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甘いだけの小説は書けるのか (飯田 真夜)

2011年06月25日(土)23時54分 - 飯田 真夜

 

「好きよ。あなたが好き。大好き。愛してるわ。ずっと一緒にいましょうね」
魔女が言った。魔女は僕の首に両腕を回し、顔をこちらに近づけてきた。魔女の長い睫がかすかに震えている。僕はそっと目を閉じた。僕の唇に、魔女の唇が優しく触れる。花にとまり蜜を吸う蝶のような触れ方だと僕は感じた。魔女の唇はふんわりとしてマシュマロのようだった。いや、ざらついた砂糖のようだった。甘みだけが口に残った。
「今日もお菓子を焼いたのよ。あなたの口に合えば嬉しいのだけれど」
僕が魔女の家に来てから、既にひと月が経っていた。魔女は鳥を操って、パン屑の道しるべを消してしまったのだろう。僕の帰るべき場所は、もう、どこにもない。


あの日、綿のような雪が降っていたことを、僕はちゃんと覚えている。雪は僕をヒトリにした。僕は公園のベンチで座っていた。何もしないつもりだった。そんな時、誰かが僕の手を握った。知らない女性が隣にいた。彼女は魔女だった。
「こんなところにいては、寒いでしょう」
魔女は美しかった。艶のある長い黒髪も、子供のように柔らかい指も、美しく、美味しそうだった。彼女は雪と同化しそうなほどに白いワンピースを着ていた。
「一緒に、行きましょう」
魔女は僕の手を引いていく。とても強い力で、魔女は、僕を家まで引っぱっていった。その怪力ときたら、僕の手首が折れるかというほどだった。
僕は、魔女にさらわれたのだった。
魔女は凍えそうな僕の手をずっと握ったままで、公園の噴水の周りを十一周して、水量の少ない川にかかった橋を渡り、ポプラ並木をずいぶんと長いこと歩き続けた。そうして辿り着いた魔女の家は、森へ至る道のように、孤立して佇んでいた。ここに閉じ込められたら、誰にも見つけてもらえない。そんな気がした。
魔女の手を振りほどくべきだ、このまま逃げるべきだと、僕の心は何度も何度も警鐘を鳴らしていた。僕は魔女の家に入ることを躊躇った。
『ほら、もう一歩足を踏み出せば、そこはあたたかい家なんだ』
心の中の僕が言う。
『でも、そこは怖い魔女の家だ』
心の中の僕が言う。
『だけど……』
僕は揺れた。だって、この後、僕は魔女に殺されてしまうかもしれない。でも、空腹で、凍えたままでいるのは嫌だった。
「どうしたの?」
立ち止まってしまった僕を見かねたのか、魔女は僕に優しく微笑みかけた。
「ようこそ。私の可愛いお客様」
可愛いとは、愛すべしと書く。魔女は砂糖菓子のような呪文で、僕の心をべたべたにした。僕は魔女に魅了されてしまっていた。
「さあ、遠慮はいらないわ」
僕が初めて魔女の家に来た日、魔女はケーキを焼いてくれた。家の形を模したケーキだった。家の窓には雪のような白砂糖がかかっていた。
「可愛い男の子に手作りのお菓子を食べさせることが、私の夢だったのよ」
僕は魔女の好意に甘えた。銀色のスプーンにケーキのひとかけらをのせて、口に運んだ。僕の顔は微笑の形を作っていた。ケーキを食べ終えた後、魔女は僕にキスをした。そんなことをされたのは初めてだった。
「ねえ、ずっとここにいましょうよ。外は寒いわ。それに、食べ物だってタダじゃない。ここにいれば、あなたは暖かい部屋で過ごせる。お菓子なら、私がいくらでも作るわ」
僕は魔女の囁きに頷いた。魔女は嬉しそうに、力いっぱい僕を抱きしめた。苦しかった。


「今日は干し無花果と胡桃のバターケーキなの」
 僕はまだ、甘い菓子を食べ続けている。

「好き」
「これからもずっと好き」
「大好き」

「愛してる」

「私だけの可愛い坊や」
「大好きなの」
「ずっと一緒よ。だってそれが幸せなのだから」
「好き」
「愛しい子ね」              

「愛してる」

「大好き」
「好き」
「あたたかい」
「食べちゃいたいくらい」                 「私の大切な人」

「愛してる」

僕はまだ、魔女の唱える呪文にかかっている。

「こっちにおいで。あなたをぎゅっとしたいの」
僕はまだ、甘ったるい行為に溺れきっている。

苺とカスタードを生地で挟んだフレジェ。
ブルーベリーソースと生クリームを添えたレアチーズケーキ。
赤い果実とクレーム・ダマンドのタルト。
ホイップクリームたっぷりのショコラケーキ。
カラメル風味のアイスクリーム。
焼きたてのかぼちゃのスコーン。
洋梨のバヴァロワ仕立て。
チョコレートパルフェ。
苺とホワイトチョコレートのムース。
グラス・エ・ソルベ。
それから。
それから、たくさんの「好き」と「愛してる」。
あとは、たくさんの「キス」と「彼女のぬくもり」
これら全て、僕が魔女からもらったものであり、僕に呪いをかけたものだ。
僕は自分の手をまじまじと見る。日が経つにつれて、魔女と過ごすにつれて、僕の身体は水蜜桃のように丸くなり、熟れて、甘くなっていく。僕は魔女の放つ砂糖菓子の呪文のせいで、丸々と太っていく。怖かった。歪な愛情に絡めとられていく僕が。
「どうしたの?」
魔女が僕に声をかける。僕にそっと口づけをする。
『嗚呼、やっぱり、魔女は魔女でしかなかった』
心の中の僕が叫ぶ。
『きっと、魔女は僕を太らせ、食べる心算なんだ』
心の中の僕が笑う。
『やられる前に、僕が、魔女を――』
「ねえ、どうしたの?」
魔女がその美しい顔を僕に近づける。魔女の長い髪がはらりと揺れた。もう一度キスをするつもりだ。

やられる前に、僕が、彼女を。
 
僕は彼女の頬を両の手で覆った。彼女の薔薇色の頬は、さらに赤みを増した。

「目を、瞑って」

僕は目を細め、彼女にそう囁いた。彼女は僕の言うとおりにした。
僕は彼女の唇を乱暴に貪った。口の中がとろけてしまいそうになるくらい、甘かった。


自分も素敵な企画に参加させていただきました。
あとがきってどう書くの?っていうかこれ投稿できてるの?
そんなこんなで間違いがあったらお知らせください。そうすることで私の恥ずかしさが若干増します。

テーマは「甘いだけの小説」ということで、肉食系女子と結ばれた草食系男子が彼女に感化されて肉食となるまでを甘ったるく書いてみましたなにこれすごいはずかしい。


以下は参考にしたもの
本→そこらへんにつんであった恋愛小説
  そこらへんにつんであった料理本
  調子に乗って買ったグリム童話全集
BGM→めるひぇん(さんほらーが楽しめるしかけを作ろうとか考えたら余計意味不明な小説ができあがってしまったごめんなさい)


また私の黒歴史に新たなページが刻まれてしまった気がします。それというのも、今日の補講がグロ話でついかっとなってしまったせいでしょう(この話は講義中に書いてました)。

あとがきですら深夜のテンションです。
このような作品でも読んでくださった方がいらっしゃいましたらお礼を申し上げます。ありがとうございました。

最終更新:2012年11月26日 00:48