2012年09月23日(日) 17:46-古夢
国王が消えた後、お妃は、二人を疑惑の目で睨み、陰でだけではなく表立っても非難する家臣たちを巧く懐柔し、国の施政権を握ったもともと聡明で実行力に富んでいたお妃は、歴代の国王達が何の疑問も抱かずに続けてきた意味の無い慣習をあっさり廃し、行政改革を断行した。そして前王妃の死以来、政務にやる気をなくした王の抑止力が働かないまま傾き続け、危機的状況に陥っていた国家の財政を救った。
お妃は失った夢、かつて平穏な一人の女として生きていた昔に願っていた政治を実現した。上がることのない税と守られた治安。国民達は結局、自分たちの生活が豊かで、日々の平和と安息が約束されていれば、為政者がどのような者であろうと構いはしないのだ。
民草は、お妃を自分達の王として認めた。
雪の舞う頃、統治者として君臨する母と娘は、隣国王の結婚式に出向くことになった。娘の、隣国の王に対する執着ともいえる愛情を知っていた母親は、なんとか我が子を隣国の王妃にと思い交渉を続けていた。しかし、結婚に対して異様に消極的な王本人が原因で、難航していた。とりあえず外堀から、と隣国の重臣たちに対する根回しを行っていた最中の、知らせであった。母親は歯ぎしりして悔しがったが、娘は最初から諦観気味で乗り気ではなかったためか、一つため息をついただけであった。
「どうせ王妃になど、なれっこないわ。それに、正式に王家の娘ではない私には王妃の資格などないもの」
「何を言うておる!お前は、あの姫や王子よりも、よほど古く正しき、王家の血をひいているのじゃぞ。お前に資格がないというのならば、今の世の誰に王家の娘を名乗る資格があるといえようか。その、青緑の瞳が証拠であろう。王家の直系の者に最も良く表れる瞳の色じゃ。あの王子でさえ、ほとんど緑を帯びぬ、ただの碧眼だったではないかね」
もう今の時代の者である振りを止めた母親は、大時代な言葉遣いで言った。
「そんなこと…。王家の血もこの数百年で大分広まってしまったわ。市井の者でさえ、青緑の瞳を持つ者がいるというのに。確かに、濃い青緑の瞳は王家の証。でも、もう誰も知らないもの。意味がないわ」
まだ、必死に説得とも慰めともつかぬ事を続けている母親に、悪いとは思いながらも、娘はため息をついた。最も大きな理由は、別にあった。
(第一…後継ぎを産めない王妃など、何の役にも立たないのよ。そんな身体で、愛する人の元に嫁げるわけがないじゃない)
はぁ、とついたため息は、当然のように形を留める事は無く、霧散した。
隣国王の結婚式など、そもそも、娘は乗り気ではなかった。
十数年前に一目会った少年。己を縛り付ける呪われた沼を初めて美しいと言った、澄んだ瞳の少年。森を去らせる時に永遠の加護を与え、それ以来ずっと陰から見守り愛して来た。
娘にとっては、長年の想い人の結婚式だ。あまり楽しいものになるとは思えなかった。それに、あんなに昔のことを覚えているとは思えないが、万が一気付かれたらと思うと憂鬱であった。年を取らぬ、人でない己の身を、恐怖と嫌悪の眼差しで見られるのは耐えられなかった。
娘は、顔が分からぬようにと、ベールをつけて出席した。少々古風なドレスとあいまって、その格好は娘の老成した空気によく馴染んでいた。周りの参列者たちの、感嘆のため息と賛美の囁きが、娘の耳にまで届いた。しかし自分の容姿など、最も美しいはずの長い年月を暗い森の閉ざされた館で暮らしてきた娘にとっては、今更興味の無いことであった。
その時。愛した男が他の姫君と並び愛を誓う様を見る事になるのか、と気が滅入っていた娘の耳に、招かれた御婦人たちのお喋りが聞こえてきた。まるで追い打ちかのような、闇を纏った囁きが。
「ねえ皆さま、お聞きになりました?あの陛下のお目に適った娘というのは、森の中で見つけた、どこの馬の骨とも知れぬ者だという話ですわよ」
「まあ!本当ですの?理想が高いと有名な陛下が、森の娘などと?」
「以前噂になっていましたでしょう?陛下が森で下賤な娘を拾ったと。あの時はお隣の国王様が蒸発なさったりして、それどころではありませんでしたから、あまり話が大きくなりませんでしたけれど…」
「まあ、あの噂は本当でしたの!王宮にそんな泥に塗れた人間を入れるだなんて!」
一際煌びやかなドレスを纏った女が、華やかな扇子で醜く顰めた顔を隠しながら、さも汚らわしいというようにと吐き捨てた。
「信じられませんわ」
「ええ。昔森で出会ったという、初恋の君を追い求めていらっしゃったのに」
「そうそう。その方を探すために毎月毎月、馬を駆ってあんな薄気味悪い森においでになって!」
「十年も昔のお話でしょう?今更お見つけになっても、しわくちゃの年増かもしれませんのにね」
レースとリボンに包まれた貴婦人たちは、耳に触る甲高い声で可笑しげに笑い合った。窓の外には雪がちらついているにも関わらず、煌びやかな広間は贅沢に燃やされる暖炉の為、やや暑いほどだ。雅やかな言葉とは裏腹に意地の悪い会話をしている淑女たちの影が、暖炉の火を受けて白亜の壁にゆらゆらと映っている。蠢く黒い影からは、今にも悪魔が飛び出してきそうだ。
「あら、わたくしの聞いた話では、お相手というのが、その初恋の君に似ていらしたのですって」
「似ていただけで選ばれるなんて、羨ましい事!わたくし、陛下のお目にとまる為でしたら、いくらでも顔形など変えましたのに」
「あら、魔法使いでも雇うおつもりでしたの?」
「ほほほ、冗談ですわ」
優美な衣擦れの音と、むせかえるような香水がどこかへ去った後も、娘は同じ場所に呆然と立ちすくんでいた。
森で拾った娘。
嫌な予感が娘の脳裏をかすめた。
(まさか、あの子が…?)
そして、その予感は、現実となった。
祭壇に王と二人並び立つ義妹の姿を見て、焼けつくような嫉妬の炎が娘を襲った。自分が逃がしてやったがために、義妹は王と出会えたのだと思うと、怒りで頭がおかしくなりそうだった。
「おのれ…無事生きていられるのが、私のおかげだとも知らずに!」
他の娘なら許せた。自分と何のかかわりもない、どこかの貴族の令嬢ならば納得できた。たとえ身分はなくとも、王を愛し国を愛する、王妃に相応しい相手ならば諦められた。けれども。
「命惜しさに逃げ出すような者に…」
己の感情が逆恨みに近い嫉妬であることは理解していたが。理性とは異なる感情が、許せないと叫んだ。
(何故!何故、あの子なの?何故、愛されるのは私ではないの?)
隣で茫然としている母親に向かい、娘は静かに言った。
「ねえ、母様。私、あの子と代わりたいわ」
いつの間にか窓の外では、雪が吹き荒れていた。
~王様はお城に帰ると、結婚式を挙げました。魔女の親子も招待されました。花嫁を見て、魔女はびっくり!~
~魔女の娘は怒ります。
「ママ、私をあの王様と結婚させてくれるって言ったじゃない。酷いわ。」
「ヒヒヒ。大丈夫。必ずお前をお妃にしてあげる。」~