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黒い帽子と白い帽子の村

2011年05月12日(木)04時02分 - ikakas.right

 

第一話 暗殺者と時計の村
第二話 黒い帽子と白い帽子の村 ←今ここ
第三話 吸血鬼と銀の弾丸の村

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 私たちが歩いているのは、森の中の獣道にしてはまっすぐで平坦で、とても歩きやすい道だった。これはもう獣道ではないのかもしれない。私の相方の尻尾は今は歩みに合わせて少しだけ揺れているけれど、本当に足場の悪い獣道だったら体のバランスをとるためにもっと揺れる。
 あちこち見て回った、というほど私は長く旅をしているわけではないけれど、これまでに見てきた森と比べるとここは木と木の間隔が広くて見通しがいい。
 だから、村に着くずっと前からその村の外壁は道の先に見えていた。
「あれ、だよね……」
 歩きながら、前を行く相方──拓堵にそっと尋ねる。
「あぁ」
 そっけない返事。あの壁、特に気にしてないのかな。私の知っている村はどこも背の低い木の柵が村と外との境界だったけど、次の村はどうやら灰色の石の壁がその役割を担っているらしい。のっぺりとした壁は何だか威圧感があるし、中が見えないっていうのはそれだけでちょっと怖い。
「あんな村もあるんだ」
「壁のある村はそう珍しくはない。村に入る前に中の景色が分かると、都合の悪いロジックというものもある」
「へぇ。……じゃぁ、拓堵は、あの村がどんなところか、予想つく?」
 拓堵の頭上に突き出た狼の耳がぴくりと動き、彼は首を横に振った。
 いよいよ壁が近づいても、村の内部については何も分からなかった。とりあえず小さな扉があって、それが入村ゲートみたいだ。扉の幅の狭さからすると、一人ずつ村に入ることを要求しているらしい。
 拓堵はちらとこちらを振り返って私の顔を見、
「……俺から行こうか」
 と聞いてきた。何となく私を気遣ってるような。
「あ、うん」
 ……何だろ、不安が顔に出ちゃったかな。
「癒もすぐ来るといい」
 拓堵は私にそう言い残して扉の向こうに消えた。私は村の外に一人取り残される。
 こういうとき、拓堵は頼もしい。私より場数を踏んでいるからか、それか元々そういう性格なのか、得体の知れない村にも臆せず入っていける。まぁ、不安とか動揺とかが表に出ないだけなのかもしれないけど。
 それか、狼の拓堵は肉食だから、肉なんて滅多にない外の世界より村の中にいたいって気持ちが強いのかな。私なんか草食だから、村に入らなくてもとりあえず食を繋ぐことはできるんだけど。
 ──そろそろ、私も入ろうか。
 最近嫌なロジックの村が続いていたから、ちょっと身構えてしまうけれど。
 大丈夫、どんな危険なロジックが待ち構えていようと、拓堵が何とかしてくれる。
 私はそう自分に言い聞かせて、扉の取っ手に手をかけた。

「うー……耳がむずむずする……」
 村へ入ると同時に私は頭に帽子を被らされた。暗い中で被らされたのでどんな形かは分からないけれど、
「この手の村か」
 と呟く拓堵の頭の上の黒いとんがり帽子を見ると、それと同じようなものが私の頭上にもあるらしい。魔女の帽子か、あるいは小人が被る帽子みたいだ。
 帽子を被ることに何か意味があるのだろうか。耳を隠すのが目的なら、種族を当てる類のロジックなのかな。
「それにしても、何ていうか」
 私は改めて村の景色を見渡す。
「平和そうな村だね」
「あぁ」
 平和そう、というか、普通の村だ。畑があって、ぽつぽつと小さな家が並んでいて。村の周りを灰色の壁が取り囲んでいるのがちょっと気にはなるけど、全体としてはとても穏やかな印象を受ける。
 畑には農作業に従事している村民の姿があって、彼らは皆同じような形の帽子を被っていた。けど色は二種類ある。黒か、白かだ。
 私と拓堵が入り口付近で立ち止まって村の景色を眺めていると、
「おーい」
 と、白い帽子を被った一人の村民が声をかけてきた。背の高い女の人──人間かどうかは分からないか。帽子で耳が見えないし、裾の長い服を着ていて尻尾があるかどうかも見えない。種族を判断する材料は耳と尻尾くらいしかないから、その二つを隠されると彼女が何者か判断することができない。
「お前さん方、もしかして新しく来た人かい?」
「あぁ」
「そうか、また妙なタイミングで来るもんだね」
 彼女は意味ありげな笑みを浮かべてそう呟く。
「まー、とりあえず歓迎しておこうか。私は冬子。よろしくお願いします」
 冬子と名乗った村民は私たちに手を差し出した。
「拓堵だ」
「い、癒です」
 私たちは名乗り返し、彼女とそれぞれ握手を交わす。
「あー……最初に言っておくけど、ここのロジックはそんな危険なもんじゃないよ。こう、誰が死ぬとか殺すとか、そういう文言は一切書いてないから安心して」
「え、本当に?」
 私がそう聞くと冬子はあぁと頷いた。
「かなりわかりやすいし、……そうさな、私が知ってる中では一番簡単だね」
「はぁ」
 冬子からは何だかさばさばして快活な人という印象を受ける。そういえば私たちに気づいてこちらに眼を向けるほかの村民も、どこか明るくて優しそうな顔をしている。
「何か、雰囲気のいいところだね」
 私は拓堵にそっと囁いた。拓堵はちらりと私のほうを見て、
「あぁ」
 とだけ答えた。

 冬子は親切にも私たちを村の石碑へ案内してくれた。
 石碑への道中では多くの村民に声をかけられた。冬子によると、新しい村民がこの村へ来ることは初めてらしい。それで珍しがられているのだろう。
 それにしても思ったより大きい村だ。敷地はそこまで広くなさそうだけど、村民は数百人くらいいるかもしれない。村民は例外なく白か黒かの帽子を被っていた。この帽子、どんな意味があるんだろう。
「ほれ、こいつがこの村の掟だよ」
 石碑の前に着くと、冬子はその小さな石碑に手を置いてそう言った。
 ──そう、小さい。この石碑はかなり小さい。つまりそこに書かれているロジックも比較的短く、とても単純なものだった。

『黒い帽子と白い帽子の村』

 この村の村民は、全員が常に帽子を被っていなければならない。
 帽子には二種類あり、黒い帽子か白い帽子、いずれかが入村時にランダムで渡される。
 村民は自分以外の者の帽子の色を見て知ることは出来るが、自分の帽子の色を見て知ることは出来ない。
 村民は昼間は家の外に出、夜間は一人一軒ずつ与えられている家の中に一人でいなければならない。
 自分の帽子の色が分かった村民は、夜の間に村を出て行かなければならない。帽子の色が分からない者は村から出て行くことは出来ない。
 一度村を出た者は二度と村へ入ることは出来ない。
 村民が被っている帽子がすべて同じ色でない限り、村民同士の会話において、相手の帽子の色を直接的・間接的に教える・尋ねるような発言をすることはできない。

 これだけだ。
「帽子の色が分かったら退村しなければならない……?」
 まぁ簡潔にまとめるならそういうことになる。
 でも、最後の行──相手の色を教えることが禁じられている、ってことは、……誰も自分の帽子の色なんて分かりっこないんじゃ?
 あ、待て待て、自分以外の人の帽子の色は分かるんだから。
「冬子さん」
「ん?」
「黒い帽子がいくつあるかとか、帽子の数の内訳は分からないんですか?」
 黒帽子が全体で何個あるか分かっていれば、他の人の帽子の色を全部調べて自分の帽子の色を割り出せる。
「あー……うん、いや、少なくとも明示されてはいないね。お二人さんが来たことでそれぞれの色の総数は変動したけど、どれくらい変わったかとか、そういうことは村からは提示されない」
「え、でも──」
 冬子さんは分かるんですよね、と聞こうとして、何故か私は言葉を飲み込んでしまう。……あ、あれ? 口が、思うように動かない……?
 冬子はそんな私の様子を見てにやりと笑う。
「そりゃぁね。私はお前さんの帽子の色を知ってるよ。けどそれを聞いちゃいけない。それがこの村のロジックっていうかね。まー要は、帽子に関しての情報のやり取りはなし、ってことさ」
 そう。そうなんだ。
 だから、分かりっこない。ということは。
「拓堵、私たち、」
 ずっとこの村から出られないの、と言おうとして、またしても私の口は意識とは無関係に閉ざされてしまう。
 ……今のは何で言えなかったんだろう。
「この村から出られるか否か、みたいな会話も禁止」
 冬子は私の心中を的確に読んで説明を加える。
「そういう会話が出来たら、村を出られるって相手が思っているか否か、って情報が伝わるよね。それは帽子の色に関する情報をやり取りすることに繋がる。ま、面倒かもしれんけど、あれだよ、慣れれば気にならなくなるって」
「は、はぁ」
 ということは、本当に私はこの村から出られないかもしれない、ということになる。というか出られない。
 いや、でも。
 周囲を見回してみれば、豊かな畑が広がっていたりそれなりに活気付いた市場があったり、石碑に繋がる大通りは人が多くて賑やかだし、やっぱり雰囲気のいいところだ。
 ここなら、出られなくても……ここが旅の終着点でも、いいのかもしれない。
 少なくとも、私はこの村を出られないということに対する恐怖は感じていなかった。

 それから私たちはしばらく村の中を歩いた。
 やっぱりこの村は雰囲気のいい村で、村民はみんな私たちに親切にしてくれた。野菜や肉などの食料をお金を取らずに譲ってくれたりもした。普通なら考えられないというか、そんなことをしてくれた村は初めてだった。
 そうだろうとは思っていたけど、村には川や湖みたいなものはなかった。自分の姿を映して帽子の色を確認するような手段はない、ということのようだ。
 やがて長い昼が終わり、日が傾いて村は夕暮れ色に染まる。
「さて、この村はどうだった?」
「あの、とってもいいところだって思いました」
 村の広場のベンチに腰を下ろした私と冬子は、歩き回って疲れた足を休めていた。ちなみに拓堵はまだ一人で村を歩き回っている。何か確認したいことでもあるのかな。
「そりゃよかった。そう言ってもらえてちょっと嬉しいよ。この世界、村民に不快な思いをさせる村が何か多いからねー」
 冬子は小さく肩をすくめ、懐から扇子を取り出して顔を扇いだ。
「お前さん方を最初に見たときさ、何となく、色んな村を見てんのかなーって思ったんだけど、実際どのくらい旅してるん?」
「あ、私はそんなに長くは。拓堵は、……拓堵はよく分からないですけど、多分かなり長いと思います」
「へぇ」
 私と出会う前に拓堵が何をしていたか、私は全く知らない。どんな村にいたのかとか、何故旅をしているのか、とかも。聞けばすんなり答えが返ってくるのかもしれないけど、とりあえず私のほうから聞いたことはないし、あの拓堵だ、自分からは絶対にそういうことを言わない。
「っていうかお前さんヤギだよね。羊?」
「あ、ヤギです」
「うん。で拓堵って多分狼でしょ。単純に疑問なんだけど、何で一緒にいんの? あー、まぁ気分悪くさせたいわけじゃないんだけどさ。……何で喰われないんかなーって」
 何だかいきなりすごいことを聞かれた気がする。でもはっきりとは答えられない。
「さ、さぁ……」
「さぁって。お前さんも変わったヤギだね」
 冬子はくすくすと可笑しそうに笑う。
「……私が住んでいた村に、あるとき拓堵がやってきたんです。で、何というか色々あって、私はその村にいられなくなって。村を出て行かないといけなくなったとき、拓堵が言ったんです。他に住めそうな村を探すか、って」
「ふーん。定住地を探す旅ってわけか」
「はい」
 外の世界に出て、私は故郷がどれほど安全な村だったか思い知らされた。この世界にある全ての村はロジックと呼ばれるルールによって支配されており、村の敷地にいる限りはそのロジックに強制的に従わされる。そのロジックは残酷で無慈悲なものも多く、個人の考え方を捻じ曲げてしまうようなものもいくつか見てきた。
「この村が、初めてかもしれないです。ずっと暮らしてもいいかなって思ったのは」
「なるほどね」
 冬子は不思議な笑みを浮かべたまま夕焼け空を見上げていた。私の発言に対して何か思うところがあるようなのだが、彼女はそれを口にしようとはしなかった。あるいは、口に出来なかったのかもしれない。

 村に夜が訪れる。
 私は拓堵や冬子と別れ、私にあてがわれた家に入った。一人用の小さな家だったけど、まぁ、昼の間は家の中にいてはいけない決まりだし、寝るだけなら十分事足りる。
 夜の間は家に自動的に錠がかけられる。自分の帽子の色が分かった村民は夜にその旨を家の中で宣言し、その論拠が完璧ならこの錠が外れて夜の間に村を出て行くということらしい。
 私は寝台に横になって天井を見上げた。……当たり前だけど、横になっても帽子は外れない。
「はぁ……」
 何だか、不思議な気持ちだ。まだここで暮らすという実感が沸かない。いや、でも帽子の色を知る手段はまだ見つからないし、見つからない限りはこの村にいなければならない。この村で暮らさなければならない。
 でも、もし仮にまた旅に出て行けるとしたら、私はどうするのだろう。
 ここに留まるか、旅を続けるか選択することが出来るとしたら……。

 朝になると扉のほうでがちゃりと音がして、自動的に錠が外れた。私が家の外に出ると再び錠がかけられる。
 家から出るタイミングは皆同じのようで、近くにある家から次々と村民が姿を現した。
「おはよう」
「おはようございます」
「おはよう!」
 村民の間で起床の挨拶が交わされる。
 ……あれ?
 家から出てきた村民の姿に──いや、その帽子の色に違和感を覚える。昨日は白と黒、両方の色が混在していたのに、今朝は黒い帽子を被っている者が見当たらない。
 それに、村民の数も、心なしか減っているような……?

 村の中心にある広場に着く頃には状況はかなりはっきりしていた。
 黒い帽子を被った村民が一人もいない。ということは、黒帽子は昨晩村を出て行った、ということになる。黒帽子全員が、一斉に? そんな兆候は全く無かったはずなのに。
 そういえば、拓堵はどうしたんだろう。拓堵の帽子も確か、黒……。
「やー。おはようさん」
 その声に振り向くと、背伸びをしながらこちらへ歩いてくる冬子の姿が見えた。
「あのっ、冬子さん、これって……」
「ん? んー……黒帽子は消えたっぽいね」
 冬子はさも当然であるかのような口調で言った。
「それってどういう……」
「自分の帽子の色が黒だってわかったってことだよ。それ以外に言いようがない」
「は、はぁ……?」
 黒帽子が消えたことよりも冬子の冷静な態度に困惑していると、道の向こうから黒い影がこちらへ歩いてくるのが見えた。あれは……。
「拓堵!」
 私は拓堵に走り寄る。拓堵はいつもと変わらない落ち着き払った調子で、あぁ、と応じる。
「ねぇ、黒い帽子の──」
 黒い帽子の村民が拓堵の他に一人もいない、と言おうとして、また私の口が勝手に閉ざされる。そうか、この言い方だと拓堵の帽子が黒だと教えてしまうことになる。
 拓堵は私をじっと見下ろして、
「……こうなるか」
 と低い声で呟いた。

 拓堵はそれから村中を歩き回った。どうやら残った村民の帽子の色を検めているらしい。私も彼について村を回り、やっぱり拓堵以外の黒帽子は一人もいない、ということを確認した。
 本当に、一斉にいなくなってしまったんだ。
 黒帽子が消えたことで村民の数は半分ほどになっていた。彼らは昨日と変わらないような生活を送っているように見えたけど、とにかく数が減ってしまったためにあの賑やかさもやや失われてしまった。

 夕方になると、白い帽子の人々は揃って妙な行動を始めた。収穫した村の農作物などを分配し、それを各々の家に持っていく。誰もがそれを今なすべきことだと納得して粛々と行っている、といった様子だった。
「あの、冬子さん」
 私は野菜のたくさん入った籠を抱えて家に向かう冬子に声をかけた。
「ん? あぁ、癒か。拓堵も」
「それ……」
「ん、これね。私も野菜は好きだからね、持っていこうと思って」
「持っていくって、どこにですか?」
「……家にね」
 冬子は一瞬間を空けて答えた。
 その言い方から、何となく想像はつく。その食料をどうする気なのか。
 多分、冬子は──。
「お前さんに一つだけアドバイスだ」
「え?」
「どこかの村に定住するってことは、旅を続けるよりもずっと難しいよ」
 私にアドバイスだと断っておきながら、冬子は私の隣にいる拓堵の目を見ながらそう言った。拓堵は何も言い返さなかった。
 冬子は片手で私の肩を軽く叩き、
「じゃ」
 と言って彼女の家の中へと消えていった。
 気がつけば、もうほとんどの村民はそれぞれの家に入ってしまい、村は閑散としていた。夕焼け雲は燃えるように赤く、日没の近さを示していた。
「癒」
 拓堵が突然私の名前を呼んだ。
「……何?」
「あいつらのことは気にするな」
「えっ?」
 あいつら、って、この村の村民のこと?
「お前は、……俺とお前のことだけを考えていればいい」
「はぁ。……はぁ?」
 いきなり何を言い出しているんだろう。っていうか、二人のことだけを考えろって、え、何……?
「念のために……石碑を読み返さないといけない。……しっかり読み返せ」
 拓堵は私の顔を正面から覗き込んでそう言った。表情の変化は乏しくとも、その目と声色から何か真剣に伝えようとしていることがあるらしい、ということは分かる。けど、一体何を……?
「え、えっと、何かな?」
「もう一度いう、二人の……ことだけを考えれば……俺とお前のことだけを考えろ」
 拓堵にしては妙に歯切れが悪い。何だろう、一体。
 その意味を問いただしたいのは山々だけど、もう時間がない。日が沈んでしまう。心なしか拓堵の顔にも焦りが浮かんでいるような気がした。
 結局、最後まで拓堵が何を言いたかったのか今一つ分からないまま、夜が来てしまった。私はもやもやした気持ちを抱いて自分の家に入った。

 家の戸を閉めると重々しい錠の音が響く。何だか閉じ込められているようであまり気分のいい音ではない。
 寝台に寝転がり、静かにため息をつく。
 ──何かが起ころうとしている。
 そういう予感はある。けれど、具体的なことは何も分からない。確かなのは昨日の晩に黒い帽子の村民が一斉に消えた、ということだけ。
 何かがあったんだ。この村で。私の与り知らないところで。いや、それは少し違うか。私はこの村のほとんど全てを知っているはずなんだ。ただ気づいていないだけ。少なくとも村民の去就については、石碑に書かれている以上のルールはここには存在しない。つまり、村民が一斉に消えたのなら間違いなく彼らは自分の帽子の色が分かったんだ。同時に。私の気づいていない論理によって。
 拓堵は、……知っているのだろうか。彼らが消えた理由を。昼間の様子からすると、少なくとも私の理解の及ばない何かを掴んでいるようではあったけど。
 拓堵……。
 彼の教えが請えないということが、彼の助けを求められないということが、じわじわと私の心から温度を奪っていく。
 夜明けが来るまで、私の頭の中には形の定まらない不安が渦を巻いていた。

 次の日の朝、家の外に出た私は言葉を失った。
 どこからも挨拶の声が聞こえない。
 昨日はまだ白帽子の村民でそれなりの喧騒があったというのに、今朝の村は耳が痛くなるほどの静寂に包まれていた。
 私はしばらくの間、自分の家の前に立ちすくんでいた。今すぐ駆け出して拓堵がいるかどうか確認したいという気持ちもあったけれど、私は家の前から一歩も動くことが出来なかった。
 私が一人だけ取り残されてしまったという事実を確認することになったら、という恐怖が、私をその場に射竦めていた。

 昼ごろになると多少は混乱も治まってきて、私はとぼとぼと村の散策を始めた。
 やっぱり、誰もいない。
 あんなに大勢の人が行き交っていた通りはしんと静まり返り、私は道の真ん中を通るのが何となく怖くて道端を歩いた。畑には鍬や鋤が置きっぱなしになっていて、熟れた野菜は収穫されること無く放置されている。そういった景色は、つい昨日まではここが村民で溢れていたということと、今はもぬけの殻になってしまったという二つの事実を同時に私に見せ付けていた。
 拓堵の家の前にも行ってみたけれど、案の定彼の姿は無かった。まぁ、さして広くもない村をこれだけ探して見当たらなかったんだ。きっと拓堵も──出ていったんだろう。その帽子の色を知って。
 私は村の広場に行き、そこのベンチに座って空を見上げた。
 一昨日貰ったキャベツを齧りながら思う。この村のことを。
 まぁ……他の村民がどうあれ、私は自分の帽子の色が皆目分からない。だから、ここで暮らすことになる、んだろう。この村で、これから、一人で。
 ……だって、だって! 分かりっこないんだって、そんなの……。
 白い帽子の村民が消えたのは、それだけを考えれば何とか説明はつく。仮に、黒い帽子の村民全員が何らかの方法で各々の帽子の色がわかったとする、そして一斉に村から出て行く。残った白帽子は、黒帽子が全員出て行ったのだから自分たちの色が白だと判断して出て行く。
 でもこの説明は拓堵という存在を考慮すると一気に怪しくなる。だって、拓堵は黒帽子だったんだ。現に拓堵が残っているというのに、黒帽子がいなくなったから自分は白帽子だなんてどうして判断できる?
 それなのに、白帽子は消えてしまった。しかも黒帽子であるはずの拓堵も同時に。となればもう帽子の色がどうというより、私だけがたどり着いてない何らかの論理によってみんなは帽子の色を知った、と考えるべきなのではないか。私だけがのろまで、その論理に気づかなくて、結果取り残された、という……。
 これはそういう結末なんだ。きっと。
 青空の下、私は自分の肩を強く抱いた。

 ●

 俺は木の幹にもたれかかり、灰色の外壁を見上げていた。ついさっきまで俺が滞在していた村が、この壁の向こうにある。そしてつい先日まで俺と共に旅をしていた癒もまた、この向こうに留まっている。一人で。
 村を出たのは夜の間だったが、外の世界では既に夜は明けており、俺は村と外界の時差による眠気に耐えていた。論理村と外の世界では時間の進み方が違う。恐らく村の中では今ようやく夜が明けた頃だろう。
 癒はきっと家から抜け出して、村に残っているのが自分だけであることを確認するはずだ。それが彼女にとって想定内の出来事か否か、それは俺には判断できない。もし彼女がこの村のロジックを完全に解いているのなら──。
「あの子を待ってるのかい」
 背後で声がした。冬子といったか。あの女だ。
「まーここで一人先に行くくらいなら、最初から二人旅なんてしないわな」
 冬子は扇子で顔を扇ぎながら現れた。既に村を出ているというのに、水色のナイトキャップのような帽子を被っている。
「ほれ、差し入れ」
 冬子は肩にかけた篭からキャベツを一玉取り出し、俺に差し出した。
「俺は野菜は食えん」
 本当は食えないこともないが、味が嫌いだ。
「お前さんにやるんじゃないよ。あの子用」
 受け取りな、と冬子は俺にキャベツを押し付けてくる。一応次の村までの蓄えはあるが、ここは受け取っておくことにする。
 冬子は篭を地面に下ろし、俺の隣の草の上に腰を下ろして壁を見上げた。
「お前は行かないのか」
「ん? あー、気にせんでもいいよ。次に行く村は決まってるし、みんなにはちょっと遅れるって言ってあるしね」
 次に行く村は決まっている、ということは。
「お前たちは本当にあの人数で旅をしているのか」
「まーね」
 こいつは、俺たちがこの村に来たときに、旅人が新しく来るのは初めてだと言った。ということは、あのとき村にいた村民はかつて全員が同時に入村したということになる。だからこそ、黒い帽子の連中が一斉に退村するという展開が実現したのだ。
「どこかの村の出身か」
 数百人はいただろう、あれだけの人数が村から村へ共に渡り歩くとなると、皆故郷を同じくしているのだろうと俺は考えていた。だが。
「全員が全員じゃないね。一人じゃ旅が出来ないような弱い種族の連中がちょっとずつ集まって、であんな規模になったっていう感じ」
 そう言いながら、冬子は自分の帽子を外した。その帽子の下から、ヤギの耳が現れる。
「……いいのか」
「ん?」
「俺は狼だ」
 その帽子と裾の長い着物は種族を隠すためのものだと思っていたのだが。
「んなこと知ってるよ。っていうかどうせ臭いで分かってんでしょうが。それにお前さん、私の見たところじゃ、ヤギを喰う狼じゃないね。人を喰う狼だろ」
 やや目つきを険しくして冬子を睨む。冬子は物怖じしない様子で首をかしげた。
「まー私も弱い種族だからさぁ。色んなところでお前さんみたいな連中には痛い目見せられてきたんだよね。狼が人を喰う──人を噛む村も何回か経験あるよ。あれはひどい村だね。そんなんだから、狼は人を騙して喰らうってイメージが強いんだよね、私的には」
「間違ってはないだろうな」
「ん? んー……。いやさぁ。だから、正直言ってお前さんにあの子を託したくないんだよ。拓堵、お前さんのことを今すぐ私に襲い掛かるような危険な存在だとは私は考えてない。けど、一緒に旅をするってなったら私は拒否るよ、さすがに。あの子、無条件にお前さんに信頼を置いてるっぽいけど、それがどんだけ危険かってことをあの子は分かってない。知らないんでしょ? あの子、人狼の村を。あの村のロジックを」
 ……その通りだ。
 癒は、狼という種族がある種の論理村でどういう役割を担うか、その悪辣な性質を知らない。俺が──隠そうと意識したことはないが──それを彼女の目から遠ざけてきたからだ。
「まー、保護者はお前さんだからね。勝手に連れてくってわけにもいかない。でも保護者の許可があったら、あの子はうちで引き取る気でいる。どう?」
 そのほうがきっと癒のためにはいい。狼と本質的に通じ合えるのは同じ狼か、あるいは狂人だけだ。ましてやヤギなど、……近くにいればいつかは害をなしてしまう。俺の意図に関係なく、その時はきっと訪れる。どれだけ気をつけていたとしても、俺はいつか必ず癒を傷つけることになる。
「……少し考えさせてくれ」
 そう言うと、冬子はふっと笑った。
「あっそう。じゃぁいいよ」
「は?」
 冬子はどっこいせと腰を上げて着物から土を払った。
「悠長に決断を待ってる時間はないんで。もう行くよ、私は」
 随分とあっさり引き下がるものだ。何か別の意図があるのだろうか。
「面白い組み合わせだね。お二人さん。これから二人の関係がどうなるのか楽しみではあるけど……まーいいや。それじゃ」
 冬子は扇子をぱちんと閉じて懐にしまい、帽子を被りなおす。数歩歩いたところで振り返り、
「あと……あの子がこの村のロジックを解いて出てこられることを祈ってるよ」
 そう言ってにやりと笑うと、彼女は足早に去っていった。
 ……結局何しに来たんだ、あいつは。

 ○

 ようやく空が赤く染まり始めた。
 長い昼だった。誰と話すでもなく、何をするでもなく、ただ時間が過ぎていくのを感じるだけの昼を、私は相変わらず広場のベンチに腰を下ろして耐え忍んでいた。
 もらった野菜を齧ったりしてみたけど、それで気分が晴れるわけでもなく。そもそも私は村の中にいるのだ。ロジックの庇護の下では食べ物を口にしなくとも飢えで死ぬことはない。だから、食事に大した意味はない。
 食事以外には特に体を動かさなかったはずなのに、私は疲れ果てていた。一人でいることがこんなにも疲れることだとは思わなかった。誰とも言葉を交わすことが出来ない時間が続くことが、こんなにも心を空虚にすることだとは。
 私はウサギじゃないから、寂しくて死ぬことはないと思う。死ぬことも無く、この寂しさの中で──私は、ここで一人ぼっちで生きていかないといけないのか。
 自分の帽子の色を知らない限り、私はこの村から出ることは出来ない。
 ずっと、ここで、……。
「……嫌だ、そんなの」
 声に出してそう呟いても、その言葉を拾ってくれる人はいない。
 そうだ。嫌なら、もう自分で何とかするしかないんだ。
 ここに拓堵はいない。誰にも頼ることは出来ない。もう私は本当に、一人で、自分の力で答えを見つけなければいけないんだ。
 ここにいたくないのなら。
 私はゆっくりと立ち上がった。足元がふらつくけど、それは気持ちが弱まっているからだ。しっかりしろ、私。
 考えてみれば、絶対に解けないという問題ではないはずなんだ。だって、現に私の目の前でみんなはこのロジックの解を見つけて出て行った。だからきっと、これは解ける問題なんだ。
 考えろ。
 どうすれば私の帽子の色を知ることが出来る?

 私は石碑をもう一度読み直した。拓堵が最後に言った言葉を思い出したのだ。──念のためもう一度石碑を読まなければならない。あれがもし私に向けられたヒントだとしたら。つまり拓堵は私が一人で取り残されることを知っていて、けど直接答えを教えられないものだから、遠回りにヒントを残した、そうだとしたら。
 読み返してみても、やっぱり単純で明快なロジックだ。もしこの文の中に私に解を与える文言が隠されているとしたら、それはどの文だろう?
 ──村民が被っている帽子がすべて同じ色でない限り、村民同士の会話において、相手の帽子の色を直接的・間接的に教える・尋ねるような発言をすることはできない。
 よく考えたら、この最後の文章は少し長すぎないか? 帽子に関する情報の交換を禁じる、というだけの文言のはずなのに。前半の、『村民が被っている帽子がすべて同じ色でない限り』という文章、これはこの決まりに必要だろうか。これは帽子の情報の交換に関する特別な条件、という形になっている。
 ……例えば、村人がたった二人しかいなかった場合。
 もし二人の帽子の色が同じだったら、相手の帽子の色を教えることができるのでは? その場合、二人とも自分の帽子の色を知ることが出来る……。
 近い。分かりかけている。答えに近づいている気がする。
 ふと気がついて空を見上げると、そろそろ日が沈むようだ。ここから先は家に帰って考えよう。

 家に入ると扉が閉まって自動的に施錠された。
 私は寝台に腰掛け、帽子のロジックに考えを巡らせる。
 拓堵は更にこうも言っていた。
 ──俺とお前のことだけを考えろ。
 あの時拓堵は妙に歯切れが悪かった。あれはひょっとして、私に向かって言おうとした言葉が悉く情報交換禁止のロジックに引っかかって、伝えたいことが伝わらなかったからでは? つまり、あの時拓堵が言っていた二人のことだけを考えろというのは、そのロジックの網をすり抜けた彼のヒントだったのだ。
 二人のことだけを考える、っていうのはつまり──さっき私が考えたように、村人が二人だけだったら、と仮定するということだろうか。他の連中のことは気にするな、とも言っていた。となると、私と拓堵以外の白帽子と黒帽子のことは忘れていい、ということになる。
 ──ひょっとして、白帽子と黒帽子が消えた理由が分からなくても解けるんじゃ……?

 私は自分の頭の中だけに描いたその図式を何度も確かめ、それからそっと口を開いた。
「私の帽子の色は──白です」
 その言葉を言い終えるか終えないかのうちに、がちゃり、と扉のほうで音がした。見ると、家の扉は勝手に外へ向かって開かれていた。
「……はぁ」
 正解、のようだ。
 一気に肩の力が抜ける。と同時に、私の頭から帽子が床に滑り落ちた。白い帽子だった。
 やっぱりそうだったんだ。
 私と拓堵のことだけを考えれば簡単に解けたのだ。
 何故拓堵が村を出て行くことが出来たのか、それを考えればいい。私の帽子が白だとすれば、あの時拓堵から見て村には黒帽子が一人もいなかった。この場合、拓堵はただ確かめればいい。帽子の色に関する情報が交換できるかどうかを。結果、彼は情報が交換できないことに気づいた。つまり、この村にはまだ黒帽子が最低一人はいる。自分以外に誰も黒帽子がいないのだから、自分が最後の黒帽子なのだ、と。
 これは、私の帽子が黒かったときは成立しない。その場合は拓堵もまた自分の帽子が白か黒か判断できなかったはずなんだ。
 だから、拓堵が私の考えの及ばない未知の方法で自分の帽子の色を透視したのでない限り、──私の帽子は白ということになる。
 これが答えだ。

 村から出ると、外の世界は夕刻だった。入村・退村時は時間の感覚が狂ってしまう。けどまぁじきに慣れるだろう。
 拓堵は村の出口のすぐ近くにいた。……私を待ってくれていたらしい。
「あの、えっと……」
 何を言おうかしばらく迷った後、結局私は頭を下げて、
「ありがとうございました」
 と妙に改まった態度で謝意を述べた。拓堵は小さく息を吐き、
「いや」
 と素気なく返した。
 拓堵はもたれかかっていた木の幹から背を離し、森の道を歩き出した。私も彼についていく。
 拓堵のヒントがなかったら自力で答えにたどり着けたかどうかは正直怪しい。一人で解くなんて粋がっていたけれど、結局私は彼に助けられていた。いつも通りに。
 ……それじゃ、きっと駄目だ。この先は。
 私も考えないといけない。拓堵を頼ってばっかりだと、今回みたいなことがまた起きてしまう。拓堵だっていつも私を助けられる状況にいるとは限らないんだし。もし、拓堵の助けが借りられないような状況が今後あっても、私は自分に出来る限りのことをしよう。私だって、考えれば解ける問題だってある。
「そういえば」
「何だ」
 私はロジックから解放された口が思い通りの言葉を紡げることに安堵しながら気になっていたことを尋ねる。
「結局、黒帽子の村民がどうして一斉に自分の帽子の色がわかったのか、最後まで分からなかったんだけど。あれって何で?」
「あぁ」
 拓堵は何でもないことのように解説する。
「俺が自分の帽子の色を知ったのと同じように知ったんだ」
「……え? え、でも……」
「村民が何百人もいて、黒帽子が一人しかいない場合、彼は何日目に姿を消す?」
「……えっと、一日目に自分が黒帽子だってことに気づくから、二日目にはいなくなる」
「そうだ。では黒帽子が二人いた場合はどうなる。一人の黒帽子の視点に立ってみれば、村には一人の黒帽子がいるように見える。もし本当に村に黒帽子が一人だけいるとしたら、そいつは二日目にはいなくなっているはずだ。ところが実際はそいつは二日目も村にいる。このことから、黒帽子は村に二人の黒帽子がいることに気づく。そして自分以外の帽子の色は白なのだから、二人目の黒帽子とは自分以外にはありえない。よって彼は二日目に自分の帽子の色を把握し、三日目には姿を消す。他の黒帽子もまったく同じ思考をたどることができるから、三日目には二人が同時に姿を消す」
「は、ぁ……」
「同様に考えると、黒帽子が三人いた場合は四日目に三人同時に姿を消す。四人いた場合は五日目に、五人いた場合は六日目に一斉にいなくなるんだ。百人いれば百一日目に一斉に消える。俺たちが来るまであの村にいた村民は全員同時に入村したから、俺たちが途中で新たに入村しようとしまいと、自分の帽子の色が判明する日がいつ訪れるかを知っていた。それがちょうど俺たちが村へ来た日だった。そして俺以外の黒帽子は消え、それを見た白帽子は自分の帽子の色を把握し次の日に消える」
 拓堵の流れるような説明はそこで唐突に終わった。私の理解は彼の説明を理解し切れておらず、
「ん、えと、うーん、……うん……」
 と言うしかなかった。

「……癒」
「ん?」
 しばらくお互いに押し黙って森を歩いた後、拓堵が思い出したように私を呼んだ。
「お前は……すぐに、答えにたどり着いたか?」
「え、……ううん。最初は考えようともしなかったけど、その、一人ぼっちが嫌になって、耐え切れなくて……それで、拓堵の言ったことを思い出した」
「……そうか。それなら……いや、……もし……」
 もう村の外だというのに、拓堵はまた歯切れが悪くなっているようだった。
「もし、他の村民がまだあの村にいたら……お前は……」
 え?
「──いや、何でもない」
「はぁ。え、何?」
「何でもない」
 拓堵はどこか頑なに言葉を繰り返す。
 私も彼の言おうとしたことを追求できず、二人はまた黙って道を歩いた。
 もし他の村民がいたら──あの村で一人ぼっちじゃなかったら、私は……?
 拓堵のその質問は何だかとても重要なことだったような気がしたけれど、私は何となくそこで思考を打ち切った。

最終更新:2012年11月16日 02:02