2012年03月04日 (日) 00時05分-17+1
(※繰り返し)
17+1
問い:“I love you.”を訳しなさい
仕事以外ではまず口にしない言葉だな。そう、タイトルを目でなぞりながら思う。
他にあるとしたら中学のときの英語だろうけど、ぜんぜん記憶にない。授業はまじめに聞いてたはずなんだけど。そのころはまだ、ちゃんと毎日学校に通えてたし。S・V・O。主語動詞目的語。うん、この社会で何の役に立つのかはわからないまま、しっかり今も覚えている。
歌詞がプリントされたB5サイズの紙には、書き込みがびっしり。息継ぎのポイントとか、強弱の表現とか、指導されたところもあれば自分で考えたところもある。タイトルの“I
love
you.”は曲中に七回登場している。サビごとに二回ずつ。最後にもう一回。家での自主練も含めれば、もう百回はフルコーラスで歌っている。中学時代に朗読したかどうかなんて、どっちにしても誤差のうちだろう。
「ララちゃん、そろそろはじめられるかな?」
「はーい」
休憩が終わり、園田さんと一緒にスタジオに戻る。
でも、まだ収録ブースには入らない。いつものタニさんと、それから大山さんという初めて会う女の人と軽くお話する。今回のCDジャケットや衣装をデザインしてくれたのだとか。
これまでよりも知らない人が多い現場。みんな素敵な人ばかりで、私なんかがこんなに恵まれちゃっていいのかな、と感じる。全員に愛してるよと教えてあげたくなる。
「この歌はきっとララの代表曲になるんじゃないかな……、いや、絶対なる」
ずっと私の面倒を見てくれている園田さんが言うのなら、きっとその通りに違いない。次のシングルはドラマのタイアップも決まっている。もちろんラブストーリー。プロモも格段にお金のかかったものになるそうだ。ライブイベントも着々とセッティングが進んでいる。期待にこたえなくちゃ、そんな気持ちの裏でちょっと後ずさりしている自分がいた。
いたけれど、顔には出さない。声にも出さない。
それが仕事だから。
私は、ララはアイドルだから。
心がけているのは、『ララ』はあくまでアイドルとしての姿であって本当の『私』とは別人です、だなんて安易な考えをけっして抱かないということだ。そんなにわかりやすく切り替えるのは、いや切り離すのは、仕事に対する態度とはとても思えない。私はララで、ララは私。本当の『私』は尻込みしちゃってるけど『ララ』はがんばらないといけないからがんばる、じゃなくて、がんばらないといけないのは尻込みしている私自身なのだ。まあ、とらえ方の問題と言っちゃえばそれだけの話なんだけど、とにかく本当とか別人とかそういうのはないのだ。
だから私は『ララは本当の私じゃない、私の好きな私じゃない』みたいな甘えた台詞を吐いたりしない。
ララも私もあくまで同じ私で、私の大っ嫌いな私だ。
「それじゃいきましょか」タニさんの気が抜けた合図。
「はーい」
これから私=ララは誰かに向けて歌う。
窓の向こうの園田さんやタニさん、大山さんに。CDやプロモーションビデオやライブを通して、ファンのみんなに。ひとりひとりに何度も繰り返して“I love
you.”を伝える。それは私の心からのメッセージだ。私はみんなを愛している。
私は中学で習ったことを忘れていない。“you”は複数形でもあることを。『あなた』も『あなたたち』も同じ“you”で表すことを。だから私は歌でしかなかなか使わないような“I
love you.”という言葉で、『あなたたち』みんなに、ひとりひとりの『あなた』に好きだと伝えることができるのだ。
でも“I love us.”じゃないから、私は私を好きになれない。
答え:私は私を好きになれない
最終更新:2014年02月17日 14:45