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わきあがる飢餓だけが踊り狂う夜(お題「鏡」)

2012年07月12日 (木) 01時46分-弥田

※しもねた注意です

 女の肌をまさぐっていると、ふいに、ぬめり、と指が滑った。
「あれ?」
「どうしたの?」
「いや、いま、なんだか変な感触が」
 指先を見れば、緑色の粘液にまみれている。粘液は蛍光灯の光を反射し、抑鬱性の暗い輝きが視界をべとりと汚した。
「なに、それ」
「わからない。虫でも潰しちゃったのかな」
「やだ、なにしてんの。もう。取ってよ」
 そう言ってうつぶせになった女の背の一面びっしりに、鱗がはえていた。複雑な光沢をもって、硬く皮膚を覆っていた。隙間からじくじくと緑の粘液が漏れていて、それがぬめりの正体なのだとすぐに知れた。いったいどういう目的のもと分泌される物質なのか、それはよく分からなかった。
 隆起する鱗は、は虫類のものというよりは、むしろ魚類のそれに似ている。
「鱗だ」
「うろこ? うろこ虫? なにそれ。はじめて聞いた」
「いや……」
 すぐに訂正しようとして、躊躇した。しばらく考えてから、やめた。
「あー、もしかしたら俺の地方の方言なのかもしんない。うろこ虫って。他になんて言うか知らないけどさ」
「え、ちょっと見せてよ。わかるかも」
「もう死んでるって。捨てるよ」
 僕は女の粘液を丁寧にティッシュで包んでゴミ箱へと投げ込んだ。丸めたティッシュは粘液をたっぷりと吸ってすこし重たかった。ゴミ箱の底にぶつかると、べちゃ、と粘性の音がした。
「いや、気になるんだけど、あ、ちょっと」
 女の言葉をのみ込んで、行為が再開される。鱗はうなじにまで登っていて、首筋をなめると、粘液が舌に触れた。わずかに甘く、わずかに苦く、うまくはないが、まずくもない。くちびるでそっとすくって、くちうつしで注いだ。女はそれを、喉を鳴らして啜った。僕がうすく笑うと、彼女も笑った。頬が紅潮している。どうやら血液は緑色ではないらしい。鎖骨を甘噛みしてやる。
 なにがそんなに刺激するのか、僕はひどく興奮していて、昂ぶる神経は目の前の女をいまひとつうまく認識できないでいた。それは肉であり、それは柔らかさであった。それは熱であり、それは生命であった、それら四つが混在せず、ばらばらにほどけていて、認識のキメラとでも言おうか、つぎはぎの美しい混沌に、僕は衝動をつきつけている。それは性交というより、むしろ暴力と呼んでさしつかえないものだった。
 後背位で犯せば、せな一面の鱗がぺとぺと反射して、まるで鏡のようで、僕の顔がうつっている。鱗の鏡面はでこぼことしているので、像が歪んで、顔、というよりは腐乱した臓物の寄せ集めだ。薄く笑って、女を犯している。首の上からが臓物の、緑にぬめる男が犯している。女は喘いでいる。空虚を呼吸するかのように喘ぐ。
 僕は女に、好きだよ、と囁いた。女は相手にもせず喘ぎ続ける。

 ○

 夜は喘息を患っているから、慢性的に酸素が欠乏している。いつだって青白い顔をして幽鬼のようだ。ろくに運動も出来やしないので、手足はやけに細長く、甲虫のように節くれ立っている。女がそれを嘲ると、粘液が、じくりと服ににじむ。それを気付かれないようそっと指先でこすりとって、舐めれば、わずかに甘く、わずかに苦く、唾液が出て、わきあがる飢餓だけが踊り狂う夜。



ひさびさに真面目に書き物をしました。リハビリのようなT-ウイルスのような小品。
最終更新:2014年02月17日 15:49