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こじかひめとまじょ 6

2012年09月23日(日) 17:50-古夢

秋の終わり、南の王国は、歓喜に沸いた。
王女誕生。国王の太陽のような金の髪と、王妃の青緑の瞳を受け継ぐ、王位継承者の誕生であった。南の国は湧きかえり、豊穣の祝いと兼ねて、多くの作物が王宮に献上された。


(なぜだろう)
王は首をかしげた。
ある冬の午後。小鹿と白鳥が、姫と赤子の部屋から追い出されていた。それを尋ねたら、姫は「動物の毛は、赤子には良くありませんもの」と微笑んだ。その時の微笑に、なにか違和感を覚えたのだ。そうとは言っても、別に嫌な感じではない。むしろ逆だ。
(私が探していたのは、これだったのだ)
そんな、歓喜に似た感情さえ湧いてきた。我が子に対する慈愛に満ちた微笑みも、洗練された母親としての仕草も、申し分ない。そしてなによりも、深い深い青緑の瞳が、初恋の沼の御方を彷彿とさせた。
しかし、子を生(な)した女というのは、こうも変わるものであろうか。子が生まれる前は、自分が母親になるという自覚があるのか怪しんだ程であったというのに。
「実際に子を産んだことで、母性が目覚めたということか?」
王は、出会ってから一年間で形作られた姫に対する印象が、まるっきり変わってしまったような気がしていた。

~ある夜の事、お姫様が赤ちゃんを寝かしつけていると、窓から蝙蝠に化けた、魔女の親子が入ってきました。二匹の蝙蝠は、水差しに魔法をかけます。赤ちゃんが眠ると、何も知らないお姫様は、魔法のかかった水差しの水を飲みます。するとたちまち小鹿になってしまいました。
「ヒヒヒ…うまくいった。さあ、娘よ。姫に化けるのじゃ。」~


産後しばらく体調を崩していた姫は床を上がると、それまでは泣き声を聞くのも嫌がっていた赤子の世話を焼くようになった。
姫は嬉しくて仕方がないかのように、甲斐甲斐しく子の世話をした。乳をあげる事こそ乳母に任せていたが、寝付かせるのも、着替えさせるのも、その他の世話はほとんど自分で行っていた。王妃らしくないとの批判もあったが、概ね好意的に受け止められていた。それまでは何事も人任せで美しく精巧なだけの人形のようであったが、落ち着いた振る舞いと気品を身につけた国母として相応しい女性へと、姫が『成長』したために。喜ばしい限りだと、人々は噂した。誰一人、姫自身が『変化』したのだと気付いた者はいなかった。

ある晩。真夜中に子が泣きだした。満腹で眠りについたばかりであったから、空腹と言うことはなかろうと思いながらも、娘は赤子に出ぬ乳を含ませた。いつまでたっても泣きやまぬ子に苦しさを感じた娘は、母親を呼んだ。赤子を泣きやますことすら一人では出来ぬ己はやはり母ではないのかと、乳母を呼びにやるのも悲しく、自身まで泣きたくなった。
「母様…」
現れた母親は、泣きそうな顔の娘に困ったように笑った。そして娘の手から赤子を抱きあげると、軽く背を叩き、小さな声で歌った。それは、懐かしい子守唄だった。
「くすんだ森に 陽の光 子を抱く母は 微笑みて 泉のふもと 安らげる
揺れる水面に 陽の光 愛する者を 見守れる 父もまどろみ 寛げる
優しい唄を 歌う朝 寄りそう二人 愛し子を 目守(まも)りて歌う 子守唄
其の愛し子に 幸あれと 其の愛し子に 幸あれと」
遥かな過去、己の幼い日に母が歌った子守唄だった。一年のほとんどを夢うつつに、生死の境で過ごしていた幼い日の、数少ない優しい記憶。母の母が、幼い日の母に歌ったという、その温かな唄。赤子は、母親の腕の中で静かに眠りについた。ほっとして赤子を見つめていた娘は、その時の母親の顔を見なかった。
「憎い女の末裔であるというのに…赤子と言うのは、愛しいものよのぅ…」
苦笑まじりの言葉に、娘はハッと母親を振り仰いだ。困ったような、泣き出しそうな表情。何も言えずにいる娘に、母親は笑って言った。
「お前は、母の顔をしているねぇ…」
そっと、赤子を娘に手渡すと、母親は「いつでもお呼び」と囁き、床に描かれた魔法陣へと消えた。微かな光を残して消えていくのを、見送っていた娘は、その様子を廊下から見ている存在に気がつかなかった。
    


「何て言うこと…」
カタカタと小さく震えていた女は、生まれたばかりの王女の世話を申しつけられていた乳母であった。何もないところから現れた闇のような黒髪を持った女と、その女に大切な王女を手渡した王妃。激変した王妃への疑念が、確かなものになった瞬間であった。
「王妃様は、魔女に取って代わられているのだわ…」
翌朝、乳母は国王のもとに進言に言ったが、一笑にふされただけであった。あれだけ愛情深い母親は、そうあるものではないというのに、と。

しかし、数日後。事態は急変した。国の希望と未来を一身に負うその赤子が、酷い熱を出したのだ。王妃は付きっきりで看病した。王宮中が、ほとんど眠らずに赤子に寄り添う王妃を賞賛し、心配していた。ところがしばらくすると、一つの噂が巡り始めた。曰く、『赤子の熱は、魔術の仕業ではないのか』というものだ。しかも、その魔術は、王妃のかけたものではないのか、というのであった。王宮の者達のほとんどは、その噂を笑って信じなかった。王妃がどれほど赤子を大切に世話しているのか知らぬものはいなかったし、そんな事をして何の得もないと解っていたからだ。しかしその噂は、王宮の中から発したものであったので、妙に説得力があった。終には、王妃が自らの美しさを保つために、己の子を生贄にしようとしているのではないかと言いだす者まで現れた。
普段ならば、勇猛果敢で知られる若き王が、そんな下らぬ噂に惑わされることはなかった。しかし、ここ数日の王妃のあまりの不自然な行動に、王は疑念を抱いていた。

王妃は、夜になると扉をしめ切ってしまう。中からは何の物音もしない。鍵をかった音もしないのだが、扉は開かない。朝になると、王妃は酷く消耗した顔で、ぐったりと寝台に横たわっている。熱の為に真っ赤な頬をした小さな王女は、涙の跡を残してすうすうと寝入っている。王女は、朝は比較的容体が安定しているが、夜になると格段に悪化する。心配した国王や侍医が夜通しの看病を申し出ても、王妃は絶対に認めず、荒い息の嬰児を抱いて自室に籠ってしまう。侍医たちからも不満の声が上がっている。王位継承権第一位の嬰児は、現在王家で唯一の王女であり、彼女一人の子ではないのだ。

乳母が必死に囁いた。
「王妃様は偽物です。きっと、己の子ではないものだから、王女様を殺してしまうおつもりです。どうか、王女様をお守りくださいませ」


いつも通り、日のあるうちは王宮で王妃としての責務を果たした娘は、日の沈んだのちは母としての――魔女としての闘いに身を置いていた。
今夜も赤子を抱いて窓の外を睨む。娘の眼には、窓の外で嗤う冥府の狩人が見えていた。守護魔法陣の内に立ち、生と死の境を彷徨う幼子を抱き締め、夜中じゅう一睡もせずに狩人と睨みあう。これは、隙あらば王女の魂を攫って行こうとする狩人と娘の、闘いであった。明け方には母親が現れ、王女に特製の薬草を煎じた薬湯を飲ませた。それで一時的に熱を下げ、朝日を迎える。その頃には、狩人との攻防で、娘は疲れ果てていた。国王の向ける疑心に、気付く余裕はなかった。

連夜の狩人との戦いの中、なんとか王女は回復していった。娘にとって最後の戦いが終わった朝。王女を寝台に寝かせた娘は気を失った。

峠を越した幼い王女が、真っ赤な頬をしながら乳母の乳を飲んでいる間も、娘は泥のように眠っていた。夕方になり、ようやく目覚めた娘は、機嫌良さそうに笑う赤子を見て、ほっとしたように息をつき、満足げにゆるりと笑んだ。その微笑みを、国王が不信の眼差しで見つめているのも知らずに。
晩餐の後。娘は再び王女を抱いて私室に帰った。

深夜。王は、王妃の私室へと足を忍ばせた。もしも本当になんらかのことを企んでいるのだとしたら、王女が快癒した今夜が山だと踏んだのだ。王妃を疑いながらも国王は、何も起こらないことを祈っていた――縋るような気持ちで。

最終更新:2014年03月17日 18:58