2009年10月01日(木)01時57分-K
高校時代の友人で今山師をやっている奴がいて、そいつからものごっつい久しぶりに連絡が来た。何でも簡単に金儲けをする方法があるらしく、その事業の共同経営者になってはくれぬか、ということらしい。よし来たホイ! 私はその手の話に目がないのである。ウミウシよりも好きと言っても過言ではないくらいだ。私は居ても立ってもいられず一も二もなく矢も盾もたまらずに取るものも取り敢えず、一路世界文明の中心地「名古屋」から人跡未踏の地「岐阜」へと向かったのである。
目的地へとたどり着くまでに起こったことは省略しよう。唯一つ言えることはやはり岐阜は恐ろしい場所だった。駅前は寂れてるし、JRは岐阜から先は快速でも各駅停車するし、以前は米原までの直行があったのに今では大垣で必ず乗り換えしなきゃいけないし、本屋はないし、海はないし、名古屋弁を汚くしたような言葉を喋るし、JR岐阜駅の男子用トイレには今はもうないけど大型の床置型小便器の横に子ども用の小型の床置型小便器が設置してあって、壁掛型の朝顔なら子どもが使えないから子ども用の小便器をおく意味は十分あるが、床置型なら小さい子どもだって使えるんだからそんな物おく意味ねえだろ! ニュートンの猫穴か? 何の話をしているんだ? とにかくまさに未開の辺境地であり北狄の住むところである。そんな場所を私は頼る人もなく首狩族の襲撃におびえながら、一人踏破したのである。聞くも涙、話すも涙、よよよ。
そして私は送ってきた地図に載っている、目的の小山までやってきた。こんもりとした丸い山だった。
その麓で、高校時代の友人竹中に再会した。再会の感動もそこそこに私たちは、こいつが見せたいという物を見るために山を登り始めた。不思議な山だった。地面からは見たこともない茶色い草が生えているが、どこが茎でどこが葉なのかもよく分からないし、抜いてみようとすると、よほどしっかり根付いていると見えて、びくともしない。歩くと、まるで足の下がぶよぶよするような感じを受けるのも奇妙だった。きょろきょろ周りを見回していると、その様子に気付いた竹中が話しかけてくる。
「変な山だろう?」
「ああ、実に変だ」
「俺もそう思ったんだ。そしてこう思った。この山は臭うな、って」
確かに臭う。鼻が捻り切れそうだ。蝿もぶんぶん嬉しそうに飛んでいる。まるで今にもスキップを始めそうな勢いだ。
「俺がこの山を見つけたのはほんの偶然からなんだ。財布をどこに置いたか忘れてしまって、家中探し回っていたら、たまたま見つけたんだよ」
足場の悪い道なき道を先に歩いて、時々手を貸してくれながら、本当に嬉しそうにそう話す。しばらく歩くと、
「ここら辺に目印を置いておいたんだが……」
とあたりに目を走らせる。そして
「ああ、あれだあれだ」
と木々の間から垣間見える、人工物らしいもののほうに駆け寄っていく。近づいてみるとそれは、マクドナルドのマスコット、日本名ドナルド・マクドナルド(本名ロナルド・マクドナルド)の人形だった。
「世の中に、道化師ほど怖いものはないからね。これをここに置いとけば、誰も恐ろしくて近づけないと思ったのさ」
これをここまで運び上げたの? 馬鹿なの? 死ぬの?
「で、これがお前に見せたかった物だよ」
それは、暗く深い地面の裂け目だった。人が二三人軽く入れるくらいの大きさだ。近づいてみると、さっきから回りに漂っていた異臭がより一層強烈になる。というか、猛烈な臭気がこの裂け目から噴き出してきているようだ。
「どうだ、凄いだろう」
鬼の首をとったような顔をしてそう訊いてくる。
「ああ、凄まじいな」
「入ってみたいか」
「いや、さっさと家に帰って、風呂に入って、まるで年頃の娘さんのように体中念入りに洗いまわしたい気分だ」
「そうかそうか、そんなに入りたいのか。よし分かった、特別サービスだ。お前をこの秘密スポットの、招待客第一号になる栄誉に浴させてやろう」
と、俺の手を引っ張って、もう一方の手に懐中電灯を握って、どんどん中に入っていく。私はハンカチーフを鼻に押し当てて、ついていくしかない。
入ってすぐに異常に気付いた。ここはまともな洞窟ではない。何か異常な何かだ。まず、足元が土でも岩でもない、何か柔らかいもので、歩くと少し体重で沈み込む。手で触ってみると暖かいが、その暖かさには地熱とは違う感じを受けた。よく知っているのだが、それが何かを理解することを脳が生理的に拒否するような種類の暖かさだ。感触を確かめようと指で少し押してみると、何か液体が染み出て指についた。暗いためによく見えないが、これが異臭の元なのかも知れない。竹中の持つ懐中電灯の光の先を見ると、この先ずっと少しずつ狭まりながら、この得体に知れないものでできた穴が続いているらしい。
「どうだい、興味がわいてきたかい」
いろいろ調べてみようとしゃがみ込んでいた私のところにやってきて、同じようにこの弾力のある壁を指でつつきながら竹中が訊ねた。
「これは一体何なんだ」
それが分からないことには話にはならない。私は正直な疑問をぶつける。すると、竹中は口の端をひん曲げるような笑いを浮かべて。
「ここは鉱山なんだ」
と私たち以外の誰かが聞いているはずもないのに、内緒話めいた小声で囁く。
「鉱山、何の鉱山だ?」
懐中電灯の光の下で見ると、この洞窟の壁も天井も床も赤い色をしていることが分かった。
「豚肉のだよ」
豚肉? 豚肉って? もしかしてあの豚肉?
私は第二間接までめり込ませていた人差し指を引き抜くと、立ち上がりながら思わず後ずさりして、不安定な足場にバランスを崩して尻餅をついてしまう。そしてそのとき尻の下に感じた感触に、背中の上を高速移動する毛虫がぞわぞわ這い回るような悪寒が走った。こんなに鳥肌が立ったのは、背中の上を高速移動する毛虫がぞわぞわ這い回って以来だ。
「豚肉? これが全部。この洞窟の内壁がすべて?」
「そう! 全部豚肉、ポークだ! 凄いだろ。俺も始めてみたときは心底びっくりした。だが、すぐにこれの可能性に気付いたんだ。質はたいしたことないかも知れないが、値段だけは格安の豚肉を供給できる。臭いがきついから、生のまま店頭に出すわけには行かないが、適当に加工してから出せばばれやしない。何人かの労働者を雇って、ここからこの豚肉を掘り出そう。秘密がばれると多少外聞が悪いし、商売を横取りする蝿がたかってくるから、秘密をばらさない少人数で事業を始めるんだ。お前は高校のときから、俺の話を真面目に聞いてくれる数少ない友人だった。そのお前を見込んで、共同経営者になって欲しいんだ。一緒にリッチに幸せになろうじゃないか」
しかし私は話をあまり聞いてなかった。聞くことが出来なかった。聞いている場合じゃなかった。状況は把握していた。目の前に広がっている物が何を意味しているのかも明瞭に分かっていた。すべてを理解し、分析し、総合し、解釈した上で、すべてを否定するほかないことを結論付けた。こんなことがあるはずがない。ありえない。不可能である。なぜなら
「こんな物は非科学的だ!」
私は立ち上がりながら叫んだ。
「なんだって?」
竹中はまるで信じられない物を見るように私を見た。
「こんなふざけた話があるか。豚肉の鉱山? 常識で考えて、そんな物がこの世に存在するはずがなかろう。常識というのは確かに限界がある。極微の量子の世界や、亜光速高エネルギーの相対論の世界には通用しない。だが、水に「おはよう」というと氷の結晶が綺麗になるなんて話を否定するのに実験が必要ないのと同様に、豚肉の鉱山なんて話を否定するのになんら議論は必要ない! 例え実際にそれが存在してしまったとしてもだ」
私の言い草を聞いて、竹中は顔を真っ赤にして怒り出した。
「豚肉の鉱山があって何が悪い。大地というのは大自然の母だ。金属の鉱石はその母の母胎の中で、時間をかけて成長していくのだ。それは生物の母胎の中で胎児が成長するのと同じだ。それを人工的に行おうとしているのが錬金術だ。そして錬金術の一つの達成が、生命を作り出すホムンクルスだ。だったら、なぜ母なる大地の胎内で、豚肉が成長して悪いんだ。雌豚に出来ることがなぜ、ガイアに出来ない。大体、昔から俺はお前のことが嫌いだったんだ。いけ好かないし、皮肉屋だし。器用貧乏で、本当にちゃんとできることは何も無いし、現に今現在だってまともに就職も出来ないのに、自分以外の人間は全員馬鹿だって顔しやがって、自分のコミュニケーションスキルの低さを棚に上げて、人間嫌いであることが正義みたいなことぬかして、自分がこうなったのは社会のせいなどと被害者面をして、結局親のすねかじって生きているくせに、本当にお前みたいなやつが俺は嫌いで、しかも……しかも……くっ、嘘だ! 全部嘘なんだ!」
「はぁ?」
嘘って? 何が? 嘘っつったって、現に今目の前にあるものを嘘だといわれても、こちらは困るしかないのであって……
「嫌いだなんて嘘だ! 本当はお前のこと好きだ!」
と雄叫びをあげ、タックルしてくる。そのまま差しつ差されつ……じゃなくって、えっとなんだっけ……そうだ! くんずほぐれつ、豚肉のマットの上で、揉みあう。歯を剥いて、まるで噛み付くように、顔を押し付けてくるのを両手で押しのけていると、怒張を擦り付けるようにこちらの腿や腰に押し付けてくるので、体と体の間に右足を入れて、蹴り飛ばす。竹中はよたよたと肉壁まで下がってへたり込むと数秒はあはあ荒い息をついていたが、きっと顔を上げると
「お前を殺して俺も死ぬ!」
と叫び、右手で左手の手首をつかんで、半回転させると、手首から先がするりと落ち、その下からバネ仕掛けの刀が飛び出した。そしてこちらに向かって浅沼稲次郎に突撃する山口二矢少年もかくやという勢いで、突進してきた。私は間一髪のところでそれを避け、その刀はぶすりと肉壁に突き刺さってしまう。
「くそ、抜けろ! くそ」
深く食い込んだ凶刃は、肉圧によってなかなか抜けない。私は出口に向かって走り去ろうとした。すると、突然周りを囲んだ肉壁がまるで蠕動するように蠢き始めた。それだけではない。地鳴りのような大轟音とともに、洞窟全体が揺れ始めた。私はよろけながら、懸命に出口へと這い出ようとする。そのとき、両側の肉壁が急に狭まり始めた。
「ぎゃあああ!?」
後ろで叫び声がする。振り返ると、まだ刀が抜けないままの竹中が肉と肉とに挟まれ押し潰されそうになっているところだった。腹の辺りを両側から強く圧迫され、最初は苦しそうに足をじたばたさせていただけだが、突然顔が赤く紅潮し、普段の二倍くらいに膨れ上がると、口から裏返しになった食道やら胃やら肺やらを噴水みたいに噴き出して、ぐったりしてしまった。たぶんありゃもう死んだな。私は四つんばいになりながら、地面の裂け目から命からがら抜け出した。しかし助かったと思うのも束の間、天地がひっくり返るような衝撃とともに、すべてをなぎ倒す地滑りが起こり、まるで地面ごと洗い流されるように坂をころげ落とされる。
気付いたときには、体が半ば埋まっていた。生きているのが奇跡だと思った。目を開けても砂煙で何も見えない。しかし、しばらくすると視界が開け、何が起こったのかの全貌が見えるようになってきた。山が動いたのである。いや、それは山ではなかった。それは巨大な猪だった。これですべてに得心がいった。やはり豚肉の鉱山なんてなかったのだ。それは単なる巨大な豚だったのだ。あれは山と見まごう程の巨大な豚の、恐らく傷口か何かなのだろう。その中で二匹の虫が、もぞもぞ動いたので、こしょぐったくて、永い眠りから目覚めたのであろう。これなら科学的に何の問題もなく説明でき、納得できる。やはり科学は間違っていなかったのだ。科学を信じ続けていて、本当によかった。私は恍惚の涙を流しながら、そう思った。
その巨大な豚は岐阜を南下し、自衛隊の必死の防衛にもかかわらず、わがふるさとの街を一日で焼け野原にした。だが、あの八月十五日、我々はこの焼け野原から出発したのではなかったか。誇り高き日本人の魂がある限り、私たちは何回だってここから立ち上がるだろう。
最近どうも小説がかけなくて