を捨てる。どうせ捨てられた人間達の末裔よ。ろくな人間じゃないわ」
「ずいぶん大昔の話だね。確かに僕たちは、移住船団に置いて行かれた死刑囚達の末裔だけど・・・・・・?」
今からおよそ百年前、人類は一つの節目を迎えた。
恒星が膨張し始めて住み難(にく)くなったこの惑星を棄て、当時新しく発見された、液体の水に覆われている惑星へと移住することに決めたのだ。
その惑星は他の恒星系だったため、当時政府と呼ばれていた統治団体は念入りな準備をして移住船団を組織した。しかし、準備するにあたって、当時の死刑囚や無期懲役の罪人の扱いが問題になった。様々な案が出たそうだが、最終的には船の容量の都合と倫理的な問題から、罪人たちは死刑にはしないものの、搾り取れるものなら何でも搾り取っていったこの星に、置き去りにするという処置になったのだ。
 レイラが自嘲するように微笑む。俯いた表情のそれは影を咥えて狂気を帯びていた。
「そう、そもそも私が生きていること自体間違いなのよ。だから丁度いいの。この機会に私の穢れた遺伝子を終わらせるわ。この家とともにね。それが私の反抗よ」
 男の瞳が翳りを帯びる。
「彼は君が死んでしまっても特に何も思わないよ。だから僕が・・・・・・」
「あいつがまだ生きていたら、そうだったでしょうね」
 レイラは嗤う。男は口を動かして必死に言葉を探そうとしたが、結局額に皺を刻んで押し黙った。容器の中の液体は既に熱を失って静物と化している。
「私はここであいつを嘲りながら死にたいの。あいつが家族を守るんだとか言って建てたこの家でね。あなたがいたら迷惑よ。とっとと出ていってちょうだい」
 だけど、と言う男にやんわりと笑ってレイラは男を反転させ、戸口まで押していく。
「彼はもう死んでいるんだ。その反抗は無意味なものだし、君が死んだって何かが変わるわけでもないじゃないか」
 外は薄紅を帯びて眩しかった。荷車に繋がれた馬が、不満そうに鼻を鳴らしてこちらを向く。男が振り返るとレイラは呆れと意外そうな表情が入り混じった顔で戸口に寄りかかっていた。
「あなたなら分かっていると思ったのだけど。私はあいつにだけ反抗しているわけじゃないわ。言ったでしょ?私は私の遺伝子、あいつを産んで、あいつを産んだやつを産んで、そうやって続く私の先祖に反抗しているの。
この星から出られない、いずれ死ぬしかない命を、いずれ断ち切られなければならない命の連鎖をなぜ繋げるの? もし私が子供を残して、その子供が子供を残して、そうやってこの星が恒星に呑みこまれる時に生きている子供はかわいそうだと思わない? その子だって恒星に焼かれるために生まれてきたわけじゃないのよ! その時に吐く苦しみの、痛みの呪詛に私は耐えられないの。彼らを苦しませるくらいなら、私は今ここで痛みを受けて終わらせる」
 彼女の表情は全てを吐きだして澄んでいた。天の異常な明るさに、それはさらに映える。
 ただしい、という意味の名を付けられた男は、何が正しいのか分からなかった。
「考え直して、一緒に来てくれないか?」
 否定の言葉を紡ぐレイラの表情には、一片の揺らぎもなかった。男は自分の脆弱な手持ちカードをめくり続ける。
「君と同じように僕もそんな奴らの子孫なんだよ。だけど僕は、僕を産んでくれたことに感謝している。その子だって感謝するよ。君が独り善がりなだけだよ」
 レイラは答えなかった。静かに胸が上下する。
「僕は・・・・・・、君のことが好きなんだ。君に生きて欲しい。一緒に生きてくれないか」
「私は嫌いよ」
 視線を断ち切るように反転して、レイラは後ろ手にドアノブを掴む。
「・・・・・・ごめん」
 何がただしいのか分からない。
 固い感触の後、手刀を解き、崩れ落ちるレイラを受け止める。
 どうすれば彼女を救えるのか、何をもって彼女を救ったと言えるのか、それは本当に彼女を救ったと言えるのか。彼は分からないまま答えた。
 揺れる馬車の上で感じる彼女のぬくもりが、温かくて痛かった。


 5話 タダシサ

綺麗な放物線を描いて首が飛ぶ。
転がっていく顔は白髪を散らし、深い皺を顔に刻んで宙を睨んでいた。
布壁の向こうから人とは思えない断末魔が響いてくる。
衣擦れの音が聞こえて振り返ると、胸に深々と短剣を突き立てられた青年が俯いていた。若白髪が混じりつつもどこか幼さの残る顔立ちに、軽く開いた唇から紅を滴らせている。
それに寄り添うようにして、やわらかな衣を纏う娘が青年の胸に手を当て、その横顔を見つめていた。艶を帯びて流れる黒髪は背の辺りまで届き、細い指先が赫く染まって煌めく。
血に染めた指先で青年の顔を軽くなぞり、その娘はゆっくりと立ち上がった。
「助けに来た、帰るぞ」
「はい、ありがとうございます。お父様」
一つ、村が滅んだ。

揺らぐ炎を取り囲み、男達が肩を組んで跳ねている。
宴は、滅ぼした村の食糧の全てを使って豪華だった。久々に飢えが満たされて、家畜の乳で作った酒も入り、既に男達は箍が外れている。
「リットさんは混ざらないんで?」
振り返る不精ひげは、赤味を増して綻んでいる。リットと呼ばれた壮年の男は苦笑いをして、手を振った。ひげは大笑いし、上半身の衣を脱ぎ捨てて、獣のように跳ねては踊り、炎の周りを楽しそうに駆け回る。他の男達もつられて回り出した。
ひげの妻が、苦笑しながら酒を注ぎに来た。リットは甘んじてそれを受け、彼女の詫びは丁重に辞退した。
「本当にもう、あの人ったら。それにしてもフィリ様に大事なくて良かったです」
「あぁ、俺の娘も気丈に育ったようだな。ただ、さすがに疲れているようだったので、この席は外させてもらった。顔を見せてやれなくてすまないな」
いえいえと顔を綻ばせたまま女は自分の席に帰って行った。すぐに周りの女たちと談笑に入る。他の女がちらりとこちらを見やった。
火の粉は喧騒とともに、星々の瞬く空へと昇っていく。

荒風が止み、寝静まっていた村が少しずつ目を覚まし始めたとき、一人の男が現れた。
男はもう一つの村の名を名乗り、この村の長老であるリットへの面会を求めた。リットもかの村の訪問を予想していたので、軽く身だしなみを整えると、男を自分の天幕へ招くよう命じた。
分厚く温かい毛織の垂を掻き分けて入ってきた男は、かたちの整った精悍な顔に、苦みと不愛想を張りつけて、頭を下げる。顔を上げた後も、しばらく押し黙っていた。
「まず、狩りの刻前の、眠り覚めぬ時に、ララトンの長たるあなたを訪れた非礼を詫びさせてください」
リットは軽く眼を伏せ、肯定の意を伝えた。
「私がこのような非礼を働きましたのも、急ぎあなたと連絡を取らざるを得ない由々しき事件が起こったとの情報を得たからでして。・・・・・・フーレイエの一件、真のことでございましょうか」
男は確信しているような強い目で訊ねてくる。今度はリットも短く肯定を返した。
「それがどのようなことか、あなた様ならば分かりましょう。故フーレイエ、貴ララトン、そして我がテファーレ、我らが3つの村の誓いをよもや忘れたわけではありますまい」
男の表情は相変わらずではあったが、その頬には朱が混じり始めていた。リットは男をひたと見つめたまま、地吹雪のように低く、しかし落ち着きを持った声で答えた。
「無論、我々も誓いを忘れた訳ではない。この3村、いや、今となっては2村になってしまったが、この不戦協定は現在も有効だ」
ではなぜ、と口を開きかけた男を制してリットはしばし瞠目し、続ける。
「我々が今回このような非道を及ぶに至ったのは、・・・・・・我が娘、フィリを連れ去られ、故フーレイエの長老の息子と、無理やり婚姻を結ばされそうになったからだ。
それが何を意味するのかは語るまでもないだろう。我々から先に仕掛けてきたのではない。フーレイエの行い、我が村を強引に吸収しようとする行いへの対処の結果、こうなってしまったのだ」
男は狐のような眼をさらに細め、疑いの眼差しを射てくる。しかし、それを口には出せないようだった。
今回の件は簡単に解決できるような類のものではないのだ。
各々の村を統べる長老は世襲制をとっている。つまり、長老の第1子が次の長老になるという寸法だ。これは家単位でも適用される。そして、稀ではあるが、家を継ぐ者同士が婚姻する際は慣習的に男性の家に女性の家が取り込まれる形で婚姻がなされる。ララトンの村でも極小数ではあるが、複数の家同士が合わさった巨大な家群も存在する。そもそも、この村というもの自体が、この制度によって無数の家が合体してできた一つの家なのだ。もし、フィリとの婚姻が正式なものとなれば、フーレイエはララトンを取り込んで一つの巨大な村となる。そうなってしまったら3村の不戦協定も、力の均衡が崩れることによって意味をなさないものとなってしまう。
「いくつか伺いたい点がございます。まず、フーレイエの村がなぜこのような愚かしい事をしたのか。はっきりと申し上げますと、貴村にとって都合が良過ぎるのです。次に、あなたはなぜフーレイエを、村を潰したのか。あなたの娘を救出するだけならば、何もフーレイエを滅ぼすことはありますまい」
リットは内心ため息をつきながら指の背で膝を数回叩く。
「フーレイエ側は、この婚姻は我が娘とフーレイエの息子、互いの同意に基づくものであり、正当なものだとして、証に我が娘の手記による文を寄越してきた。私はそこから娘が強制されて書かされたとの印を見出し、娘を救出することにした。しかし、かの村の配置から全面的な戦いとならざるを得なかった。ゆえの結果だ」
案の定男は顔を渋らせ沈黙した。リットは再度心の内でため息をつく。
疑いたいのはリットの方だった。なぜ、フーレイエは強引にフィリを拉致し、それを正当な婚姻だとして強行したのか。そんなことをすれば、ララトンだけでなく、テファーレからも攻撃を受けることなど明白であろうに。
若白髪の、まだ幼さが残る青年の顔が脳裏をよぎる。
フーレイエの長老の天幕に押し入って長老を斬り殺した時、青年はフィリの手によって、既にこと切れていた。布壁に背を持たれかけて、軽く俯いたその表情は、ただただ静かだった。布壁の外では憎しみの鎖を断つべく、振り回される凶器が村人を刈り取っていた。その景色を見ていたら、かの青年は何を思ったのだろうか。
苦い後味を残して、リットは回想を押し殺した。
「私が知っているのはここまでだ。貴村が不審に思い、警戒するのも分かる。だが、今回の件は我々にもよく分からないのだ。重ねて言うが我々の誓いは現在でも有効だ。我がララトンは貴テファーレに危害を加えるつもりはない」
何かを言いかけようとした男は、リットの言に口をつぐむ。
辺りが疑いと困惑を孕んで重く垂れこめていた。

数刻のやりとりの後、この件についてはまた幾度か話し合い、細事についても取り決めていくことにお互い同意し、テファーレの男は帰って行った。
リットはこめかみに手を当ててしばらく瞠目した後、天幕を出て隣にある小振りの天幕に向かい、声をかける。静まり返っている天幕に潜り込むと、狭い空間に一組みの寝具が簡単に畳まれて重ねてあった。
腰を屈めて天幕から出ると、目的の娘が丁度水瓶を肩に担いで戻ってくるところだった。
「具合はもういいのか?」
「はい、お父様。もともとそれほどひどい目には合わされなかったので大丈夫です」
手紙とともに送られてきた漆黒の髪、それは手紙の事実が反しているということと、この髪の主は健常であることを示す結び目が施されていた。
フーレイエに拘束されていた時のかの村の内情を尋ねようとして、・・・リットは今しばらく体を休めるよう、娘に促す。フィリはどこか複雑な表情を見せながら曖昧に笑って、病人などに使われる安静用の小天幕の中へ潜って行った。
ケイは、妻は早くに先立ってしまった。狩猟に出掛けている時以外はなるべく娘に目をかけていたつもりだったのだが、あまり弱音を見せない娘に育ってしまった。気丈と言えば聞こえはいいが、リットには不安が募るばかりだった。
かと言って、無骨な男どもを指揮し、数少ない狩り場を巡って、揉め事になる度に早まる血気盛んな者達を静め、交渉するために育てられてきた身。年頃の娘をどう扱えばいいのか分かる訳がない。
堰を切って溢れ出た溜め息は、人知れず風に流されていった。

枯れ野を一風が薙ぐ。
細く背の高い草々が一様に腰を折り、点々と散らばる藪は各々ざわめいている。愚痴をこぼしているようにも聞こえるその声は、水気を失ってしわがれていた。死を待つ彼らを掻き乱して風は天へ昇っていく。
風が過ぎ去るのを待っていたかのように、一つの影が枯れ草の合間から顔を上げた。
まだ若い、角もそれ程伸びてはいない雄の鹿だ。彼は退屈そうな目をしながら口を動かし、ゆっくりと咀嚼をしてから、再び枯れ草の間に顔を突っ込む。蹄が土を掻く音が幽かに響いて来た。
再び顔を上げた時、リットは極限まで引き絞っていた矢を放った。貪欲な牙は空を裂いて、獲物の首の付け根に食らいつく。牡鹿はわずかに逃げる素振りを見せた後、黄色の海に沈んだ。
小隊を組んでいた陽気な不精ひげが、縄を担いで無造作に獲物のもとへ足を運ぶ。何かを口ずさむ声が、不精ひげが屈んだ辺りから聞こえてきた。
「しっかし、フィリ嬢さんは本当に薬を作るのが上手いなぁ」
リットが足を向けると、不精ひげは縄を結び付けた枝の端を持って立ち上がる。遅れて近づいてきた中背の青年に含み笑いを投げかけた。
「次の長老で、別嬪で、おまけに頭もいい。こんな女を婿になれるなんて、お前はったく幸せ者だよなぁ、メイス?」
メイスと呼ばれた青年はわずかに立ち止まりつつも、不精ひげとは反対側の端を持つ。掛け声とともに重い肉塊が持ち上がった。メイスの耳が赤味を帯びているのは、獲物の重さのためだけではないだろう。
薬が効いている鹿の目は、相変わらずつまらなそうだった。

今回の獲物は鹿1頭と、罠に掛っていた兎が3匹だった。
最近は全く獲物が捕れない、テファーレどもが獲物を狩りすぎている等と、愚痴をこぼす男どもを尻目に、リットは空を仰ぐ。星々の輝きは薄れ、わずかに白みかけている。
そろそろか。心の中で呟いて振り返ると、リットより永く生きている者の幾人かと目が合った。目線で頷いて、男どもをまとめる。
じきに準備をしなくてはならない。

採集に出ていた女どもと偶然合流して村へ向かうと、村に残っていた者たちが、枯れ野と同じように揺れる、穀類の波を刈り取っている最中だった。帰って来た者も一緒になって刈り取ったり落ちた穂を拾い集めたりと、作業を手伝う。再び荒風が吹いて来る前に、なんとか作業は終わった。
家畜の乳で作った酒を皆で引っ掛けてから自分の天幕に帰ると、フィリが中央の火に鍋を乗せて何かを煮ていた。ゆらゆらと揺れる湯気の青臭い香りから察するに、おそらくは汁物を作っているのだろう。
「具合はいいのか?」
思わず口からこぼれた言葉にリットは内心顔をしかめた。フィリも複雑な笑顔で健康を伝える。胸から息を押し出しながら、リットは火の前に腰を落ち着けた。
芥子粒の様な火の粉が、黒く不格好な鍋の下から躍り出ては消えていく。フィリが柄杓で鍋の中をゆっくりと掻きまわした。湯気が急に膨れ上がり、天幕の天井に纏わりつく。
ぼうっと眺めていると、フィリが思い出したように腰から何かを取り出した。
「そうだ、お父様。狩りの際に短刀をお忘れでしたよ。誂えて頂いた天幕の中に落ちておりました。まだ間に合うかと思って追いかけてみたのですが、その時既にお父様は遠くまで行ってしまっていたようで、・・・・・・そのまま携帯しておりました。すみません」
そう言って、申し訳なさそうに短刀を差し出した。リットはしばし目を見開いたのち、娘に柔らかく微笑む。
「あぁ、探してもなかったが、そこにあったのか。・・・・・・いや、むしろお前が持っていてくれ。
実は、今まで話していなかったのだが、それはお前の母、ケイの物なのだよ。お前の母さんはお前と同じで野草の扱いに長けていてね。俺の所へ嫁いで来るときに餞別として彼女の母からもらった物なのだそうだ。お前ももう子供ではない。母から娘へ、ケイからお前へ譲り渡す時が来たのだ。
それでケイが私としてくれたように、メイスと支え合って俺が彼の国へいってしまった後も村を守っていってくれ」
フィリの驚いた表情は、やがて溢れるような笑みに変わった。
「ありがとうございます、お父様」
家庭を取り囲む天幕は、外の荒風を殺して温かかった。

風が凪いでいるのに対して、村の中はざわついていた。
荒風が止むのを待って、リットは予め伝えておいた、旅立ちの準備の指揮を始めた。
水を十分に汲み終えてから井戸を崩し、資材をまとめて荷馬車に乗せる。行程の妨げになる、老いた家畜を屠殺する。家畜の毛を荷馬車に敷き、さらにその上に、先に刈り取っておいた穀物の藁束を敷き詰める。
一通り終わった所で、出立前の簡単な宴を開いた。先ほど屠殺した家畜と、前に狩った獲物を余すところなく使って、なんとか全員にまともな飯が行き渡る。これから霜の降る地までの長い道程を行かなければならない。そのための腹ごしらえと言ったところか。
「しっかしよ、なんで煌魔さんはわしらを追いかけるのかね? もしかして、さみしいんじゃねぇか?ほれ、遊んでくろ? 遊んでくろって」
両手を垂らしておどけた後、不精ひげがけらけらと笑う。周りの男達が笑いながら不精ひげの頭を叩いた。
「そうだね、これだけ熱心におっかけてくるんだもの。まるで誰かさんみたいだねぇ」
女衆の中から声が上がる。向こうの笑いの渦につられて男衆も照れ臭そうに笑う。何か感じるところがあるのだろう。
煌魔は半生に一度訪れるという化け物だそうだ。その化け物に捕まったら最後、骨すら残さずに燃やしつくされてしまうのだと聞く。そのため村は、天が薄らぎ煌魔が近づくと、野に生きる獣達と同じように、耕作の限界である霜の降る地へと移動するのだ。
リットは前回の移動時は、生まれたばかりだったため、移動については聞き知っているだけだ。具体的な方向は知っている者が示してくれる。
注ぎ役の女が酒を持って注ぎに来て、・・・・・・短く呻くとその場に倒れ伏した。背中には太い矢が一本、深々と突き刺さっている。
大きなどよめきが沸き起こる中、リットは遠くにそれを確認する。
「テファーレだ! 女どもは村の奥へ固まれ。武器を持っている男どもは応戦を、持っていないものは取りに行け、直ちに!」
もう一矢が目の前の炎を射抜き、薪が飛び散る。リットが立ち上がると同時に村の衆も我に返り、一斉に散る。
すぐ近くの天幕へ回り込もうとした老人が、血を噴いて横に倒れた。呻くその顔を蹴り飛ばして、目を異様に光らせた男が走ってくる。村の青年が薪を持ってその道を塞いだ。短剣が薪に食い込んで屑を飛ばす。青年の脚が、短剣から男を引き剥がした。
撹乱戦か。
リットは唇を噛む。薪に刺さった短剣を引き抜こうとして、青年は天幕から躍り出たもう一人の男に得物を突き立てられた。
鞘で喉元を薙ぎ払う。男は首をあらぬ方向へ曲げながら崩れ落ちた。リットはその手を蹴り上げ、短剣を放った。すぐに気づいた村の仲間がそれを拾う。
「最低3人以上で行動しろ! 敵は分散している!」
フーレイエもこのような気持ちだったのだろうか。ふと湧いた思いに、リットは眉間に皺を寄せて振り切った。突進してきた男の短槍を跳ね上げ、斜めに切り上げる。よろめいた男を蹴り飛ばして、その槍を奪い、村の女たちへと突進していた男に向けて投げる。槍は男のふくらはぎを貫いて男を崩した。すかさず一人の女が短剣を奪い、男に突き立てる。
様々なところから上がっていた怒声は、やがてまばらになり、次第に静まっていった。
テファーレの者が、なぜか総勢二十余名程の人数しかいなかったことが幸いした。
リットは負傷者、死亡者への対応、被害の確認を指揮する。数張りの天幕が煙を上げていた。
「一体なんだって言うんだ・・・・・・」
呆然と呟いたメイスの前には、先程まで炎を囲っていた仲間の亡骸が並べられていた。少し離れて、その命を狩り取った者どもが山積みされている。
虚を突かれた戸惑いは、やがて燃え盛る炎と膨れ上がった。
口を開きかけたメイスを遮って、被害の確認を任せていた女が飛び込んでくる。
蒼白な顔に震える唇で、女は言葉を絞り出す。
「フィリ様が・・・見当たりません・・・・・・」
どよめく周りを制して、人数を組織し、リットはもう一度確認するよう命じた。
やがて、フィリに加えて、馬が一頭と殺したはずのテファーレの男が一人消えているという事実が伝わる。
血気逸る男達をたしなめて、リットは十人ほどの人数を集め、テファーレへ向かう早馬を編成する。メイスには残って村の見張りと防衛の指揮をするよう命じた。この命令に、さすがのメイスも血相を変える。
「リット様。俺も行かせて下さい!」
「お前が行ったら誰が村を指揮するのだ?」
しかし、と咬みつくメイスを制して、リットはまっすぐその目を見る。
「お前は頭に血が上りすぎている。残っていろ」
正面からその目を受けて、メイスはたじろぐ。
「フィリは俺の娘だ。心配するな」
そう言い残して、リットは引かれてきた馬に跨る。隊の男達も各々騎乗した。
走り出した馬の上で、リットは暴れる鼓動を必死に抑えつける。

「なんだ・・・・・・これは」
静まりかえった村を前にして、リット達は呆然と立っている他なかった。
テファーレの村は丁度旅立ちの宴が終わった後なのか、数台の荷車には、崩れ落ちそうなほどの荷が積まれている。奥の方には薪の残骸が散らばっていた。そして、そこかしこで倒れている村人たち。近寄って脈を取ってみると、既に拍動は感じられなかった。
「死んでんのか?」
不精ひげが戸惑いながら覗き込む。倒れているそれは、白目をむいて宙を睨んでいた。
「毒、かもしれないな。とにかく、まずは手分けしてフィリを、そして生存者を捜す」
9人は戸惑いを隠せないでいたが、一様に頷いて散る。リットはそのまま村の中央へと向かうように、歩を進ませた。
手当たり次第、天幕の中へ滑り込む。天幕の中で痙攣を起こしていたのか、死人の周囲が散乱していた。他の者にもしてやった様に、瞼を閉じさせてやり、リットはその天幕を後にする。
天幕の数を十四数え終えた所で、リットはそれを見つけた。
存在を忘れられたかの様に置き捨てられた短刀。刀身は鹿の角を丁寧に研いで光沢を放ち、柄には野に生える草の繊維が複雑に織り込まれている。
リットは躊躇わずに短刀の前に居座る天幕に滑り込んだ。

衣擦れの音がして顔を上げると、胸の辺りに深々と短剣を突き立てられた青年が俯いていた。短く刈り込んだ焦げ茶の頭髪に、細く釣り上った目を虚ろに見開いている。
それに寄り添うようにして、やわらかな衣を纏う娘が、青年の胸に手を当て、その横顔を見つめていた。艶を帯びて流れる黒髪は背の辺りまで届き、ほっそりとした指先が赫く染まって煌めく。
血に染めた指先で青年の顔を軽くなぞり、その娘はゆっくりとこちらを向いた。
「来て下さり、ありがとうございます。お父様」
「助けに来た。帰るぞ」
フィリは微笑んで首を横に振る。青年の胸に突き刺さった短剣を上下させながら引き抜いた。紅に塗られた刃先から血が滴る。それを手前に置いてフィリはもう一度微笑む。
「村の掟で人殺しは死の罪。その身は風となることを許されず、煌魔の餌となる掟です」
「敵を殺すはこれに値しない。目を覚ませ」
フィリの微笑むその瞳は、リットのその向こうを映す。
「私は、フーレイエとテファーレの全ての民、それからララトンの仲間さえも手に掛けました。これを罪と言わず何といいましょう」
「お前は巻き込まれただけだ。案じることはない」
言いつつリットは、何か得体のしれない違和感を覚え始めていた。何かが何かと繋がってとぐろを巻く。
「お父さん。それは全て私が、フィリが唆したものなのです」
形の整った唇が、静かに言葉を紡ぐ。
「フーレイエはお父様が迎えに来られるまで、本当にあの婚姻を疑ってはおりませんでした。あの村の方々は私とあの方との婚姻により、テファーレを滅ぼせると最期まで思っていたのです。
ジークさん、この方も最期まで、私たちの村とこの村のほとんどの方を殺しながら、その罪を私たちの村になすりつけ、自分がこの村を統べる者になれると信じていたのです」
なぜ?言葉が出口を探して頭を、喉を、胸の奥を彷徨う。
「ですから私はただの人殺しではなく数多の命を奪った身。もはやただの死ではすまされません」
短剣を拾い上げ、刃先を自らに向け、目線の先まで持ってゆく。
「お前は何も言っていない、何も聞いていない、何も知らない。謎の毒に当てられて滅んだ村の生き残りに連れ去られただけだ」
リットの言葉に、フィリは止めようとした息をそのまま吐き出す。
「敵の村の血を混ぜた者も同じく死の罪です」
そう言って、刃を瞳に押し込んだ。強い鉄の臭いが鼻を突く。
震える手で短剣を引き抜くと、まだ光を宿す片方の瞳に突き立てる。
「なぜだ」
リットの声は震えて言葉にならなかった。フィリは呼吸を荒めながら、短剣を胸に抱く。
「村が貧しくなければ、こうはならなかったかもしれませんね」
赤い涙を流しながら微笑んで、フィリは言葉を遺した。

荒風が村を鷲掴みにして掻き撫でる。
リットはその中で立っていた。立ち尽くしていた。
しばらくすると、村の奥の方から苦い顔をした男達が、風に目を細めながら歩いて来た。男達はリットの姿を目に止めると、慌てて走り出す。そしてその足は、はたと止められた。
リットはフィリを抱えていた。彼女は首を力なく垂らし、その首筋には鋭い傷跡が走る。
「リット様・・・・・・」
男の声は荒風に掻き消されて最後まで届かない。
「すまない」
呟いて、リットは抱えている亡骸を地面に下ろし、膝をついた。腰から血塗られた短剣を取り出して、目線を刃先に下ろす。不精ひげがリットの行動を察して駆け寄った。
「リットさん、何やってんすか! 自害なんてやめなさいって!」
手元を見下ろすその瞳には、何も映ってはいなかった。
「罪を犯した娘を育てた者に、自分の娘すら守れなかった長老に価値などあるだろうか」
刃が片方の光を奪う。リットの頬に液体が伝った。
もう片方の目に刃を突き立てようとして、リットの手から短剣がもぎ取られた。
「リットさん。お前さんの子はフィリちゃんだけじゃないんだ。お前さんは長老なんだ。村って言うでっかい子供放っぽり散らかしたまんまなのはどうなんよ?」
その村すら、そう言って親指を立てたリットの胸倉に掌底を当てる。咳き込んで屈んでいる隙に他の男達に目配せして、弱々しくもがく腕を後ろ手に縛る。
荒れ狂う風は色を喪って、死んだ村を通り過ぎていく。

褐色の海の波間から顔を覗かせる無骨な木片。中心を赤褐色の筋がこびりついている。
「すまなかった」
リットは振り向かずに後ろへ告げる。柔らかい風が頬を撫でて、流れて行った。
おもむろに頬に手を当てると、親指から頸動脈の鼓動が伝わってくる。小指が、罪人の証である醜い傷跡に触れる。今はもう光を映さないそれの疼きを感じながら、ゆっくりと振り返る。生気のない村を背景にして、同志が静かに見つめ返してきた。
「我々の村だけになってしまったな。この罪を背負って、俺たちは村を豊かにしていかなければならない。このような不甲斐ない長老ではあるが、ついてきてくれ。頼む」
言ってリットは歩を進める。後ろから足音がついてくる。
枯れ野のただ中に、罪深き贄だけが取り残されていた。


6話  セット

そして光点は昇っていく。
まだ背の低い若草の上に寝転んで、アンスは星々の輝く中へと突き進んでいく光点を見つめていた。低くくぐもった音が先ほどからずっと響いている。
右手を延ばしてみる。指の隙間から見えるその光は一際明るく輝いていた。
「元気でね。みんな」
柔らかな風が足先から流れてきて、前髪を掻きあげる。
焦げ茶の瞳を俯かせて、アンスはみんなを想った。

見上げるような巨体がどっしりと構えている。遥か上の方には、星空が円く切り貼られて見下ろしていた。
「いよいよだね、エンデ」
 アンスは、隣にいるぼさぼさな黒髪をした男の子を見上げながら、はにかんだ。
「あぁ・・・・・・」
 アンスとは対照的に、エンデの表情はどこか浮かなかった。
 星へと向かうその機械は、2人の前にぽっかりと口を開けて待っていてくれている。

 ファルクの真実から、どのくらいの人生が流れたのだろうか。
 人々は分かれたり戦ったり、一緒になったりしながら、移動をしてきた。
 豊かだったり大変だったりしながら、それでもこの大地に支えられて、生きてきた。
 しかし、アンスの生まれた少し後、とても恐ろしい事が分かったのだそうだ。
 その前に、この大地の奥深くには、古い時代には煌魔と呼ばれていた炎がある、ということを知らなければならない。そのおかげでこの大地は熱を持ち、アンスたちは生活していける。炎から大地が生み出されて、炎へと大地が還っていく。その上でずうっと命が繋がっていくのだ。
 ところが、その炎の勢いがだんだん強まっているらしい。先生が言うには徐々に大地が炎に呑みこまれて、最後にはこの大地がなくなってしまうのだそうだ。
 大人たちはあれこれと考えた結果、空の上にきらきらと輝く星の上へ移住することに決めた。まず、今見える一番大きい星に行ってから、そこで燃料になる草を育てて、もっと大きな星を探すのだ。
 アンスはエンデから目を離すともう一度、星へと向かう機械に目を向ける。天幕の支柱にもなる丈夫な木材が、たわめられながら何本も上に伸びて、その間を丁寧に縫いあわされた革が、一面に張られている。形はまるで巨大な卵のようだった。
「なぁ」
 振り返ると、エンデが少し強い目を向けていた。両方の握りこぶしが胸の前でにらめっこをしている。
「やっぱり一緒に行かないか?」
 エンデの必死な言葉に、少し気持ちが揺れる。それでもアンスは首を横に振った。
「今更気持ちは変えられないよ。変えたくないしね」
みんなが移住するなか、アンスはこの大地に残ることにした。
 みんなは馬鹿にしたり怒ったりしたけれど、気持ちが変わることはなかった。
「この大地が好きなんだ。広い野原に囲まれて生きていきたいんだよ。できるだけね」
「いつ炎に呑みこまれるかも分からないんだぜ。怖くないのかよ?」
 アンスの顔は、通路の端に据えられた篝火に照らされて、少し影が差していた。
「怖いよ、怖い。だけど、それでもここで生きていきたいんだ。星へ行くよりね。周りを流れていく風を感じていたい、いい匂いのする野原を思い切り駆け回りたい。そんな感じかな」
「俺達が行く星にも、もしかしたらあるかも知れないじゃないか」
「僕たちの大地はないよ」
 エンデはあからさまにため息をついた。
何度も話し合ってきたことだ。エンデも何かを振り切るように首を振った後、それ以上追及はしてこなかった。
大人たちが搭乗口から顔を出す。エンデは軽くうなずいて前へ踏み出した。
「それじゃあね。エンデ、みんな」
「・・・・・・あぁ」
 エンデの方は、そっちこそとは返してこなかった。
「それじゃあアンス、頼んだぞ」
 大人の内の一人が声を投げかける。笑顔で頷いて、アンスはみんなに背を向けた。

 エンデとは幼いころから一緒に暮らしてきた。
 大人たちの話によるとアンス達がまだ小さい頃、炎に呑みこまれると知った人々は、なぜだか分からないけれど、お互いに殺しあった。その時にアンスの両親は、親しかった男の人に殺されてしまったらしい。男の人も両親の死を見届けた後、自殺してしまったようで、呆然と立ち尽くしていた所を拾ってくれたのが、エンデのお父さんだ。
 エンデのお父さんは星へ行く機械を作っている人で、とても優しい。アンスがここに残ると言った時も心配して叱ってくれた。
 ただ、・・・そう思いかけてアンスは目的の場所へついたことに気づいた。
 地下通路の脇腹から伸びる細い横穴。少し続いた先にぽつんと一つだけ篝火があった。
 天井に結わえつけられて、その真下にある拳くらいの大きさの穴に消えていく一本の太い綱。これが発射の合図になるそうだ。この綱を切ることで、この床下の小部屋に溜められている水が流れて、機械の部屋の下にある、とても大きな炎を焚いた小部屋の中に入る。すると機械が持ち上がるという寸法だそうだ。
 難しいことはよく分からないけど、お鍋のふたが持ち上がるのと同じ仕組みらしい。
 そばに立てかけてあった手斧を取る。
「ただ、それでも血はつながっていないんだよね」
 太い綱の真ん中から少し下の辺りを思いっきり薙ぐ。ぴん、と張り詰められていた綱は、案外あっけなくちぎれ去った。
 しゅるりと綱が逃げていってから少しすると、低くて鈍い音が足元から響いてきた。
「だけど、お父さんやお母さんが生きていたら、僕は星の上へ行っていたのかな?」
 地上へと向かいながら考え込む。両親の顔すらほとんど覚えていないアンスには、これという答えは出せなかった。

 光点はもう、辺りの星々と同じくらいの明るさにまで小さくなっている。
 延ばしていた手を引っ込めて、頭の後ろにあてがった。いったん目を閉じて息を大きく吸う。
 胸から息を全部押し出したのを見計らうようにして、一抱えくらいある大きな毛玉が、胸元に飛び込んできた。
「うわぁ、やめてよペル。くすぐったいよ。べたべたになっちゃうじゃないか」
 家畜の番をしてくれる賢い友は、抗議の声をまったく無視して顔の辺りをなめ続ける。生暖かいしぬるぬるだし、べたべただ。
 顔をふさふさな毛並みに押し当てて、ぐりぐりと拭く。べたべたにされた仕返しだ。
「やっぱり、どうなっていても僕はここに留まっただろうね」
 風はまだ穏やかだ。それに、ちょうどいい具合に暖かい。ペルをころんと転がすと、青い匂いがふわりと立ち上った。
 僕は生きている。確かに、いつか死んでしまうかもしれないけれど、それでも生きていたという事に変わりはない。
 それでいいんだと思った。どうだっていいんだと思った。
 ふと見上げる上(うわ)の空(そら)に、きらりと煌めく星がひとつ。
 別れを告げる光の点が、余韻を残して見えなくなった。

「無事に着けるといいね」


終わり
 


始まりからラストへ向けて全速力で鬱展開に向かって行くよ!!! ...orz
少しポジティブに生きた方がいいのかとも思う今日この頃。
前半が異常なほど意味不明だけど気にすることを挫折した。
とりあえず、世界設定を分かってもらえればうれしいと思う。

最終更新:2014年02月17日 13:40