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お題「日の出」

2012年06月10日 (日) 23時48分-竹之内 大


 人魚姫は剣を両手で握りしめながら、幸せそうに眠る王子と姫を見下ろした。

 王子がほかの女性と結婚してしまったら、日の出とともに彼女は泡となり消えてしまう。私が足を得るために、魔女と交わした契約。私が生きるためには、仲間たちが持ってきてくれたこの剣で二人を殺すしかない。これでも人魚の中では一、二を争う魔法と剣の使い手だった。寝ている二人を殺すことなど造作もない。…でも、そんなことはできなかった。
 一目見た瞬間から胸が締め付けられるように苦しかった。本当なら岩陰からこっそりのぞくことしかできなかったはずなのに。こうして王子の側にいることができるなんて。やさしいあなたは足の代償に声を失った、どこの誰ともわからない私のことを、心底かわいがってくれた。まるで夢のような日々だった。でも、夢はいつか覚めるものなのだ。タイムリミットは迫っている。少しは悲しんでくれるだろうか?いや、私のことなどすぐに忘れてしまうだろう。…そして王子様とお姫様はおとぎ話のようにいつまでも幸せに暮らすのだ。悲しくないといえばうそになる。でも、私はあなたが幸せなら、それだけで幸せだから…

 最後にもう一度だけ。安らかに眠る王子の顔を目に焼き付けてから、人魚姫は二人の寝室を後にする。もう間もなく、夜も明ける。
「みんな、裏切るような真似をしてごめん」
 彼女は船の甲板に出ると、海に向かってつぶやいた。そして欄干に足をかける…
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 幸せそうに眠る王子。口元には笑みさえ浮かべている。ただその微笑の意味は、人魚姫が思っていたものとはまったく違うのであるが。
 
 彼は、海に面したさほど大きくはないある国の王子として生まれた。父である王は、よく言えば人のいい、悪く言えば気弱で優柔不断な人物で、そのためこの国は、毎年のように領土を削られていた。この状況を憂いた時の宰相は、王の跡を継ぐ王子を、他の国々を圧倒できるような最強の王にすべく教育した。この試みはある意味成功したといえるだろう。つまり王子は金と権力にしか興味のない、冷酷かつ残酷な人物に成長したのだから。
 この結婚も、目的は王女の家の持つ金と力。姫自身には興味などなかった。思い出すだけで笑いがこみあげてくる。若輩者と自分を馬鹿にしていた貴族たちの、手のひらを返したように媚び諂う無様な態度。しかし何より愉快だったのは、海岸で拾ってきた少女に結婚を告げた時のことだ。あの時の彼女の愕然とした顔。彼女は気づかれていないと思っていたようだが、自分には少女が好意を抱いているのが手に取るようにわかっていた。…自分が彼女を妻にするとでも思っていたのだろうか。金も地位もない拾い物を?せいぜい気まぐれにもてあそぶのにちょうどいい、玩具に過ぎなかったというのに。

 王子は夢を見ていた。彼は世界を治める帝王となっていた。すべての宝は彼の下にあり、皆が彼にひれ伏す。ああ、まさに彼が追い求める、理想の未来…
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 物音が聞こえた気がして、王女は浅い眠りから覚めた。体を起こして周りを見回すも、特に何もない。少し神経質になりすぎだろうか?ため息をついて、隣に眠る王子を見下ろした。私の夫。しかしこの人は私の愛する人ではなかった

 自分の恋心に気付いたのはいつだったろう?いつもあの騎士の後姿を探していると自覚したのは。今思えば、それは気づかなければよかったのかもしれない。だってその恋は決してかなうことのないもの。自分は王族。国のために嫁ぐしかない。そうわかっていたからこそ、この縁談も受け入れられた。彼のことは忘れて、まだ見ぬ夫と幸せな家庭を作り、新たな恋をはぐくめれば。そんな期待もしていた。だがそんな淡い思いは初めて王子にあった瞬間に霧消した。彼の目が私のことなど見ていないことに気づいてしまったから。彼が見ていたのは、私の家の持つ「力」だけ。私は「おまけ」なのだと。

 不意に婚礼の儀で目にした、名も知らぬ少女のことが頭に浮かんだ。見た瞬間、彼女もまた自分と同じ境遇なのだな、と感じた。かなわぬ恋。少女は王子に恋している。その王子を奪うのは自分なのだがと思わず苦笑するが、それでも…
「彼女には幸せになってもらいたい…」
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 海の底、大きな岩とサンゴ礁で囲まれた一角。そこには数人の人魚たち。彼女たちの長く美しかったであろう髪は、無残にも根元で切られていた。赤毛の人魚が、一番年かさの人魚に声をかけた。
 「リーダー、成功するでしょうか?」
 「大丈夫。計画は完璧よ」
 そういって彼女は妖艶にほほ笑んだ。

 その年長の人魚は、人魚たちのリーダーだった。彼女たちの一族は何万年もの間、ずっとここらいったいの海の平和を守ってきた。しかしここのところ、海の秩序を乱す輩がいた。そう、人間だ。といっても、これまでも多少海を汚すことはあったが、それでも人間たちは海を大切にしていたし、畏敬の念を払っていた。しかしあの王子が王に代わって実権を握ってからは変わった。港を作るため海底を掘り返す、平気で海にごみを捨て、油を垂れ流す…数え上げればきりがない。どうにかしてあいつをやっつけなくてはならない。その思いばかりが心に渦巻いていた。だが彼女は人魚である。どれだけあがいたところで、陸の上にいる王子に危害を加えられるわけはない。考えに考え抜いた末、彼女はひらめいた。『魔女だ』
 強い魔力を持つ王子を殺せるのは魔剣を扱えるだけの力を持つ人魚姫だけだった。が、彼女は曲がったことが大嫌いな性分であり、寝ている王子を刺せという命令を受け入れるはずはない。だからと言って正面から攻めて勝てるわけもない。足を手に入れても人魚は人魚。陸上での実力はたかが知れている。だが彼女は周到だった。
 まずは人魚姫に惚れ薬を飲ませ、王子に恋をさせる。そしてそれとなく人魚姫に魔女のことを吹き込み、彼女が足を手に入れるよう仕向ける。代償として声を奪わせたのは余計な事をしゃべらせないため。王子が彼女を連れ帰ったのはうれしい誤算だった。本当なら腹心の部下を送り込み、人魚姫が侍女にでもなれるよう画策するつもりだった。王子の結婚も想定通り。この国の王族達は、成人と同時に結婚するのだ。魔剣のためにあえて髪を失ったのも確実に人魚姫が王子を殺すよう仕向けるため。自分たちが彼女のために大事な髪を差し出した、となれば真面目な彼女がその思いを無碍にすることもないだろう。惚れ薬の効果も切れてきているはずであり、今頃はどうしてあんな奴が好きだったのか首をひねっているかもしれない。それに何より、自分の命がかかっているのだ。そう、計画は完璧。

 ついに憎き仇を倒せる。その思いに自然笑みがこぼれた。
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 牢獄の中で、魔女はため息をついた。彼女には人魚たちの計略が成功するとはとても思えなかった。なぜなら彼女の渡した惚れ薬は偽物だったから。人魚姫は本当に王子に恋している。魔女にはわかっていた。人魚姫は王子を殺すぐらいなら、自らの命を差し出すだろうと…

 突然人魚たちに連れ出され、わけのわからぬ策略に協力させられることになった。人魚は大昔にあったという戦いで海の魔女に勝利して以来、魔女を馬鹿にするばかりでめったに現れなかった。なんでそんなことをいきなり…とは思ったが、総攻撃を仕掛けるといわれては逆らうことなどできない。
 けれども、惚れ薬を作ることはできなかった。なぜならそれには相手の血が必要だから。どうしてそんなものが手に入れられようか。だができないといえば殺されるのは分かっている。だから時間稼ぎにと、毒にも薬にもならないようなものを渡したのだが…

 だから人魚姫が現れた時には本当に驚いた。しかも彼女は本気だ。本当に王子に恋している。正直途方に暮れた。まさかこの人にあの恐ろしい計画の駒になってもらうなんて。だが私に逆らうという道はなく…

 もう一度彼女はため息をついた。計画を知ってしまっている彼女は、この後葬り去られるに違いない。だがそれも構わないか、と思った。あの日からずっと、罪悪感に苛まれていた。私は人魚姫の一途な恋心を踏みにじった罪人なのだ…
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 東の空が明らむ。日の出だ。まっすぐな恋情も、どす黒い欲望も、すべてを照らし出すように世界に光が満ちる…
  
最終更新:2014年02月17日 15:34