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海ガラス

2012年05月24日 (木) 18時45分-安住 小乃都

波が打ち寄せる。
砕けた貝殻や陶器、干からびた海藻やクラゲ、そして、その他諸々の漂着物たち。
一歩一歩進むごとに、足が沈む。
私は砂浜にいた。
吹き付ける風が、髪を私の顔にかける。
髪の隙間から空を仰ぎ見た。
青く、晴れている。
目の端に何か光って足を止めた。
ガラスだ。
割れたガラス。
切断面は滑らかに、海に洗われ丸くなっている。
軽く砂を払い、左手に握る。
いつのまにか、左手は同じようなガラスであふれていた。
ぎゅっと握ると、ガラス同士のこすれる音がする。
砂がはらはらと落ちた。
手を開く。
1つを手にとって、太陽に透かして見た。
私の目に、緑の影を落とす。
拾ったガラスは皆、色が淡い。
海の塩で色素が抜けるのだろうか。
原因は私には分からない。
ただ、この淡い色が、私は好きだ。
ふいに
名前を呼ばれた気がして振り返る。
海が、広がっていた。
足が水に浸っている。
ワンピースの裾が触れそうで、焦って持ち上げる。
左手からガラスがこぼれた。
ぽろぽろと、水の中に落ちていく。
目の端でそれを追って、顔をあげた。
誰もいない。
分かっていたけれど。
本当は、振り向く前から分かっていた。
いや、分かっていなかったかも。
どちらにしても、私の名前を呼んだ人はいない。
しばらく、眺めていた。
ずっと遠い昔に、私の名前を呼んだあの人は
あそこに立っていたのだろうか。
あそこに立って、私がこうしてガラスを集めているのを見ていたのだろうか。
考えないために来たのに
考えているのはそれだけだ。
風が真横から吹いてきた。
ワンピースと髪が体にまとわりついて
ひときわ強い風が、私を優しく押し倒す。
ゆっくり、水に沈んだ。
あの人は見ていたのだろうか。
すぐに底に頭がつく。
目の端で何かが光った。
顔を向けると、揺れる髪の隙間に、緑が見えた。
ガラスだ。
さっき落とした、割れたガラス。
そっと手を伸ばし、触れる。
滑らかな断面が、心地良い手触りを伝える。
そのまま拾い上げて、水面に向かって突き出した。
肘から先が、水の上に出る。
ガラスが、太陽の光を反射して、水の上に緑の影を落とす。
水の中でも光って見えた。
その輝きがうらやましい。
あの人は見ていたのだろうか。
ガラスはまだ光っている。
光を受け続ける限り、ずっと光っているだろう。
あの人は見ていたのだろうか。
光っている私を。
そもそも、あの人には私が光って見えただろうか。
忘れるために来たのに
忘れられない。
突然
腕を引っ張られて、水面に引き上げられた。
鼻や口から水が入って、呼吸ができなくなる。
足元がおぼつかなくて、激しく咳き込むとよろけた。
重たくぬれた体を、そっと支えられる。
背中を優しくさすられ、ようやく落ち着いてきた。
「大丈夫?」
軽くうなずき、見上げると、心配そうな顔が浮かんでいた。
その顔が何か言いかけて、口を閉じる。
言いたいことは、想像がつくけれど。
「・・・・・・帰ろう。」
彼がそう言って手を握ってくる。
答える代わりに、握り返した。
体がすっかり冷えている。
手の温もりが心地良かった。
「ガラス、集まった?」
「・・・こぼした。」
足元を指すと、彼の細い指が水の中のガラスを拾い上げた。
「洗う手間が省けたね。」
そう言って私の手の中にしっかりと握らせる。
「・・・・・・骨は?」
空の小びんを見せると、彼は寂しげに微笑んだ。
私はびんを開けて中にガラスを入れた。
太陽に透かして見る。
やっぱり輝いていて、うらやましかった。
「あのさ。」
彼が私の手を引いた。
自分の足跡を辿るように、そのまま手をつないで砂浜を歩く。
一歩進むごとに足が沈んで、その感覚が、妙におかしい。
「忘れなくていいよ、別に。」
あの人は見ていたのだろうか。
私の指先で光っていたガラスを、あの人はずっと遠くから見ていたのだろう。
「私は、どう見えたのだろう。」
彼が足をとめて、私を見た。
「光って見えてたと思うよ。」
声が真剣で、少し、笑った。
「いつだって、光って見えてたと思う。」
「・・・そう・・・・・・」
彼の真面目な顔は、あの人に似ていた。
そっと、海を見る。
ずっと向こうで名前を呼ばれた気がして、振り返った。
あの人じゃないことは分かっている。
けれど、私はきっと何度でも振り返るだろう。
手の中で、ガラスが光った。
「そう・・・」
光って見えたならそれで良い。
私には、あの人が光って見えたから、それで良い。
「帰ろう。」
彼が優しく私の手を引く。
波の音が、遠くなっていった。
一歩ずつ、砂浜を歩く。
さよならと言われた気がして
また、振り返った。
「さよなら。」


Fin


泡に乗せていただく作品です。
なんとかコピペを覚えました。
最終更新:2014年02月17日 15:31