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2009年09月09日(水)02時09分-K

 亀達は一歩一歩確認するように、どこかに向かって歩き続けた。僕はそれを見守ることしかできない。
 スタート地点はいつも決まっていた。僕の書き物机の横の本箱の上に置かれた水槽。そこに亀を入れるとそれは始まる。不思議なことに、この場所以外からは絶対に始まらない。
 まず起こることは、亀が水槽から出ようと透明な壁を足で蹴りながら、なんの足がかりもないのっぺりとした垂直の絶壁を登ろうとすることだ。放っておけば一日中そうしていて、最後には水槽を横倒しにしてしまう。ここで、そうなる前に亀を出してやろうとすると駄目なのだ。亀たちは僕が触ると、どこかへ向かう事をやめてしまう。僕の行為が干渉すると何かが壊れてしまうようなのだ。だから、亀が水槽を倒して、中から這い出し、部屋の出口に向かってのっそのっそと歩いていくのをただ黙ってみているしかない。
 亀の歩みはのろい。だから、部屋から出て行くのにも時間がかかるし、階段を一段一段降り、玄関にたどり着くのに、何時間もかかる。その間、私は日常生活をこなしながら、定期的に亀の様子を見にきて、亀の前に何か障害物があればそれを取り除き、時々にはさりげなく餌を配置し、間接的に亀の孤独な行軍を支援した。しかし、本番はここからなのだ。
 都会の道路は亀たちに優しく出来てはいない。玄関を出るところまではすべての亀たちが到達できるのだが、玄関を出た途端に、亀たちにいくつもの罠が襲い掛かる。あるものは自動車に轢き殺されぺしゃんこにされ、あるものは近所の悪がきどもの手に掛かり大量の爆竹によってアトランティスの遺産ごっこの小道具にされ爆死した。子どもの味方などと生ぬるい事を言っていた結果がこれだよ。またあるものは眼を覚ました兎に追い越され、そして別のあるものは海亀でもないのに、一円ぽっちの素敵な素敵なスープにされ、食べた物には亀甲模様の蕁麻疹を発症した後、謎の死を遂げた。それらの難関を越えた亀たちも、多くは道の途中で、天を舞う獰猛な鷲の爪にかかり、忠高く持ち上げられたかと思うと、不吉な占いにおびえ野原の真ん中に突っ立っていたアイスキュロスの脳天に向けて落とされ、偉大な悲劇作家を殺すことになった。そのせいで、付近一帯のアイスキュロス密度が急激に低下し、当局に怪しまれる結果すら招いた。
 僕はいつしか夜店で亀を買うのをやめた。当然、日がな一日亀を追い続けることもなくなった。ただ亀がどこへ向かっていたのかは気になり続けた。そしてある日、もう使わなくなってしまった水槽を洗って片付けていたとき、その場所に行きたかったのは、亀ではなく僕であったことに思い当たったのである。
 亀たちには悪いことをした。


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最終更新:2014年02月17日 13:45