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その一時間前の出来事

2012年07月31日 (火) 22時20分-鈴生れい

 そわそわと落ち着きなく、貧乏揺すりが止まらない。その子は大きなドアに背を向けて眉間にしわを寄せて立っていた。
「どうかしたのかい?」
 珍しいこともあるもので、何の面識もないその子に話しかけていた。
「・・・・・・彼氏待ち」
 ついと視線を持ち上げてくれたはいいものの、不機嫌そうな口調で投げ捨てる様に答えられた。またその視線は落ち込み、当然と言うべきか、会話を続ける気はないらしい。
 ふぅんと頷いて、少し気になって辺りを見回してみる。時々走ってくる車以外は特にうるさいものもない長閑な住宅街。どうやって来るのかは知らないけれど、彼氏らしき人は見当たらない。待ち合わせに遅刻しているのなら、不機嫌は当然だろう。時間にルーズなのかな。
「そういう意味じゃないの」
 訊ねたら、嘲笑うかのような返事。初対面の人への気遣いなんてあったもんじゃない。けど、胡乱な男に話しかけられたらこんなものかな。くすりと笑いを漏らす。
「何が可笑しいの?」
 益々不機嫌を増した顔に慌てて僕はかぶりを振った。無意識に笑ってしまっていたようで、誤解されては敵わない。
「それで、どういう意味?」
 改めて僕が訊くと、一瞬呆けた顔になったけれど、すぐにさっきの会話を思い出したようで、少し得意げに顔を歪めて、ふんと鼻を鳴らした。
「今ね、彼氏と喧嘩してんの」
 喧嘩・・・かぁ。破局するかもしれないというのに、何故そんな不敵な笑みを浮かべられるのだろう。そこにどうやら事情があるみたいだ。
「彼氏のこと嫌いなの?」
「は? だったら待ってないし」
 本題からはずれてしまうけれど、どうしてそう人を侮蔑する態度をとるんだろう。あまりお得な性格じゃないなぁ。
 ひくっと動いたこめかみは気付かれなかったようで、胸を撫で下ろしながら続きを拝聴する。
「だぁからね、喧嘩してるから、彼氏が謝りに来るのを待ってるってこと」
 また、その不自然さにも理由があるのかな。
「どうして彼氏が謝りに来るって分かるの?」
「鈍過ぎ。あんたモテないでしょ」
 ・・・・・・コホン。
「要は、甲斐性の見せどころってやつよ。どうやってこの場を丸く収めるかって」
 それはまた、男からしてみると随分と理不尽な期待だ。この子が特別なのか、はたまた一般的にこんな具合なのか。僕には判別がつきそうもない。
「もし、来なかったら?」
「そんときは別れるだけよ」
 随分と軽々しくそんな言葉を言うようだ。世間にはこんなカップルがいっぱいいるのだろうか。個人的には、あまりあって欲しくないけれど。
 いつの間にか不機嫌も持ち直したようで、貧乏揺すりも眉のしわ寄せもなくなっていた。饒舌と共に笑顔が浮かんでいる。
「そうね、もし来なかったら次、あんたでもいいかも」
 典型的な優男っぽいしね、とも付け加えられた。結構強い支配欲を持ち合わせているようだった。勝手に評価されたことは、まぁ、よく言われること。見た目とか、物腰がまさにそうらしい。
「簡単に、別れちゃうんだね?」
「そう? 普通じゃない」
 普通・・・なのかな。やはり分からない。妄想を現実に持ち込むのはお門違いだと分かっていても、その普通はどこか違う気がする。
「君は、そんな簡単に別れてしまえる相手と付き合っているの?」
「いいのよ、最中は楽しいんだから」
 刹那の快楽に生きる人。例えば今この子に交際を申し込めば、簡単にOKを出してくれそう。しないけれども。
「将来のことは考えないのかい?」
「んなこともっと年食ってから考えりゃいいのよ。ジジクサいわね」
「でも」
 そのとき僕は、初めて質問以外を口にした。
「過去は、変えられないんだよ」
「は?」
 突然、当たり前のことを言われたせいで面喰ったようだった。その顔が皮肉気に歪む。
「それがどうしたってのよ」
「君が今しか見ないせいで、二度と出会えない人がいる。そして、一緒だったはずの人がいる」
「クッサい説教でも垂れる気? アニメの主人公気分?」
 言われると、正直ちくちくと胸が痛む。思えば確かにクサい台詞を吐いたものだ。自分が自分と思えないぐらい。
 けれど、そうだな。ここで言っておかないと、自分が後悔するかもしれない。
「一期一会、だよ」
 一度人と築いてしまった関係は、どうしてもゼロにはできない。その人と本当の意味で出会えるのは、たった一度きり。
「・・・・・・胸糞悪いわ」
 ご機嫌斜めになった様子で言い捨て、ドアを乱暴に開けて家の中へと入っていった。
 ガチャンと派手な音をたてて閉められたドアは毅然と僕をねめつけていた。立派な家の門番に睨まれては、退散するしかないようだ。お邪魔しました、と小さな声で呟いた。
 さて、言ったからには行かなくては。
 空を見上げて、お天道様にひた祈る。


―――きっと成功するといいな。たった一度の僕の告白。





7月に一編も投稿しないのでは何なので、高校時代に書いたのを。
もう直視できないような作品群の中ではまだマシな物をチョイス。
というかまともなSSがこれしかないです。

誰かギャグで書けるようなネタをください。割と切実に。
最終更新:2014年02月17日 15:50