2012年03月03日 (土) 22時56分-苗之季雨
大学入試の二次試験も終わり、世間の多くの受験生は――その手ごたえの出来不出来に関わらず――ここまでやり遂げた達成感に満ち溢れているようだが、私たちにとってはここからがある意味本番である。何故なら我々教員には、奴らが一斉に叩きつけてくれた解答を逐一吟味し採点するという重要な任務が残されている。
勘違いしないで欲しいのだが、私は別にそれを苦痛としているわけではない。新年度になって顔を合わせるであろう彼らのことを想像しつつ答案と対峙するのは、むしろ楽しみの一つとなっている。以前同期にそんな話をしたら、「あの膨大な用紙の山を前によくもまあ呑気な」と呆れられた。そこまで好きならついでに俺のも採点してくれとかほざいていたが、あいにく物理は専門外なもので。いや、全くもって残念なことだ。
大体、どうしてこんなに面白い作業を面倒に思うのか。試しに、この無駄に綺麗な字を見てみるがいい。書き手の几帳面な人柄が偲ばれるではないか。解答用紙には受験番号や受験方式の記入欄はあっても、記名欄はない。だがこの様子だと、十中八九女生徒だ。字が丁寧イコール女など偏見だ差別だとバッシングされそうだが、私の長年の経験、そして第六感がそう告げているのだ。うむ、おっとりとして大人しい純朴な女性――これだな。とか思いつつ入学生を確認してみたら性別から性格から全てにおいて予想とは正反対でした、なんてこともザラだが。それはそれで一興。……しかしこいつ、字が丁寧すぎて解答欄を全部埋めきれてないではないか。時間をかけすぎではないのか。しかも合計点は見るも無残な……まあいい、他の科目で稼いでくれていることを期待しよう。だがこの受験方式だと、確か日本史重視の配点……いかんこれ以上考えても詮なきことだ。次だ次。
真っ赤なインクで点数をつけ終えた用紙を脇に押しやると、妙に筆圧の強い文字の数々が目に入る。何だこの受験者、素直に中大兄皇子とか百歩譲って天智天皇とか書けばいいものを葛城皇子とか書いていやがる。こだわりでもあるのだろうか。いっそ天命開別尊とでもしていたら大笑いしているところなのだが、ってよく見たら微妙に漢字を間違えているではないか。これは完全にアウトだ、サービス問題だというのに勿体ないことを。しかしこういう奴は記述式の設問で笑わせてくれるのだよ、と用紙下半分を見るとやはりだ。細かい字で長々と綴られた解答。語りたくてたまらないという想いが滲み出している。さあさあ、一体どのような形にまとめてくれたのやら、っと。
採点の楽しみというのは際限がない。字の上手い下手、解答の内容そのものは当然のこととして、同じ事柄をどのような言葉で装飾しているか、この単語はひらがな派カタカナ派漢字派どれが優勢か、吹き出してしまうような誤字脱字その他変な日本語はないか、果てにはうっすらと残った隅のラクガキの跡まで……一枚の答案用紙には膨大な情報が詰まっており、ともすれば受験生の息遣いさえ感じられる気がしてならない。これを苦痛にしか思わない教員は人生を損しているに違いない。ああ、幸せすぎて辛い。
「相変わらず、嬉しそうに採点しますよね」
同僚が柔和な笑みを向けて話しかけてくる。正確には微苦笑か。とは言ってもこのような反応などとうに慣れているので、私は今更不快に思うこともない。
「ええ、年に一回の大イベントですから」
「はは……ところで聞きました? 来年からうちの大学、試験を全てマークシート方式に切り替えるそうですよ」
やれやれ、どうやら私もいい加減年のようだ。とうとう耳が腐ってきたらしい。