531 名前:495[sage] 投稿日:2011/02/03(木) 19:32:06
何となく休暇を取ってしまったので書き上げてしまいました。
まさかABCの3パートまで行くとは自分でも予想外でしたが。
構成と投下量を考えて、とりあえずABパート分を投下させていただきます。
532 名前:495-A[sage] 投稿日:2011/02/03(木) 19:34:15
キミは誰とKissをする
大きな私 それとも ちいさなわたし
キミは誰とKissをする
星を巡るよ 純情
弱虫泣き虫連れて
まだ行くんだと思う 私
あいするよりもとめるより
うたがうほうがずっとたやすいじぶんがくやしい
いたいよ
味方だけど愛してないとか
まもるけどそばにいれないとか
苦い二律背反
いますぐ たっちみー
運命ならばつながせて
キミは誰とKissをする
私 それとも わたし
心揺らす言葉より
無責任に抱いて 限界
その日、宇宙は薙いでいた。
「システムチェック、オールグリーン。ピクシー1、ミッションスタート!」
凛とした声が響くと、紅のクアドラン・レアは勢いよく宇宙を駆けだした。
流星よりも鮮やかにプラズマの尾を引いて、漆黒の中に鋭い軌跡を描く。
その輝きはまさにクラン・クランそのものだった。
「記録を開始します。まずはアフターバーナーなしでの通常飛行からお願いしますね」
『了解!』
ゆったりとレドームを回転させるルカ機の前で、クランのクアドラン・レアが勢いよく跳ねて踊り出す。
クアドラン用新型ブースターパックの試験飛行は、まさに順調そのものの始まりを迎えていた。
テストをするのはクラン機、記録をするのはルカ機、そして護衛をするのが……
『おーおー、相変わらずよく動くこと』
『この程度、まだほんの遊びだ!』
援護/護衛を担当するミシェル機に見せつけるように、クラン機が見事なループを決める。
息をのむほどの加速から瞬きもできない方向転換、勢いを殺さず機体をひねってステップ・アンド・ターン。
背中に輝く翼が見えてくるような、鋭くも滑らかな飛行だった。
533 名前:495-A[sage] 投稿日:2011/02/03(木) 19:38:13
「アルトの奴が無駄に張り合いたくなるのも当然か……」
周囲の警戒を怠ることなく、しかし真紅の流星を視界から逃がさないまま、ミシェルが感嘆と賞賛を小さな笑みで表現する。
子供のように無邪気のようで、それでいて牝豹のように獰猛でもあるクランの飛ぶ姿を見るのが、ミシェルは好きだった。
あらゆる無駄を廃して徹底的に計算尽くで飛ぶスナイパーとは正反対のその機動が、いつ見ても新鮮で,いかにもクランらしかったから。
宇宙を駆けるクアドラン・レア。
まばゆいばかりの真紅の流星。
輝きを振りまいて舞い踊る戦乙女。
いくつものクラン・クランの中の、紛れもないクランの一つ。
その紡ぐ軌跡に、心惹かれるのが止められない。
『徹底した軽量化と制御プログラムの見直しで速度は3割増し、燃費も15%は向上という売り文句ですから、
これぐらいはやってもらわないと、ですけど』
「見た感じは速度は倍で燃費は3倍って感じだけどな」
付近のフォールド断層はほぼ皆無で、バジュラの反応もかけらもなし。
まさに試験飛行日和の宇宙そのものだった。
ルカと他愛のない馬鹿話をしながらクランのフライトショーを堪能するミシェル……だが。
「………ん?」
その形のよい眉が、僅かにひそめられた。
「スカル3、ピクシー1の状況は?」
『……今のところ異常はありませんが? すこしだけバーナー回りが熱くなってますけど、でも許容範囲内ですね』
「………………」
試験はアフターバーナーを使用しての高速機動モードに入っていた。
観測機と護衛機からかなり距離を取って、クランは何も妨げるもののない、彼女のためだけの舞台で踊り出している。
速度は更に上昇して機体のコントロールが更に難しくなっているはずだが、紅の妖精は見事なステップを魅せ続けていた。
その動きには何の問題も見られないし、観測機器にも異常は検知されていない。
「何か気になりました? 先輩」
『………………』
急に無口になったミシェルを、ルカは先輩も意外と心配性なんだから、と整理した。
まあミシェルがクランのことをどう思っているかなど、からかうのも野暮の極みというか馬鹿馬鹿しいほどではあるし。
今回のテストがL.A.Iではなく統合軍試験開発部製の機材であることが少し心配なのも、理解できなくはないのだけれど。
コクピットに増設された観測機器のモニターやインジケーターはほぼ想定の範囲内の数値と状況を示している。
多少のブレや揺らぎはあるが、でもそれはテストにはつきもののものだ。
赤の警報どころか黄色の注意表示すらないのはいつも以上と言ってもいいだろう。
カメラの映像でも、クラン機の動きは軽快そのものだった。
「心配しすぎですよ,ミシェル先輩」
『………………』
「………そんなに心配なら」
普段からそんな風にしてあげればいいじゃないですか、そう続けようとしたとき。
『………エマージェンシィ!!』
クランの緊急コールが鼓膜を突き刺した直後、順調だった世界が一気に反転した。
534 名前:495-A[sage] 投稿日:2011/02/03(木) 19:41:46
あらゆる画面が真っ赤な警報で染まり、表示される数値が制御を失って暴れ出す。
「!?」
コクピットに鳴り響く警報音。点滅する不吉な表示の大群。
大量ではあるが一つの結論しか導き出さないそれらの意味するところは明確だった。
「試験中止! クラン大尉,直ぐにパックを廃棄してください!」
ルカはためらわずに宣言した。だが。
『……ダメだ、パージ不能! 強制排除シークエンスも作動しない!?』
「!?」
画面の中のクラン機は、明らかに異常なプラズマに弄ばれていた。
クアドラン・レアは呪いの赤い靴に踊らされるようにでたらめな速度と機動に振り回されている。
無人随伴機の観測カメラはどうにかその姿を画面に捉え続けているが、可能なのはそれだけだった。
「こちらから介入します、緊急解除コード入力!」
通信機から絶え絶えに聞こえるクランの押し殺しきれない苦痛の声に鼓膜を突き刺されながら、
震える手をどうにか規定どおりに動かして非常用の強制信号を打ち込む。
例えフォールド断層に飲み込まれていても作動するはずの安全装置が、呪いのステップを無理矢理にでも終わらせるはずだった……が。
「コードを受け付けない!?」
コードを何度打ち込んでも、同じ動作の繰り返しは同じ結果しか生まなかった。
追加されたブースターパックを爆発ボルトで切り離すはずのシステムは、ただの装飾品と化していた。
「クラン大尉、脱出を! 機体を捨てて逃げてくださ……っ!」
クランのバイタルサインを表示するモニターに,不吉な単語が並んでいた。甲高い電子音の悲鳴が響く。
パイロットの意識が喪失。ブラックアウト。すなわちそれが意味するものは。
「クラン大尉ぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」
止まらない警報と警告表示
に翻弄されるルカの中で、忌まわしいほど冷徹なルカ・アンジェローニの部分が状況を正しく理解していた。
ここからではもう間に合わない。
高速機動モードのテストのため,単機で遠く離れたクランの機体には手は届かない。
あのクアドラン・レアはもう保たない。
どうやってももう間に合わない。
アフターバーナーの異常加熱はバーナーそのもの毎機体を溶かしだしている。
その炎が推進剤のメイン供給ラインに回れば全てが終わる。既に終わりだしている。
最後の耐熱層が燃え尽きるまであと15秒。
「大尉! クラン大尉ぃぃっ!」
あと10秒。
9
8
7
6
5
4
3
!
そしてルカ・アンジェローには確かに見た。
不運という名の悪魔に翻弄され、誰の手も届かないところに逝こうとしている赤い機体が。
まさに弾けようとするその寸前、青い機体がその身を躍らせて、つかめるはずのない手をつかんだその姿を。
535 名前:495-B[sage] 投稿日:2011/02/03(木) 19:45:15
♪ 進め進め SMS
飛んで飛んでぶっ飛んで
Noと言えない SMS
お呼びとあらば 星の果て ♪
♪ Noと言わない SMS
お呼びとあれば 星の果て ♪
「スカル2,レーダーレンジに入ります」
マクロスクォーターのブリッジにモニカの声が響いて直ぐ、レーダースクリーンに味方機を示すマーカーが現れた。
画面に浮かんだ青い光点は1つ。でも表示されるコールサインは2つ。
スカル2とピクシー1の帰艦軌道が点線で示され、2機……2人が帰ってくることを告げていた。
「無事だったか」
「ま、取りあえず終わりよければ全てよし、としましょ」
艦長席でワイルダー艦長が安堵の溜息をつき、操舵手席でボビーが小さく肩をすくめた。
オペレーター席でモニカ、ミーナ、ラムが笑顔を交わし、キャシーが組んでいた腕から力を抜く。
ルカからの通信で、1時間ほど前に飛び立った彼らに何があったかは分かっている。
今でこそブリッジの空気はいつもどおりだが、ついさっきまではブリッジにいる誰もが顔色を変えていた。
「カメラでも確認、スクリーンに出します」
メインスクリーンの一部が拡大され、こちらに帰りつつあるスカル2とピクシー1の姿を映像として皆の前に表示した。
すると。
「「「「「「「!」」」」」」」
思わず口笛を吹いたのは誰だったのだろうか。
ワイルダー艦長が少しだけ帽子を揺らして眼を細め、キャシーが軽く目を見開いた。
「………バルキリーが変形できるのって、こういうときの為なのかしら」
536 名前:495-B[sage] 投稿日:2011/02/03(木) 19:49:08
マクロスクォーターが2人の姿を目視で確認してから間もなく、2人からも彼らの母艦の姿が形となって見えてきた。
発光信号が何度か点滅して、誘導用のガイドビームが伸びるのが見える。
着艦まではあと少しだった。
「……もういいから、ここで」
「何言ってんだか。泳いで帰るわけにもいかないだろ」
「だって……」
機体を失ってヘルメットとパイロットスーツだけになったクランがごにょごにょと呟く。
「恥ずかしいだろ、これ……」
推進手段を全て失ったクランを運んでいるのは、ミシェルのVF-25だった。
バトロイド、すなわち人型に変形した青い機体が、慎重にバーニアを吹かしながらゆっくりとマクロスクォーターに接近する。
その右手をクランの背中から肩に、左手を両膝に廻して……いわゆる「お姫様抱っこ」でクランの身体を抱えながら。
「気になるなら目をつぶってろ。そうすりゃどんな風に見られてるか分からずに済む」
「見られてることに変わりはないじゃないかぁ」
「ま,俺に助けられた罰ゲームだと思って我慢するんだな」
「罰ゲームなんて………そんな……私は別に……その…………」
「ん、何か言ったか?」
「何も言ってないさっさと連れてけバカぁ!」
「……なーんかこう、露骨に見せつけられているような気がするんだけど」
「気にしたら負けだと思います先輩」
美女と野獣ならぬ美女とバルキリーの姿に複雑そうな顔をするミーナに、ラムがまあまあと手を振ってみせる。
その脇でモニカが一瞬だけ顔を赤らめたのは、ワイルダー艦長操るマクロスクォーター強攻型(人型形態)にお姫様抱っこされる
自分の姿を妄想したせいかもしれない。どんな状況だそれは。
「スカル2、ピクシー1の状況は?」
『外観からは目立った外傷はない模様。
……あー、強いて言うならバストが先月より1.2㎝増加したと推定。
お前そろそろカップサイズ上げた方が良いんじゃない? 今のサイズ合ってないだろそれ』
『ななななななな何で何を言うんだおまえはあああああああああ!!??』
『あれ、違った? 見た感じそれぐらいかなあと思ったんだが』
『そういう問題じゃないだろうがあああああああああああああっっっっっ!!!???』
うわーやってらんねーという空気がブリッジに満ちる。
両腕で胸を抱えてぎゃんぎゃんわめいているクランは、しかしお姫様抱っこされるのを止めようとはしていないし、
ミシェル……が操縦するバルキリーも,腕の中でどれだけ暴れようともお姫様抱っこを止めようとはしなかったから。
「キャシー中尉、撃っちゃっていいですかあれ」
「気持ちは分かるけどそれは止めときなさい。ガイドビームで炙るぐらいなら止めないけど」
「それも十分問題だと思います」
だがしかし。
『……とまあこんな感じでパイロットの生命に危険は無いとは思いますが。
ただ、見えないところで何がどうなってるかは分かりませんからね。医療班の準備はよろしく』
ミシェルの口調は軽く、口元には笑みすら浮かんでいた。ただ、その目は真剣そのものだった。
端正な容貌にかすかな緊張の名残を確認して、ボビーが少しだけ意味深げな表情を浮かべる。
「5年前ならよろめいちゃうかも。ミシェル坊やもそんな顔ができるようになったとは、素敵ね」
『!?』
『……それは光栄と言っておきます』
「安心なさい。救急車はちゃんとデッキに待機してもらってるから。クランちゃんを速攻運んでもらう準備はできてるわ。
何ならミシェル、アナタも一緒に病室のベッドまで運んで差し上げてもいいわよ?」
『あsdfghjっkっl;!?』
『それはなかなか魅力的な提案ですが、流石にバルキリーじゃベッドの寝心地は分かりませんからね。今回は遠慮しておきます』
表情などあるはずがないバルキリーのカメラアイが、小さく笑ったように見えた。
537 名前:495-B[sage] 投稿日:2011/02/03(木) 19:51:50
「……ほれ、もうすぐ着艦だからおとなしくしろって」
「だいたいお前はいつもそう……ブツブツブツ」
マクロスクォーター左舷甲板に描かれた艦番もはっきり見えるほどになり、青いバルキリーが着艦態勢を取る。
いつもより細かい姿勢制御と頻繁かつ控えめのバーニアの噴射が、どれだけその腕に抱く相手を思いやっているかを表していた。
できるだけ衝撃を与えないように、クランに負担をかけないように細心の注意を払って降りようとしているのか、
機械の腕に抱かれていてすら痛いほど伝わってくる。理解できてしまう。
直接には見えないミシェルがどれほど真剣な顔をしているか、ヘルメットのバイザー越しでも思い浮かべてしまう。
だからそれ以上は何も言えず、クランはミシェルに抱かれるままにいることしかできなかった。
「……本当にお前は、女の敵だな」
「いきなり何だよおい」
「バルキリーでもこれだけ優しく抱けるなんて、どれだけ犯罪者なんだ」
「褒めるのかけなすのかどっちかにしてくれ」
「褒めてない!」
腹が立つ。本当に腹が立つ。
何でバルキリーの、ロボットの頭を見ながら顔を赤くしなければならないのか。
硬くて冷たい機械の腕の感触に、優しさとか暖かさとかを感じてしまわなければならないのか。
全部ミシェルのせいだ。ミシェルのせいだ。ミシェルが全部悪いのだ。
まったく。まったく。まったく。
「何処か痛いのか? 痛いなら素直に言うんだぞ。我慢したってカナリアさんとかに迷惑がかかるだけだからな」
「痛くなんかな………っ!」
ごく僅かなはずの震動が、予想以上に耐えられなかった。
殺し損ねた悲鳴とこわばった身体が、クランにかかった負荷の大きさを自然と証明する。
戦闘民族たるゼントラーディが失神するほどの衝撃と重力加速度は、決して生易しいものではなかった。
「ほら見ろ。いいか、何処が痛むのかきっちり自己申告するのもパイロットの義務なんだからな」
「うるさい……分かってる……っ」
バルキリーの頭部が小さく動いて、そのカメラアイが正面からクランの顔を捉える。
かすかな駆動音と共に動いたレンズが、腕の中の戦乙女の様子を無機質なはずの視線で見つめていた。
そして。
「……間に合って,よかったよ」
そのミシェルの声はあまりにも真剣で、深くて、心の底からのものだったから。
だからクランは、一瞬その痛みを忘れることができた。
『スカル2、着艦します』
538 名前:495-B[sage] 投稿日:2011/02/03(木) 19:55:23
姫君を抱いたままの機械の騎士がまるで羽根のように柔らかく母艦に降り立つのが、ルカ機からも確認できた。
心からの安堵の溜息をこぼしつつ自分も着艦態勢に入りながら、ルカは先ほどの光景を画像とデータで呼び出した。
「……さすが、ミシェル先輩ですか」
暴走する直前の自機とミシェル機、クラン機の位置がディスプレイに映し出される。
その示す事実……ミシェル機は自分よりもクラン機から遠い位置にいた、ということに、ルカは感嘆せざるを得ない。
間に合うはずのない自分の位置から更に遠くにいたはずなのに、ミシェル機はクラン機に追いついた。
計算など不可能な混沌そのものの軌道をでたらめとしか言えない高速で描くクラン機に最速で到達し、
クアドラン・レアの機体を装甲ごとナイフで切り裂いて中のクランを傷つけずに「取り出し」、
爆発の影響を受けずにその場を離れる。
それは正確かつ冷徹な計算なしには絶対にできない行動ではあったけれど。
「冷静さだけでできる技でもないですよ、ね」
あらゆる観測機器よりも注意深くその様子を監察し、異常を感じ取ったならばなりふり構わず駆け寄って、
激突も爆発に巻き込まれることもを恐れず物理的に接触して自分の手で助け出す。
そんなことはよほどの馬鹿にしかできないことだ。究極のクラン馬鹿にしかできるはずもない無茶で無謀で無理だった。
「まだまだ機械は人には勝てないってことですか……」
愛は勝つ、というフレーズが自然と思い浮かんだ。
馬鹿馬鹿しいほど陳腐で芸も何もない表現だけど、だからこそ使われ続けているのかもしれない。
少しだけ悔しいけれど、でも素直に凄いと思いながら、ルカは自分のバルキリーをミシェルの描いた着艦軌道に乗せていった。
550 名前:495-C[sage] 投稿日:2011/02/05(土) 20:47:22
水面が揺らぐ
風の輪が広がる
触れあった指先の
青い電流
見つめ合うだけで
孤独な加速度が
一瞬に砕け散る
あなたが好きよ
3泊4日の検査を兼ねた入院治療……クランの診察の結果がそれだった。
重症ではないとは言え負傷の影響を考慮してマイクローン化はせず、そのままゼントラーディ用の病院に運び込まれて。
初日と2日目は包帯と治療用ジェルと消毒薬に埋まっていたのだけれど。
「…………………」
入院3日目の朝、良く言えばクランは極めてリラックスした自然な状態にあった。
言い換えれば、油断しまくっていたということになるのだろうか。
油断していたこと自体を非難するのは酷かもしれない。
ゼントラーディ用軍病院の女子病棟にある個室で、そこで3日も治療だけの日々を過ごしていれば、
色々な意味で緊張感を保ち続けるのは困難であるだろうから。
「…………………」
流石に顔は洗ったもののそれ以外は寝起きのままで、クランはベッドにあぐらをかいてぼーっとテレビを眺めていた。
パジャマもシーツも寝乱れたまま、ツインテールもあちこち阿波踊りさせたままで朝の情報番組をふやけて見ているその姿は、
凛々しくも勇ましい戦闘民族のイメージとは少なくとも1万光年ほど離れたところにあった。
「暇だ………」
治療の経過は順調そのもので、検査もあらかた済んでしまっている。
痛みは殆ど残っておらず、今は念のために安静にしているだけに過ぎない。
あの試験の事故についてはSMSと統合軍との間でかなり激しいやりとりがあったらしいが、
少なくともこの病室はそれとは全く無縁の穏やかな時間を過ごしていた。
だから。
部屋の扉がノックされても、クランの反応は鈍いままだった。
このとき、自分自身が人前に出るのに適切な状態にあるとは言い難いこということ自体は、クランは理解はしていた。
ただ。
551 名前:495-C[sage] 投稿日:2011/02/05(土) 20:49:27
「クラン大尉、ネネですけど、入ってもいいですか?」
「ネネか……あー……」
聞こえてきた声が、昨日も一昨日も見舞いに来てくれた、気心も知れているネネのものだったこと。
ゼントラーディ用軍病院女子病棟はメルトラン……ゼントラーディの女性以外立ち入り禁止というわけでもなかったが、
その性質上男性の来訪を積極的に歓迎も容認もしておらず、マイクローン用の設備も整備はされていなかったこと。
治療疲れで体力はともかく、精神的にも弛緩した状態にあったこと。
それらの要素が化学反応を起こした結果。
「ん-、まあいいか……散らかってるけどどうぞー」
流石にまずいかなーでもネネだしいいかーと思ったから。
クランは特に何も行動を起こさず迎えることにした。
「じゃ、お邪魔しまーす」
作動音と共に扉が開き、見慣れたSMSの制服姿のネネが入ってくる。そして扉がそのまま閉ま……らなかった。
「?」
がしゅんがしゅんと病院らしからぬ足音がして。
ネネのロングヘアーの向こうから何かが顔を覗かせた。
「よ、調子はどうだ?」
「………………………」
それがバルキリーの頭部であることを理解するのに、クランは少し時間を必要とした。
バルキリーといっても色々種類はあるが、あの形状はVF-25のものだ。
VF-25の、長距離射撃/狙撃能力向上型のG型だ。
カラーリングはミシェルの青で、外部マイクから聞こえてきた声も当然ミシェルの声で。
ミシェルのバルキリーがバトロイド形態で,ネネの後ろから姿を現していた。
「………………………」
ミシェルのバルキリーだ。
中に乗っているのはミシェルだ。
自分の前にミシェルがいるのだ。
「………………………」
そしてミシェルの前にいる自分は。
「………………………」
事態と状況を理解し始めるのと同時に、カウントダウンが開始された。
5
顔が一気に赤くなる。
4
全身がわなわなと震え出す。
3
声にならない声がこぼれる。
2
大きな瞳が潤み出す。
1
そして
0
爆発。
552 名前:495-C[sage] 投稿日:2011/02/05(土) 20:52:06
「いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっっ!!!!!!」
病院自体が震えるような悲鳴が上がった。
ネネとバルキリーが思わず両手で耳をふさぎってバルキリーが何で耳をふさぐのだろうか。
まあそれはともかくとして、見舞いに来た2人の前でクランは全力で布団に潜ってしまった。
「あー……クランさん……?」
「バカバカバカミシェルの馬鹿ぁっ!!来るなら連絡してから来てよバカぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
「………………………」
布団に潜って涙声で泣きわめくクランというレアなものを目の当たりにしたネネとミシェルが顔を見合わせる。
状況を先に理解して行動を起こしたのは女性であるネネの方だった。
あっちゃーしまったかと強ばった笑みを浮かべて何とかフォローしようとする、が。
枕を抱えて布団に籠城してわんわん泣いているクランを前にしては
「………え、ええと、ミシェル少尉、いったん出ましょうかっ?」
「そうした方が良さそうだね……」
一時的な戦略的撤退以外にできることはなかった。
15分後。
「……クラン大尉-、もう入ってもよろしいでしょうか……?」
「………………………」
「じゃ、じゃあ失礼して入らせてもらい………っ!?」
部屋の中にいたのは、どす黒いオーラを背負ってツインテールをわなわなとうねらせる破壊神だった。
何もかも飲み込む漆黒の暗黒星雲の中に不吉な目をぎらつかせながら、耳元まで裂けた口から怨嗟の呼吸音が吐き出されている。
あまりの恐怖に石化するネネ。
だが。
「あーすまん、俺がネネさんに、内緒で見舞いに行って驚かせてやりたいって言ったんだ」
青のバルキリーがかばうように前に出ると、両手を合わせて深々と頭を下げた。
「ちょっとデリカシーがなさ過ぎた。いや、本当に悪かった。
男ならともかく、女性なら色々準備が必要で当たり前だよな。すまん」
「…………………」
再度頭を下げるミシェルのバルキリーを前にして……やがて、ふしゅーっと謎のブレスを吐き出していた口が閉じられ、
メデューサのように蠢いていたツインテールがどうにか落ち着きを取り戻す。
暗黒のオーラが四散して瞳が不吉な輝きを浮かべるのを止め……謎の暗黒魔神はクラン・クランに戻った。
「……あー、ネネさん、ここは俺が謝っておくからさ」
「あ、は、はい、お任せしますねミシェル少尉! わたしはまた後で来ますから! では失礼しますクラン大尉!!」
ミシェルの勧めに、ネネは愛想笑いを浮かべて応じるとダッシュで病室から退去していった。
今度こそドアが閉まり、病室には2人……1人と1機?……が残される。
「……そっち行っても、いいか?」
「………………………」
返事はない。最低限の身支度は済ませたがパジャマ姿はそのままのクランは、ベッドに座って枕を抱いたまま顔を上げようとしない。
「沈黙は肯定と判断するけど、いいんだな?」
「………知らないっ」
ぷいと顔を背けるクラン。だが完全な否定と拒絶はないと判断すると、ミシェルはバルキリーを前進させた。
ベッドサイドまで近づく。クランは顔と背中を背けたままだった。
553 名前:495-C[sage] 投稿日:2011/02/05(土) 20:56:53
「座らせてもらうぞ?」
「………勝手にすれば」
「ではお言葉に甘えて」
来客用の丸椅子に座るバルキリー。座る必要があるのかと考えてはいけない。多分。
「なあ、何度でも謝るからさあ、ちょっとだけでいいからこっちを向いてくれよ」
「知らない。あんたが勝手に来て座ったんでしょ。なんで私がそっちを向く必要があるの」
「これは相当ご立腹のようで……」
「当たり前でしょバカ!」
あんなみっともない格好を見られて、可愛らしさとか女らしさとかから全く無縁の姿を見せる羽目になって、
どれだけ情けなくて恥ずかしくて哀しくて自分自身が許せない気持ちにさせられたのか、ミシェルは分かっているのだろうか。
よりにもよってミシェルに、ミシェルにあんな自分を見られたなんて。
何時だって一番可愛い自分を見て欲しいのに、ミシェルの前では綺麗なクランでいたいのに。
「………………………」
ぐちゃぐちゃな気持ちが溢れているクランの後ろ姿に、ミシェルが僅かに天を仰ぐ。バルキリーだけど。
少しの間沈黙が流れる。
クランは背中を向けたままで、ミシェルも言葉を失ったまま。
それでも出て行けとは言わず,出て行こうともせずに。
やがて。
「………クラン」
ミシェル@バルキリーが、意を決したように動いた。
「寝癖、まだついてるぞ」
「…………!!??」
慌ててブラシを入れたらしいツインテールは、まだそこここで跳ねたり踊ったりしていた。
クランが思わず振り返って乱れた部分をどうにかしようとパニくりかけたところで。
「梳いてやるから、おとなしくしてろよ」
「っ!?」
サイドボードに置いてあったブラシを右手に取ってから、ミシェルがクランの左肩にそっと触れる。
クランの身体が跳ねかけたのも,それを抑えるように左手に力が入ったのも,ほんの一瞬だけだった。
生身と機械の目が合って……クランから余計な力が抜ける。
「そうそう、任せろって」
「………………………」
クランが再度背中を向ける。しかしそれが意味するものは拒絶や否定ではない。
任せられるからゆえの、それは許容と信頼の表れだった。
554 名前:495-C[sage] 投稿日:2011/02/05(土) 20:59:24
「………………………」
グルーミング……毛繕いはある意味もっとも原始的かつ本能的なコミュニケーションかもしれないと、ミシェルは思う。
例え種族は違い、生身とバルキリーという笑うしかないギャップはあれど、個人的には些細なことだ、とも。
「………何で」
「ん?」
「何で来たんだ。しかもバルキリーまで持ち出して」
精一杯『まだ怒っていること』を表そうとしている声音ではあった。
振り返ってなんかやらないからと、背中には力が入っていた。
「まあな」
でもやはり、クラン・クランは嘘と隠し事が大の苦手で下手なのも分かりすぎるぐらいに分かってしまう。
その後ろ姿はあまりにも無防備で、ミシェルに自然と全部預けてしまっていたのだから。
「そろそろ退屈してるんじゃないかと思ってさ、でも俺のサイズじゃ行きにくいってネネさんやララミアさんに言われてな。
だったらまあ、俺の方からサイズを合わせるしかないだろ。で、こういうわけだ」
機械の手とは思えない滑らかさと丁寧さでミシェルの愛機がブラシを操るたび、
乱れていたクランのツインテールが落ちついて整えられていく。
「使用申請出したら隊長とキャシー中尉には渋い顔されたけどな、艦長は笑ってサインしてくれたよ」
「……………………」
実質上ミシェルの専用機になっているとは言え、VFー25Gはミシェルの私物でも玩具でもない。SMSという企業の装備品だ。
それを見舞いのために持ち出すなど、気軽にできることでも認められることでもない。
ここにこうしているためには、決して少なくない努力と時間を要しているのだ。
「……ネネかララミアに連れてきてもらえばそれで済んだんじゃないか」
「まあな」
にもかかわらず。
「見舞いには、自分の足で来たかったからな」
「………そう、か」
相変わらずミシェルからはクランの顔は見えない。
だが、このときクランを正面から見ることができる者がいたならば、
その表情がさっきとは全く異なっていたことは一目瞭然だっただろう。
ミシェルが、自分から、自分自身の力で見舞いに来たいと思い、実際に来てくれたという事実は。
クランの不機嫌を全部吹き飛ばすのに十分なものだった。
「ま、まあ……見舞いに来てくれたこと自体は感し……認めてやっても、いい」
「それは光栄の極み」
見えない尻尾をぱたぱた振りながら照れ隠しにあちこち不自然に強ばりつつふにゃあとなっているクランとは対照的に、
ミシェルの声と口調は軽く、ブラシを操る手も乱れはみせない。
しかし、それは心と気持ちまで軽いことを意味するものではなかった。
「……………………」
髪は女の命、とも言われる。そこにはヒトもゼントラーディも関係ない。大切な存在であることに変わりはない。
それに触れられる幸福、触れさせてもらえる喜びは,何物にも代え難いものであるのだから。
555 名前:495-C[sage] 投稿日:2011/02/05(土) 21:02:22
「昔は、もっと短かったよな………」
「………伸ばしているからな」
機械とは思えない手つきでバルキリーが梳く度に、群青色のツインテールがその輝きを増す……そんな気がした。
それは錯覚なのだろうけど。自分の思い込みに過ぎないのだろうけど。
「まだ伸ばすのか?」
「……………ああ」
クランの髪。何処までも綺麗で深くて、自然と目が奪われて心が惹かれる群青の流れ。
見上げるほど大きくても見下ろすほど小さくても変わらない、紛れもないクラン・クランのクランであるもの。
「………毎日大変だよな」
寝癖はもう直っていた。髪の乱れは問題ない状態にまで整えられた。
しかしミシェルは梳くのを止めようとはしなかった。クランも止めようとはしなかった。
それは。
「…………だって」
「?」
「綺麗だからって、お前が、言ってくれたから」
「………!」
髪を梳く手を一瞬止めさせたそれは、遠い日の思い出だった。
自分自身が何か、相手自身が何かまだよく分かっていなかった頃、
だからこそ思ったことを思ったままに言うことができた頃の記憶の中の。
背丈と一緒に少しずつ伸びる髪。
その輝きが増していくことが、より大きく,長く跳ねては躍るようになっていくことが、何故だか嬉しくて。
それをそのままためらうことなく言うことができた、言われて受け止めることができた、幼くも素直な2人は。
言葉の力を借りて、しかし言葉を要することなく、今も互いにここにいることを理解した。
「……………………」
梳く。梳かれる。整える。整えられる。
梳いては整えられ、整えては梳かれて。
触れて。触れられて。触れさせて。触れさせられて。
ただその音だけが鼓膜をくすぐって。くすぐられて。
溺れそうになったのかもしれない。
556 名前:495-C[sage] 投稿日:2011/02/05(土) 21:04:28
「………ミシェル」
「ん?」
クランが少しだけ振り向いた。その動きが、ミシェルの意識を髪からクラン全体へと広げた。
艶やかな髪とそこから覗くうなじと耳の白さが、レーザーのように何かを貫いて焼き付けた。
かすかに染まる頬と、伏せられながら潤む瞳に、心そのものが奪われそうになった。
「髪の長すぎる女は、嫌いか……?」
ブラシを持つ手が止まる。クランは問いかけた姿勢のまま動かない。
何を言ったのか聞き直そうとして、そう思って、そのまま少しだけ近づいても動かない。もう少しだけ近づいても動かない。
更に近づいて……今度は動いた。こちらの方に。クランから近づいてくるように。
「………………………」
眩しい。クランが眩しい。
眩しいのに目が離せない。離れようとしない。離したくない。
焼かれるように何かが熱い。熱くて焼かれても構わない。焼かれるならそれでいい。
「………………………」
ミシェル・ブランは。
クラン・クランは。
ミシェル・ブランを。
クラン・クランを。
ミシェル・ブランに。
クラン・クランに。
「………………………」
その距離はゆっくりと、しかし確実に,加速度的に縮まって……………
「おはようございますクラン大尉! お見舞いに来ました!」
「おはよークラン、元気してる?」
「おはようございますクランさん、怪我の方はもう大丈夫ですか?」
左右の肩にシェリルとランカを載せたララミアが見舞いに来たのはそのときだった。
「 」
そこで何があったのか。
その後何が起こったのか。
語ろうとする者は誰もいなかったという。
透明な真珠のように
宙に浮く涙
悲劇だって構わない
あなたと生きたい キラッ!
流星にまたがって
あなたに急降下 Oh Oh
濃紺の星空に
私たち花火みたい
心が光の矢を放つ
557 名前:495-C[sage] 投稿日:2011/02/05(土) 21:06:58
戦闘は無論、アイドルのバックバンドから痴話喧嘩までこなすVF-25Gは
物凄い芸達者な子だと思います。
というわけでこのABCは495なりのもう一つのフレンドリー・ファイアのつもりで書いたのですが
……どうしてこうなったのでしょう。
最終更新:2011年05月04日 11:05