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真面目な話

2009年06月24日(水)01時08分-K

 これは何一つ良いことのないまま平均よりも随分短く終わることになった、僕の人生についての物語です。
 ほかの多くの人々がそうしてきたように、僕も精一杯自分の人生を自分なりにがんばって生きてきたつもりでした。しかし、なぜか他の人々はそうは思ってはいなかったようなのでした。物心付いたころから、親や幼稚園の先生は僕を怒るとき、いつも反省が足りないというのでした。最初はがみがみ説教を垂れるだけなのですか、そのうちに僕の反応の何かが気にさわったのか、かんかんに怒り出すのです。自分ではこの上なく反省しているつもりだったのですが。小学校に上がると、低学年のうちからいじめの対象になりました。僕をいじめていたのは、最初のうちは主に上級生の男子でしたが、そのうちに同級生の男子になり、最後には下級生や女子達になりました。そして彼らが僕の横っ面を思い切り殴りつけるときの理由はいつも「お前のふざけた顔を見ていると腹が立つ」「馬鹿にしたような顔で見るな」というようなものでした。
 その頃までは、純粋だった僕は、これは僕が悪いからなのだろうと思っていたのでした。しかし、中学生になり、クラスメイト全員と先生達と用務員さんにまで目の敵にされるようになり、ようやく僕も何か自分の人生にただならぬ問題が発生していることに気付かざるを得なかったのでした。僕を見ると、男子達は顔を顰めて目をそらし、女子達は汚いものを見るように眉を顰め、先生達は「ふざけるな!」と腕を振り回しながら怒り出し、用務員さんは「こんな人を馬鹿にしたような奴がいるものか。世も末だ」とぶつぶつ呟きながら、僕が触った場所を清めるようにきれいに磨くのでした。
 これはきっとこの中学が悪いのだと思い、心機一転するために地元の人間が全くいない、つまり僕のことを知っている人が独りもいない、遠い土地の私立高校を受けようと決意しました。そのために身を削るような思いで勉強もしました。家庭教師のお兄さんは僕の顔を見て「真面目にやらないんだったら、私はもう帰る。給料泥棒をして平気な顔をしているほど厚顔無恥ではないんでね」と言い残して去っていってしまい、予備校では講師に「お前がいると教室の雰囲気が悪くなるから出て行け」と言われ、名誉毀損で訴えた裁判では何もしていないのに法廷侮辱罪という法的に存在しない罪で逮捕されそうになり、どうしていいのか分からなくなっていったカウンセリングでは、カウンセラーが「こんなことを言うのは敗北宣言のようで嫌なんだけど、カウンセリングとはクライエントとカウンセラーの信頼関係がないと無理なんだよ。君がそのふざけた態度を取り下げない限り、何をやっても無駄だよ」と叫び料金を全部返した上で帰されたりして、結局自学自習で頑張るしかなくなり、成績的には楽勝なレベルまで到達しました。もちろん中学での成績はトップで、もう一人頑張って勉強している子が二位なのですが、その子に
 「お前はそんなふざけた生き方をしてそれだけの成績が取れるんだから、俺みたいに必死に勉強してもお前に勝てないような奴が汚物にまみれた豚か涎をたらす牛ぐらいにしか見えてないんだろうな」
 と手ひどく罵倒されて、なぜそんなことを言われなくちゃいけないのだろうと、反論しようと彼の目を見ると、突然彼は僕に殴りかかってきました。一方的に殴られていたのに喧嘩両成敗ということで落ち着きました。職員室で喧嘩の理由を聞かれると、彼が目からぼろぼろ涙を流し、嗚咽をかみ殺しながら
 「こ、こいつが、俺を馬鹿にしたような目で、まるで、糞に集る虫を見るような目で、見たから、お、俺、我慢できなくなって、こいつの目に見られていると、ま、まるで、母親や、先祖代々まで馬鹿にされたような感じになって……」
 と供述したのが印象的でした。先生達も皆彼に同情的で、僕に対して
 「お前、彼がこんなに真面目に話をしているのに、お前はそんなふざけた顔しかできないのか!」
 と罵ってくるくらいでした。
 結局その高校に受かったのは彼で僕は落ちてしまいました。後で考えると試験に面接のないところを選ぶべきでした。面接中に面接官の顔がどんどん赤くなり、最後には青くなって、「警備員を呼べ」と叫びだしたのは忘れられません。
 こうして僕は見知った顔ばかりの地元の高校に進学しました。
 高校一年の担任の先生はいい人でした。僕にも他の生徒と同じように接しようとしてくれました。ときどき、
 「お前が心を開いてくれるのを待っているからな」
 と言ってくれた。僕はすでに心を開いているつもりだった。
 「お前がそんなふざけた態度をとるのは単なるポーズで、本当は心のまっすぐないい奴だっていうことを、俺だけは知っているぞ」
 全く身に覚えのないことだけど、そういってくれるのは嬉しかった。
 「お前が話してくれるまで、あえて訊こうとは思わない。だが、きっとお前が世の中を斜めから見ようとするのには何か理由があるはずだ。いつかそれを聞かせてくれると信じているぞ」
 聞かすも何も、そんな理由は存在しないし、そんな事実も存在しなかった。
 「ほかの生徒達や先生がお前に何を言おうと気に病むことはない。もちろんお前にはみんなに心を開いて欲しい。みんな、お前が思っているようなひどい人達じゃ全然ないんだ。みんながお前にひどいことを言ったりしたりするのは、みんなが悪いんだが、お前だってみんなと真正面から向かい合おうとしないじゃないか」
 心を開こうとはしてる。真正面から向かい合おうとはしてるのだ。
 「お前が俺を信用できないっていうなら、どんなことでもしてお前の信用を勝ち取るつもりだ。お前のために証書だって書こう。血判状だって書こう。預金だって降ろそう。刺青だってしよう。指だって詰めよう。腹を割って内臓の色を見せてやってもいい」
 こっちは信用をしていると言うのに、それを信用しないのはそっちだ。
 「頼む! 頼むから、俺だけには心を開いてくれ。そんな顔はしないでくれ。俺の話だけは真面目な顔で、目を見て俺の話を聞いてくれ。俺は俺なりのやり方で、お前のことを本当に心配しているんだ。お前、世の中に出たら、学生時代と何もかもが違うんだぞ。今のうちは世の中に甘えられて、不良を気取っていられるかもしれないが、社会人でそんなふざけた態度をとっていたら、誰にも相手にされないんだぞ。これはお前のためを思って言ってるんだからな。俺は今お前を更生させることを自らの使命と感じ始めているんだ。これからの三年間をお前にやるつもりだから、お前も高校の三年間を俺に預けてくれないか」
 僕は中学ごろから、できるだけ人と目を合わせないようにと、俯け続けていた顔を上げ、先生の目を真正面から見ました。僕の瞳にはうっすら涙が滲んでいたことでしょう。それくらい先生の親身になった言葉は僕の心に深く温かく沁み込んだのでした。親でさえ最近では僕を見放し、食卓には僕の分のご飯はなく、僕の部屋の前の廊下にまるで引きこもりの食事のようにお盆にのったご飯が用意されるくらいなのに、この先生は何とか僕をこの生き地獄から救ってくれようとしているのだ。
 僕の視線と先生の視線が目と目の間でぶつかり合いました。すると先生は
 「ふざけるな!」
 と叫んで平手で僕を力いっぱい張り倒したのでした。
 よろけた僕は机をなぎ倒しながら、床に転がりました。突然のことに何がなんだか分からなくなりました。誰に殴られたのかも咄嗟には判断できず、顔を上げて先生を見上げると、先生が自分の手のひらを見つめて、わなわな真っ青な顔で震えていました。
 「お、俺はなんと言うことを」
 そして床に額をぶつける勢いで、いや実際に嘴を失った啄木鳥のように何回も何回も何回も額を床に打ちつけながら、涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら、
 「すまん! 生徒の顔を殴るなんて、教師として最低の行為だ。今まで体罰なんて一度もしたことがなかったのに。いや、言い訳はするまい。すまん! 謝って済む問題じゃないだろうし、許してくれるものとも思わないが、償いのためにはなんでもするつもりだ。本当にすまん」
 僕は先生の肩に手をかけて、顔を上げてくれるように頼んだ。精一杯の微笑みを顔に浮かべられるように努力をして、できるだけ先生を安心させようとしながら。
 「大丈夫ですよ先生。これくらい慣れてますから」
 僕はそのとき顔を上げた先生の顔を忘れることができない。僕の顔を見た先生の表情は凍りつき、ショックのあまり視線は釘付けにされ、チックを起すように顔全体に痙攣の波が襲い掛かっていました。
 「あれだけのことをしたのだから、どんな罰も甘んじて受けるつもりだった」
 先生はまるで魂が抜けたように、ぼそぼそと小さい声で呟き始めます。
 「だが、こんなことは、表情で人格を否定されるなんてことは」
 先生はまるでどこか上のほうから伸びてきている糸に操られているように立ち上がると、
 「とても我慢はできない」
 と叫びながら走り出し、窓ガラスを突き破って、四階下のコンクリートの上に頭から落ちていってしまいました。
 即死でした。
 先生の葬式会場はまさに阿鼻叫喚の様子でした。先生はほかの生徒達にも人気があり、皆一様に先生の死を自分の体の一部分が死んだように受け止めているようでした。会場には今の生徒達だけでなく、かつての生徒達も次々と駆けつけて、彼らの持ち寄った花で先生の棺は埋め尽くされそうになるほどです。
 僕も参加するつもりでした。しかし僕を見た上級生の一人が僕に駆け寄って、
 「お前、先生を見送る場にどの面下げて参列するつもりなんだ」
 といって、襟首を掴みます。
 「分かってんのか、先生を殺したのはお前なんだぞ。死ぬべきだったのは先生じゃなく、お前だったんだぞ。少しは責任感じろよ!」
 彼の言っていることが正しく思えたので、僕は黙っていました。僕も心が晴れるから、殴るならさっさと殴って欲しいとすら思いました。しかし期待していた拳は飛んで来ず、襟首を掴んでいた手からも力が抜け、彼は僕の目の前に崩れ落ちてしまいました。
 「なのに、なのになんでお前はそんなふざけた顔で立っていられるんだよ。お前、本当に人間かよ」
 もしかしたら、人間じゃないのかもしれない、と本気で考えました。
 「頼むから、無理でもいいから、真面目な振りをしてくれよ! 悲しんでいる振りをしてくれよ。そんなあたりかまわずふざけて回って楽しいかよ。お願いだ。お願いだから」
 何人かの彼の同級生がやってきて、泣き崩れた彼を助け起します。すると彼は去り際に僕に
 「帰ってくれ」
 と言いました。
 「お前のふざけた顔を見ていると、思わず殴ってしまいそうだ。だけど俺は先生と、もう人を傷つけないと約束したんだ。この場でその約束を破って、葬式を穢すわけにはいかないんだ。だから頼む。お願いだから、さっさとこの場を去ってくれ」
 僕にはそれに従うしかありませんでした。
 僕はその日、夜になっても家に帰らず近所の丘の森の中に入って、積もった落ち葉の上で寝そべっていました。自分以外の人間が誰もいないところにいたかったからでした。動物や植物は僕の顔を見ても、ふざけているとは思わなかったからでした。
 僕にもようやく分かりました。僕にはどうも先天的な欠陥があり、僕は真面目な表情を取ることができないのです。僕の表情は人をいらいらさせ、怒らざるを得なくさせるほどに、不真面目な、ふざけた表情で固定されているのです。自分で自分の顔を鏡で見てもよく分からないのですが、そういうことなのでしょう。だから僕は他人と一緒に生きていくことはできないのです。僕がどんなに真面目に生きても、他人は絶対にそれを正当には評価しないのです。
 これに気がついたのはいい機会です。僕は、この日を自分の人生の最後の日にしようと決意しました。遅かれ早かれこうなるしかなかったのです。本当はもっと早くこうしているべきだったのです。
 僕は死ぬ方法を求めて、森の奥へとさまよい入っていきました。すると、突然眩い光があたりを照らし出したのです。一体何事だ、と目を眇めて光源を見ると、それは光り輝く巨大な円盤でした。何本かの足を底から出して、地面の上に立っています。
 唖然としてそれを眺めていると、底の部分からタラップが伸びてきて、内部から白い小人のような二足歩行の何かが何人か降りてきました。身長は120センチほど、全身に毛はなく、頭は小さく、指の多い手をしています。頭はまるで電気スタンドのようで、明かりの部分には赤、緑、青の三つの光源が付いていて、それぞれが揺らめくように微妙にその光度を上げたり下げたりしています。彼らは僕を見つけると、なんのためらいもなく近づいてきます。そして、僕に向かって、すっと手をさし伸ばしました。握手をしようということでしょうか。もしかしたら地球の風俗をすでに学んでいるのかもしれません。五本指の手と、指が何本あるのかもよく分からない手ではどういう風に握手していいのか分かりませんでしたが、何とか形だけでそれを済ませると、彼らが何かの装置を持ってくるのが見えました。複雑な機械の両面に大きめのディスプレイが付いているようなものでした。彼らの中の一人がそのディスプレイの一つの前に立って、非常に聞き取りにくい音声を出しながら、顔の三つの光源をゆっくりと瞬かせ始めます。するともう一つのディスプレイに地球人の姿が映り、その人物はにこやかな笑顔を顔いっぱいに浮かべ、フレンドリーな身振り手振りを加えながら、自分達の来歴を説明し始めました。
 「我々は遠い星、君たちの言葉で言うならレティクル座ゼータから来た、見ての通りの異星人だよ。本当はもうちょっと君らにも準備期間を与え、フォーマルな感じに到着するつもりなんだけど、詳しくは説明できないけど(機密って奴さ)、ちょっとした手違いが起こって、急な訪問になっちゃった。で、君に頼みたいんだけど、地球とか国家とかの代表者にはどこにいったら会えるかな?」
 僕はその異星人に文句なしに好感を持ち、できるだけ彼らに協力したいと思いました。それは画面に映し出された男の態度が好ましかったからだけでなく、僕に好意的に接してくれたはじめての知的生物だったからです。彼らとならうまくやっていけるかもしれないとすら、僕は考えました。
 「この星の代表者に会いたいのなら、とりあえず、アメリカのニューヨークってところの、国連の本部にいけばいいんじゃないかな。ただ彼らがこの星の代表者かどうかは異論があるだろうけど」
 僕がそう喋ると、途端に彼らの側のディスプレイに彼らの似姿が映り、不思議な音波を発しながら、三つの光をちかちかと目まぐるしく明滅させ始めた。その明滅はすぐにちょっと違うパターンで彼らにも感染し、その中の一人が突然可聴域ぎりぎりの奇声を上げたかと思うと、何かの装置を取り出しこちらに向かって発射しました。とんでもない衝撃に吹き飛ばされながら、僕が見たのは、さっきのディスプレイにかんかんに怒った地球人が映って
 「ふざけるな、このピーめ!」
 と叫んでいる姿でした。ピーの部分は何かの汚い言葉が入っていたのでしょうか。
 気がつくと、僕は地面の上に寝転がっていました。何か暖かいものが体の下に流れているな、と思ったらそれは僕の血でした。そしてその分、体のほうは凄く冷えていることにも気がつきました。
 体を起そうと思いましたが、力が全く入らないので無理のようでした。しかし、それを見るのに、体を起すのは実は不要でした。夜空を光り輝く巨大な円盤が飛び、その下では僕の住んでいた町が火に包まれていました。円盤はその発する光線ですべてを焼き尽くしながら、ビルの立ち並ぶ街の中心部へと飛んでいきます。それを見ながら僕は、これで気がせいせいする、と初めてふざけた気分になったのでした。そしてもしかしたら今僕は真面目な顔になっているのだろうか、と思いながら、もう一度意識を失うまで、焼け落ちていく街を笑いながら眺めていたのでした。


僕はいつだって真面目です

最終更新:2014年02月17日 13:41