2010年05月21日(土)21時36分 - すばる
男は視界を覆う青い天井と、そこにぽっかりとあいた、黒い穴を見上げた。エレベーターは、その穴に吸い寄せられるようにまっすぐ昇っていく。男は防寒具がしっかりと閉まっているかどうかもう一度確認し、身震いした。たとえ何度目であろうと、この場所に来ると恐怖を覚えずにはいられない。高さにはなれてしまったけれど、この先に待ち構えているものへの恐怖心はどうしても拭いきれない。
やがて男は穴の中を通り抜ける。どくんどくんという心臓の音が、数瞬ごとに強くなっていくのを感じる。もう、引き返せない。
ごうごうと強烈に吹く風が、ただでさえ恐ろしく寒い外気をより一層強め、針のような寒波が全身に刺さる。気をゆるせば吹き飛ばされてしまいそうだ。だけどここから解放されるためには仕事を終わらせるしかない。男は前かがみになりながら、ゆっくりと歩を進める。視界に見えるのは、灰色に染まった空と、どこまでも続く荒涼とした大地。そのところどころに、ぽつぽつと白い針のようなものが立っている。その先端に取り付けられた三つのプロペラが、絶え間なく動いている。仕組みは知らないけれど、電気を作り出す風車はドームの生命線だという。あちらのメンテナンスも、この仕事と同等か、それ以上に大変だろう。給料は高いが、それでも割に合う仕事かどうかは疑問だ。この恐ろしく分厚い天井が、いったいどんなことがあれば壊れるというのか。いつ見ても、ところどころに溶けたようなあとが見受けられるが、それでも到底貫通するということはありえまい。そういえば、なんで天井の内側は青く塗られているのだろう。考えは及ばないが、何かしらの理由があるような気がした。でなければ合理主義のお上がそんなことをするはずがない。空は灰色で、暗く淀んでいる。
次いで男は、視線を大地へと降ろす。一瞬だけ、何か動くものが見えた気がしたのだ。プロペラではない、もっと下のほう、地面の真上だ。見渡す限り続く砂の上に目を走らせる。果たしてそれを視界にとらえた。砂の上を歩いていくそれは人間のようだった。一瞬作業員のようにも思えたが、たぶんそれは違う。布をまとっている様子はどう見ても軽装すぎる。おそらく罪人だろう。布きれ一枚で外に放り出す追放刑は死刑と大差ない、むしろ死刑よりも酷い刑かもしれない。ドームを追われるその姿は、エデンより追放されたアダムとイブを連想させる。ああいう風には、絶対になりたくなかった。
男はその罪人から視線を外し、作業に戻る。とにかく、一刻も早く中に戻りたかった。