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雨音

2011年06月26日(日)08時47分 - すばる

 

 ざあざあと、雨の降る音が聞こえる。雨は嫌いだ。雨の日は洗濯物が乾かないし、部屋干ししているから家の中もかび臭い。傘を差さなくては外に出られず、自転車の傘差し運転をしようものならどうやったって濡れてしまう。
そうでなくても雨は嫌いだ。あの時以来。

 あれはいつのことだっただろうか、もうずいぶん昔のことに思われる。ただあの日も雨が降っていた、そのはずである。でもそれは、とても不思議な光景だった。バラバラと庇をたたく雨音が、家の中に響き、だけど外を見るに、とても雨が降っているようには見えない。まあそれはよくあることだ。かなり強い雨でも、場合によっては降っているとわからないことすらある。だけどそのうちに日も照ってきて、それだのに雨音が止む気配は一切ない。どうして、と聞いてくる息子に、天気雨というんだよ、と教えてやる。だけどしまいには、家の前にある公園で数匹の蝶々がひらひらと戯れているのを見つけた。まだ雨音は止んでいない。きっと日が照っているから、止んだと勘違いした蝶が出てきたんだろう。でもそういうことは、もう相当小降りに違いない、すぐにでも止むだろう。そう考えていた。だけど雨音は、夜になってもやまず、バラバラと軒をたたく。そんな中、今日は満月だったと思い出した息子は、窓から外を覗いている。どうやらまだ、日照り雨が続いているみたいで、月は空で、綺麗に輝いているらしい。
「ねえ、あれなぁに?」
 突然息子が、窓の外を指差した。なあに、といいながらその指の先に視線を向けると、山の中腹あたりで、青白い光がちろちろと輝いているのを見た。そのあたりにはたしか、墓地があったはず、ということは、怪談話とかでよく聞く幽霊火というものだろうか。原因はたしか、墓石に含まれる燐だった気がする。でもそんなことを、まだ小さな息子に言ったってわかるわけないし、でも息子の不安そうな顔をそのままにしておくわけにもいかない。
「あれはね、死んだ人の魂なの。死んじゃった人たちが、ああやって、自分の子供とか、家族を見守っているのよ」
「ふうん、あれ、でもあの光、だんだん下の方に動いているよ」
 息子はそう言って、再び陰火を指差した。確かにその通りだった。光は、列をなしてゆっくりと降っていく。というよりも、それは……まっすぐこっちに向かってきている?
ピンポーン
唐突にドアホンが鳴った。こんな時間にだれだろうと、先ほどのことも含め訝しく思いながら玄関先の様子をうかがう。するとそこには、着物を着た、小さな女の子が立っていた。その瞬間、すべてが合致する。天気雨、そして鬼火の行列の別名。
「狐の嫁入り」
 心の中でつぶやいたはずが、その言葉はしっかりと声になってしまっていた。それが、よかったのかどうかはわからない。ただドア越しにその言葉を聞いた少女は、くるりと身を翻し、走り去ってく。その日は満月であったために、彼女の行く先はずいぶん向こうまで見渡せたものの、それを追う気にはなれなかった。
 翌日になり、その少女は近所に引っ越してきた一家の娘さんだとわかった。だけど運命は、もうとっくに決まっていたのかもしれない。私が何をしようと、すでに見えない糸は結ばれていた。だっていまも、その少女はこの家にいるのだから。

 

最終更新:2012年11月26日 00:50