2012年03月24日 (土) 23時48分-御伽アリス
近年、しばしば嘘つきが死ぬようになっている。
ある詐欺師の男が死んだ。高層ビルの窓から転落して、即死。詐欺師が落ちるところを目撃した者はおらず、監視カメラも無かった。警察は事故と事件の両方の線から調べを進めたが、結局経緯は分からずじまいだった。ただ、死んだ男が詐欺師だったことが後から分かり、恨んだ詐欺被害者か誰かに突き落とされたのかもしれない、との憶測はあった。
その数日後、あるイカサマ占い師の女が死んだ。河で溺死体が見つかった。こちらも占い師が河にいるところを目撃した者はおらず、死体が流れてくるのを下流の町の住民に発見されたのだ。この件も警察は事故と事件の両方の線で調べたが、やはり原因は分からなかった。しかし、死んだ女がイカサマ占い師だったことが後に明らかとなり、だまされた被害者に河へ突き落されたのかもしれない、との憶測は立った。
世間の人々はこの原因の分からない死亡のニュースにとまどった。警察に対して説明を求める声が高まった。警察でも、連続して起きた2つの出来事について、何らかの関連があるのではないかという推測はあったが、それ以上は何も進展が無かった。
これにはとうとう政府も調査に乗り出した。どうせ偶然だろうから放っておけ、と言って片付く問題でもなかった。
しばらくして、政府の担当者と専門家がついに発表をした。それはとんでもない発表だった。細菌学だか何だかを研究しているという専門家が口を開いた。
「皆さん、落ち着いてお聞きください。これから重大発表をいたします。この国に、ある強力な病原菌が蔓延していることが分かりました。この菌は、人が嘘をついた時に体から分泌される微量の物質に反応し……まだ詳しい過程は判明していませんが、最終的にはその人を高い確率で死に至らしめます」
ぽかんと口を開けて、まだ話が呑み込めないといった表情で聴く人々に、政府の担当者が叫んだ。
「国民の皆さん、嘘をついてはいけません。嘘をつくと病原菌によって殺されてしまいます!」
と、その時信じられないことが起きた。椅子に座って会見を開いていた政府担当者と専門家が、そろって背中から後ろへひっくり返り、突然もがき苦しみ始めたのだった。人々が驚いて見つめるうちに、2人は絶命していた。
いよいよこれは騒ぎになった。一体どういうことだ、と叫びながら人々はオロオロとし始めた。逃げようにも、どこへ逃げたらいいのか分からなかった。
よく分からないが、嘘をついたら死ぬらしい、という噂は急速に広まった。注意しておきたいのは、間違いと嘘とは違うということだ。つまり故意かどうかということらしかった。例えば、ある小学生が「イルカは魚だよ、だって海を泳ぐから」と言って笑っていてもその子は死ななかったが、それが真実でないと知っている大人がふざけて「イルカは魚だ」と子供に教えたら、あっという間に息の根が止まったのだ。
そうやって、嘘をついて人が死んだ例はたくさんあった。損失隠しをしていた会社の社長が死んだり、財産目当てで結婚しようとして愛をささやいた女が死んだり、父親が大切にしている骨董品の壺を割ってしまった少年が「割ったのは僕じゃない」と言ったとたんに死んだりした。嘘をついた人間が本当に死んでいったから、噂はますます信憑性を増していった。
ただし例外もあることがすぐに分かった。それは善意で嘘をついた場合だった。仕事帰りの夫が家事を手伝ってくれるのを見て、妻は「あなたは疲れてるだろうから私がやるわ」と言う。夫は本当はクタクタなのだが、「そんなに疲れていないから僕に任せて」などと言って笑い、「優しいのね、ウフフ」「これくらい当然だよ、ハハハ」という新婚夫婦トークを繰り広げても、夫の嘘は善意の嘘なので死なないのだった。ただしこのような例から、逆に悪意の嘘をつけば死ぬということはますます人々に信じられた。
時間が経ってもこの病原菌に対するワクチンのようなものも開発されず、予防策は見つからなかった。細菌テロか何かではないのかという話も出てきて騒ぎはさらに大きくなった。早く対策を講じろという声に、政府の担当者は「現在対策の検討を進めている」と発言した。うっかり発言してしまった。その担当者はその発言の後、ぽっくりと逝った。つまり対策を考えていると言ったのは嘘だったということだ。
しかしそれは当然とも言えた。なぜなら、嘘をついた人を殺す病原菌など実際には存在しなかったからだ。最初に詐欺師と占い師が死んだ時、説明を求められて無理矢理に政府が作り上げたデマが、病原菌の話だったのである。
あの発表の後、詐欺師と占い師、それぞれの遺書が発見されていて、2人とも金に困ってやってしまったが、他人をだましていたことへの罪悪感から自殺することを選んだということが書いてあった。
病原菌の発表が嘘であることは、発表直後に担当者と専門家が死亡したことから明らかだが、あのときは人々が混乱していて気付かれなかった。そして政府は嘘をつき通そうとした。なぜか嘘をついた人間が死ぬという現象自体は続いていたからだ。
しかしここまで混乱が広がってしまうと、もはや収拾がつかず、とうとう政府の担当者は再び会見を開いて真実を語ることにしたのだった。
「国民の皆さん、本日は重大な発表があります。嘘をつくと死んでしまうという病原菌は、実は存在しません。ただし、嘘をつくと死んでしまう可能性は否定できません。実際亡くなられている方は大勢いらっしゃいます。原因不明なのです。先の発表は、政府が説明責任を果たすために、要するに体面を保つために作り上げた嘘でした、誠に申し訳ありません」
その担当者は深く頭を下げ、そして頭を上げた。何も起こらない。担当者が死なないということは、たった今の発言には嘘が無かったということだ。人々はまた混乱した。病原菌があるという嘘をついていた政府に対しての怒りも甚だであるが、菌が存在しないにしても嘘をついたら死ぬことには変わらないから、それに対する恐怖も全く拭い去れなかった。病原菌は嘘でした、と発表されたって問題は全く解決していなかったのだ。
悪意の嘘をついたら死ぬという状況はまだ続いている。病原菌ではないというなら、いったい何が嘘つきを死に至らしめるのか。これについては違う見方をする者もいて、「誰でも1日に1つくらいは何か嘘をついたっておかしくない。たまたま嘘をついた後に運悪く事故に遭ったり心臓の発作が起こったりして死んだのだ」などと言うが、本当にそうだろうか。説得力に欠ける。
そういうことで原因は分からないままだが、今では人々は全く嘘をつかないようになっている。これが良いことなのか悪いことなのか、それもよく分からない。
なんだか自分でもこの話にはおかしいところがあるような気がしています……。
もう少しひねりのある終わり方が良かったのですが、だめでした。
最終更新:2014年02月17日 15:06