「やあ少年、キミが私のマスターだね?」
紡がれた声音は軽やかに。
向けられた笑みは親愛に。
土蔵に現れたその女性(ひと)は、衛宮士郎に絶対的な信頼を向けていた。
「――ところでキミ、私の助手になる気は無い?」
「はぁ?」
それが彼女、
アーチャーとの出会い。
「話は終わった? お兄ちゃん達」
漆黒の騎士を従えた銀の少女は軽やかに笑った。
「あのさ、衛宮くん。しばらく同盟組む気、無い?」
無愛想な剣士を従えた赤い少女は困ったように笑った。
「私は戦争になんか興味はありません。……ただ、静かに暮らして居たいだけなんです」
山門に縛られる老翁の横で素朴な少女は願うように笑った。
「なあ、衛宮。俺達と組め、いや、
ライダー様に従えよ。決して悪いようにはならないからさ」
恐怖の具現のような巨漢に従う親友は媚びるように笑った。
日常だった世界は僅か数日で反転し、取り返しのつかない地獄へ変わる。
夜毎街中を跳梁する死人の群れ。
夜毎繰り広げられる無意味な戦い。
増え続ける犠牲者達。
「………胃が、痛いわ…」
「心中は察する、マスター」
そして遂に夜の領域は日の光の下までも侵食し始める。
突如校舎に現れた屍の群れ。
繰り広げられる陵辱惨劇。
地獄の再現と呼ぶべき学び舎の屋上で、衛宮士郎は親友だった少年と対峙する。
「慎二! もう止めろ! こんなことしたって何の意味も無い!」
「煩いっ! お前に何が判る! ぽっと出の魔術師の癖して、魔術師になるべきなのになれなかった僕の何が判るってんだ!?」
「慎二っ!」
「黙れ黙れ黙れ! あの人は! ライダー様は認めてくれた! 僕のことを! 人間として男として、正しいと認めてくれたんだっ!」
「――――――だから、こんなことをしたってのか…!!」
「そうさ、僕が提案して、あの人が賛成して、こうなったんだ! 僕だ! 僕の力でこんなことが出来たんだ! ハ、はハハ! ハハハハハハハ!!!」
学び舎の死闘は凄惨を極めた。
圧倒的な火力を有するアーチャーと卓越した剣の冴えを有する
ランサーの二人掛かりでなお、ライダーと呼ばれる怪物は難攻不落。
そこに割り込んだのは、まさしく予想外の人物だった。
「―――そこまでにしておけ、ライダー。さもなくば貴様の命、ここで潰えるぞ」
「そう、貴方はやり過ぎた。――これ以上は私も見過ごせないわ」
「―――
セイバー!?
バーサーカーに、イリヤも!?」
始まりの夜に衛宮士郎の命を奪った剣士が、圧倒的な猛威を振るった漆黒の騎士が、今味方として轡を並べる。
しかし、対するライダーはたった一人でありながら誰よりも圧倒的に、笑う。
「ふざけるな小僧共が! かつての己はこれ以上の死地を駆け抜け続けたのだ! 今更この程度蹂躙出来ずして、何が王か!」
屍が集う屍が集う。この世にただ一人、覇道の為に覇道を駆け抜けた王が築いた屍が集う。
巨狼と化したライダーは、四騎のサーヴァントに牙を剥く―――!
だがしかし対する四騎はただの四騎に非ず。各々の時代に神話に伝説に、名を刻み込んだ一騎当千の英霊達!
「バーサーカー! いいよ、全力で狂っちゃえ!」
銀の少女の言葉に応え、かつて誰よりもシャルルマーニュの信厚かった黒騎士が破邪の剣を振るい狂う―――!
「―――貴様ほどの外道に、遠慮は要るまい。――――蒼天貫く護国の彗星(フォー・トロイ)!!!!」
剣しか用いなかった槍兵は遂に槍を持ち、かつて己が祖国を守護した必殺の一投を披露する―――!
「そうだね、貴方に遠慮は要らない。―――焼き尽くして、青銅の守護巨神(タロス)!」
弓兵らしからぬ弓兵の女の言葉に、女の背後から現れた巨神は静かに己が身の灼熱を解き放つ―――!
「貴様の命運は、これにて尽きる! 運命られし滅びの剣(グラム)―――!」
そして北欧の大英雄が、その手に握る究極の魔剣にて一切合切を焼滅させる―――!
「馬鹿な! この己が! この、己がぁ、! この、蹂躙王がああああああああッ!!??」
放たれた四つの必殺をその身に浴び、かつて大地を駆け抜けた蒼き狼は消え失せた。
「あ、ああ、そんな。ライダー様が……そんな…」
「慎二、お前がやったことは到底許されることじゃない」
「ひっ!? ひいいいいいっ!!」
己の信じる者、その者の破滅と己の破滅を同時に宣告された少年は、半狂乱に泣き叫びながら逃げていく。
しかし、その場に彼を捕らえようとする者は居なかった。――当然だ。己一人では何も出来ない者に、何が出来るというのか。
英雄達は、そしてそのマスター達は、一時の共闘の心地好さを今しばらく共有する―――――。
最終更新:2009年05月19日 00:05