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KAKIPIINATTSU

2009年07月08日(水)01時11分-K

 A1104の第4惑星に知的生物がいることが分かって、さっそくコンタクトが図られた。ファースト・コンタクトにありがちな様々な悲劇を避けるために慎重に検討されたマニュアルにしたがって行われたそれは、順調に始まり、何の問題もなく終わった。互いの存在を認識しあうことに成功。お互いに敵意がないことを伝え合うことに成功。お互いにコミュニケートする意思があることを確認。これは人類のファースト・コンタクト史上稀に見る成功だった。なぜかあちらがこちらを認識するのが不可能な場合。外来者達に敵意むき出しな場合。こちらに敵意がないのをどうしても理解してくれない場合。こちらを認識しているのにもかかわらず、なぜか我々を無視しようとする場合。そのような場合と比べると、姿かたちは決して銀河全体の平均から見ても我々人類に似ていないにもかかわらず、彼らの行動パターンは我々とよく似ていた。
 彼らと意思疎通するために、さっそく彼らの言語体系が調べられた。彼らの星の中で最も話される言語を幾つかピックアップして、互いに検討しあいながら研究するのだ。異星の言語を調べるには、その住人の我々のそれとは必ずしも同じではない思考プロセスを理解する必要があり、そのためにはサンプルは多いほうがよく、また言語は互いに影響しあうものなので、一つの言語を調べるよりも、多数の言語を同時に調べるほうが効率がよいのだ。その結果、彼らの言語には分節された単語があり、そのなかには物の名前を表すものがあり、それに対して、その状態や動作を表す語がつくと言う、我々とよく似た言語体系を持っていることが分かった。ただ概念の分節化(つまり連続的に分布するスペクトルをどのように7つや6つの色に分けるのか、一本の木をどのように枝とか葉とか幹とかに分けるのか、ということ)が独特なのと、発話が音声によらないのとが、少し意思疎通の障害になったが、これまでの事例と鑑みても、たいした障害ではなかった。コミュニケーション困難度は10段階中2という程度だ。
 順調に彼らの言語は翻訳され、我々の言葉も彼らの言語に翻訳された。だが、一つだけ翻訳できない単語があった。それはどうやら名詞であるらしいのだが、それが何を表しているのかどうしても分からないのだ。とりあえず、彼らの言葉を電気信号に変え、デジタル処理したものに符号をつけて、その単語は「KAKIPIINATTSU」と名付けられた。我らが故郷の星の辺境の小島のさるスパイシーな菓子を表す単語と一見よく似ているのは単なる偶然である。この単語は文法的にも特殊、さらには特例尽くめで、用法に多大の制限を受けている。彼らの言語にも英語のbe動詞に当たるような繋詞があるが、その補語には「KAKIPIINATTSU」自身しか来ることはできない。またこの単語を補語として取るのもまたこの単語自身しかないのだ。つまり「KAKIPIINATTSUはKAKIPIINATTSUである」という言述しかできないのである。またこの単語の動詞化、形容詞化もできるのだが、その用法は「KAKIPIINATTSUはKAKIPIINATTSUな状態である」「KAKIPIINATTSUはKAKIPIINATTSUする」「KAKIPIINATTSUはKAKIPIINATTSUした」「KAKIPIINATTSUはKAKIPIINATTSUするだろう」「KAKIPIINATTSUはKAKIPIINATTSUしている」等、やはりトートロジカルな使い方しかできないのだ。またこれらの単語は単独で、感嘆詞にもなりうるようである。我々は当初これらの規則は彼らの文化のタブーに関わることなのではないかと考え、この単語に関する質問には慎重を期していたのだが、彼らが言うには、これらの規則を違反したときに起こる感情は道徳的違和感を全く含まない、単なる言語的なもので、正しい用法以外のこの単語の使用は端的に無意味なだけだ、ということだ。実際我々がはじめてこの問題に触れたとき、彼らに起こった反応は、我々の感情に翻訳するなら、知的な笑いに当たるものだった。「そんな妙なナンセンスには出会ったことがない。普通に喋ってたらそんな間違い起すはずがない」というわけだ。この問題が微妙なものではないことに安心した我々は、彼らに言語理論的に言ってこれらの単語は無意味ではないかと疑義を呈したが、彼らは「言語の意味は言語使用にあるのだから、これらの単語は実際に使用されている以上、いくら君たちにその意味が掴みがたかろうが、意味はあるのだ」と反論した。実際彼らはふとした折に、彼らの惑星の赤い太陽を見上げ、彼らの惑星の黒っぽい下草を見下ろし、これらの言葉を呟くのだった。しかし我々がその意味を訊いても、「KAKIPIINATTSUはKAKIPIINATTSUという意味だよ」としか答えてくれないのだった。
 我々の中の一部はこの単語がもしかしたら、「神」を意味しているのではないのだろうかと考えた。これは神が唯一絶対であり、この世界のすべてから隔絶しており、また存在するために他の存在の助けを借りず、ただ自ら在ることによって在る存在であることを表しているのではないか、と。妄想としては質の高い物であった。だが、残念ながら、彼らの言葉には別に神を表すものがあり、その単語を使って「KAKIPIINATTSUとは神ではないのか?」と質問した所、彼らは我々が腹を抱えて笑うのとほぼ同じ意味を持つ動作をした。「地球人がまた新しい傑作ジョークを考えた」というわけだ。
 様々な議論の後、我々が導き出した結論は、結局この単語を翻訳する必要はない、ということだった。実際、日常会話だけでなく、商売や政治などにおける交渉、さらには科学や文化などにおける高等な話題、どの場合においてもこの単語を使う必要は一切なかったからである。ただ、彼らがこの単語をときどき思い出したように空間の何もない方向を見ながら呟くだけである。そのタイミングは我々には全く予想できず、前後との会話との関連性や、発話者の精神状態との関係にも、なんの法則も見出せないので、最初のうちは妙に気になるのかもしれないが、そのうちあまりの不規則性に法則を見出そうとするのをあきらめ、気にならなくなってしまう。だから、これらの単語に意味があろうとなかろうと、我々はそれにかかずらうことは全くないのだった。
 ただ、これは我々調査団の皆が一様に言うことなのだが、彼らの言語に習熟するにつれ、自分でも意味の分かっていないこの単語をどのタイミングで使うべきかが、論理的には全く理解できないある我々の心中ではなく言語システム内部にどうもあるらしいある規則にしたがって、わかってしまうのである。
 実際今日私は、この星の我々の調査船が着陸した付近の名物である、メタンの大間欠泉を見ていたとき、現地住民が全く不自然に思わないタイミングで「KAKIPIINATTSUはKAKIPIINATTSUでありうる」と主張したのだが、これはこの言語の文法がそこでこう発言することを要請していたからで、それ以上でもそれ以下でもないのである。


KAKIPIINATTSU

最終更新:2014年02月17日 13:42