2011年05月19日(木)22時05分 - すばる
紫煙が、少しだけ開いた窓から外へと流れていく。タバコを吸うたびにわざと咳をして抗議する妻はもう眠ってしまった。後部座席の喧しかった声もいつの間にか聞こえなくなり、現実世界においていかれたのは、どうやら私だけのようだ。だが私が眠るわけにいかないのもまた事実、ゴールデンウィークぐらいどこか連れて行けと言われて出かけたはいいけれど、できることなら遠出はやめたかった。私の感じている苦痛は、彼らのそれの何倍もある。だのに彼らは、海外旅行に行きたいなどと文句を言うのだから、たまったものではない。
根元まで吸ったタバコの火をもみ消し、灰皿に入れる。だけどその間に、車は一メートルも進んではいない。大渋滞というやつだ。狭い密室の中、やれることといったらせいぜい音楽を聴くかタバコを吸うくらいだ。私は、世間一般で言うところヘビースモーカーという部類に入るようだが、それでも今日は、自分でも吸いすぎと思うくらい吸っている。普段休日は昼近くまで寝ているので、二桁もいかない。平日でも、二十本がせいぜいだ。それなのに今日は、行きの車だけでその二十本を吸ってしまった。帰りのことも考えると、たぶん五十本くらいはいくだろう、あとで買っておかないと。
ようやく車が動き出したのは、それから二時間もしてからだ。渋滞を抜け、速度は時速八十キロにまで上がる。こうなると気持ちはかなり楽だ。少なくとも、進まないことによるイライラはなくなる。もうかなり進んでいたから、あと十分もすれば到着するのも気分を軽くさせる要因の一つである。
だけどそれは、ほんのぬか喜びに過ぎなかった。高速を降りて、もうすぐ到着と思った矢先、またしても渋滞。目的地が見えているだけに、余計頭に来る。しかも、まさかとは思ったけれどその渋滞はショッピングモールに入るための列のようで、目的地がそこなのだから、別の道を探す、などというわけにはいかない。私はまた新しいタバコに火をつける。
「あれ、まだつかないの?」
起きだした子供が、まず最初に言ったのがそれだ。まだつかないの?だと、私が一体何回それを思ったか、言ってやろうか。今度の渋滞は、先ほどのそれに比べてさらに動かない。誰かが出てくるのを待っているのだから当然だろう。だがとにかく進まない列に、いらつかないわけがない。列に並んで三十分、その間にタバコを三本も吸ってしまった。
四本目を吸っていると、妻も起きだし、あからさまな渋顔を作る。そしてどうやら、後部座席に座っている子供たちもみな起きたようだ。背後からも冷たい視線を感じ、まだ半分しか吸っていなかったそれを灰皿に捨てる。
ずっと何も言わなかった妻が口を開いたのは、それから五分くらいしてからだった。
「私、子供たち連れて先に行ってようか。」
ふざけるな。それは、自分が行きたいからした発言なのか?
だけど妻の言葉は、提案ではなく命令に近い。その言葉を後部座席の彼らも当然聞いたはずだから、断ることができないのだ。仕方なく彼らを降ろし、私は五本目のタバコに火をつける。
ようやく車を駐車場に入れられたのは、それから一時間ほどしてからだ。妻の携帯に電話を掛けると、今レストラン街にいるという。時間はもう午後一時、移動だけで半日を使ってしまったようだ。
紫煙が、少しだけ開いた窓から外へと流れていく。帰路に着くなりみな早々に眠りに落ち、起きているのはまたしても私一人だけ。そしてまたしても、渋滞にはまったようだ。行きのそれと同じくらいひどい渋滞で、車は一向に進まない。
彼らはそれぞれに、思い思いのものを買ったようだけれども、私は結局何も買わなかった。ほしいものがなかったわけではないのだが、妻に、なら自分のお小遣いで買ってね、と言われ泣く泣くあきらめたのだ。なにも我が家の経済事情が逼迫しているということはないのだが、少なくとも私の財布はいつもギリギリだ。お小遣いの引き上げを何度も求めたが、妻は、ならもっと稼いでの一点張り、結局前のままだ。それでも、やっぱり何か一つくらいは買ったほうがよかったかな。これでは、今日いったい何をしに行ったのかまるで分らない。
家に到着したのは、それから三時間後のこと。彼らの勘というのはすごいもので、その十分ぐらい前から皆のそのそと起き始め、家に着く直前に最後の一人が目を覚ました。今日の朝にも見たはずの我が家は、なんだかひどく懐かしい気がする。だが感慨から覚めるよりも早く、バタンと扉の開く音。家に着いたとたんに、皆一斉に車を降りる。お疲れ様、の一言もない。しかも、今日買った中でも一番大きく、重そうな袋が残されている。何も買っていない私に、それを運べということらしい。