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ジャック甘挿し(お題『受験』)

2012年03月04日 (日) 23時44分-17+1

 俺が高三だったころ、ええと二〇〇六年か? いや年明けだから二〇〇七年か、どうでもいいか。とにかく俺が受験生だった年に、はじめてセンター試験にリスニングが導入されたんだ。話自体はだいぶ前から聞いていたんだけれど、なんか損した気分だったな。あと一年早く産まれていれば、とかね。
 まあ受験はうまくいったんだ。そこそこ対策してたから緊張もしなかった。うるさいやつも変なやつも近所にいなかったしな。二次も実力をしっかり出し切って、第一志望に見事合格した。……なんだよ、その顔は。
 問題はリスニングで用意されたICプレーヤーなんだよ。いやトラブルがあったわけじゃない。故障もなかったし音量も充分だった。すくなくとも俺個人において、試験は何の滞りもなく進んだよ。終わったよ。帰ったよ。ICプレーヤーと付属のイヤホンをカバンに仕舞ってな。
 泥棒じゃねえよ。言われるとは思ってたよ。当時は回収なんかしなかったんだよ。してたかもしれないけど強制じゃなかったんだよ。
 合格が決まって、ようやっと一息つけるようになったところで、俺は机の引き出しに放り込んだままのICプレーヤーの存在を思い出した。かつては自分の人生を大きく左右するアイテムだったが、そのころには単なるおもちゃだ、いろいろいじって遊んでみたよ。分解もした。そういう家系でね。ドライバーがな、普通のご家庭の二倍はあるんだな。親は半田ごてで針金細工もつくるんだ。干支とかな。関係ないか。
 ボタン三つと音量調整のダイヤルしかないシンプルな構成。中の基盤を見ても特に感想はなかったな。そんな詳しくないし。電池を抜き差ししてリセットをしないともう一度再生できなかったんだよなあ、二〇〇六年度版は。リスニングの問題文なんて何度も聴くもんじゃないけどな。もともとのメモリー以外は受け付けないから音楽プレーヤー代わりにはならないんだ。それは知ってるか。まったく、融通の利かないやつだよ。
 だがな、これは知らないだろう。
 あれ、ある操作をすると、問題文とは全然違う文章が再生されるんだよ。
 それは物語だった。それもとてつもなくわくわくするような物語だ。架空の世界の架空のお話。かと言って子供だましじゃない。深いんだ。俺の言ってる内容だけじゃわからないだろうけどな。でも、普段本なんて一切読まない俺が言うんだからよっぽどのもんだぜ。三十分間のめりこんだよ。シチュエーションも影響しているかもな。小さいころ親に絵本を読み聞かせてもらったときのあの感じっていうか、なんていうか……。
 もちろん日本語だ。大人の女性の声。べらぼうにうまい朗読。いやそこまでじゃあないか。まあまあ聞き取りやすい朗読。それでもリスニングとは段違いだ。
 詳しいストーリーを紹介するわけにはいかないな。操作方法も教えられない。俺はそういう話がしたいわけじゃないんだ。それに世の中には知らないほうがいいってこともある。ちょっと違うな、世の中には今はまだ知らないほうがいいってこともある、だな。まあひとつだけヒントをあげよう。付属のイヤホンでもヘッドホンでもなんでもいいんだが、イヤホンジャックには完全に挿さないこと。甘挿しな。これ大事。
 俺がしたい話というのは、その物語の朗読が「次回につづく」で途切れたことなんだよ。そう、その物語は三十分ぽっちじゃとても収まらないようなものだったのさ。
 俺としては、どこまでも広がる世界をすべて見渡すことなく、中途半端なところで追い出された気分だった。それでもその物語の素晴らしさは変わりゃしなかったがな。他の特別な操作をすればつづきが聴けるかもしれないと思っていろいろ試したけど成果はゼロだった。それもそのはず、「次回につづく」というのは来年のセンター試験のことだったんだ。
 一年後、ネットオークションで俺は二〇〇七年度版のICプレーヤーとメモリを落札した。ついでにイヤホンもセットで。千円もしなかったよ。俺以外は物語に誰も気づいていなかったんだ。特別な操作方法にもな。同じ操作方法だとも限らなかったんだけど、二〇〇七年度版から「前回のつづき」が流れ出したときには震えたよ。泣いてたかもしれない。
 ……しかしセンター試験とかああいうのは不正がないように毎年人員を入れ替えているだろうから、個人のいたずらで物語のデータを紛れ込ませることは不可能なんじゃないかな。一回だけならまだしも。それに、メモリの中身を調べている人はネットでたくさん見かけたけど、誰も余分なデータが入っていることに気づかないのはおかしいんじゃないのか。もしかしたらあの物語は、そういう現世のアレやコレやを超越した存在なのかもしれないな。いや本気で信じているわけじゃないぞ。
 それはさておき、そういうわけで俺はその年のセンター試験リスニングのICプレーヤーをオークションで落札しては、三十分間の「前回のつづき」を聴くというのを繰り返していたんだ。いやあ毎年毎年冬が来るのが待ち遠しかったよ。暇つぶしに書き起こしたりもしたけど、どうせ暗記するから使い道はなかったな。しだいに中途半端な状態というのも悪くないなと思えるようになった。つづきを待つことの醍醐味を知ったよ。
 ところが、続かなかったんだ。
 二〇一〇年度からは、知っての通り、ICプレーヤーとメモリは試験後に回収されることになった。プレイヤー内の集積回路は二回、メモリは五回使用することになったからだ。きちんと個数がチェックされるので、こっそり持ち帰ることもできない。できたとしてもそれは泥棒だ。したがって、ICプレーヤーはネットオークションに出品されるはずがない。いくらつぎ込もうとも、出品されないものは落札しようがない。
 環境保護を考えて再利用をだって?
 知るかよ!
 俺のつづきはどうなるんだよ!
 楽しみにしてたのに!
 返せ!
 俺の物語を返せよ!
 ……そんなふうに憤ったものだよ。
 
 さて、これで理由がわかっただろ?
 俺みたいな中途半端な年齢の男が、仮面浪人でも塾講師でも定年して第二の人生を歩もうとしているわけでもないのに、どうしてセンター試験を受けているのか。
 休憩時間を長話でつぶしちゃってすまんね。
 三十分間、隣の席で楽しませてもらうよ。


タイトルをつけたほうが作品一覧の見栄えがいいかな、と思いました。
最終更新:2014年02月17日 14:46