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主張の変遷 ゆとり教育について

第1ステージ(北星余市でのゆとり教育)

自伝「不良少年の夢」P174より

北星余市高校は、全国に先駆けて1992年から、完全週休二日制を導入した。追い立てられるような『学校』という流れに取り残され挫折した者たち。取り残されてしまった彼らに必要だったのは、『未来を夢見ることができる場所』と、『心安らぎ、未来をじっくりと考えることが出来る暇』であった。学校という言葉(スクール)の語源が『暇』であるとするならば、全国と比して十年も先駆けて実施したこの進歩的な企ては、学校というものの概念を原点に引き戻すための試みでもあった。(略)

 しかし、私は現在の週休二日制、ゆとり教育の現状が必ずしも正しいとは、思っていない。社会の本流を大人たちが創っているとしたならば、子どもたちに与える『ゆとり』にもそれぞれが明確な責任を負うべきである。子どもたちは、与えられた『ゆとり』の使い方を知らない。なぜなら、その歴史の中で『ゆとり』などという授業はなかったからである。ただ目の前に『ゆとり』という名の『暇』だけがポンと与えられ、自由に使えるなら、それは日ごろ実現することが出来なかった『欲望』を消費する時間に当てられていく。テレビゲームであったり、仲間との『大人の目という制約のない』遊びであったり。そして欲望に費やす『楽しい』時間が重なれば重なっていくほど、それまでの日常で強いられてきた時間に疑問を抱くようになる。青少年問題の多くはそうした状況の中から生まれていく。 事実、北星余市高校でも、『事件』は土曜日・日曜日の『ゆとり』の中で起こることが最も多い。

 本校の完全週休二日制は『生徒にとってのゆとり』であるばかりか、『教師にとってのゆとり』でもある。くじ引きで割り振る土曜日の日直以外、教師の休日を拘束するものはない。

 私は休日の多くを、生徒たちと共に過ごしている。釣りに行ったり、温泉に行ったり、ドライブに行ったり、サーフィンに行ったり。

要するに、ゆとりの時間は生徒とつるんで遊んでいたってことですね。


第2ステージ(ゆとり教育の見直し)

諸君!2007年3月号より抜粋

義家 ゆとり教育に関しては、教育再生会議でもはっきりと見直しを打ち出していくつもりです。私個人の考えですが、教える内容を現行の一割増、少なくとも私たちが育った、平成元年以前の指導要領の水準に戻すべきだと思うのですが、問題はどこでそれを教えるかです。ひとつは総合学習の時間をやめて、通常の授業に戻す、という考えがあるのですが、これはあまり意味がない。というのは、先にも述べたように、実態として総合学習の時間はすでに通常授業に侵食される傾向にあるんですね。次に、夏休みを削ろうとすると、今度は全教室に冷房を入れなくてはならない。いまの子供たちは軟弱になってしまっていますから、とても耐えられないんです。真夏の教室は、だいたい四十度以上ありますからね。同じ理由で、七時間目の導入も難しい。今の子供たちは到底もたいないでしょう。頭からプシューってけむりが出ますよ(笑)。そう考えていくと、学校の先生方からは非難囂々でしょうが、私は土曜日半ドン授業の復活しかないと思います。

えらく今の子どもたちをバカにしてますが、自分の母校の子どもたちだけで軟弱だと判断するのはおかしいんじゃないですかね?真夏でも部活や補習授業をやっている子どもはいくらでもいますよ。本州より涼しいはずの北星余市では暑さに耐えられない子どもばかりだったんでしょうがw

自分は母校で土日を生徒たちとつるんで遊んでいたのに、どうしてほかの全国の真面目なまともな子どもたちや教師には土曜日半ドンにして勉強しろといえるのでしょうか?

最終更新:2007年02月26日 00:49