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星になる(後編)

2012年11月19日(月) 21:36-鈴生れい


夕方になって、わたしは萌と大地、陽子を引き連れて街へと繰り出した。車を運転したのは久しぶりだが、数回エンストしただけで済んだのは僥倖。
適当なところで車をとめて、わたしたちは歩いて神社へと向かった。普段は寂れたといえるほど活気のない街だけど、今日はそこかしこで人の姿が見える。
どうやらちょうど神輿が街の中を周っているようで、神社へ向かう人は少ない。そこそこ立派な神輿だが、わたしと大地は見飽きてるし、陽子も萌もそんなに見たそうでもなかったので神社に帰ってきた神輿を見るだけにしたのだ。
至る所で飾り付けが見える。それを追いかけて眺めていると、ふと視線がある看板にぶつかった。
『桐生酒店』
心臓がどきんと跳ねた。そういえばここにあったと今更ながらに思い出す。もっと早く気付けばよかった。
「空、星さんの家ってここなの?」
目敏くわたしの異変に気付いて、萌が声を掛けてきた。大地や陽子の手前大っぴらにからかいはしないが、唇の端が嫌味な方向へ吊り上っている。
昨日の一部始終を萌に見られたのは本当に不覚だ。今まで散々萌を弄ってきた分野、弄り返されるのは目に見えている。ただでさえ口喧嘩では萌に勝てないのに、これ以上敗因を増やしてどうする。
歯を食い縛ってリアクションをしないようにする。そんなとき、店の中から人が出てきた。
「おう、空じゃん」
うわ、間が悪い。さっさと前を通り過ぎてしまえばよかった。さっきから後悔ばかりしている。
無視するわけにもいかず、わたしもおうと返事をした。星の顔に笑みが浮かぶ。
「迎えに来てくれたのか?」
「そんなんじゃない、通りかかっただけだ」
もう、わけが分からない。自分が分からない。星の声を聞くだけでもやもやした気分になる。昔はこんなことなかったのに。
八つ当たりに星を睨むと、睨まれ慣れている星は肩をすぼめるだけだ。大地と違ってビビッてやってるんじゃない。星は本気でなんとも思ってないのだ。
それが余計に腹立たしい。わたしばかり動揺させられているこの状況が。
「ねぇ星さん」
「星でいいぞ、萌ちゃん」
「じゃあ星くん、萌もついてっていいかな?」
なんだ、なんの話だ、突然。
「大地お兄ちゃんと陽子お姉ちゃん、やっぱり二人きりの方がいいでしょ。でも萌一人だと迷っちゃうし」
そういうことか。気を遣ってるのか、一応。いやでも、ただこっちについてきた方が面白いとか思ってるかもしれない。
だがわたしとしても、今のまま星と二人きりなんて願い下げだ。せめて気持ちが落ち着くまでは星といたくない。
「おっし、いいぞ」
「やったぁ!」
しかし、こういった萌の年上に対する媚の売り方はどこで覚えたのだろう。なんだか末恐ろしい子だな。
「それと萌ちゃん」
「なぁに?」
「おれのこともお兄ちゃんって呼んでごっ!」
久しぶりだけど、綺麗に決まったな。回し蹴り。
萌が呆れ顔でこっちを見ていた。
「いい年こいて何やってんのよ」
「そうだぞ空、暴力反対」
脇腹を抑えたまま、座り込んだ星がほざく。
「やかましい。うちの従妹にいやらしいことをさせるな」
「いやらしいって、お兄ちゃんって呼んでって言っただけじゃん」
「お前が言うとなんか卑猥に聞こえるんだよ」
理不尽だと嘆く星を放り、わたしは萌の手を引いた。
「行くぞ萌。こんなの置いて行こう」
「えー、星お兄ちゃんも連れて行こうよ」
こいつ、本当、ほんっとうにわたしの神経を逆撫でるのがうまいな。感心するわ。
「えっと、空、僕らもう行くよ?」
「あ、行ってらっしゃい」
萌が手を振っている。大地と陽子は手を繋ぎながら神社の方向へと歩いていった。
さて、こちらも早く処理しなくては。
「星、変なことすんなよ」
「しねぇよ! もういくつだと思ってんだ」
「二十歳になってもお前はお前だろ」
「ひでぇなもう」
「一度失った信頼は戻らないんだよ」
かつてのこいつの悪行を挙げたらきりがない。一時期男子の間でズボン下ろしが流行ったが、ほかならぬ星だけがわたしを対象にしやがったのだ。吊し上げても腹の虫は収まらなかった。
でも、星はわたしを女子としてカウントしていたかもしれない。たとえばスカート捲りをするとなったとき、誰もわたしを狙おうなどと考えなかったが、星だけは違った。
まぁ、わたしはスカートなんてはかなかったけど、一時期スカートはいて来いとうるさかったことがあった。
思い出すとしかし、碌でもないなこいつ。
「空」
萌が口を開いた。
「なんだよ」
萌は、なんだか生暖かい微笑みを浮かべていた。いつも、わたしが翔己のことを想っている萌に向けていたような。
「結構、お似合いなんじゃない?」
・・・・・・バカ言え。

その後、結局わたしたちは一緒に回ることになった。
神社は町はずれの小山の上にある。入り口は街の方向に向けた一つしかなく、それ以外は木々で埋まっていて慣れない人が入れば下手すると迷う。
その入り口も厄介で、階段がない代わりにすごくジグザグなのだ。車一台が進入できるほどになっているので幅は広い。だが直線的に進むより随分時間がかかる。
神輿はこれのおかげで登れるのだけど、一般向けに石段でも増設してくれないものか。おかげで登り終えるのに20分もかかってしまった。
小さい頃は林の中を突っ走ったりしたものだが、萌もいるし、今の体力では若干厳しいかな。
「へぇ、結構出店あるんだ」
「出店だから普通に買うより割高だけどな」
金魚すくいや射的、水風船釣りなど祭りの風物詩とも呼べるものは粗方揃っている。残念ながら高く、年一程度でしかやったことないのでわたしは下手くそだ。
「何する、萌ちゃん?」
星がにこっと笑って萌に話しかけた。萌は結構悩む仕草を見せている。来る前はあまり楽しみそうではなかったのだけど、いざ来るとテンションが上がっているあたりまだ子供だな。
さて、何をしようか。
「金魚すくい、やってみようかな」
「おお、あれおれ得意なんだぜ」
・・・・・・そうだったかな。星もわたしと同じく下手なイメージしかないが、詳しく覚えていない。覚えてないってことは、目覚ましいほどうまいわけじゃないだろう。
からからと笑いながら、星は萌の手を引いて金魚すくいの屋台の前に移動していった。一番手前にあるのに、人ごみのせいか結構見辛い。
わたしも移動しようかと思ったが、少し疲れたので近くのベンチに座ることにした。幸い一脚丸々空いている。少し陰に隠れるが、星なら見つけられるだろう。
ここ最近の早起きの影響か、あるいは人ごみに当てられたのか、次第に瞼が重くなってくる。
雑踏の音が遠く聞こえ、いつしかわたしは眠りについていた。

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

「そら」
まただ。また誰かわたしを呼んでいる。
思い出せない。その声は一体誰のもの? 今わたしを抱きしめているこの人は誰なんだ?
「そら」
愛おしそうにわたしを呼んでいる。
もしかしてお袋なのか。そう思うと、その人は徐々に女っぽくなってきた。
けれど、ふと星の顔が思い浮かぶ。今度は男っぽくなってきた。
「そら」
結局、あんたは誰なんだ。
何故わたしを抱きしめるんだ。わたしを大切にしているのか。わたしを大切にしてくれているのに、わたしはあんたを思い出せないのか。
思い出さなきゃ。この人は一体、誰なんだ。
「そら」
繰り返し呟かれるわたしの名前。同時に、わたしの意識が徐々に薄くなっていく。
ああ、結局わたしは、思い出せないままなのか。

・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・

どんどんと空をつんざかんばかりに鳴り響く太鼓の音。どうやら神輿が帰ってきたようだ。
このベンチからでは神輿は見えない。そのせいかこの辺に人影は見当たらない。ついでに萌も星もいない。どうやらわたしに気付かなかったようだ。
多分神輿の方にいるだろうし、わたしも移動しようか。
「んっ・・・・・・」
ぐっと背を伸ばして、空を見上げると暗くなっていた。そろそろ秋分だし、もうそんな頃合いか。
そのとき、近くの茂みがかさかさを音をたてた。茂みの先は林で、明かりもないから暗くなった後はとても通れたものじゃない。
だから多分ネコかなんかだろうと思った。そう思ってじっと茂みを見つめていると、不意に何かが飛び出してきた。
人だ。それも黒いニット帽にサングラス、マスク、黒ジャンバーに黒いジーンズというどこからどう見たって怪しい出で立ちの人。体格から察するに男だ。
その男と、視線がかち合った。正確に向こうの視線は分からないけど、確かに向こうもこちらを見ている。
そして、男は明らかにその茂みの奥で何かをしていた。それも、きっとやばいことだ。
そう思った瞬間、わたしは男を捕らえようとベンチから飛び跳ねた。男もそれに反応して再び走り始める。
伸ばした手は、ぎりぎり届かなかった。
「逃がすかっ!」
男が何をしでかしたかは知らない。しかし、今はまずあいつを捕らえなくては。
わたしも地面を蹴った。起きたばかりなので体が思うように動かないが、それでも決して見失いはしない。
男は入り口の方へ向かっていた。今神輿のいる場所とは逆方向だ。神輿がいるのは、入り口から出店たちを挟んで反対側の神社の本殿の方だ。
走りながら、わたしはズボンのポケットから携帯を取り出してコールを掛けた。
「空っ!」
わたしが携帯を耳に当てていると、後ろから星の声が飛んできた。一体何故ここにいるのか気になるが、訊くのは後だ。
「星、あいつを追いかけるぞ!」
「分かった!」
星は頷き、わたしの横に並んだ。
そのときコールがつながり、スピーカーの向こうからヘタレた声が聞こえてきた。
「大地、隠れベンチ近くの茂みの向こうを確認してくれ!」
「は、いきなり何?」
「いいから早く! それから萌を回収してくれ!」
「・・・・・・何かわけありそうだね。分かった、隠れベンチだね」
電話を切って、わたしはそれをズボンのポケットにしまおうとしたがうまくいかない。走りながらのせいかポケットの奥に押し込めない。
仕方ないので、胸ポケットに突っ込んだ。たまたま胸ポケットのあるシャツを着ていてよかった。
そんなことをしているうちに、男があの坂の入り口に辿り着いた。ジグザグだから時間はかかるが、あの男結構足が速く、このままだとジリ貧だ。
「星、二手に分かれるぞ。お前はこのまま追い続けてくれ」
「二手って、林の中突っ切る気か? もうかなり暗いぞ」
「お前、わたしをなめてんのか?」
ここらの山の中なんて、わたしの庭みたいなもの。いつも遅くなるまで駆けずり回っていたのだ。ブランクなんて関係ない。
わたしがそれを視線に込めると、星はにっと笑った。
「そうだよな、おれたちなら平気さ」
「そうだ、いくぞ星!」
そう言って、わたしは一気に道なき道へと繰り出した。

「遅かったな」
わたしが坂を下り終えて少し経ってから、男が息を切らしながら降りてきた。サングラス越しに驚いているのが分かる。
そりゃそうだ。正規ルートはあの坂一本しかないのだから。
男に遅れて、星が現れた。流石というべきか、多少息が切れているだけでまだまだ平気そうだ。
わたしはというと、2回ほど転倒したが擦り傷だけでまったく問題ない。いくら慣れた行為でも、やっぱり年甲斐ってものを考える必要があるかもしれない。
「な、なんなんだよお前ら」
「お前こそ、一体何もんだよ。顔見せな」
男は動かない。どうやらこの期に及んでまだ逃げ切れると思っているようだ。
そうはいくか。
「わたしの仲間から連絡があった。お前が石で殴った女性、確か安田奈美っていったな、生きてるよ」
「なっ!」
男が目に見えて動揺した。ぐらりとその図体が揺れる。
女性は茂みの奥で横たわっていた。今、生きるか死ぬかの瀬戸際だ。大地が免許証で身元を確認し、すでに救急車と警察を呼んだことをさきほど報告してきた。
後は、この男を取り押さえればいい。
「空、受け取れ!」
怒号と共に、星が何かをぶん投げた。何かと思ったら棒だ。そしてそれがどういう意図なのか、わたしはすぐに悟った。
わたしは、ぬいぐるみ遊びよりチャンバラごっこが好きな女の子だったのだ。
棒の強度と長さを確認して、わたしはそれを右手で構えた。リーチはそこそこ、50センチといったところだろう。
男はにじりと体を動かした。どうやら飛びかかってくるつもりらしい。女だてらにと思っているのか、それとも余程腕力に自信があるのか。
遠く、サイレンの音が聞こえてきた。・・・・・・来る!
男の足がぐっとアスファルトを蹴り、同時にその体が加速する。男とわたしとの距離がみるみると詰まっていく。
反応しようと体を捩らせると、視界の端で何かが明滅した。
「空っ!」
星の絶叫が響いたとき、その明滅の正体が分かった。刃物だ。男は刃物を持っている。
わたしの棒より短いが、殺傷力は言うまでもない。それが危険であることは幼稚園児だって知っている。当然チャンバラごっこでは触ったことすらない。
だけど。
「ふっ」
男が突き出してきた右手にナイフ。その右手を上から棒で一息、叩きつけた。
乾いた音が鳴って、続いて無機質な音がした。
ナイフはアスファルトの上に横たわっている。
「まだやるか」
右手を抑えながらうめく男の喉元に棒を突き付けて、わたしは出来るだけ冷たい声で訊ねた。
男は、がくんと膝を折った。そのまま両手でアスファルトを殴った。畜生と繰り返し呟いている。
ちょうどそのとき、サイレンが近づきパトランプが私たちを照らした。

「一つだけ聞きたい」
警察に手錠を掛けられ、大人しく連行されていく男は、諦念を浮かべた瞳でわたしを睨んだ。
初めて見えるその眼に少し怖気づく。今になってようやく、こいつは人を殺そうとしたやつなのだと実感が湧いてくる。
震える右手を握りしめて、わたしは続けた。
「なんでこんなことしたんだ?」
動悸が激しくなってくる。体中が熱くなり、じわりと汗がにじむ。
男は、ぎょろりとした眼でわたしを睨み続けながら、苛立たしげに顔を歪めた。
「あいつが悪いんだよ。浮気なんてすっからさ」
それだけ言い残して、男はパトカーの中に乗り込み、やがてそのパトカーも赤い残光を帯びて消えていった。
浮気、か。
一度は愛した人間を、そう簡単に殺そうと思えるものなのか。
愛した人を、殺す。
「空」
呼び声に振り向くと、誰かがわたしを抱きしめた。今度はびっくりして心臓が口から飛び出そうなぐらい拍動した。
誰かと思ったが、匂いで分かった。この匂いは星のものだ。うまいこと説明はできないけれど、独特な匂いが鼻腔を包む。
「・・・・・・星?」
「お、悪いっ」
星が飛び退く。
見る限り明らかに、星は興奮していた。犯罪者を捕まえることができたのだから当然だ。わたしだって、少なからず落ち着かない気分ではある。
星の瞳の中が、あまねく星を詰めた空のようだ。あの男の瞳とは、まさしく天と地の差だ。
「おれたち、やったんだな!」
「ああ、そうだ「空!」
人の言葉を遮るなよ。会話したいのかしたくないのかどっちだ。
なんて、余裕をこいてる場合ではなかった。非日常的な現状、興奮仕切りな星が次に何を言うのか、あらかじめ予想をしておくべきだった。

「やっぱおれ空が好きだ」

結局、わたしの心が結論を出す前に言われてしまった。
何も言えないままのわたしを、星はじっと見つめている。返事を待っている。
どうしよう。わたしは、なんて言おう。
拒否するのは簡単だ。星のことだし、それで友達としての関係がなくなるなんてことにはならないだろう。それだけは確信が持てる。
恋愛感情なんて抱いてない、昨日までは確かにそう思っていた。
でも、わたしは迷っている。星の気持ちを、断りきれない。
人を、愛すること。歌やドラマやら小説やらで見たことはあっても、いざわたしが関わると勝手が分からない。萌のこと、笑えないな。
わたしは星を好きなのか? 今そう言ってしまうのも簡単だろう。けどついさっき、愛が悲劇を生んだのを見ている。
男に同情する気はないが、自分がその立場になったらどうなのだろう。わたしはいつも通りでいられるの? いられるのなら、それは愛していると言えるの?
愛する人を、殺す。
親父とお袋は、どうやって互いを愛し合ったのか。
どうしてお袋の死因を隠す?
その理由、は、・・・・・・。
「星」
「何?」
「明日、空いてるか?」
「多分空いてると思うけど、なんで?」
「行きたい場所がある。付き合ってくれるか?」
「・・・・・・分かったよ」
坂道の奥からサイレンが聞こえた。救急車が降りてくる。そのあとに大地と陽子、それに萌が続いてきた。
「星」
「ん?」
「明日、言うから」
そう言い放って、わたしは駆けてきた3人に手を振った。もう星は見ない。代わりに、雲の切れ間からぽつぽつと現れ始めた星を眺めた。

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

その夜わたしは、またあの夢を見た。
あの人がわたしを呼ぶ理由を、わたしはぼんやりと考えていた。

・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・

目が覚めたのは、午前四時。なんだかんだ体が適応している。というよりも、以前の習慣に戻っている。
今日ばかりは誰もわたしたちを起こしに来ない。昨日の出来事でわたしたちは少しの間警察に拘束され、帰ってきたのが遅かったせいだ。
だけどわたしの目はすっかり冴えていた。
隣で気持ちよさそうに眠る萌と陽子を起こさないように忍び足で部屋を出て、リビングに入るとじいちゃんとばあちゃん、それに親父と海人が朝食をとっていた。
「起きたのか」
親父が言った。いつもと同じ、低い声。けれどその裏に抑えている感情があることを、わたしは知ってしまった。
入り口に突っ立ったまま、わたしは一度大きく息を吸った。そして吐いた。
「親父、わたしはお袋に似ているか?」
海人以外の3人の手が、ピタリと止まる。海人だけは首を傾げた。
「それがどうしたってんだ?」
「海人は黙ってて」
怪訝そうな顔をしたまま、海人は押し黙った。わたしの声色に含まれる深刻さを推し量ったようだ。
わたしはじっと親父を見据えた。親父は無表情のまま、わたしに視線を投げ返している。
そのまま数分に渡って、わたしと親父は見つめあった。ここまでまじまじと親父の顔を眺めたのは生まれて初めてかもしれない。
秒針がたてる音だけがリビングに響き、やがて親父が折れた。
「ああ」
その一言を聞いて、わたしは確信した。お袋の死の真相を。

「なぁ空、『山』に登ってどうするんだ?」
星を連れて、わたしはまた『山』に登っていた。暇だったのか隣に萌もいる。今日は割とゆっくり寝ていたせいか元気に歩いている。
「また頂上に行くの?」
「うん」
萌の問いに頷いて、わたしは歩く速度を上げた。ちょっと慌てたように二人がついてくる。
わたしは黙り込んだまま、道とも呼べない道を歩きながら繰り返し繰り返し考え続けていた。
お袋の死について、確信はしたが、物証があるわけじゃない。そしてわたしはその可能性に賭けている気がする。
わたしの推理は、決してわたしに安堵をもたらすものではなかった。
だから、今から確認するものがなければ、わたしの推理は間違っていたことにすればいい。
でもそうしてしまうことは、本当に正しいことなのか?
自分の世界に入り込んでいたわたしは、ふとした瞬間に現実へと引き戻された。
「空、頂上着いたぞ」
星がわたしの方に手を置きながら呼びかけてきていた。どうやらすっかり頂上についたようだ。一昨日と変わらない景色が広がっている。
改めて二人に振り返る。星も萌も、首を傾げる仕草をしていた。
「少し、確認したいものがある」
「「確認したいもの?」」
わたしとはかぶらないのに、星と萌はぴったり台詞が被っていた。タイミングの問題か、あるいは相性の問題か。
気を取り直して、説明をした。
わたしが確認したいのは、おそらくお袋が落ちたと思われる穴、あるいは崖だ。
お袋はそこに落ちたことで死んだ。だから、それを見つける。もし見つからなければわたしの推理は間違っていたということになる。
「いろいろ分からないけど、探すって、『山』中探すってこと?」
萌が辟易している。まさかわたしも『山』中を探そうとは思わない。
「多分この頂上にあるはずだ」
お社にある献花は、きっとお袋に対する献花のはずだ。そしてこの山に一番頻繁に登っていた親父は、オカルトや宗教といったものを嫌う。お社への献花は別の意味を持っていると考えた方が自然だ。
もし道中でお袋が死んだとすれば、そこに花を置くだろう。
「その理論で行くと、伯母さんはお社の近くで死んだことになるんだけど」
「そのまさかだ」
萌が眉を寄せた。わけが分からないのだろう。だけどそれは正しい。
わたしが初めてこのお社を見た時の感想は、新築のように綺麗だったというもの。もしそれが本当に新築だとすれば、そのことには納得がいく。
「ど、どういうことだよ?」
「えっとだな――」
「――わたしが説明しようか」
・・・・・・え?
一斉に振り返ると、一人の男が立っていた。そしてわたしは、その人をよく知っている。
「・・・・・・岳にい?」
「久しぶりだね、空」
切れ長の瞳が、眼鏡越しにわたしに向けられていた。凄まれているわけでもないのに、竦みそうになる。
昔からこうだ。岳にいがわたしに具体的な危害を加えたことなんて一度もない。わたしは良い兄貴だと思っている。けど、時々感じる不気味さは、一体どこから来ているのか。
わたしにとって、得体が知れないのだ、岳にいは。兄弟なのに。
今だってそうだ。今日は確かに祝日ではあるけど、高々5連休に地元に帰ってきて、しかも実家に寄らないという行動は謎すぎる。
「いいかな、空」
「い、いいけど、岳にい?」
「わたしも、母の死因についていくらか調べていたからね」
それ以上の追及を許さぬ口調で、岳にいはぴしゃりと言った。
そのまま、岳にいは滑らかにわたしの言いたかったことを、裏付け含め話してくれた。
ちょうどお袋がなくなった時期、このお社は立て直しされている。地元のごく一部の人が管理していたようだが、あまりに古すぎて壊れた。
そこで新しく立て直している最中、事件が起こった。
このお社の下には、おそらく穴か崖がある。それも一度滑ったら最早上がることも叶わないかなり深いものだ。
以前はお社で隠れていたそれが露出し、お袋はそこに落ちたのだ。
「けど、そんなもんあったら普通気を付けるだろ?」
「・・・・・・だからお袋は自分で落ちたんじゃない。親父に落とされたんだ」
萌と星の目が見開かれる。
これが、わたしが導き出した事件の真相だ。
語弊がないよう言っておきたいが、親父は故意にお袋を突き落としたのではないと思う。ただなんらかの過程があって突き飛ばしたら落ちてしまったといったところだろう。
何故なら、お袋の幽霊を見た親父の反応が、恐れるものだったからだ。
昨日のあの犯罪者は、愛する人を殺そうとして失敗して、けれど怒っていた。もしお袋に非があって親父が故意に殺したのなら、お袋の幽霊を見てそこまで狂乱するとは思えない。
親父の中に、自分に言い訳すらできないほどはっきりとした罪の意識があるということだ。
「そういえば伯母さんの幽霊がって言ってたわね」
「本当は幽霊じゃなく、わたしの写真を見たんだろうけどな」
わたしと大地の誕生日、陽子の浮気騒動の一件で萌がわたしの写メをとっている。出がけに大地に訊いたら、誕生日の次の日にその写メを親父に送ったらしいのだ。
わたしはお袋とかなり似ているようだ。特に最近の髪型はお袋が死んだ当時していた髪型と同じらしい。写メを見た親父は、気が動転した。
黙り込んだ二人を前に、岳にいは淡々と語った。
「実はね、わたしは少し当時のことを覚えているんだよ」
当時岳にいは6歳。少しぐらい覚えていたっておかしくはない。
「なんとも言い難い切迫した顔で部屋の隅にかがむ父と、かつてないほど顔を険しくした祖父と祖母。葬式はやった覚えがない」
詳しいことは知らないが、死亡届なんかは出したのだろうか。一体お袋はどういう扱いになっているのだろう。
岳にいが話すのをやめると、辺りはしんと静かになった。昼間だというのに木々の葉の陰に遮られてうっすらと暗く、お社も不気味さに拍車をかけている。
もしお袋があのお社の下で落下して亡くなったのなら、このひんやりと漂う不気味さは正当なものなのかもしれない。
やがて、萌がふらりと覚束ない足取りでお社へと近づいた。そのまま、お社の下にできている濃い陰を覗き込む。
萌が首を振った。
「見えないよ」
すかさず岳にいがにこりともしないでアドバイスを送る。
「石を投げて御覧」
言われた通り、近くにあった小石を萌がサイドスローでお社の下に投げ入れた。
するとカンッという乾いた音が鳴った。金属音だ。
おそらく穴か崖の上に掛けてあるトタンなんかにあたったんだろう。正直、予想はしていた。
「これで、物証は出ず、か」
「え、なんで? どう考えたって伯母さんが落ちた場所の上に掛けてあるものでしょ?」
「そうとは言い切れない。なんの脈絡もなく金属板が置いてあるだけかもしれないから、そうするとその金属板をどかしてみなければ分からない」
お社の下は人が入れるほどのスペースはない。詰みだ。
「・・・・・・空、一つだけ突っ込むけど、仮に穴みたいなものが見つかったとして、それは状況証拠にしかならないからね?」
岳にいに手痛い言葉をもらった。
「・・・・・・それもそうだな」
とりあえず、ごまかしておくことにした。

岳にいは早々に下山していった。どうやらこの件について親父たちと話し合うために帰ってきたらしい。
全く、読めない人だ。
「ここで、お袋・・・・・・母さんが死んだのかもな」
お社の前で手を合わせてみた。少し萎れた花が微風に揺れている。思えばこうしてお袋に向けて手を合わせるという行為は初めてだ。
お袋か。元気です、とか心の中で言えば死後の世界にも通じるのかな。
目を瞑ってしばらく何を言ったものかと考えていると、隣でパンと軽快に手を打つ音が聞こえた。
「えっと、空のお袋さんへ。空はおれが責任もって幸せにするんでご心配なく――」
「はぁっ?」
意味が分からん! いつの間にわたしと星が結婚することになった!
仰天と憤怒で隣を睨みつけると、思ったより真剣な表情が帰ってきた。どうやら大真面目に言っているようだ。
「空、おれはお前がおれのことどう思ってるか知らんけど、ぜってぇおれのもんにすっから」
昨日の今日で何があった。確かに今日返事はすると言ってある。そのくせ返事をしてないもんだから気がないと思われたって仕方がないが、それにしたって吹っ切れすぎだろ。
なんだか違和感がする。この場で返事をすると何故だが壮絶に後悔する気がしてならない。
萌はさっき岳にいと一緒に下山すると言ってもうここにはいない。だから星と二人きりなんだけど、今まで培われた経験からくるこの予感めいたものを無視してしまっていいのか?
・・・・・・まぁ、やらないで後悔してしまうぐらいなら、やってしまおうか。
「星、その、なんだ」
うん、想定通り、あるいは想定以上にこっぱずかしい。そもそも恋愛ごとというものに異常なほど疎いわたしだ。人よりか敏感そうな萌ですら自分のことは恥ずかしいのに、わたしならなおさらだっつーの。
なんて、心の中でぐちぐち言い訳しまくっているわけにもいくまい。覚悟を決めろ、篠山空。
じっと見つめる先で、星はこちらを見つめ返してくる。その瞳には、昨日も見えたあの光。
ふと脳裏に昔の情景が浮かぶ。思えばしょっちゅう一緒にいたな。クラスも結構一緒になったし、放課後も一緒に遊んだし、友達の中で一番付き合いが多いのは星か。
「わたし」
きっと、大丈夫だろう。お互い知り尽くした相手だ。うまくいくさ。
「わたしも、星のこと、好き」
やばい、顔全体が熱い。このままじゃ恥ずかしすぎて死んでしまう。
「・・・・・・かもしれない」
「かもしれないってなんだよ!」
呟いたつもりだったのに、聞こえてしまったらしい。大きな声で突っ込まれた。
「し、仕方ないだろ! そんなの意識したことなかったし!」
「だったら断りゃいいだろ!」
「それもなんか嫌だから『かもしれない』っつってんだよバーカ!」
「バカたぁお前のことだろ!」
わたしの口からなだれのように溢れる言葉は、わたしからしたって照れ隠しにしか聞こえない。
もう、もう、こんな事態は二度とごめんだ。
「で、空」
「なんだよ」
「付き合ってくれ」
「・・・・・・ん」
頷きながら、わたしは星から顔を逸らした。
そしてちらりと見える、髪の束。強烈なデジャビュ。
ああ、やっぱりわたしの勘はあたっていたようだ。本当、返事するんじゃなかった。
「萌、こっちに来い!」
「やぁだね!」
2回も登ると一通り道を覚えたのか、萌は一目散に登山道を下り始めた。
きょとんとしている星を置いて、わたしも猛ダッシュを敢行する。
「だぁぁぁもう! なんで毎度こうなんだよ!」
思わず魂の叫びが漏れてしまったわたしだった。

「なんか、あっという間だったね」
翌日、帰宅までの時間を考えて昼前には実家を出た。親父たちはいつも通り畑に行っていて、結局会ったのは朝が最後だ。
『山』での一件の後、帰ると岳にいが畑から親父たちを呼び戻していた。
わたしや萌、それに海人、大地、陽子の5人は2階から出ることは禁じられ、しばらくなんとも言えない雰囲気のまま沈黙が続いた。
その間一度だけ、岳にいが2階に上がってきて、わたしに尋ねた。
「空が解き明かしたんだし、空に訊こうか。今回の件、どうしたい?」
主語はなかったが、親父たちの処遇を聞いているのは明白だ。特にわたしの推理に訂正がなかったところを見ると、おおむね合っていたらしい。
いくら故意ではなかったとはいえ、お袋を殺してしまったのは事実だ。警察に通報し、場合によっては裁判沙汰になるかもしれない。
仮に情状酌量などで事故の一件が罪に問われなくても、それを今日まで隠し通してしまったことは明らかにまずい。むしろそちらの方で罪が重くなる可能性だってある。じいちゃんやばあちゃんにまで煽りが来るかもしれない。
わたしは当初の目的を思い出していた。
わたしは、別に親父に自分がやらかしたことを突き付けたくて今回の推理をやったわけじゃない。ただ、お袋の死の真相が知りたかっただけだ。
だから悩んだ。真相を突き止めることで、幸せになれるわけじゃない。その反対になることだって十分有りえた。そして実際なってしまった。
それでもここまで来た。ならばわたしがすべきことは。
「しっかり、清算しよう」
その後は、普通に食事をして、最後は陽子と萌と一緒に風呂に入って、早めに就寝した。
朝、起きると親父が庭に立っていた。
「空、ありがとう」
わたしに気付くと、親父がわたしに頭を下げてそう言った。生まれて初めて、親父にこんなしっかりと頭を下げられた気がする。
というか、なんでわたしは親父に頭を下げられているのだろう。
「どうしたんだよ、急に」
「母さんのことだ」
そうだろうけど、わたしは何か感謝されるようなことをしただろうか。むしろ怒鳴られてもおかしくはない気がする。
わたしの顔が余程変だったのか、親父は軽く笑いながら空を仰いだ。
「おれはもっと早く、母さんのことに向き合うべきだった。でもその勇気がなくてずっと黙ってた。向き合わせてくれたのはお前だよ、空」
そのとき、わたしは唐突にあの夢のことを思い出した。
あれは、親父だ。
海人と一緒に『山』に立ち入った後、わたしと海人は親父に見つかった。
そのとき、親父は怒りながらわたしたちを抱きしめ、そのまま泣いていた。
こっぴどく叱られたと覚えていたのは、親父のその反応を見て、ああ自分は本当にやってはいけないことをしたのだと悟ったせい。
あれほど大切にしてもらっていたことを、今はっきりと痛感した。
わたしは、親父の言葉に対して、こう返した。
「親父こそ、わたしを育ててくれてありがとう」

大地と陽子はわたしたちよりさらに遠い場所から来ているため朝ごはんを食べたらすぐに帰って行った。
帰り際に大地に意味深なウィンクと、陽子におめでとうと言われた。とりあえず大地は今度会ったときに殴る。
岳にいも早々に引き上げていった。今度来るときは、いろいろ準備してくるらしい。
そして海人に送られて、わたしと萌は駅に着いた。
「たまには帰ってこいよ」
「・・・・・・気が向いたらな」
「萌ちゃんもいつでもおいでな」
「ありがと、海人おじちゃん」
・・・・・・どうやら、この5日間で海人は弄られキャラ認定されたらしい。
口を大開にしたままフリーズした海人を放置して、わたしたちは駅で切符を買った。
そこに星が駆け付けた。思わず顔が熱を持ってしまい、視線を落とす。
「萌ちゃん、ありがとな」
「んーん、気にしないで。あたしも空の面白い姿いっぱい見れたし」
「それはどういう意味だ」
訊ねた途端、二人の顔が不敵に歪む。
「「『空を落とそうぜ計画』大成功!」」
「お前らなぁ」
もう呆れ果てて怒る気にもなれないよ、まったく。
「いつからやってたんだ、そんなの」
「星くんと初めて会った日から」
道理で妙に息が合うと思った。2日目の夜に萌が覗いていたのも、3日目に男を追いかけていたわたしの前に都合よく星だけ現れたのも、昨日のあれも、全部そういうことだったからか。
萌、家に帰ったら覚えとけ。この5日間分、きっちり利息付で返済してやる。
その後少し、三人で話した。他愛のない、学校であった時に話していたような話題。
歓談の時間は、すぐに過ぎてしまった。
「・・・・・・そろそろ時間だな」
「そう」
「そっか」
さて、行くか。
歩き出したわたしの肩を、大きな手が思い切りつかんだ。
いたっと声を上げる間もなく振り向かされて、気が付けばわたしは星とキスをしていた。
目の前が星の顔でいっぱいになる。同時に、思考がすべて吹っ飛んだ。
唇が繋がっていたのはほんの数秒、星は何事もなかったかのようにわたしから離れ、手を振った。
「それじゃ、たまには帰ってこいよ」
何も言えないまま、わたしは改札をくぐった。

そして今、人気のない電車の中で萌と二人揺られている。
「そうだったな。なんかいろいろあり過ぎた」
「そうね。でもあたしは楽しかったな」
「また来るか、今度は翔己も連れて」
「星くんも一緒に遊ぶのよね?」
こりゃしばらくはお互いからかいあいになるな。
ま、でもそれがわたしたちらしいか。
「そういや萌さ、『あたし』にしたんだな」
「うん。おばあちゃんに言われた。名前だと子供っぽいって」
流石、こんな事態になっても抜け目ないばあちゃんだ。ばあちゃんが生きてる限り、我が家は大丈夫そうな気がしてくる。
萌と話していると、不意にポケットに入れたままの携帯がぶるぶると震えた。
「あ、そろそろかな」
「何がだよ」
訊きながら届いたメールを確認すると、なんと畑仕事中の親父からだ。
文面は、
『次回、こんな成績を、とってきたら、もう仕送りなし』
一瞬、なんのことか分からなかった。そして徐々に休みボケした頭が回転し始める。
そういえば前期の成績は、惨憺たる結果に終わっていたような。でもそれは、大地には内緒を確約させたし、まさか陽子が知っているはずも、仮に知っていたとしてバラすはずもない。
ってことは、答えはただ一つ。
「萌」
「なぁに、おばあさん?」
「・・・・・・帰ったら、ぜってぇ泣きべそかかしてやっからな」
この従妹との関係は、いつまで続くのだろう。
そしてごめん星、わたしもう卒業するまで実家に帰りたくないわ。

わたしといとこ 了


 


読了ありがとうございます。思った以上に長くなってしまいました。Wordによると文字数30000字以上。そのくせやたらと場面転換が多く、駆け足です。本当申し訳ないです。

ひと月近くかけて制作しているので、空の口調がぶれまくってます。誤字脱字やおかしなところがあったら教えていただけるとありがたいです。
一応ミステリー志向です。ミステリーはプロットなしでやるもんじゃないですね。これはどう考えたってミステリーもどきにすらなっていませんが。

ちなみにシリーズ名は「わたしといとこ」にしました。これにて完結です。全て読んでいただいた方、本当にありがとうございました。

最終更新:2014年03月17日 19:17