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退屈をこじらせる

2012年10月10日(水) 17:19-鈴生れい


「退屈」
ごろりと転がり一言。まさしく頭に浮かんだワードをそのままアウトプットしたようだ。
その彼女を視界の端に収めながら、わたしこと篠山空はひたすらタイピングを続けていた。何しろ明日までのレポートが2つ、明後日までのエッセイが1つ、四日後までの課題が3つほどある。
とても呑気にティータイムを寝っ転がって退屈などと嘯く余裕も寸暇もない。ここまでため込んだ自分にも責任はあるのだけれど。
飛ぶような速度でカタカタと打ち続けていると、背後に気配を感じた。
「退屈なんだけど」
「知らん」
即答。
大学に進学してから一年半。なんだかんだと一緒にいることの多い彼女だが、今日という今日ばかりは彼女の暇つぶしに付き合うことは物理的に不可能だ。その有り余る時間をこちらによこしてほしいぐらいだ。いっそ手伝ってもらおうか。
わたしのそっけない返事に気を悪くしたのか(普通ならこんだけ忙しそうにしている人に声をかける方が悪いだろうに、彼女にそんな理屈は通用しない)、彼女は四つん這ってから再び畳へと倒れ込んだ。
まるで自宅のようにくつろいでいる彼女だが、ここはわたしが借りている部屋だ。実家が田舎の方にあるわたしは進学する際どうあがいても一人暮らしをしなければならなかった。
六畳一間に簡便なキッチン、トイレシャワーと手狭ながらも一通り揃っているから一人暮らしには便利なのだが、自宅が近いはずの彼女が週の半分ほどわたしの家に泊まるようになってからなんだか窮屈に感じるようになってしまった。
「というか、暇なら帰れよ」
手を止めず、顔もラップトップに向けたまま、わたしは彼女に進言した。
まったくなんと素晴らしい提案だろう。ここにいても暇なら友達でも誘って街にでも繰り出せばいい。多忙な私の地味な作業風景を眺めているよりはよっぽど暇つぶしになるだろう。
「えー、今日は空と遊びたい気分だもん」
「そんな気分、わたしには一切ないんだけど」
ちらりと彼女を見遣ると、彼女は頬を思い切り膨らませて女の子座りでこちらに思い切り憎らしげな視線を投げかけていた。
付き合いきれないと視線を戻す。レポートはA4紙3枚が一つと2枚が一つ。今は前者の方に取り掛かっており、完成率50%弱といったところだ。この調子なら徹夜はしないで済みそうである。
少しだけ心に余裕が生まれ、私は少し手を休めることにした。ここ2時間ほどタイプしっぱなしだったので、大分関節が痛い。
「終わった?」
「まだ、少し休憩する」
言って胡坐を解くと痺れて足がもつれそうだった。集中しすぎも考え物かもしれない。
立ち上がり、キッチンへとびっこを引きながらだるだると歩き、ポットに水をぶち込む。お茶が飲みたい。
「お茶飲む?」
「いらないよ。サイダー飲みたい」
「コンビニ行って来いよ」
「面倒だし、お金ないもん」
お金なら貸してやるから本当どっか行ってくれ。
「宿題はいいの?」
「ないもん」
・・・・・・この、ゆとり教育め。わたしもだけど。
彼女―――篠山萌はわたしの従妹だ。11歳で小学校5年生。父の弟がこの近くに住んでいるらしく、一年半前こちらに越してきて以来、たびたび萌はここを訪れている。そのうち泊まるようになり、叔父さんにいいのかと聞いたら空なら大丈夫だろうと返された。
最近過保護な親が多い中で随分とのんびりとした親である。別にとって食おうというわけじゃないけれども。私はロリコンでもなければ同性愛者でもない。
ポッドから蒸気がこみ上げ、わたしはそのお湯を湯呑へと注いだ。その間に急須に茶葉を突っ込んで、湯呑のお湯が少し冷めるのを待つ。
「空、なんで今日はそんなめんどっちいことしてんの?」
どうやらわたしの一連の行動が彼女の眼には奇怪に映ったらしい。そりゃそうか、普段はやらないだろうし。
「茶葉には適温っていうのがあって、美味しく入れようと思ったらこうやって冷ましてから入れるんだよ」
「ふーん」
聞いてきた割にはそっけない返事。確かにお茶に興味がないなら退屈な話だろう。ならなんで聞いてきたんだよ。
萌に隠れて拳を握っていると、お湯がいい感じに冷めてきたので急須へと移す。これでしばし待てば美味しいお茶の淹れ上がりだ。
玉露である。実家から送られてきたのだ。なんと素晴らしい。思わず手をこすり合わせた。
「そうだ空、聞いてよ」
「いやだ」
「なんでさー!」
とかく、今日はこの子に構っている暇はない。いくら休憩時間だからといって彼女に甘い顔をしていると碌なことにならないのは、この一年半の経験で身にしみてわかっている。
しかしそう一筋縄ではいかないのが彼女がわたしを困らせ続けている原因である。
「いいじゃん、ちょっとぐらい話聞いてくれても。空二十歳でしょ?」
「まだ二十歳じゃないし。後1ヶ月はティーンエイジャーだし」
「10代にコンプレックスでもあるの、おばあさん?」
「おまっ、せめておばさんと・・・・・・、言ったらそこの窓からダイブさせるぞ!」
「何切れてんのよ、もう19歳も終わりなんでしょ」
うざい。果てしなくうざい。今度戯言を言ったらそのほっそい首、縊ってくれようか。「くび」だけに。
「今すっごいくだらないこと考えてたでしょ」
女の子がしてはいけないあまりに嫌味な顔だった。マジで右指がピクリと動く。
「つか、よくよく考えると大人関係ねぇじゃんそれ」
「え、いまさら?」
この小馬鹿にした態度がすっげぇ腹立つ。わたしより8つも年下なくせに。

急須を傾けると、ちょろちょろと臙脂色の液体が流れだす。優美な香りが鼻をくすぐった。
「空、サイダー」
「120円やるから買って来い。そのまま家に帰れ」
そう言って卓上にほっぽってある財布の中から硬貨を3枚取り出すと、まだ少し幼さの残る手にちゃりんと落した。
流石にこまっしゃくれていても子供は子供、普段あまり持つことのないお金に目を輝かせて、新幹線さながらに部屋を飛び出していった。
出ていくと同時、わたしも大急ぎで玄関へ向かい、ドアの鍵を捻る。かしゃんと音をたてて、この部屋の出入りが不可能になった。
「よし、レポート書くぞ!」
ようやく邪魔者を追い出すことに成功した。やった。これで落ち着いて明日締め切りのレポートが終わらせられる。徹夜しなくても大丈夫!
と、思っているのもつかの間。5分後、がしゃんとさっきと同じ音が玄関から鳴り、さも当然とばかり萌が部屋に侵入してきた。
唖然とするわたしに向けて、萌が鼻を鳴らした。
「鍵、持っててたから」
・・・・・・今度からチェーンも掛けよう。
「出てけよ! わたしに課題をさせろよ!」
「いやよ。萌が暇だもん」
誰かこの我が侭盛りをどうにかしてください。深刻に。このままでは徹夜が確定してしまう。そんなことになれば明日のエッセイにも影響が出ちゃうというのに。
ここで、妥協案が自分の中に浮かぶ。
『よしわかった。30分だけ話を聞いてやるから後は静かにするか帰ってくれ』
だが、わたしには容易にその萌の返事が想像できる。
『いやよ、その後が退屈じゃない』
要するに、彼女は自らの退屈をどうにかして紛らわせたいのだ。その矛先がわたしに向かっているだけで、多分彼女には私の成績を壊滅させようという意図はないはず。きっと。
・・・・・・で、どうすればいいんだよ。
「なぁほんと頼むからさぁ、課題させてくれ」
「その前に萌の話聞いてよ」
「その話を聞いたら帰ってくれるのか?」
「いやよ」
「じゃあ聞かん」
予想通りだったためもう怒りも湧いてこない。もうこのままうるさくさせておこう。多少気は散るだろうけど、ずっと無視し続ければそのうち寝るはずだ。
冷え始めていた玉露を一気に飲み下し、再び卓上のノーパソへと向かい合う。当然、離れた時とレポートの中身に変化はない。
「さてと」
「萌ねぇ、告白されたの」
無視だ、ムシムシ。しかし最近のガキはませてやがる。わたしが小5のときっつったら男子どもと混ざってドッジボールしてた覚えしかない。
「全然タイプじゃなかったからお断りしたんだけど、その子萌のこと忘れられなかったみたいで」
なんだろう、この子はモテ自慢でもしたいのか。生涯ただ一度たりとも告白されたことのないわたしへの当てつけか。
エンターキーを打つ小指に思わず力がこもって、机を突いてしまった。地味に痛い。
「最近どうも萌の後を尾けてるみたいなんだよね」
す、ストーカー。ませすぎて変態な方向へと走っているのか。
「そんでさぁ、さっきからずっとちらちらと窓の外から誰か覗いてるみたいな―――」
「嘘だろっ!」
思わず叫んで顔をあげてしまった。夏。暑いは暑いがあまりクーラーを使いすぎるのもよくないと思って窓もカーテンも開け放ってある。3階とはいえ覗こうと思えば手段などいくらでも・・・・・・。
しばしいろいろな考えが頭の中を駆け巡っていたが、ついとそっぽを向いている彼女の様子がおかしい。具体的にいうと、肩が震えている。もっというと、明らかあれは笑っている。
「嘘かよ」
「嘘よ」
震える声音でそう返された。わたしの拳もプルプル震えている。
というか、これでもわたしは女だぞ。いくら小学生のガキとはいえ、部屋を覗かれていると知って落ち着いていられるわけがない。特に今、この部屋衣類が散乱してるし。もちろん下着も。
「そういう悪趣味な冗談はやめろ」
「でもマジでストーキングされてたのよ」
そっちはマジなのかよ。
「されてたってことは解決したのか」
「うん」
それ以上、彼女はストーカーの件について語ろうとはしなかった。

代わりに、どういう風の吹き回しかわたしの恋愛遍歴について根掘り葉掘りと訊いてくる。
「付き合ったことあるの?」
「ねぇよ」
どうもこの口の悪さがよくないらしいとは兄貴談。実の兄のくせにわたしと違って結構異性人気は高いらしい。
いや、私も男友達がいないわけじゃない。昔から男子の輪にはよく入っていた。代償としてそういった対象には見られなくなったようだが。
ともあれ、異性として意識されないのは便利なこともあるが色恋沙汰には無論不向きになる。すなわち女子トークについていけない。
「告白されたことは」
「ない」
「告白したことは」
「それもない」
「色のない人生ね」
「小5のガキに人生どうこう言われたくねぇよ」
「だってわたし年に2、3回は告白されるよ。そのぐらいが普通かと思ってた」
わたしはずっと恋だの愛だのってのは別世界の話だと思ってたよ。
何がいけないんだろう。わたしの。
思わず溜息をついてしまった。
「・・・・・・モテたいの?」
「モテないよかモテる方がお得じゃん」
「そういう考え方してるからモテないのよ」
うるせぇ。ほんともう勘弁してくれよ、他人の傷に塩塗るの。
我が家は4人兄弟で兄2人と弟1人。これだけの男所帯の中にいれば自然と男っぽくなるだろうよ。みんなアウトドア派だし。
「つーかなんで急にわたしのつまんない恋愛事情なんて訊くの? 好きな子でもできた?」
「そ、そんなんじゃないけど、ちょ、ちょっと気になったから」
おや。
少々予想外なことに、萌の頬に朱が差した。おまけにしどろもどろでぼそぼそとしたご返事。こいつぁ当たりか?
ふーん、萌に好きな子か。どんなやつなんだろう。とはいえあまり根掘り葉掘り訊くのもよくないかな・・・・・・。
「どんなやつなん?」
「だ、だからそんなんじゃないって」
た、楽しい。あのくそ生意気な萌を弄くるのってなんかすごく楽しい。むしろ快感。
何か大事なこと忘れている気もするが、それよりも今は畳み掛けるべき時だ。積年・・・・・・といっても1年半の恨み!
「どういうところが好きなの? かっこいい?」
「ぐ、ぅ」
まさしくぐうの音も出ないといったところか。うっはっは。
日頃年上を敬わないからこういうことになるんだよ、萌くんよぉ。
顔中朱が差すどころか茹蛸のように真っ赤になった小学生を見ながらほくそ笑む19歳も終わりの大学生。
「そ、空、大人気ないもん・・・・・・」
「そんなことないよ。だってわたし恋愛のことなら萌ちゃんにも負けちゃうしぃ」
「うう」
ついに萌が完全沈黙。我勝利。いやっほぉう!

「んで、どんなやつ?」
仕切り直しとお茶を淹れ、勝利の余韻に浸りながら玉露で喉を潤す。至福の時。
長きに渡って(約15分)沈黙をたたえた萌の重たい口が、わたしの淹れたお茶にほだされて少しずつ開いた。
「・・・・・・それが、誰かわからないの」
「誰かわからない?」
「うん」
こうやって素直でいれば確かに萌は可愛い。見た目だって贔屓目なしに綺麗だし、性格さえよければもっとモテる。性格さえよければ。
猫舌なのでふぅふぅと息を吹きかけながら、萌はゆっくりと茶をすすった。
「同じ学校の子じゃないの?」
「そうだと思うんだけど、でも学校の中じゃ会わないし」
・・・・・・なんだか雲行きが怪しくなってきたな。
「どこで会うんだよ?」
「朝学校行くときに見かけるの」
「教室は探してみたのか?」
「休み時間に一通りは」
「偶然見つからなかったってことはないのか?」
「もう1ヶ月も探してるもん。絶対どっかで会えるはずよ」
うわ、本当に面倒そうな話になってきたぞ。どうするんだこれ。
「もっとよく探してみれば?」
「うーん」
萌の表情は複雑。どうやらよほど探しこんでいるようだ。これ以上探したところで収穫は見込めないのだろう。
というか、この超生意気少女をこれほどまで惚れこませることができる容貌の少年とは、少し興味があるな。
「かっこいいのか?」
「うーん、かっこいいというか、なんか不思議な雰囲気なの。ミステリアス」
謎めいた少年。確かに登校しているのに校内で立ち消えてしまうとは不可思議な話だ。いらない方向に謎を持っている少年である。
「幽霊でも見てるんじゃない?」
少し冗談めかして言ってみる。案の定、鼻で笑われた。
「はン、そんなわけないでしょ。というか朝からいる幽霊なんて聞いたことないわ」
ごもっともで。
わたしはない頭を振り絞ってみる。脳みそが空っぽというよりは筋肉が詰まっているといった方が正確だろうけど。
ひと月探し回っても校内じゃ見つからない。にも関わらず登校する現場は目撃されている。
「そいつ、毎朝どこに行ってるんだ・・・・・・っ!」
あ、そうか。なんだ、そういうことか。
目ざとくわたしの反応を目に留め、萌が驚いた顔で訪ねてきた。
「何か分かったの?」
「保健室だ」
「ほ、保健室? そんなとこ探してないけど」
「萌には縁がないだろうから知らなくてもしょうがないといえばしょうがない。保健室登校って行って、何らかの理由で教室に入れない子たちが代わりに保健室で勉強することがあるんだ。というか、あるらしいんだ」
「空はやったことあるの?」
「わたしはないよ。ただそういう話を聞いたことがあるだけ。うちのガッコじゃなかったし」
「田舎だもんね」
「田舎は関係ねぇよ・・・・・・多分」
いずれにせよ、これで解決だ。しかし萌が惚れたのが保健室登校の子とは。これはなんとも面白そうだ。いや誰に惚れても面白そうだけど。
やっぱり小5は小5。いざ自分のこととなればこんだけ慌てるのだから所詮耳年増よ。ああ楽しい。
「告白はいつすんの?」
我ながらいやらしい笑みを浮かべつつ訪ねると、なんとも形容しがたい微妙な表情で萌が言った。
「よくよく考えると、朝見かけるときに声掛ければよかったな」
あっ。

「とにかく、ありがとね空」
「お前が素直にお礼言うなんて珍しいな。やっぱ恋のパワーか」
もう、からかわないでよと顔を真っ赤にしてぽかぽかと殴りかかってくる。それ、地味に痛いんだけど。
でもま、可愛いところもあるんだなこの子。今まで散々からかわれたせいかめっちゃ生意気だと思っていたが、少しばかり考えを改めなくてはならないのかも。
小5で惚れた腫れたは個人的に早すぎる気もするんだが、わたしが変なだけかもしれないし、生暖かい目で見守ってやろうじゃないか。
彼女より8つも年上なんだし、多少の暇潰しぐらい、付き合ってやるのもやぶさかではない。
「それじゃ、そろそろ帰るね」
「おう、またな」
「うん、またね」
窓から見える空は、綺麗な夕暮れだった。幸い夕立は来ていない。
なんとなく清々しい気分。草原の真っただ中にいるような心境。なんだか明日が楽しみだ。
そうここまでは、よかった。
玄関の戸を開けると、急に萌が振り向いた。わたしの気分とは正反対な、女の子がしてはいけないあまりに嫌味な顔で。
「そうそう、さっきパソコンがいきなりシャットダウンしてたけど、課題頑張ってね!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
「し、し、―――」
シャットダウン? え、まだわたし課題保存してないよ?
「しししし」
もう6時だぞ。日付が変わるまで後6時間しか―――
「―――しまったぁぁぁあああ!」


前言撤回。彼女はくそ生意気。触らぬ退屈にたたりなし!




夏休み中あまりに暇だったのを思い出しながら書いていたらわけがわからなくなってできた作品がこれです。

タイトルを先に思い付いたのですが、思った以上に長くなったうえ、タイトルに添えているかどうかかなり微妙。

あと、今時の小学生がどの程度ませているのかは知りません。

最終更新:2014年03月17日 19:03