2012年03月31日 (土) 20時06分-白霧
ある日突然、私の真っ白な服にぽつんと茶色いシミが浮いた。
それを見つけたとき、私は泣きだしたい気持ちになった。そのシミは着ている人の心の汚れを表していると知っていたからだ。服を着ているのが純真な心の持ち主なら、それは眩しいほどの白色をしているはずで、昨日までこの服は確かにそんな純白だった。
どうしてどうして。今までずっと、私は清廉潔白で生きてきたのに。いや、原因はわかっている。昨日、私は少しの悪意と嫉妬から、些細な嘘をついてしまった。そんなことをしたのは初めてで、そのときはとっさにそこから目を逸らしてしまったけど、今日になってそれはこんな風に表面に現れてきてしまった。
何とかしたい、服を元通りの真っ白にしたい。そう思って私は何度も何度も服を洗った。でも、シミは落ちなかった。それどころかますます広がって、綺麗だった白を侵食していく。汚していく。
どうしようもなくなった私は、仲のいい友人を喫茶店に呼び出して、相談した。彼女は黙って私の話を聞いていたが、話し終わった私が口を閉じると、呆れたようにため息を落とした。
「あのさ、前から思ってたんだけど、あんたって潔癖すぎるんじゃない?」
「そう?」
私は自分を潔癖だと思ったことはない。ただ、周りの人たちがどうしてあんな汚れた服を平気で身にまとっているのかということは、いつも疑問に思っていた。今だって、隣のテーブルのカップルも、あちらの方に歩いていくウェイトレスも、目の前にいる友人も、みんなあちこちに大きな茶色いシミのある服を着ている。
友人は紅茶を飲みながら、諭すような口調で言った。
「だってね、全然心の汚れがない人なんて、この世にいないよ? そんな人はとても生きていけない。あんたのようなのが絶滅危惧種だったんだよね。だから服の汚れも、ついてたって誰も気にしない。洗ったって落ちるもんじゃないしね。むしろ、自分の汚い部分を隠そうっていうやましさが働いて、ますます汚れてっちゃう。ま、私としちゃ、これであんたもようやく人並みになれたかなってことで、ちょっとほっとしてるんだけど」
友人は笑うが、私はまだ釈然としない気分だった。喫茶店を出て彼女と別れ、なんとなく公園の方に歩いていくと、ふと見覚えのある後ろ姿を見つけた。並んで歩いている一組の男女。――私の元カレと、それを奪った私の元親友。
二人の間に微妙な距離があるのを見て、私はこの前の嘘は上手くいったのだろうかと、意地悪な感情が頭をもたげるのを感じた。と、私の服のシミが、一層濃く大きくなるのが、目の端に映った。
私は一瞬自分が青ざめるのを感じたが、同時にふっと、諦めにも似た感情が胸の中に弾けた。どうしようもない。仕方がないんだ、だってこの醜い感情は、私にはもうどうにもならない。これを捨て去るなんてことは不可能なんだ。思うと、自分の服のシミが、不意にあまり気にならなくなった。周りを歩く人々の服の汚れも、目につかなくなっていく。
心の汚れがない人なんてこの世にいない。先ほどの友人の言葉を思い出した私は、かすかに乾いた笑みを浮かべ、家の方角へと歩きだした。
ここではすごくお久しぶりな白霧です。
ぱっと思い浮かんだ案をぱっと書いてみた話。あんまり「洗う」と関係なくなってしまった気もしますが、お許しください。
最終更新:2014年02月17日 15:20