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“パート”労働

2012年05月27日 (日) 22時36分-御伽アリス

 早朝に、ベルの音が鳴り響く。機械的に、無慈悲に、冷酷に、私たちを短い眠りから引きずり出す音だ。私たちは牢屋のような寝室から出て、洗面所に行く。鉄の蛇口をひねると、キキッと耳障りな高い音がして、水が流れ出す。凍るように冷たい水だ。それで自分の顔を洗い、一瞬だけ鏡を見る。あの顔だ。この鏡は、そこに映る私たちの顔を全て同じにする。また、一日が始まる。昨日と変わらない今日。一昨日と変わらない今日。今日など本当にあるのだろうか。同じことの繰り返しなら、今日が今日だとどうして言い切れるのか。
 またけたたましいベルの音が鳴って、私たちは外に出る。冬の空気はしん、と静かで、全てのものが身を縮ませてじっと動きを止めている。生きているものの気配が全くしないのだ。生命の暖かさとか、躍動が無い。私たちもきっと、本当は生きていないのではないか。
 私たちは、寒空の下で一列に並ばされる。長い長い一直線の列だ。私には、この列が世界中に続いているのではないか、と思えるくらいだ。どこに列の終わりがあるか、私たちは誰も知らない。私たちに命令を下す連中だけが知っているのだろう。ただ、私たちはじっとして、一言も話さず、待っている。「仕事」を。
 数時間待っていると、ようやく来た。列の向こうからやって来るのは、一つのやかんだ。自分の順番が回ってきたら、私たちは自分の命の上へやかんを乗せる。やかんの中には冷たい水が入っていて、水は私たちの命から熱を奪う。そうして次の順番の人間にやかんを渡す。そういうリレー方式だ。バケツリレーではなく、やかんリレー。熱を分け与えた私たちの命は、その分冷たくなる。繰り返し巡ってくるやかんに熱を与え続けて、そして命が冷え切った時に、私たちは死ぬ。今、私の目の前の人間が倒れた。役目を終えたのだ。
 やかんは、いつでも冷たい。それまでに何人もの熱を奪ってきているはずなのに、決して温かくなく、私たちの命を冷やし続ける。一定の熱がたまると、その時、水は一気に沸騰するらしい。そして、出来上がったお湯は冷めないうちに急いでどこかへ運ばれる。間違っても私たちにその温かなお湯を恵んでなどくれない。
 いつまで、こんなことを続けるんだろう。

  ***
 立派にそびえるお城に、やかんを持った従者が急いで入っていく。広い城の中を小走りに進み、一つの部屋の前で立ち止まる。従者は軽くノックをして、「失礼致します」と言ってドアを開き、部屋の中へ入る。
「やかんのお湯が沸きましたので、お茶をお入れします」と従者は言った。
「遅かったわね、早く入れて頂戴」と城の姫が文句を言う。
「申し訳ございません」と従者は頭を下げ、それからてきぱきと慣れた手つきで葉を用意し、やかんのお湯を注いで紅茶を入れる。それをカップに入れて姫のところへ運んだ。
「お待たせ致しました、姫様」と従者が差し出したカップを取って、姫は紅茶を一口だけ飲む。
「ちょっとぬるいわね。私は熱いのが好きなのよ。あと今日はアールグレイの気分じゃないわ。もうこれはいらないから、次のを早く持ってきなさい」
「しかし姫様、もうやかんのお湯が冷めてしまいました」
「じゃあ電気ポットで沸かしなさいよ。ポットよポット。あるでしょう、電気ポット」

お題「やかん」の作品です。タイトルに書かなくてすみません。
最終更新:2014年02月17日 15:32