2012年03月25日 (日) 22時06分-すばる
模試の志望校欄に東大と書いた。答案が返ってきたとき、担任にふざけるなと怒られた。当然結果はE判定、機械に志望校の変更をお勧めされた。高校三年生、五月のことである。軽い気持ちで書いただけなのに、ここまでさんざ言われたのには、ちょっとムッとした。同時にしょげもした。当然のことなのに、やっぱ無理だったかと自分を納得させた。
古典の授業で、『猿猴捉月』という故事を習ったことを思い出す。内容は、猿が井戸に映った月を取ろうとして溺れたというもの。つまりは、分相応に生きろという格言だ。何となく釈然としなかった。それは猿がばかだっただけの話だ。人はすでに、月に手を届かすすべをもっているじゃないか。おそらくこれは、当時の支配階級の人間が、生まれながらの上下関係を正当化し、民衆に刷り込むためのものだったのではと考えた。昔の人にとっては、生まれながらに身分の差があるのは当たり前、例えば武士は生まれた時から特別でえらいものなんだという考え方があったらしい。そんなのはおかしいと、今の日本人なら誰でも思う。福沢諭吉も言っているじゃないか。天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず、と。そういうわけで、俺は次の模試でも第一志望東京大学と書いた。結果はまたもやE判定。でもだからってあきらめる気はない。大切なのは努力だ。今回は、俺の頑張りが足りなかっただけ、本気で頑張れば、できないことなんてないはず。そう考え、必死で勉強した。そりゃあもう死に物狂いで。これでどうだと言わんばかりの勢いで臨んだ次の模試、結果は三度、E判定だった。やっぱ東大の壁は高い、俺は三年生から勉強頑張ってるけど、それより以前からやっているライバルがたくさんいるわけで、そいつらに追いつけ追い越せ、だからなかなかうまくはいかない。だけどまだまだ、このまま頑張れば、いずれそいつらにだって追いつけるはず。
夏休みに入り、部活も引退し、とうとう、俺たちの受験勉強も本格的にはじまった。夏休みだけど遊んでいる暇はない、受験生には盆も正月もない。毎日勉強勉強勉強、毎日十時間も二十時間も(それはさすがに無理だが)机に向かって頭と手を動かす。担任は、夏の頑張りが秋あたりに差をつくると言っていた。そうだ、ここでくじけてはいけない、ここでの努力は、必ずのちに実を結ぶ。俺には、東大に行かなくてはいけない理由がある。はじめは単なる空想物語だった。だけどもう、それ以外の選択肢は考えられない。
俺には、彼女がいる。その彼女は、学年主席で、どこの大学でも必ず受かるとまで言われるほどの人だ。そんな彼女の第一志望は東京大学、俺は彼女と一緒に歩くキャンパスを夢見る。夏休みが終わり、文化祭が終わり、迎えた次の模試でもE判定だった。どれだけ頑張っているのか、自分でもわからないくらいに頑張っているのに、全然結果がついてこない。模試もE判定なら、学校の成績だってほとんど上がっていない。それでも、足掻く。なんというか、怖くて。もしここでやめてしまったら、もう戻ってこれない気がして、毎日、ただ、不安から逃げるように机に向かう。夢は霞み、朧げになっていった。
そうしているうちに、季節はいつしか秋から冬に変わっていた。とうとう、最後の模試、迷ったけど、俺はまた、第一志望東大と書いた。もちろんE判定だと、結果はわかりきっている。だけど、なんとなく、たぶん、ただ、惰性で、そう書いた。仲間たちはもっとまじめに将来のこととかも考えてるのに、なにばかやっているんだと、そう思う。だけどあいつらは、仲間なんかじゃない、蹴落とすべきライバルなんだと、知っている。夢のためには、走りつづけなくちゃいけないことも。でも、どれだけ必死で走ろうと、走りつづけようと、少しも前に進めている気がしなくて、それなのに中には、どんどんと成績を伸ばしていっている奴もいる。秋ぐらいまでは同じくらいの成績で、勉強時間だってそんな変わんないはずなのに、今じゃはっきりと差がついている。俺は結局、勉強は苦手だから、どんなに頑張ったところで、はじめから無理だったんだと、そう思った。人は知恵をつけ、月に達する手段を手に入れたというけど、ぶっちゃけ宇宙飛行士になるのと水に浮かんだ月を取るのとでは、どちらが難しいかわからない。やっぱり、こんなことは無駄な足掻き、俺なんかがいくら頑張ったところで、限界は見えている。分相応な選択をするべきだったんだ。そう思っていたら、最後の模試の結果が返ってきた。当然、E判定。そう思っていた。だけどそれを見て、目を見張った。D判定。ここにきて、一つ上がった。それを見た途端に、俺の中の迷いや葛藤がはじけた。俺は、大事なことを忘れていたんだと、やっと気が付いた。やってみなけりゃわからないじゃないかと、そう思った。そもそも彼女のことを好きになったのだって、不相応だったと言える。だけど勇気を出して告白し、そして今、彼女と付き合っている。可能性は、ゼロじゃない。ゼロじゃなければ、何とかなるかもしれないんだ。
そして今、俺は東大の合格発表にいる。彼女と一緒に、発表のときを待っている。思いや頑張りだけでどうにかなるほど、世の中は甘くない。立場や才能、運によってできることできないことは大きく変わってくる。だけど何ができるかなんて、自分にはわからない。それを決めるのは神様、人間では手の届かない領域だ。だから俺は問う。自分は何がしたいかと。
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いつもあまり性格のよくない人ばかり書いているので、たまにはこういうのもいいんじゃないかという感じで書きました。発表のほうの埋もれた感が否めませんが、時間もないのでこれでいかせてもらいました。
最終更新:2014年02月17日 15:07