2011年06月22日(水)02時49分 - 黒木三蔵
帰る途中で思い出したのですが、言語が認識され解体される過程において、それが言語としての機能を失うという論を思い出しました。即ち、事実が残るというという言い方をしましたが、明らかにそれは間違いである。そして堆積物云々というならば、為されなかったこともまた残るべきだ。
ではなぜ全く阿呆なことに私自身がかかる言葉を発してしまったのか。一つの仮説としては、言語(というよりはシニフィアン)が残滓として何時までも残り続けるという論を最近読んだことに関連があるのかもしれぬ。ある一事象について、それが存在していたことを主体に認識させる厳密に言語的な残滓が、身体にこびりついている。たとえば今回の件を例にして言えば、「哲学」「言語」「比喩」といった単語がそれであり、猶そこで発言されたことを覚えているのだ。併し、ニーチェ等の言い方を引用すれば、忘れる事とは消化吸収することであり、而して言語が言語でなくなること、言語としての輪郭(同一性)を失う事である。ところでこの事は、消化不良が起こり得る事も同時に示してはいないか。会話が行われた後も依然として幾つかの単語や節が残っており、それが時としては前後の文脈から断ち切られて自らの存在を主体に知らしめている。それが登記(記録、記憶)されたのは確かだとしても、十分に消化されなかったし況や吸収には失敗したのだ。ここにおいて言語の二つの方向が示される、一方は実在者と未分状態に入る言語の無意味化であり、この時何が起こったのか、何が残ったのかなぞという主題は全くのナンセンスとなる。より単純に言い表せば、語り得ない領域に入り込んだのだ。他方、言語は残滓として残り続け、主体との関係性を保ち続ける。この残滓は主体にまとわりつき、主体はこの邪魔者を忘れる事が出来ない。或いは忘却後も、思い出すという作用によって、突如この残滓が再び生成されるのである。そしてこの残滓が、或る一場面において何が起こったのかを饒舌に語るのだ(しかも、その真偽には拘らず)。(猶ここにおいては、記憶が十分に為されない可能性、言い換えれば、言語を解体し内在化することも、外化された状態として保持することも行われないような状態については語られていない)
そこで、次のような事実が語られ得る。言語は何時までも残り続けるだろう、だが或る事実を無視すれば、だ。この時私は言語が残っていない時のことについて語りようがなく、従って語らないことによって誤魔化すのである。上記のようなニーチェの忘却が無視されるのは言語が言語外の領野を全く無視するのと同時だ。少なくとも言語において、存在していないことを証明するには、即ちそれが最初から語られたことがなかったのではなく語られたが忘れられてしまった(若しくはそもそも記録されなかった)というのを証するには、別の言語、別のテクスト、別の主体(おそらくそこには統覚作用によって生成される自我も含まれる)による残滓の提供が行われねばならない。ここに記憶違いが行われるための、嘘を吐くための、不正と馬鹿が入り込むための間隙が生まれる。
ベルクソンはその二元論的展開(『時間と自由』)において、物体と量、そして言語を強く結びつけている。これら三項が、実存においては全き同様に働くと考えているようなのである。そしてその対立項として質を、強度を、純粋持続を強調している。前者においては唯物論的な空間が広がり、事物が因果律に基づいて残存し続ける。だが後者においてはその限りでなく、しかも事物が相混じりながら現前しているのだ。これが純粋持続のいいであり、この語は不可分の流れを示している。後者における事物が仮に切り取られたとすれば、それは音楽において或る一音素が切り取られるのと同様に、全く別物になってしまう、それは前者の唯物論的な拡がりに取り込むことと同義なのである。比喩もまた事実であり、もっと言ってしまえば形而上学も或る状態(純粋持続における純粋経験)においては実在なのだというのは、以上のような論を根拠としている。敢えて言えば、比喩が成立する為には比喩表現そのものと修飾される文節とが互いに言語として残存し続けることが要請される、というのも比較という働き自体が既に言語的であるから(これも『時間と自由』を参照)。そして言語内における関係性、そこには当然諸修辞法も含まれるが、それが正しく関係性として指摘を受けた時、忽ち腐臭が漂い始めるのだ。言ってしまえば、何思うなく無意識的に遊んでいた少年が、その行動の意味を教えられたとき、最早以前のようには遊べなくなるのと似ている。彼は不貞腐れてしまうのだ。
そこで事実そのものは消滅しているものの、事実が残した爪跡、形跡が残っていることから事実が存在したことを類推できる、というのはほぼ正しいと結論できます。
だがこの爪痕とは、事実のそれではなく言語のそれであります。言語が事実の一側面であることは確かですが、それは言語が事実と強い結び付きを有し、未分状態であるような場合に限られると言えましょう。飽く迄この類推という事実も、言語内において、つまり知性によって確かめられているのだと言わねばならない(そして感覚が知性に反発する事なぞ、喩え知性が全てを矛盾なく説明していた場合に限ってみても、たいして珍しくない)。而してこの言語内に生成された事実と、真実在としての事実は明確に区別される。フーコーが言ったように、真理は生産されるのだ。なぜこんなことに一々拘るのかと呆れているでしょうが、私の哲学的興味自体がこの点に強く依存しているからと考えていただければ有り難い。言語の固定化作用が実在者を毒する、というのは意外にも多くの報告があるのです、その全てが虚偽や思い過ごし、衒学趣味である可能性もなくはないとはいえ。但しニーチェの用法よりはもっと俗な意味合いにおいて、これらの論が互いに補完し合うことの確認と、その根拠の立脚地とを忘れてしまっている為、私は短絡的であり馬鹿なのだ。
(言語についての補足、言語がそれを翻訳する実在者なしには成立し得ないことは明らかである。石碑の文字は唯の窪み、活字はインクの染み以外の何物でもなくなってしまうだろう。だが同時に、実在者とは全く別の流れにおいて、それらの文字が、テクストが残り続けるのも確かだ。というのも言語はその抽象量という性格において、同一性を保ち続ける、即ちシニフィエ(意味、ニュアンス)についてはどうであれ、シニフィアン(表記、文字列、音素)が自ずから変わる事は有り得ないからだ。これは実在を流動的と看做そうとする多くの哲学にとって、強い関心を惹くと同時に時としては恐怖でさえあるように私には思われる。ニーチェにせよ、デリダやドゥルーズにせよ、固定された考えが嫌いなのだ。その代りに彼らは、過去の超克、脱構築、革命といった考えがやたら好きである、それは身体を毒虫から解放する企てなのだ(実際にそう書かれているので、ここでもそうとしか言いようがない、そしてこうした論の最も古い論がおそらく道家であり、それは秩序によって病気になる渾沌の説話によって端的に示される)。而して私は言語を実在と切り離して考えようと試みをする次第だ。)
(また別の補足としては、筆者の葛藤たるものが注視されることも述べねばならない。それは中島敦『李陵』に登場する司馬遷によって象徴される。厳密なテクスト論においては、筆者もまた破壊されるのだ。既存の修辞法や文芸評論の多くは、言語上において何がどう働いているのかを示すのは得意なのだが、それが無意識とどう関わりをもつのか、即ち実存、実在世界に何をもたらすかについては、唯の阿呆になる。これを筆者の立場から見た場合、彼は何を知る事になるのか。――彼は、自分にとって「作ル」事と「述ベル」事とが不可分であることを知るのだ。一体何が起こったのか、暫くの間は彼自身理解できない。この両者の違いを簡単に示すと、自らの考え、俗に言う主観が入り込むか否かということである。何人かの論者はおそらく、主体が語る以上主観を入れないことは不可能なのだから、そもそも「述ベル」のは不可能だと語るかもしれぬ。だがどうもそうではないらしいのだ。「作ル」事を徹底的に排除することは事実として可能だ。或る言語体系が一部分でも予め用意されていれば、その系の範囲内においては全く自由闊達に語り得るからである(前期ウィトゲンシュタイン参照)。この司馬遷においても、畢竟既にある史的文献を整理すればよいだけなのだから、その範囲内で全く自由に、語り得る事についてのみ語ることも可能である。だがそれでは不十分だ、と彼は悟る。歴史上の登場人物が「ハツラツたる呼吸を止め」てしまうからだ。結局のところそれでは、どの人物も同じような人間として書くことになってしまい、それが「違った人間は違った人間として述べる」べきだという考えに反してしまうのだ。ところで人物が最も生きている者として述べられる時、司馬遷と項羽とは未分状態に陥っていて、最早切り離せはしないだろう。知識を応用させるのでなく、正に経験することによってのみテクストは生きたものとして完成される。我々は修辞学の知識からテクストを分解し、それが読者にどのような影響を及ぼすのかを語ったりもするが、それよりもより巨大な事実が、無意識の或る種分裂症的な流れが存在するのではなかろうか……。)