お題「My方程式」(武)

2012年06月16日 (土) 00時18分-武

目が覚めて、ベッドから顔を出したら、リビングで寝ているはずの君がいた。どうして自分の部屋があるのにリビングで寝るのか、と以前尋ねた気がする。しかし返事は覚えていない。君は僕の寝ているベッドの横に座って、不機嫌そうな顔をしている。どうしたの、と聞けば、目覚まし時計が鳴る前に起きてしまった、と顔をゆがめたまま呟いた。僕が笑うと、笑いごとじゃないんだって、と君はますます不機嫌になった。
「いいじゃないか、うるさい音に起こされずに済んだんだから」
「うるさい音を出さなかったら、目覚まし時計の意味がないじゃない」
「目覚まし時計なんてさ、保険みたいなものだよ」
現に僕は、目覚まし時計を使っていない。毎日同じ時間に起きることは、ある程度年齢を重ねれば、そう難しいことではないのだ。
「私はさ、保険とか、そういうの、好きじゃないから」
君は膝を抱え、その膝に顎をうずめた。
「どうして」
「勧誘がうるさいじゃない」
そういう保険じゃないって、僕が呆れたように言うと、知ってるって、とつまらなさそうに君は口をとがらせた。
「私はさ、あの音がしないとダメなんだってば」
あの音、と言われて僕は君の目覚まし時計のアラーム音を思い出そうとした。
「クラシックだっけ」
「そんなものがかかったら何度でも寝るよ私は」
「なんだっけ、思い出せないな」ほとんど毎日聞いているはずなんだけど。
君は相変わらず眉根を寄せた顔のままこちらを見ている。しかし、君が、目覚まし時計が鳴る前に目を覚ましてしまったことについて、僕ができることはさしあたり何もない。ベッドから降りて、蹲る君の横を通り抜け、閉まったままのカーテンを開けようとする。
「たとえば」
そう言う君の声があまりにも弱かったから、僕はカーテンに手をかけたまま、君を振り返った。君はベッドを見つめたままだ。
「たとえば目覚まし時計が鳴らなければ私の一日が始まらないとして」
この部屋には存在しない目覚まし時計の話を続けるのは、ひどく恐ろしいことに思えた。たぶん君は、リビングに戻って、目覚まし時計に向かってその話をするべきなのだ。
「そうしたら、ここで座ってる私は何なんだろうね」
君の背中があまりにも小さく見えたものだから、僕は思わずまた笑った。
「君の一日が始まったところで、君が何なのかはわからないじゃないか」
君の肩が震えた。まさか泣き出しはしないだろうと思ったが、心配になる。きっとリビングのカーテンも閉まったままなのだろう、と僕は思った。
「あなたはそういう人だよね」
「決めつけは良くないな」
ふと、僕は思いついた。
「ところで」カーテンへと視線を戻す。「目覚まし時計は、ちゃんと止めたのかい」
「あ」
背後で君が動き出した音がする。かすかにリビングから音が聞こえてきた。全く知らない曲だった。

僕はカーテンを開ける。

なんとなくお題にそってると信じて投稿してみました。
毎日同じ時間に起きてみたいものです。
返信機能の使い方はこれで良いんでしょうか…
最終更新:2014年02月17日 15:36