495 :名無しさん:2011/01 /30(日) 21:20:44
ちょっとスイッチが入って妄想が形になってしまったので数レス使わせていただきます。
ガリア4から帰ってきた後の看病シーンがまともにツボに入ってしまいましたので、
その後をでっち上げてしまいました。
496 :名無しさん:2011/01 /30(日) 21:22:28
静かすぎると、かえって眠りにくくなるものだろうか。
自分が目が覚めたという事実に気付くのに、ミシェルは少しの時間を必要とした。
ガリア4からバジュラの戦艦にへばりついてどうにか帰還した後、自分の知らないうちに運び込まれた軍病院の個室。
ベッドサイドに置いておいた携帯の画面には、シンデレラにかけられた魔法がもうすぐ解ける時刻が表示されている。
規則上の消灯時間には目が覚めていた,と言うより眠れなかったことは憶えている。
清潔で寝心地は悪くはないが,ただそれだけのベッドとシーツ。
その僅かな消毒臭が少しだけ鼻につくのを感じながら、ミシェルは何となしに上体を起こして病室をぼんやりと見渡した。
当然ではあるが、寝る前と部屋の様子は変わっているはずもない。
規格品のサイドボードと小型の冷蔵庫、その上に設置されているモニター兼用のテレビ。
夜の病院の夜の個室の中で、何もかもが薄闇の中に沈んで黙り込んでいる。
常夜灯の僅かな青白い明かりが生み出すほのかな影が、余計に暗さと静けさを強調しているようだった。
当然ながら物音もしない。真夜中の病院と病室は規則正しい静寂を維持している。
その静けさが逆に違和感をもたらすのは何故だろうか。
よく分からないままよく分からない何かを探すようにしてもう一度部屋を眺め……あるものに目が止まった。
「………………」
サイドボードの上に置かれた,果物籠。
籠一杯に盛られたリンゴが常夜灯の光に淡く青白く輝いている。
その輝きと影が、ミシェルの瞳に別の何かを浮かべさせた。
497 :名無しさん:2011/01 /30(日) 21:24:27
見舞いと言ってそのリンゴの小山を持ってきたのは、青い髪の不器用な少女だった。
検査が終わって面会が許可された日の面会時間の開始と同時に、クラン・クランという名の少女は、
その小さな両手に山ほどのリンゴを抱えて病室に駆け込んできた。
かみつきそうな勢いでミシェルに食いつくクラン。
そんなクランをなだめすかしつつからかうことを忘れないミシェル。
そんないつものじゃれ合いはいつもより少し長かった気がする。
いつもより少し長くしたかった気がする。
そんなじゃれ合いを一段落させたのはクランの方だった。
ミシェルの怪我の程度が深刻なものではないことを確認してその小さな胸をなで下ろすと、
部屋にあったパイプ椅子に座ってすぐには帰らない姿勢を明確にして……
リンゴを剥きだしたその手つきは,不器用ながら意外と似合っていた。
『さあ食えミシェル、リンゴは体にいいんだぞ。だからいっぱい食べて早く退院してくるのだ!』
ポリゴンが甘めの角張ったリンゴをフォークに突き刺して突きつけてくるクランの姿は、何処か楽しげにも見えた。
怪我で入院した弟分の面倒を見るというのが、年上のお姉さんを自称する少女としては悪くなかったのだろうか。
『む、それともすり下ろした方が食べやすいのか? まあどっちでも良いから食べるのだミシェル』
『…… いやそのリンゴが体に良いのは分かるが、それは病気の時の話で怪我の時はちょっと違うんじゃ』
『似たようなものなのだ! ほら、口を開けるのだ。特別にお姉さんが食べさせてやろう』
フォーク片手に迫って来るクランに,ミシェルは圧倒されるだけだった。
『あ、いや、その、さっき朝飯を食べたばかりだし、薬も飲まなきゃならないし医者の指示も……』
『医者なんて必要ないのだ。りんごは医者いらずとはお前達マイクローンも言っているではないか。
第一医者なんてあてにならないのだ。何かあれば薬だ検査だと、あいつらの言うことを聞いていたらそれこそ病気になってしまうのだ』
『……カナリアさんに聞かせてあげたいねえ今の台詞』
『何を言うかミシェル、例外無き例外はないという言葉が世の中にはあるのだぞ?』
子供は天使だと良く言われるが、堕天使であることも少なくないよなあとミシェルは思った。
実際にはクランは自分よりも年上ではあるのだけれど。
『だがカナリアはあくまで例外なのだ。だから医者の言うことなんて気にする必要はないのだぞミシェル
さ、クランお姉さんのリンゴをいっぱい食べて早くよくなるのだ。薬なんかよりよっぽど効くのだ!』
扉の所で巡回に来た医者とナースが引きつった笑みを浮かべているのが怖いのですがクランさん。
せめてそういうことは他に誰も居ないところで言ってください。
『さ、ミシェル!』
……結局、何個リンゴを食べさせられたのだろうか。
満腹になりすぎて昼食の病院食は殆ど食べられなかったことは確かなのだが。
その後も自称お姉さんの看病は色々と続き、こめかみを引きつらせたナースに静かにしてくださいと怒られたほどだった。
恥ずかしそうに尿瓶を持ち出されたときは本気で参ったけれど。
498 :名無しさん:2011/01 /30(日) 21:26:30
「………………」
病室らしからぬその賑やかさの記憶が、今の静寂を余計に強調する。
自分以外誰も居ない部屋。一人だけの空間。慣れているはずの、場所が違うだけの状況。
にもかかわらず、今までそんなことはなかったのに、どうして自分の目はそこここに残るクランの影を追ってしまうのだろう。
帰らなければいけない時間になってもなかなか帰ろうとせず、部屋のドアの所で何度もこちらを振り返った少女の姿を思い浮かべてしまうのだ
ろう。
『じゃ、じゃあ、わたしは帰るからな。わたしが帰っても寂しくて泣いたりするんじゃないぞ』
『誰が泣くかよ。子供じゃあるまいし……』
『む……ま、まあ、寂しくなったらメールでもするのだ。時間があったら返事をしてやってもいいのだ』
まるで自分が入院していて一人置いて行かれるような顔をするクラン。
その表情に、わずかな心の痛みと……ほんの少しだけ、満足感のようなものが浮かんだ、かもしれない。
心配してもらえること。一緒にいたいと思ってもらえること。
それが嬉しかったということなのだろうか。
『……ま、流石に看護婦さんを口説いたりはせずにおとなしく寝てるさ』
『当たり前だバカモノ!!』
そして結局自分はクランを怒らせてしまう。
からかっておちょくって弄んでしまう。
斜に構えてその視線を流そうとしてしまう。
その大きな瞳で真っずぐ見つめられることを怖がるように。
「……ように、はいらないか」
泣き虫ミシェルは、今も泣き虫ミシェルのままだ。それは認めざるを得ないと、ミシェルは思った。
結局自分は怖いのだ。好きな人が居なくなってしまうのが。好きな人に置いて行かれて、独りにされてしまうのが。
あのとき、姉がいなくなってしまった時の恐怖と喪失感、絶望感……それにもう一度耐えられるとは自分でも思っていなかったから。
あの思いをもう一度強いられるのはどうしても嫌だったから。
だから、好きな人などいないことにした。
その日限りの相手とその場限りの関係を結んでは捨ててそれを繰り返す不実な男であれば、人を好きになることはないと考えたから。
そんな不実な男を好きになる相手などいないはずだったから。
それに、もしも相手に嫌われたところで、それは不実さ故のはずなのだから。
本当の自分を知った上で、嫌われたり拒絶されたりするわけではないのだから。
だから、ミシェル・ブランはクラン・クランに見つめられるのが怖いのだ。
499 :名無しさん:2011/01 /30(日) 21:28:28
自分が姉を失ったとき、自分の側にはクランがいてくれた。
姉の葬儀で泣くことすらできずにいた、姉の死を受け止められずに立ち尽くしていた自分の側に来て、
自分よりも先に泣き出して涙やら何やらで綺麗な顔をぐちゃぐちゃにして、それでもクランは側に来てくれた。
『い、いいか、ミシェル、今日からはわたしがお姉さんだからな。
クラン・クランがお前のお姉さんになってやるからな。
だから泣くんじゃないぞミシェル。お前は寂しくなんか無いんだからな。
泣いたりすることはないんだからな……っ』
クランが先に泣いてくれたから、自分も泣き出すことができた。
泣き出して、わめいて、大声を上げて、どうにか心にため込まれた何かを吐き出すことができた。
悲しみに心を潰されずに済んだ。
二人でわあわあ泣いて、涙で顔も服も汚して、そして自分が一人ではないことを知ることができた。
何があっても側にいてくれる人の温かさと優しさを感じることができた。
だから怖くなった。
クラン・クランが居なくなったとき、側にいてくれるクランはもういないのだから。
どうしようもなく好きで、自分が自分であり続ける限り側にいたいと思う人は他にいないのだから。
そして泣き虫ミシェルは泣き虫ミシェルであることを止めた。止めようとした。
世界で一番好きなお姉さんなどいない、だからその存在を失っても心は壊れない男になろうとした。
ちょっと綺麗な女性と見れば口説きまくる、年上好きの、
遺伝子レベルで不器用なゼントランディの少女などおちょくる相手としか見ないはずの
そんな男になろうとした。
だが。
たとえそんなふりを続けることに成功したとしても、クランが居なくなったならば、何が違うというのだろうか。
「………………」
ミシェルはふと携帯を手に取った。メール画面を呼び出し、送受信記録を表示する。
顔と関係の広さに比例して数多いメールの中で、今日の夕方に来たクランからのメールがやけに大きく見えた。
500 :名無しさん:2011/01 /30(日) 21:30:41
『件名:泣き虫ミシェルへ
本文:明日の講義が急に休講になた。見舞いに来て欲しければそう言え。都合がつけば言ってやらないこともない』
眉間にしわを寄せて両手で不器用にメールを打つクランの様子が自然と脳裏に浮かぶ。
場所は大学の研究室か、それともSMSの事務所か休憩室だろうか。
ネネやララミアに興味深そうに見られながら、打っては消して消しては打ち直して文面を入力していったのだろう。
そしてそのメールの返信は。
『件名:Re:泣き虫クランへ
本文:リンゴはもう十分だからな』
……いつもの自分らしくない返事だった。今となってはそう思う。
普段なら講義をさぼるなとか無理してこなくていいぞとか、そんな感じで返すだろう。
なのに実際に送ったのは「リンゴはもう十分だからな」。
見舞いに来て欲しいということを否定していない、むしろ来てもらうことを前提としたような文。
都合がついたら来て欲しいと思わせなくもない言葉の綴り。
「らしくねえ……」
思わず溜息をつく。入院ものの怪我をしたせいで自分で考えていた以上に弱気になっていたのだろうか。
自分自身を振り返るのと、それを表に出すのはミシェルにとって全く別の話だった。
今まで自分がしてきたことを振り返れば、どの面下げて、ということになるのも理解している。
何を今更と言われれば全く返す言葉もない。それに心の準備もできていない。
まだ何をどうすればいいのか、何をどうしたらいいのかも分からないのに……そう思って、もう一度溜息をついた
そのとき。
「!」
ドアの向こう側に気配を感じた。狙撃手としての本能が瞬時に立ち上がり、感覚器に触れた何かの分析と解析を一気に開始する。
これは……足音? 医師やナースのような職員のものではない。その特有のリズムとは異なるものだ。
ゆっくりとこちらに近づいてくる。歩幅は小さめ。気配を消そうとは感じられないからプロではない。
殺気やその類のものは感じられないが,この時間のこの場所に誰が? 警備システムの作動灯は異常なしの緑のままだが。
「………………」
近づいてきた気配が,ドアの向こうで立ち止まったのを感じた。
立ち止まって……動かない。何かの準備をしようとしている雰囲気もない。
まるでそれはドアを開けることをためらっては手を伸ばし、伸ばしたその手をまた引っ込めるようで。
そうした沈黙が少しの間続いてから。
「!」
いつもよりも小さな作動音と共に、ドアが半分だけ開いた。
開いた空間から通路の常夜灯の光が差し込み……病室にその気配の主の影を落とす。
特徴的なそのツインテールが、小さく揺れた。
「ミシェル……起きてるか?」
ドアから半分だけ顔を覗かせたクランを、ミシェルは最初呆然と眺めることしかできなかった。
501 :名無しさん:2011/01 /30(日) 21:32:43
ドアから半分だけ顔を覗かせたクランを、ミシェルは最初呆然と眺めることしかできなかった。
何だ。
これは何だ。
いや見て分かるとおりクランはクラン以外の何物でもないが、でも何故今ここにクランが居るのだ。
今は深夜でここは軍病院の病室で面会時間はとっくに終わっているか数時間以上先のはずで、ああいや問題はそうではなくて。
何でどうしてクランなのだ。今ここに、こんなところに。
「おま、クラン、何、どうして、何を……っ!?」
「…………………」
小声で慌てふためくミシェルだが、クランは何も話そうとしない。
ドアの影に半分入ったまま、黙ってミシェルを見つめている。
その大きな瞳がとてつもなく深い輝きを秘めているように見えて、それが一層ミシェルをかき乱した。
「……とにかく早く入れ、見つかったらまずいだろ…っ!」
何故「帰れ」ではなく「入れ」と言ったのか。
どうして見つかったらまずいから、部屋に入るように求めたのか。
後から考えれば、結果はこの時点で見えていたのかもしれない。
「…………………」
クランが黙ったまま部屋に入った。その動きを感知したドアが自動的に閉じて、二人の居る場所を外の世界から切り離す。
「……とにかくこっちへ来いよ、昼間みたいに大声で話すわけにはいかないだろ!」
ミシェルが呼んだ。だからクランはミシェルの側に近づいた。
ベッドに半身を起こしたままのミシェルの枕元に、軽くうつむいてクランが立つ。
すぐ側にクランが居る。居るはずのない時間と場所なのに少女が側にいる。
それがミシェルから余裕を……少女をおちょくるだけの不実な色男を追い出していた。
「おまえ一体どうやって……何でこんな所にいるんだっ?」
「…………ルカに」
クランが消えてしまいそうな小声で答えた。
「ルカに相談したら、入れるようにしてくれた」
「ルカって……!」
そのタイミングで、携帯が「♪次のステージに行きましょう♪」とシェリルの声で軽快にメール着信を伝えてきた。
妙な予感がして着信を確認したミシェルの目に、童顔の後輩が悪魔の笑みを浮かべている幻が浮かんで消える。
『件名:送付確認メール
本文:5分間だけセキュリティを解除しました。
今から出ようとしたら間違いなく引っかかりますので気をつけてくださいと伝えてください。
病院のドアはボクが開いておいたので、クランさんの扉は先輩ご自身でどうぞ(はあと)』
「あの腹黒……」
何か見透かされたような気がしてそれが一層腹立たしい。
が、ルカに怒りを感じている時間はごく短いものだった。
「……すまんミシェル」
「!」
ツインテールがしょげているように伏せられているクランの姿が、他の全部をかき消した。
無意識的に携帯を完全ロック状態にしたミシェルの前で、クランは寂しげに立ち尽くしている。
「その、いきなりこんな時間に来てしまって……怒ってる、よな、やっぱり」
「……怒るというか、なんつーか驚いてそれどころじゃないって感じだ、正直」
まるで子犬のようだった。粗相をしてしまって、でも隠すことができなくて自分から申し出て、罰が怖くて震えているような。
本来なら怒るというか叱るべきだろう。常識的にも法律的にもしてしまって良いことではない。
だが、今この場所では,常識や法律を振り回す気にはなれなかった。そんなものを持ち込むつもりは最初から無かった。
「どうしたんだよ一体。何かあったのか,クラン?」
まだここまでは、いつもの関係でいられたと思う。
外見的には少女とそのお兄さんな、おちょくっておちょくられる、年の差のある幼なじみの少しむずがゆい関係。
だが。
502 :名無しさん:2011/01 /30(日) 21:34:41
「……メール、見た」
「メール?」
「夕方の、メールの返事。いつものミシェルらしくなかった。だから、気になって……」
いつもと逆になった。
思わず正面からクランを見つめるミシェル。そのミシェルの視線から逃れようとして視線しか逃していないクラン。
「気になって、心配になって、だから……」
「……それで、ルカに頼んでまで、来たのか?」
言葉はなかった。ただ、クランは黙って小さくうなずいた。
その小さな動作が、何かを確実に貫いた。
「…………………」
少しの間、無言が続いた。
クランは何も言わなかった。
ミシェルは何も言えなかった。
携帯の時刻表示が、仮初めの姿の魔法が解ける時間が来たことを告げる。
今までの今日が昨日になって、明日の今日が来たことを示す。
その淡い光が、二人の姿をほのかに照らし出す。
沈黙を破ったのは、クランだった。
「……え、えと、その」
「………………………」
「どうやらお前は大丈夫みたいだな、うん、安心した,安心したぞ、ミシェル」
「………………………」
「じゃ、じゃあわたしはこれで帰るか……」
「帰るって、帰れるのかよ、クラン」
「………え?」
どうやら作り笑いを浮かべているつもりらしいクランに、ミシェルが小さく溜息をついてみせる。
「ルカの話じゃセキュリティが止まってるのはさっきまでで、今出て行ったら確実に不法侵入で捕まるぞ、お前」
「え、あ、え、ええええ何じゃとーっ!?」
「まあ今でも不法侵入は不法侵入だけどな。第一、具体的に何をどうしてどうするつもりだったんだ,クラン?」
「そ、それは、ええと、そのだな、つまり……」
「朝の巡回時間前には帰れよ。じゃないと俺まで捕まっちまう」
「…………!」
伏せられていたツインテールが少し起き上がった。
ミシェルから「ここにいて良い」と言われるとは,クランは思っていなかった。
どういう形であれ、ミシェルを心配する理由がないのであればここにいる理由はなかったし、
ミシェルも自分をここにとどめておく必要はないはずなのだから。
何より、心配だからここに来たのだけれど、その後のことは何も考えていなかったから。
考える余裕はなかったから。
だが、今は帰ることが出来なくなっている。確かにそれは何よりセキュリティの問題……のはず、だけれども。
「あ、じゃあ……え、えと、その……」
では、「朝の巡回時間前」まで何をどうすればいいのだろうか。
ここはただの病室で、入院患者1名を収容するだけの空間であり,本来自分のような想定外の滞在を想定してはいない。
しかし自分はここにいる。朝までどうにかしないといけない。では何をどうしよう。どうすればいいのだ?
「………………………」
事態の展開について行けていない部分と,状況をある程度認識していることの両方の結果として再度混乱に陥るクラン。
何かをどうにかしようとして周囲をきょろきょろ見渡しながら何も見つけられず更に混沌に飲み込まれようとする少女の前に、
さらなる予想外の事態と状況が現れた。
「ほれ」
実質的にダブルに近い大きさのベッドの上で、ミシェルが体を半分だけずらしてスペースを空ける。
「結構夜は寒いぞ、ここ。まあ床に寝たいと言うなら止めはしないけどな」
「………………………」
クランが事態を理解するのには多少の時間を必要とした。
503 :名無しさん:2011/01 /30(日) 21:36:39
今は夜だ。
夜は寝る時間だ。
寝るのはベッドだ。
ベッドは一つで,今はミシェルが寝ている。
ミシェルが体を半分ずらしている。
ミシェルが呼んでいる。
この部屋は夜は寒いらしい。
寒いところで寝るのは嫌だ。
これらの要素を複合して考えると。
ミシェルと一緒に寝ると言うことだ。単純なことではないか。ヤックデカルチャ…………!!!!!
ツインテールを一気にピンと跳ね上げて,少女の顔が一瞬で真紅に染まった。
「ミミミミミミミシェルルルルルルルルルルルルっっっっ!?!?!?!?」
「……あー安心しろ、今の俺は怪我人だし、第一今のお前に何かしたら不法侵入どころじゃなくなるからな」
「何じゃと!? それはわたしに魅力がないとでも言うのかっ!?」
「それ以前の話をしているっての。んじゃお前に魅力を感じたから誘ったと言う方が良いのか?」
「Sqあwせdrftgyふじk!!??」
「ゼントラ語にすらなっとらんぞ」
顔中から蒸気を吹き上げて謎の生命体になりつつあるクランに、ミシェルはミシェルらしい微笑みを浮かべてみせた。
……なのに、クランにはその見慣れているはずの微笑みがいつもと違うように見えた。
だが、その違いは、決して違和感や不快さを感じさせるものではなかった。
「……冗談抜きで、お前の嫌がるようなことをするつもりはないさ。
それに、折角見舞いに来てくれたのに風邪引かせて帰すわけにもいかないしな」
その瞳に、確かに自分が映っているのを,クランは見た。
「………………………」
ミシェルと寝たこと自体がないわけではない。
しかしそれはあくまで昔の話で、泣き虫ミシェルが小さな泣き虫ミシェルだった頃、自分が無邪気にそのお姉さんをすることができていた
そんな過去の話だった。
気がつけば、いつもお姉ちゃんに甘えていてくれた愛らしい弟分は自他共に認める眉目秀麗な公私にわたるスナイパーになっていて、
夜ごとに違う女とベッドを共にすることを当然とするような色男になってしまっていた。
そして自分はお姉ちゃんからからかい相手になってしまっていて、それが悔しくて哀しくて。
でも一緒にいるためのマイクローン化がどうしようもない壁を作っていてしまって。
でもミシェルはいつまでも自分の中ではミシェルのままで。
大好きなお姉さんを失った悲しみをどうにかしようと、どうにもならない現実に立ち向かおうと、
自分なりに精一杯努力して、足掻いているミシェルなのがどうしようもなく分かってしまっているから。
幾重もの装甲と表面処理で覆われていても、その奥底には隠しきれない何かがあるのは分かっているから。
「………………………」
今夜のミシェルは、いつもと少しだけ違って見えた。
その端正な容貌も、女慣れした姿勢も,それ自体は変わらない。腹立たしいぐらいいつものミシェルだ。
でも……こんな風に真っ直ぐ見つめてくれたのは、何時以来だろう。
素直に正面から向き合えたのはどうしてだろう。
「ほら。そろそろ俺が寒いって」
「………………………」
だから。
504 :名無しさん:2011/01 /30(日) 21:38:14
「……変なことをしたら怒るからな」
「無理矢理は趣味じゃないからな。何事も合意の上で、が基本さ」
「バカ」
少女らしいローファーを脱いでベッドに滑り込む。
ミシェルが掛け布団を掛けると、病院特有の消毒臭と……ミシェルの匂いがした。
鼻孔からのその直接の刺激が、一瞬だけ鼓動を跳ね上げさせ、頭の中をかっと熱くする。
「寒くないか?」
「……寒くない」
「そか」
寒くないと言ったのは嘘ではない。むしろ暑いぐらいだったから。
ベッドの中の暖かさがミシェルの体温そのものだと思った瞬間、全身の毛穴が開いてしまったような錯覚に襲われる。
変わらない部分があると言っても、それが何も変わっていないと言うことを意味するものではないということを、
文字通り体中でクランは感じていた。それがどうしようもなく恥ずかしく感じて、思わずミシェルに背を向けてしまう。
ただ、ベッドから出ようという気には全くならなかった。
「………………………」
予想外の来訪者を受け入れた病室は、受け入れる前の静寂を保っている。
吐息も、鼓動も聞こえそうな程に。
その静けさの中で、二人の時間はゆっくりと流れようとしていた。夜明けまではまだ相応の時間があった。
505 :名無しさん:2011/01 /30(日) 21:40:20
以上、スレ汚し失礼致しました。
最終更新:2011年05月04日 02:20