993 名前:959[sage] 投稿日:2011/04/16(土) 02:04:25
長く悩んでても仕方ないかなと思ったので、スレ埋めも兼ねてうpしたのをとりあえずテスト投下してみます。
「女神…かな…」
聞いた瞬間、我ながら口から砂糖でも吐くかと思った。
目の前の色男ミハエル・ブラン、愛称ミシェルは、
こちらの質問に対してそれ程予想外の答えを返してきたんだ。
「アルト…お前その顔、なんてくっさい奴だーとか思ってんだろ?
バカだな。時にはこういうフェイントをこなせないと、淑女にモテないものなのだよ。」
「え? 今の冗談?」
「そうさ。冗談、アドリブ、話術。」
そうおどけながら、一気に酒を飲み干すミシェル。
俺達は惑星フロンティアでの日次任務の偵察を終え、毎度行きつけのバーで労いの酒としゃれ込んでいる。
お互いのパートナーが捕まらず暇だったから、どちらからともなく酒に誘った…とも言う。よくある事だ。
ミシェルはパートナー云々を否定しそうだけどな。
まあこういう時は『彼女はどうしてんだよ』って話になるのが常ってもんで、
こいつは口も上手いから毎回俺は乗せられて、シェリルとの日常を白状させられる。
下世話な内容にまでは踏み込んで聞いてこないから、安心して口を滑らせてしまうのもあるんだが。
大抵はその後「あー甘い甘い、ノロケごちそうさん」等とからかわれ、
尚且つ周囲の仲間に一部バラされて、それを耳にし真っ赤になったシェリルに俺が怒られるわけだ。
そんな事を幾度となく繰り返せば、こいつの本音も一度くらい聞き出してやろうと思うのは当然というもの。
しかしミシェルは逃げるのが上手い。おだててもダメ、すかしてもダメ。変な搦め手とか当然効かない。
そうなったらもう俺みたいな単純な奴にできることは、素直に真摯な態度で聞くことくらいだ。
もちろん無理強いしないのが大前提。
そうやって地道に追求してきたのが実を結んだのか、はたまた根負けしたのか、
多少ふざけながらではあったが、とうとう呟いてくれた。
…クラン・クランという女を、ミシェルが一体どう思ってるのかを…
「(口調こそアレだったけど、どう見ても本気の目してたよな。)」
空いたグラスに酒を注ぎ足してやりながら、俺はミシェルの表情を反芻する。
「で、女神って思ったことはあるんだ? 今ごく自然にその例え出ただろ。」
「押すねえお前。……あー、いやまあ、女神のように敬愛してるってわけじゃなくてな、
あいつは凄い奴だから尊敬してる。そんだけのこった。」
無理やり話をぶった切ろうとしてるな。このまま俺の方に話を振るつもりだろう。
そうはいくか。
「確かにクランは凄いよ。俺達と一つしか歳も違わないのに大尉だし。」
「そうだなあ、あいつには何よりも大局を見通す目と統率力がある。
俺達だと求められるのは操縦の腕前だけだけどさ。ダテに隊長に抜擢されてないよ。」
よしよし食いついてきた。ミシェルは何だかんだで、クラン褒められると嬉しそうなんだ。
「実際頭もいいよな。専攻は異星生物学だっけ?」
「ガキの頃から生き物は好きだったけど、専門課程まで進んじまうとは思わなかったぜ。
文武両道ってのは正にああいう奴を指すんだ。」
「でもそれだったら、お前だって似たようなもんだろ。実技から学課まで含めて万年航宙科主席。
S.M.Sでも俺が入った時には、既にスナイパーとしちゃエースだったじゃないか。」
「いや、自分に関係のある専門分野だけの俺なんて、正直まだまださ。
あいつの凄さの本質は、それ以外の多彩な知識にまで、柔軟に対応できる点にある。」
「そういやシェリル奪還の前に、畑違いの医療系の仮説までスラスラ説明してたっけ。」
「マイクローン時だったから余計にギャップを感じたせいもあるが…あれは俺も度肝抜かれたな。」
ん? そういえば……
「戦と知恵の女神とかいなかったっけ? 旧世紀の地球の。」
「急に話変えんなよ、ビックリするだろ。…ってかお前もさり気に博識だね。」
「人ならざる者の役作りに悩んでた時、神話の本も色々読み漁ったからな。
神々ってのは人間以上に生々しいもんだから、結局大して役に立たなかったけど。
そうそう、あれだ。ギリシャ神話のアテナ。」
「ああいたいた。有名どころだな。確かローマのミネルヴァと同じ神ってやつだったか。」
「それそれ。平和のための戦いの女神。平時は知恵や技術を司る一柱だ。
……よく考えたら、何かクランみたいだよな。」
ブハッ!
おっとこれは珍しい。ミシェルが酒を噴き出すとは。盛大にむせてやがる。
「………………おま…いきなり…な…何言い出すんだよ……」
「キーワード的には、そんな感じだろう。お前こそ無意識に連想してたんじゃないか?」
「してねえって!」
「ホントかあ?」
「マジだっつーの。まあ確かにあいつはさ、知恵と教養を併せ持つ歴戦の勇士ってだけじゃなく、
ガキの頃からの俺の一番の理解者だし、俺の姉さんへのコンプレックスとか、ゼントラ化できない体質とか、
そういった俺の全部をそのまんま受け入れてくれる凄い女だとは思ってるけどな。
あいつは普通の人間だ。喜んで怒って泣いて笑う万能じゃない人間。そこまで神聖視しやしないって。」
照れ隠しなのか、一気にまくし立てるミシェル。そこまで聞いたつもりはなかったんだが。
しかしそう思ってるならさっさと気持ちに答えてやれよ。人間なんだから想いを耐え忍ぶにも限度があるぞ……
そう言いたくなったが言わないでおく。
きっとこいつにだって、本当は分かってるはずなんだ。
「ま、そーゆーことにしておくかあ。」
「…ていしねえよ。」
「……え?」
「否定しねえつったんだよ! 言われて少し連想しちまったよ! あいつ高潔だしな!
ああもう、何かいつもと逆で調子狂うなあ。あ、お前この話、マジで絶対誰にもすんなよ!
いいな! お前の女王様にもだぞ! ド・レ・イ・君!」
一杯一杯になりながら本気で照れるミシェルなんて初めて見た。
悪態をつきながら耳まで真っ赤にしちまって。こう言っちゃなんだが可愛いもんだな。
ミシェルもそう思いながら、俺とシェリルの事からかってるんだろうか。
「分かってる分かってる…って誰がシェリルの奴隷だ。」
「召使いの間違いだったか? 今日の夕食は何になさるおつもりで?」
「うるせえ。彼女は今晩ポトフをご所望でございます。」
俺達はお互いの気恥ずかしさを紛らわすように軽口を叩いて苦笑し合い、
再びグラスを鳴らして乾杯する。
しかしどうするかな、このネタ。一人で思い返してほっこりするのも悪くないが、
ミシェルとクランを大事な友達と思ってるうちの優しい女王様にも、
やっぱちょっとだけ教えてやろうかな……
「どうしよう! どうしようアルト!」
ミシェルの微笑ましい話を聞いた数日後、『至急!S.M.S事務所へ』というタイトルだけのメールで、
呼び出されて来てみれば、いきなりピクシー小隊の控え室に引きずりこまれるハメになった。
そこには涙目状態のシェリルとマイクローン化しているピクシー小隊の二人。
この状況からは何だか嫌な予感しかしない。
「アルトぉ! あたしね? あたしはね? クランを少しでも喜ばせたかっただけなの!」
半泣きしながら口に出したその台詞を聞いて、俺は一気に血の気が引いた。
「おま、まさかクラン本人に!? 」
「シェリルさんだけを怒らないであげてください。」
「ええ…私達も同罪なんです。」
ララミアとネネが申し訳なさそうに弁護に入る。
「と、とにかく状況を教えてくれ。」
「最初はクランに話すつもりとか全然なくて……」
「私達が先に汗を流し終えて、大尉がシャワー室に入ってる時に、シェリルさんが遊びにいらしたんです。」
「初めはわたし達新しいスイーツのお店の話をしてたんですよ。
でも今日はお姉さま、シャワーゆっくりだったんで、出てくる前にお話終わっちゃったんです。」
「それでそんな時にふと、シェリルさんがミシェル君と大尉の話を思い出して……」
「で、何も考えずあいつの女神話をしたわけか……」
「……ご…めんなさ……」
「シェリルさんはちゃんと『本人達には内緒で』って切り出したんですよ。」
「周りで話するだけなら、害にもならない微笑ましい内容でしたしねえ。」
「…いやまあ元を正せば、俺が嬉しくてつい話しちまったせいだ。一番悪いのは俺だからな。
ごめんなシェリル。これ以上は言わないから…」
黙ったまま大粒の涙をこぼれさせるシェリルを抱き寄せて撫でてやる。
当のシェリルは、されるがまま。
そうよ! あんたのせいよ!と返さないって事は、余程ショックだったって事だ。
「それでどんな感じにクランに話して、どういう反応だったんだ?
この様子からして、良い反応じゃなかったんだろうけど。」
「えーと、あのミシェル君がお姉さまを女神みたいに大事に想ってるって、
そんな話だったじゃないですか。」
…『あの』?
「周囲から見ててお互い好き合ってるのがバレバレなのに、
肝心の自分の気持ちを告白しない弱腰君の本音でしょう?
それで私達も何か嬉しくなっちゃって。」
……『弱腰君』? ミシェル、さり気にキツい事言われてるぞ。ちょっと同情する。
「三人で相談したんですよ。お姉さまには肝心な部分だけ伏せてですね…」
「本当は大尉が一番大事に思われてるんだという事を、それっぽくでも匂わそうと……」
任務後にマイクローン化を済ませ、シャワーを浴びてからのくつろぎのひと時。
クラン・クランは念入りにシャワーを浴び、出かけるためのお気に入りの服に着替えて出てきてみると、
彼女の友人たる銀河の妖精と部下二人が、控え室で楽しそうに話し込んでるのを発見した。
いくら基本的に男子入室禁止の部屋とはいえ、部下は両名ともはしたなくも半裸のままだ。
着替えも済まさずに何を夢中に…と注意を与えながら尋ねてみると、驚くべき答えが返ってくる。
「…女神と例えられるような女がいる!? ミシェルに!?」
その小さな身体から想像もつかないような大きな声を、クランは部屋中に響かせた。
「どうもそうらしいですよ大尉。」
「ミシェルってば、ただの女ったらしだと思ってたけど、そんな一途なところもあったのね。」
「ロマンチックですよね、お姉さま~」
どちらかといえば常日頃ミシェルの素行に否定的なコメントをつける部下と友人が、
三人とも肯定に回っているようだ。
これは一体どういう状況だろうかと少し混乱しつつも、クランは継続して情報を収集しようと努める。
「う……うむ。で、だ。それは一体、どんな女、なのだ?」
「戦いと知恵の女神だったかしら、アテナとかって。そう例えられるような凄い女性らしいのよ。」
「かっこいいです。」
「それってメルトランの中のメルトラン! みたいな感じじゃありません?」
「でしょでしょ?これはもしかしたら……」
「アテ…ナ……」
周りを囲む三人のかしましい声と反比例するかの如く、クランの声のトーンはドンドン下がり、
顔色も悪くなっていった。
具体的に女神の名前を耳にしてから、他の言葉が耳の端にも届いていないかのように。
その姿を見て、三人はやっと様子がおかしい事に気が付く。
「クラン?」「大尉?」「お姉さま?」
小さな大尉は誰の呼び掛けにも反応せず、ふらふらとした足取りで控え室を退出して行った。
話を聞いた俺は、思ってもいなかった事態の大きさに、頭を抱えそうになった。
「要するに自分がその女神とは全く認識できない様子で、ショックを受けたままどこかに消えたと。」
「すみません。私達も着替えてすぐ追いかけたんですが…」
「マイクローンのお姉さま、人混みにまぎれるとみつけられなくて…」
「携帯端末のGPS反応は……確認できてたらそんな顔してないか。行きそうな場所に心当たりはあるかな。」
「普段の大尉が立ち寄りそうな場所なら。でもああいう状態だと向かうかどうか、ちょっと自信ないです。」
「お姉さま…自分の事かもって…喜んでくれるかと思ったのに…」
何についてショックを受けたかも気になるが、今この状況下じゃそんな事気にしてる余裕はなさそうだ。
……こうなると、やるべき事は一つか。それには若干の覚悟がいるけれどな。
俺は大きく深呼吸した後、両手で自分の顔をパン! と叩いて気合を入れた。
突然の大きな音に、胸元にしがみついていたシェリルも含め、全員ビックリした顔でこっちを見て固まってる。
「よし、ちょっと行ってくる。三人は念のため心当たりのある場所を探してみてくれ。」
「あたし達だけ? アルトは、どこ行くの?」
「一番クランの事を理解してる奴のとこ。こういう時の行き先も、多分予測つくだろうし。」
「それならあたしも! あたしも謝るから一緒に!」
「わたし達もですよ! お姉さまがショックを受けた直接の原因は、
思慮に欠いたわたし達のせいなんですから!」
「そうです! アルト少尉だけなんて!」
「…ごめん。こういう時は男同士で腹を割って話し合う方が、結構上手くいくものなんだ。
ギャラリー居ない方があいつも素直になるだろうしさ。でも心配してくれてありがとう。」
「アルト……」
シェリルが心配そうな目でこっちを見上げてる。
俺の覚悟から少し不穏な空気を感じているんだろう。感受性が豊かで勘もいいからなコイツ。
紛らわせてやれるように、俺はシェリルの頭をくしゃくしゃっと撫でた。
「そんな顔してんなよ。お前に似合う涙は、嬉し涙くらいなもんなんだから。」
「…バカ。アルトのくせに。」
シェリルは目に涙を溜めながら、精一杯頬を膨らませる。
「ははは、その台詞が出せれば上等だ。」
ちょっとの間シェリルを頼むねとピクシーの二人に言い残し、俺は薄暗くなりかけた夕暮れの街へ走り出た。
眼鏡をかけた女神崇拝者を探し出し、そいつに殴られるために。
幸いミシェルには携帯ですぐ繋ぎをつける事ができた。
クランの事で至急の用件があると伝え、この時間人気のなくなる公園で落ち合う事にする。
果たしてミシェルは俺が到着するよりも早く来て待っていた。
「それで一体何の用なんだ。こっちはデートの待ち合わせ中だったんだぜ? 手短かにしてくれよな。」
「ちょっとだけ…待ってくれ。パワーカットしたEXギアで格納庫25周するよりキツい……」
嘘じゃない。時間削減のため走れる場所は力の限り走ってきたから、全身に酸素が足りてないんだ。
ふとミシェルを見ると、あいつも息が弾んでいる。負けず劣らず全力で走ってきたんだろう。
ああ…何だか身体よりも、精神の方のプレッシャーで息が乱れるよ。
少しずつ呼吸を整え、この後行うべき事柄に精神を集中。何か初舞台の時の緊張を思い出す。
「すまん!!」
「は!? いや、何がだよ? 開口一番いきなり頭下げられても困るぜ。」
「え…あ、とにかく謝らなきゃって頭があったから。そうだよな。
いきなりじゃわけわからないよな。とりあえず順を追って事情を話すから。」
俺は包み隠さず説明した。
自分が口を滑らせてしまい、この間の話をその日のうちにシェリルが知った事。
シェリルが今日ピクシー小隊の詰め所へ遊びに行った事。
最初クランが席を外していて、そこでピクシーの二人に話してしまった事。
その後シャワーを済ませ出てきたクランに、具体的な相手の名前を伏せて伝えてしまった事。
そしてクランが自分を連想して喜ぶどころか、ショックを受けたままどこかへ行ってしまった事。
ミシェルはただ腕を組み、黙って全てを聞いていた。
空の暗さに反応して次々に点灯していく街灯が、あいつの眼鏡をその都度強く反射させていく。
まるでミシェルの無言の怒りを表しているかのようだ。ぶっちゃけ、これはとても怖い。
「すまない。本当にすまない。全部俺のせいだ。」
「…速攻呼び出した上で素直に謝ってきたのは評価する。しかしな、お前さん、
それで済むとか思ってないよな。今までの逆襲にしても、これはちと洒落になってないぞ。」
「ぶん殴られる覚悟くらいなら、もちろん最初からできてるよ。正直嫌だけど。」
「素直な奴。育ちのせいかね。まあそういうとこは嫌いじゃない。」
ミシェルは袖を捲くり拳を握る。腱や関節の軋む音が耳に届いた。腕の筋肉まで固めた時に出る和音だ。
ああ…これは平手はありえない…間違いなく全力の拳が来るな。
「歯ぁ食いしばっとけよ。」
「分かってる。やってくれ。」
「じゃあ、遠慮せず。」
ミシェルは半身の構えから右手を大きく引き、その刹那俺に向かい勢いをつけ始める。
そして体重を乗せた拳が俺の顔面に……迫る事はなかった。
「(……あれ?)」
ズドッ!
何が起こったか自分でも一瞬分からない。その強い衝撃は思いがけない場所に炸裂した。
顔よりずっと下……腹だ。軌道を変えて腹にきやがった。
俺はそのままくずおれるように姿勢を崩し、地面に片膝をつく。
予想だにしていなかった部分へのダメージに上手く呼吸ができない。
ミシェルがそれを見てニヤリと笑った。
「ホントお前って素直だよな。腹にももうちょい力入れとけって。」
「か…顔にくるとばかり。こんなとこでまでフェイントかますなよ…」
「時には臨機応変に相手の裏もかく。何事にも応用できる秘訣さ。一発は一発だからまあ許しな。
これでチャラにしてやるよ。」
「え……それでいいのか?」
クランの事だけにマジで怒るだろうし、最低ニ~三発は覚悟していたんだが…
余程俺が意外そうな顔をしていたんだろう。ミシェルは微妙な笑みを浮かべながら後ろを向いて言う。
「別にお前のためを思ったわけじゃない。全力で顔を殴ったら暫く腫れがひかないからな。
お前の綺麗な顔にそんな怪我させてみろ。お前んとこの可憐な銀河の妖精が、
それ見る度に責任感じてしょげちまうだろうが。お前そういうの嫌だろ?」
…確かにそうだ。こいつそんな深いとこまで考えてたのか。
こういう点は素直に尊敬する。女の扱いでミシェルには敵わない所以だ。
そんな事を考えていると、そのままの姿勢で続けて呟き始める。
「俺とクランには…俺達には俺達なりの付き合い方がある。
ギャラリーは黙って見てろ……と、本当なら言いたいとこなんだけどな。」
「……」
「シェリルもネネもララミアも、ただクランを少しでも励ましたかっただけ…そうなんだろ?」
「…ああ。」
「それにお前だって…俺への逆襲ってより、シェリルの喜ぶ顔見たい一心で言ったんだろ。
お前らいつも俺にからかわれっ放しだしな。バカップル過ぎて。」
こちらに気をつかってか、少しだけいつもと同じからかうような口調。
俺はその問いには頷かず、バツが悪そうに頬を掻く。
「誰に悪意があったわけでもない。…ならこの場合一番責任があるのは…」
ミシェルはこちらに向きなおり、俺を真っ直ぐ見る。怒りなど微塵も浮かんでいない眼差し。
言葉は切ったがその目が語っている。『あいつに関して責任があるのは、俺だけだ』と。
「もし俺が本物の女だったら、今お前に惚れてるかもしれない。」
「茶化すなよ。それにそりゃお互い様だ、『羽衣』で名高い天才女形殿。
…ふん、お前がバカ言い出すから、話が逸れちまったじゃねえか。」
「OK。謝るだの責任がどうのというのはここまでにして、前向きにこの後のための話をしよう。
今の状況でクランの行きそうな場所に心当たりは?」
「それについては問題ない。手分けする必要もないくらいだぜ。こっちに任せときな。」
その言葉に迷いは全く感じられない。目に強がりや過信の光もない。信頼してよさそうだ。
「そうだな。俺は必死に探してる美人の妖精三人のフォローに回るとするか。
隠れてしまった可憐な妖精は、専門家に任せるよ。」
「ピクシーズに銀河の妖精ね。確かに皆妖精だな。…本当はお前の方も丸ごと俺が担当したいもんだが。」
「ミシェル、お前な。そういう事言うから皆やきもきするんだぞ。」
アルトと別れてから俺は一人、心当たりのある場所に向かっていた。
眼鏡は外しておく。あの場所は薄暗くて見落とす可能性もあるからな。念のためだ。
普通の生活をする分には邪魔にしかならない俺の視力も、戦闘時やこういう状況では役に立つ。
静かで薄暗いあの場所。姉さんの…ジェシカ・ブランの魂が眠る場所。
俺とクランの気に入ってる場所はいくつかあるが、絶対誰にも邪魔されないという条件を付けるとしたら、
恐らくあそこしかないだろう。
「こんな時間に女の子が一人で出歩く場所でもないんだけどな…」
呟きながら片目をつぶり、開いてる目に意識を集中、霊園の入口から中を見通してみる。
均等に並ぶ墓石の影、その一部にある些細な陰影の変化、姉さんの名前が彫られた墓の前に座る人影。
華奢で小柄。明るめの青い髪はとても長く、上と下で計四箇所、長短のテール状になってる。
ビンゴ。クランだ。
あいつは両膝を抱えるようにして、ぽつんと座っていた。
俺は足音を隠すでもなく、焦らず普通にそこまで歩いていく。
あとほんのニ~三メートルという所まで来て、クランの方から振り向きもせず先に口を開いた。
「ミシェルか。どうした、こんな所に。」
「季節外れの墓参りさ。お前こそどうした。」
「ん…わたしも何だかジェシカと話がしたくなってな。」
「俺との待ち合わせ時間も忘れるほどの相談か?」
「…ああ、もうそんな時間になっていたのか。すまん。」
そう言いながらも身動きしないクラン。
格好は白いブラウスに赤いネクタイ、ピンクの半袖。
下はボックスプリーツが目立つオレンジのミニスカに、ちょっとだけ大人びた紫のハイニーソックス。
お洒落する時の定番のセットだ。本当にすっぽかすつもりはなかったらしいのが見て取れる。
「もしかして俺の変な噂でも聞いたか。」
「言うな。」
「他所の話なんか気にするなよ。俺は俺で、お前はお前…」
「言うなと言っておろうが!」
「…………悪い。」
俺は謝ってクランの真横に座る。
「……言われなくても、薄々分かっていたのだ……」
クランは自分の膝に顔をうずめながら搾り出すように話し出す。
「お前もわたしも実際いい大人だ。反省し成長はできるとしても、基本的な好みや性格などは変えられない。」
「クラン…」
「お前が大人びた娘を好むのもよく知っている。」
搾り出すような声から呟くような声に…
「それならば少しでもそれに近づこうと、こんな容姿ながら頑張ってもみている。」
呟くような声から詩を吟じるような声に…
「お前に理想があるというのなら、わたしはそれに倣おう。
お前の理想がもしジェシカだというなら、死せる者には追い付けないが、精一杯それに並ぼう!
しかし! お前の理想がアテナだというなら!」
ついには立ち上がり、こちらを見て力の限り叫ぶ。
「……わたしは一体どうしたらいい……?」
そして自分の胸に手を当て、苦しそうに小さく呟いた。
「クラン…アテナがどうのってのは…」
「分かってる。本当はただの例えなのだろう。」
「だったら、分かってるなら何でそこまで、急に拘る必要が…」
クランは反論しようとする俺を片手で制し、言葉を紡ぎ続ける。
「わたしはお前のための戦の女神になれそうにないから苦しんでいるというわけではない。
むしろそんなものになるのは、わたしも望むところだ。
ジェシカがこの世を去ってから、そうありたいとすら思っていた。
どんな時でもミシェルを導けるように、お前を守れるようにと。」
なら何を悩む必要があるのか……俺は混乱した。
クランが何を言いたいのか、何を望んでいるのか……
「お前は不特定多数の女とふらちな行いをするが、それは相手を本気で愛してないからできる。そうだろう?
逆に言えばお前が本気で愛せる相手、それはふらちな行いができない程の想いの相手となる。」
それには言葉を返せない。確かにそうだったから。
でもその強い想いはいけない事なのか?
他の女に現を抜かすのは俺も悪い事だと思う。
だが、それさえしなくなれば想う事自体は純粋で……
「ギリシャ神話に語られるアテナは処女神だ。生涯を純潔のまますごす。
もしわたしがお前の理想の相手として想われたら、わたしはアテナと同じになってしまう。
お前にはただの例えだったかもしれないが、想われれば想われるほど、本当にそうなってしまうのだ。」
それを聞いて俺は唐突に納得した。
ああ…そうか、そういう事だったのか、クラン……
「クイーンの融合したバトルフロンティアに撃たれたわたしを抱き寄せながら、お前は言ってくれたな。
あの時の言葉…死をも共にするという叫び…あの想いは嘘じゃないって分かってる。
だからこそ余計に、わたしは半ば確信してしまうのだ!
だってお前は! 本気の相手であるはずのわたしに! 何もしてくれないのだから!」
まるで魂を振り絞るような叫び声。それに追随して大きな眼から溢れる涙が、更に俺の胸を抉る。
…そうだ。こいつはただ単純に、普通の女として愛されたかっただけなんだ…
確かにあの時、バジュラやギャラクシーとの最後の戦いの時、俺は本心から叫んだ。動いた。
クランを一人で死なせたくなかったから。俺も一人で生きていたくなんてなかったから。
その想いは真実として心に響き合ったはずなのに、クランには俺に想われている確信が生まれたのに、
俺がその後全く元のままだったから…何もアピールしなかったから……
「わたしはただの女だ。こんなちんちくりんかもしれないが、普通の女なんだ。
メルトランだって人間だ。愛されたい。抱かれたい。子供だって欲しい。
そんな平凡な生活の中で、死が二人を分かつまで一緒にいたい。」
愛されたいと願っているクラン自身の望みから、俺が想えば想う程逆に遠ざかっているのかもって…
それに思い至ってショックを受けて、一人で悩んでこんな場所で寂しく…
「女神のように想われるだけじゃ嫌だ…傍に居られるだけじゃ意味がないんだ…
それなのにお前はあの後…わたしに心すら……打ち明けては………」
「……もういい。もう分かったから。」
俺は思わず立ち上がり、泣きじゃくるクランの小さい身体を抱きしめる。強く。とても強く。
「俺が悪かっただけなんだから。もういいから。」
「ミシェル…痛い…」
痛がっている。でも腕は緩めない。緩めたくない。
「確かに言われてみるとそうだった。本気になればなるほど手が出せない。
でもそれは俺が臆病な男だったせいだ。」
「ミシェル……」
「お前がただの女なように俺だってただの男だ。想いがあればあるほど本当は手を出したい。
手を出したかったんだ。容姿なんか関係なく、な。…言ってる意味は分かるよな?」
「…うん。でも、だったら…」
「この身体の差だ。壊しちまいそうで怖かったんだよ。もしそれで嫌われちまったら、
お前に去られて一人にされたら、それこそ俺はどうにかなっちまう。」
「……ヤック・デリーマ。」
「弱いか? そうだな。図体はデカくなっても、ちっちゃな頃の泣き虫ミシェルは健在って事さ。
泣く事はなくなったけど…お前がいなくなるのは想像するだけで苦しくてたまらない。」
「地球でいう三つ子の魂百までってやつか。真理なのかもしれんな。
…それはそうとミシェル、お前は一つ忘れている事がある。
この体勢は苦しいから、わたしを離して座ってくれたら教えてやるぞ。
今のままでは目線も合わんし、どうにも話し難いからな。」
感触や匂い、温もりも名残惜しかったが、俺は黙って言う事を聞き、腕をほどき腰を下ろした。
一歩だけ距離を取り目元に残る涙を拭い、ビッと俺を指して強く言い放つクラン。
「女は強い! 地球もゼントラーディもゾラも関係なく! 恐らくこれは宇宙共通だ!
女ってだけで強いんだ! だからな!」
バシッ!
「壊れるかどうかは、その時わたし自身で判断する!」
俺の横っ面を平手でひっぱたいた後、そのまま俺の顔に両手を添えて、
ゆっくりクランは自分の顔を近づけてくる。
「わたしという女を…侮るなバカ者…」
気付いた時には俺の唇には柔らかい感触、頬には鋭い痛みが今頃ジンジンと響いていた。
そして耳には、唇を重ねる前に呟いた小さな小さな声、彼女流の愛の囁きも…
~ダンツ・ホルトゲルツ(絶対逃がしてやるものか)、ミシェル~
「で、万事解決?」
「そゆこと。中々痛い授業料を支払ったけどな。」
翌日ミシェルは頬についた小さなもみじのような跡を触りながら、アルトの問いにそう答えた。
昨日の話を詳細に報告とまでは無論いかないが、どんな事があったかの大体の触りは既に伝えている。
その程度には親友として信頼されているという事だろう。
心なしか嬉しそうだなとアルトは思う。勿論彼も嬉しかった。
現在二人がいるのは、S.M.Sピクシー小隊控え室。時刻は翌日の昼を迎えている。
目の前にはクランに謝りながらまとわり付くネネとララミア、そしてシェリルの姿。
それを二人は眺めながら談笑していた。
「全くこのミハエル様ともあろう者が、まだまだ女心を分かってなかったってんだから。
アルトに向かって『あいつだって万能じゃない普通の人間だー』なんてご高説垂れながらな。」
「そうか。まあ悟りきるには、俺等まだ若いから。」
「日々これ勉強だな。」
二人はそれぞれの想う相手を視線に捉えたまま話し続ける。
その空気に気恥ずかしさを覚えたのか、ちょっとした沈黙の後、口調と話題を変えたのはアルトが先だった。
「しかし、ナンだな。そろそろというか、とうとうというか、ミシェル君も年貢の納め時ですか。」
「へ? なんで?」
アルトのその発言にミシェルは心底意外そうな声を上げる。
それにはアルトも目を丸くした。
「何でって…いや、だってお前告白……」
「お互いの素直な気持ちは言い合ったけど、肝心要の一言は言ってないんだよ俺。」
「おいおい、マジかよ。」
アルトは呆れながら身を乗り出しかける。
「そんなんじゃ元の木阿弥じゃないか。また騒ぎ起こっても知らないぞ。
アイシテルカラくらいは言えよ…」
「俺達には俺達なりの付き合い方があるつったろ。
お前達みたいに階段を全力で駆け上がらなくてもいいんだ。
本心は伝え合ったしな。いいんだよそれで。」
「ホントにいいのかねえ。」
「それにさ…」
ミシェルは眼鏡を外し、最愛の乙女を再度見ながら囁く。
「俺達だって一歩ずつだが、ちゃんと登り出してるんだから。」
リップグロスすらつけていないはずのクランの唇が、ミシェルの目にはとても艶やかに眩しく見えていた。
<了>
設定は
劇場版ハッピーエンドver.の後という感じです。なので若干アルシェリ風味。
本来S.M.S組は全員昇進してそうですが、どのくらい上げるべきか疑問だったので階級そのままです。
視点がコロコロ変わるので、読み難かったらごめんなさい。
ちょっとシリアスチックになるので、ラブラブがイイという人はスルーしてOK。
「こんなのキャラが違う」という人もスルーしちゃってOKです。
女神の考証やゼントラ語もあやふやな記憶から出したので、それすらスルーして大丈夫です。
…スルー事項多いですが(汗)、ご用とお急ぎでない方は逐次スルーしながらご覧下さい。
m(_ _)m
最終更新:2011年05月04日 14:02