2012年07月07日 (土) 21時54分-御伽アリス
「ちょっと待って、梅村大春くん」
「……」
「待ちなさいよ」
「……」
「あれ、命惜しくないの?」
「いやいや、何物騒なこと言ってるのこの人」
「この人、じゃないでしょ」
「なんですか、長戸水季さん」
「何でフルネームなの、棒読みだし」
「自分だって俺のことフルネームで呼んだだろ」
「そんな昔のことをとやかく言ってるとモテないわよ」
「悪いけど俺は急いでる」
「ホントは急いでなんかないくせに」
「じゃあな、俺帰るから」
「ちょっと、ほら、外を見てみてよ」
「なんだよ、うるさいな、外がどうした」
「ほら、何か重大な事件が起きているでしょ」
「……いや別に何も」
「はあ? お前の脳は薄汚れたゴムボールか!」
「どんな脳だよ」
「ばっかじゃないの、誰が見たって雨が降ってる、って言うとこでしょ」
「それのどこが重大な事件だ」
「だってすごいじゃん、大いなる自然の循環の中で生まれた雨雲が偶然にもあたしたちの頭上に、いやこれは偶然なんかじゃなくて、運命という名の気流に乗せられて今ここに存在していて、雨を降らせてる、んですよ!」
「ツッコむ気にもならないな」
「ツッコめよ! ツッコミしない大春なんて、全自動タマゴ割機並みに役に立たないじゃない」
「例えがおかしい!」
「社会から出た産業廃棄物め」
「めんどくせえな……」
「そうやって面倒臭いとか言って逃げようとしてるんじゃないの? あんたはいつもそうよ、『面倒臭い』で問題が解決すると思い込んじゃってさ、そう言っときゃ許されるとか思っちゃってさ」
「何で俺叱られてるの」
「ちょっと、くだらない話をしないでもらえるかしら、今問題なのは雨が降っているということよ」
「確かに降ってる、それで?」
「すごく降ってるでしょ」
「ああ、ゲリラ豪雨じゃないかな」
「ゴリラげう雨?」
「入れ替えるな!」
「居るな、帰れ」
「……だから入れ替えるなって!」
「ねえ、雨だよ」
「だから何なんだよ、っておい、やめ、ゴフッ」
「雨やまないね~」
「ちょ、ちょっと待て、なぜ俺は今、グーで殴られた……?」
「雨ってさ、空が哀しくて泣いてるみたいだよね」
「え? なに急に詩人みたいなこと言ってんの、はは、悪いけど似合わなすぎて笑えるよ、そういうこと言うのは人を殴る癖を直してからに……ぁしまった助けてぇ!」
「蹴り癖なら構わないでしょ?」
「うう、僕は今日、生きて帰れるだろうか」
「貴様に帰る場所などない」
「あるよ!」
「人生は後戻りできぬ上り坂と心得よ」
「そんなわけあるか」
「じゃあ下り坂?」
「そこじゃない!」
「そっか、君は人じゃないから人生じゃないのか~」
「人だし! つか、そこでもないし!」
「ああ嫌だ、ギャーギャーうるさいわね、○ングゼミラかしら」
「人だし! ネタ古くて分かんないし!」
「あれ、大春、頭にゴミついてるよ」
「えっマジで」
「あ、なんだこれ髪の毛が生えてるのか」
「間違えないだろ普通!」
「あれ、これ引っ張っても取れないね」
「ヅラじゃねえよ!」
「ちょっと待って、顔にもゴミついてるわ」
「えっマジで」
「って、なんだ、ただの視覚器官か~」
「ゴミと間違えねーだろ! というか何で視覚器官って言うの、目でいいでしょ!」
「あれ、二つあるよ?」
「あるよ、目は二つあるよ!」
「あれ、三つあるよ?」
「ねーよ!」
「うわ、目が一瞬消えた、病気じゃない?」
「瞬きだっつーの!」
「あれ、これ引っ張っても取れないね」
「目! 目を取っちゃだめ!」
「引っ張るだけなら良い?」
「ああ、引っ張るだけか、そんなら……って良いわけない!」
「良くできてる~、まるで人みたいだね」
「いや人だし!」
「あれれ、顔の上にビルが建ってるよ」
「建ってない! あ、分かった、分かっちゃいました、くちびるだとか言うんだろ」
「正解、じゃあキスしよう?」
「えっ、おい」
「……」
「……」
「ねえ、あたしの言いたいこと、分かる?」
「今までの文脈で分かれというのは一種のいじめだ」
「本当は分かってるでしょ、だいぶ前から」
「知らない」
「キスしても悪い魔法が解けなかった?」
「ふつうキスするのは王子様の方からじゃないの」
「じゃあ、してよ」
「……分かったよ、降参だ、つまり傘を忘れたんだろ?」
「やっぱり知ってるんじゃん」
「でも俺は、水季がいつも鞄の中に折りたたみの傘を持ってることも知ってる」
「今日は置いて来ちゃったよ」
「ふーん」
「ほら、早く行くよ」
「はいはい」
「……好きだよ」
「うん、実はそれも、知ってる」
「あたしのことは?」
「さあ、濡れると悪いから早く帰ろう」
「この人でなし」
「……人だし」
大春は水季の方が傘の七割、自分の方が残りの三割を占めるように傘を持った。その右手に水季の左手が重なっていた。
***
キャラの名前にはちょっとこだわりがあります。
最終更新:2014年02月17日 15:47