三日月宗近

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三日月宗近(みかづきむねちか)は、平安時代の刀工・三条宗近作の日本刀(太刀)。天下五剣の一つ。日本の国宝に指定されている。

国宝指定名称は「太刀 銘三条(名物三日月宗近) 附 糸巻太刀拵鞘(たち めい さんじょう めいぶつみかづきむねちか つけたり いとまきたちこしらえさや)」。

概要


平安時代の刀工・三条宗近の作で、刀身に鎬と反りのある形式の日本刀としてはもっとも古いものの一つである。「三日月」の号の由来は、刀身に三日月形の打除け(うちのけ、刃文の一種)が数多くみられることによるものとされる。

「天下五剣」の中でも最も美しいとも評され、「名物中の名物」とも呼び慣わされた。

制作年代については諸説あるが、古伝書の伝える一条天皇の治世(10世紀末から11世紀初)まではさかのぼらず、11世紀末から12世紀頃の作とみるのが一般的である。宗近の作は銘を「宗近」と切るものと、「三条」と切るものがあり、前者は御物、後者は三日月宗近のほか、岐阜県・南宮大社蔵のものが著名である。

刀身・外装


刃長二尺六寸四分(約80.0cm)、反り九分(約2.7cm)。細身で反りが高く(反りが大きい)、踏ん張りの強い(刀身の鍔元の幅が広く、切先の幅が狭く、その差が大きいこと)極めて優美な太刀である。地鉄は小板目肌がよく約(つ)み、ところどころ大肌まじり、地沸(じにえ)が厚くつき、地景(ちけい)入る。刃文は小乱れ主体で小足入り、小沸つき、匂口深く、三日月形の打のけがしきりに入る。中ほどから上は二重刃、三重刃となり、帽子も二重刃となって先は小丸ごころに返る。茎(なかご)は生ぶで雉子股(きじもも)形となる。通常の太刀と異なり、佩裏に銘(「三条」二字銘)を切る。

附属品として金具のいくつかが欠損した金梨地菊桐紋蒔絵糸巻太刀拵の鞘部分のみが現存しているが、この拵えは安土桃山時代以降に作られたもので、それまで足利将軍家で所蔵されていた(後述)際には、総長三尺六寸二分(約109.7cm)、柄長七寸二分(約21.8cm)の黒漆塗(鞘部のみは青漆掛け)黄色糸巻、赤革の帯取に八尺(約242.2cm)の鼠色の太刀緒を通した革包太刀の拵えに収められていたとの資料がある。

伝来


足利将軍家の秘蔵の名刀として継承され、1565年(永禄8年)、松永久秀と三好三人衆が二条御所を襲撃して将軍足利義輝を殺害した際(永禄の変)には義輝はこの三日月宗近を振るって奮戦したと伝えられている。

変の後に戦利品として三好政康の手に渡ったとされ、政康から豊臣秀吉に献上された後、秀吉の正室高台院が所持し、その後遺品として徳川秀忠に贈られ、以来徳川将軍家の所蔵となっていた。

太平洋戦争後に徳川家から個人所蔵家に渡り、1992年(平成4年)に東京国立博物館に寄贈されて所蔵されている。
最終更新:2013年03月08日 18:06