─────── VS ───────
────その頃。雨生を抑えているファイターの方では。
「うわーうわー!ば、ほらこっち来た!倒せ倒せよコノヤロ!ファイター!俺の為に戦えー!
いだだだだだ!人を踏み付けたまま戦うんじゃねーし!このバカたれっ!」
「騒がしい。少し黙っててくれないか?」
ファイターは雨生を踏みつけたままの格好で飛び掛ってくる化け物たちを蹴散らしていた。
振るう名剣の刃は回転すらさせていない。
特にそこまでする必要が無いからだ。
この化け物たちの力は大した事は無い。
これと比べれば彼が生前に闘った幻想種たちの方が数千倍は余裕で強いのではないだろうか。
「これはどういうことなんだキャスター……?」
少し離れた場所ではセイバーとランサーがバーサーカーと化け物の相手をしているのが見えた。
そしてその上空には巨鳥に乗ったキャスターが滞空している。
しかも何を考えているのかキャスターは地上に向けて爆撃しているようにしか見えなかった。
あんな援護ではバーサーカーや化け物はともかくセイバーやランサーまでもが危険に晒される。
おまけにこちらにまで流れ弾が飛んできている始末だ。
「ぎゃ!流れ弾近い近い!キャスターふぁっきゅー!この眼鏡っ子!
やいファイター足を退けってば!俺が死んじゃうだろう!?バーサーカー助けてぇ!!」
雨生もぎゃーぎゃーとハッスルしならがせせこましくファイターの足元でモゾモゾと抵抗している。
というよりはモゾモゾとしか抵抗できない。重すぎて。
「足を退けたら貴様を逃がしてしまうだろう」
「逃がして良いじゃん!」
「まったくよくない!むしろ私的には全ての元凶である貴様を今すぐにでも仕留めたいところなんだぞ」
「ゲッ………これって雨生君超ぴんちじゃね…?つーかさー、ならなんですぐ殺さんの?」
かったるそうな声で雨生が首を頭上に向ける。
ファイターの視線はセイバーたちを見たままだ。
「セイバーとの約束があるからな。
『バーサーカーはオレが討ち取るからそれまではマスターに手を出さないで欲しい。でないと奴が可哀想だ』だそうだ」
「意味不明なんだけど」
「貴様などには判らんさ。セイバーは物言えぬバーサーカーの気持ちを酌んでの戦いをしている。
……まことに誇り高い男だな」
「英雄ってワケわかんねーぐぇぇぇぇえ!!?ごめんなさいごめんなさい!」
ぐみっ!ぐりりっ!と雨生を踏んでいる足を回転軸にしてファイターが駒のように回る。
あえて名付けるなら回転剣っと言ったところか。
同時に飛び掛ってきた四匹の化け物が一瞬でスライスされた。
丁度真下に居る雨生に血飛沫や中身なんかが降りかかる。
「おっ!?この化け物の中身はどんなのだろうな~♪血の色は~赤~紫~それとも緑~?……ん?」
「どうかした──む?あれは……?」
どこかに視線を送る雨生につられてファイターもそちらへ視線を向ける。
黒い法衣を着込み手に武器を装備した集団が走っている。
しかも連中は散開してこちらと遠坂たちの方向へ真っ直ぐに疾走していた。
予定外の登場人物。招かれざる客。
遠目でも静かだが明確に灯る殺意が感じとれる。
そして地上に溢れかえる化け物たち。
上空から地上に対して無差別爆撃攻撃するキャスター。
そんなことさえ無関係だと暴れ狂うバーサーカー。
化け物と爆撃とバーサーカーを同時に相手にするセイバーとランサー。
直感的にも経験的にも嫌な予感が警鐘を打ち鳴らす。
「これは拙い……遠──っと!マスター!!!?」
危うく本名を叫びそうなり慌てて言い直す。
しかし己のマスターからの返事は無い。
今度は念話を飛ばしてみる。それでもやはり返答は無い。
マスターたちがいる方面へ疾駆していた僧兵が突然ばたりばたりと倒れた。
続けて魔力が炸裂し魔術が発動した時に出る波を感じる。
どうもあちらはあちらで戦闘が始まっているらしい。
マスターから応答が無いのは十中八九そのせいだ。
「あれまさか聖堂教会の連中か?」
ファイターの足元から深刻そうな声。
この雨生がそんな声を出すなどそれだけでもこれが異常事態だと判る。
自分が即座に取るべき行動がファイターを悩ませる。
足元の雨生を捨て置いてマスターの許へ駆けつけるか。
それともこのまま雨生を捕縛しておくかの選択を迫られる。
彼のマスターの立場から考えてもどちらとも選びたいことだろう。
だがそれは無理な相談だ。どちらかを選ばなければならない。
「……どうする?!」
こういうときこそ己自身に頼れ。心眼に頼れ。
マスターか雨生か。それとも別の方法か。
だがファイターの戦闘論理が出した解答は無情にも何を選んでも良い結果にはなりそうになかった。
「…っ!駄目か、仕方が無い。かくなる上は──」
足で踏んづけている外道を睨む。
雨生を気絶させてからマスターの許へゆく。
化け物たちに殺されてしまいセイバーとの約束を守れないかもしれないが逃してこれ以上の被害を出すよりはずっと良い。
そうなった場合セイバーに蔑まれるかもしれないが大丈夫だ。
侮蔑される事には慣れている。
とにかく殺さない程度に力を加減しなくては。
殺してしまっては元も子もない。
「一応加減はしてやるつもりだ」
「うわぁ……目茶目茶嫌な予感がするぅ…」
振り上げられる拳骨を眺めて雨生が冷や汗を垂らしまくる。
物凄く痛そうなゲンコツだ。
マジで助けてバーサーカー。
キミのマスターがぴんちなんだけど……やっぱ訊いてないよね?
「ではな、バーサーカーのマスターよ。もし死んだとしてもそれは貴様の非道が招いた結果───」
ファイターはバタバタと暴れる雨生の頭部目掛けて左拳を突き下ろす。
憐れな悲鳴を上げる鉄拳の犠牲者。
「うぎゃわぁぁあああぁぁああ……………あ…?」
だが振り下ろされた拳は雨生に届く前に急停止した。
───否。
止めざる得なかったのだ。
とんでもない魔力を感じた。
嫌でも意識を奪われかねないくらいに自己主張の強い魔力の波。
魔力の発生源に目をやる。
瞬間、言葉を失った──。
ファイターも雨生も。
セイバーもランサーもキャスターも化け物も。
遠坂もソフィアリもゲドゥも代行者も僧兵も。
さらにはライダーまでも。そしてバーサーカーですら。
─────ソレを目の当たりにした瞬間。
その場にいた全ての者が動きを止めた─────。
ありえない。あまりにありえない。
ありえなさ過ぎてもはや冗談にもなっていない。
絶対に、本当にこんなのありえない!
全員が呆然とした心境でソレを見つめている。
見上げる先に───そこにはありえない幻影が存在した───。
彼らの眼前には巨大な”古城”が聳え建っている。
未遠川を背に突如として現れた古代の城。
満月の光に照らされてより一層に神秘的な画になっていた。
その存在感も質感も果ては風に運ばれてくる石の匂いでさえも、どう考えても城にしか見えない。
ましてやそれが幻とはとても思えない。
きっと誰に訊いたとしても十人中十人がそれを古城と答えることだろう。
それほどまでに完璧な古の城塞。
現代ではとうに滅んで消えた、しかし久遠の過去には確かに存在した幻想。
───それがいまセイバーたちの目の前にあるモノだった。
「………おいおいおいおいおい……流石に…これはちょっと……ありえないだろ……?」
あのセイバーが動揺していた。
あのランサーが動きを止めていた。
あのファイターが息を呑んでいた。
あのキャスターが目を疑っていた。
あの遠坂が阿保面をしていた。
あのソフィアリが絶望していた。
愉しい。気持ち良過ぎる。最高だ。
「ひ、ひひひ!あは、はは!うふふ。へへへへ……くっくっく!キキキキ、キシキシキシ……。
ぎゃははははははははは!はーはははははっ!!あはははっはははははははははははははっは!!!!!!!!!!
どうだ遠坂ぁあ!!!ソフィアリぃぃいい!!見たか?見ただろう!!?これで判っただろう?!!
そうだ!そうさ!!これが、これがっ!!俺の!!!この俺!のっ!!!マキリの力だぁぁああああああああああ!!!!!!!
はーーッはっはははっははははっは!!!ザマーミロー!くっはははははははははっはははっは!!!」
要塞の最上部では間桐が猛り狂って笑っている。
両腕をめいいっぱい広げて満月に向かって吼え笑うその姿はまるで月に吼える狼男のそれだ。
さらにその横にはこの城の主人たるアーチャーが腕を組んだ格好で君臨している。
最上階を吹き抜ける風が城主の癖の強い長めの髪をさらってゆく。
月光が甲羅鎧を艶やかに彩り貫禄を演出する。
地上にいる他のサーヴァントやマスターたちを見下ろす眼光の鋭さは魔城の主として相応しい。
これぞまさに圧倒的な力の差の証だ。
だからあの馬鹿どもはアーチャーの城塞を見て呆けている。
エリート気取りの阿保どもがその言葉通りにアホ面を晒しているのだ。
名門気取りした遠坂やソフィアリの糞どもに間桐の魔術師が持つ本当の実力を見せ付けてやった。
これはもう愉悦としか表現できない最高の快感。
間桐は下手するとこのまま絶頂を迎えそうなくらいの気分だった。
しかし悦に入るマスターとは対照的にサーヴァントは憮然としている。
それもその筈。何故ならこの宝具の使用は彼の本意ではない。
アーチャーからしてみれば今回の使用は予定外もいいところであった。
遠坂とソフィアリと別れた間桐がアーチャーを呼んだ理由。
それが今この場所で起きている状況の全てだった。
あの後、間桐はアーチャーに宝具の使用を命令した。
威力とその特性上の問題で一度は拒んだアーチャーだったが令呪を盾に脅されては従うより他はなかった。
「チッ。まさかこんなに早くワシの宝具を見せる事になろうとは思いもせんかったわ」
「ハーッハッハ───あん?」
「おまけによりにもよってこんな大勢の前で使わせおって。一体キサマは何を考えとるんじゃい」
甚だ不服だと言わんばかりの態度で唾を吐く。
自尊心も大いに結構だがせめてもう少し冷静に事を運んで欲しかった。
全サーヴァントの前で宝具を使用したということは全ての敵に自分の正体を知られかねないという状況なのだ。
ヘイドレクの件を思い出せばアーチャーが心穏やかで居られるはずが無い。
しかし間桐は狂気を纏いながらも頭は冷静だった。
「嫌なら好きにしろ令呪を使うだけだ。それに判ってないのはお前の方だろアーチャー。
知らんとは言わせないぞ?お前の宝具は今みたいな戦況が密集した状態で使うのが本来の使用法のはずだ。
いいからサーヴァントは黙ってマスターの命令にだけ従ってればいいんだよ!!」
「……なんじゃキサマ知っとったのか……」
怒鳴る間桐に冷たい視線を送る。意外に洞察力がある男だ。
「さあ!アーチャー!!奴らに見せてやれ!!!この神城の力を!!!
今がこの宝具の効果を最大に発揮できる絶好の機会だろう!!殺せ!全員ころせ!!
この俺の力をな!見てくれだけが能じゃない事を愚図どもに見せつけて殺せ!!!
ひゃーッハッハッハッはははっははははははは!!!!!」
指揮を司る人間よりこの『神亀金城』が持つ真の能力の解放命令が下る。
オーダーはとにかく全て殺せ。
戦争とは泥沼になればなるほど周囲の被害は広がる。
犠牲を最小限にしたければさっさと決着を付けるに限るのだ。
「はぁやれやれ……というわけだ。少々不本意だが貴様らもすまんの、纏めて消えてくれ」
アーチャーは無感情な声で宣告する。
生粋の戦国時代を生きた英雄安陽王はロ-ランたちのような騎士道に拘るある種の甘さとも呼べる弱さはない。
不本意だろうと卑劣であろうと好機を次の機会に見送るような甘い真似はしない。
砲撃台座の前に立つ。
すると台座の部分からアーチャーの弓を装着するためのギミックが出てきた。
弓を具現化させすばやくギミックに装着する。
ロボット変形の如くガチガチンっと一瞬にして弓の形状が組み変わる。
それまで多少巨大なだけの弩が元の完全な大きさの弩に変わった。
金色に輝く引き金から異様な魔力が溢れている。
この姿こそが神の弓の本来の姿。
このひりつくような威圧と共に放たれる魔力こそが亀神の弩が持つ本来の魔力。
その英雄、金亀神より賜った神爪を弩の引き金にして魔法の弩を作り上げた。
また神の知恵を借りて作られた城の防衛力は無敵と評される程の威力を誇り。
その神城から放たれる矢は如何な軍隊であろうと悉く叩き潰した。
曰く。その魔城より放たれる弩は一射で千の軍勢を殲滅せん。
曰く。その亀神より賜った弓は一矢で千の人間を殺めん。
曰く。その螺旋城の王はたったの一撃で軍隊を全滅させん。
アーチャーは天空に神弩の先端を傾ける。
角度は約75度程度。
一瞬だけ目を閉じる。
どのくらいの被害が出るかまでは終わってみるまで判らない。
だがまず何もかも無事では済まないだろう。
それも全て理解した上でアーチャーは引き金に指をかけた。
少しだけ長く息を吐き、一気に吸う。
コロア・キムクイ
「────さらば。一射千滅の魔城弩 ──────!!!!!!」
神爪に真名と共に魔力を叩き込む。
魔力の籠もった真名を以って神弩から矢が放たれた───!!!
天に強烈な光が一条駆け上っていく。
より高みを目指して。
夜空へ飲み込まれるかのようにどこまでもどこまでも。
今夜は満月と星が綺麗な夜だった。
闇と星と月が煌めく空に花火が一発だけ華を咲かせ──そして雨が降った。
天から降り注ぐもの。
それはまるで雨のようだ。
いや、そんなちゃちな形容で片付くようなものではないだろう。
これは流星雨だ。雨よりもそう呼ぶ方がより相応しい。
港町として栄えている冬木の町に流星雨が降り注いでいる。
それはこの上なく幻想的な光景だろう。
その後に映し出される地獄的な風景に目を瞑りさえすれば……。
地上を襲う矢の太さは軽く人間大はあろう。
そんな大きさの矢が天空から降り注ぐのだ。
故に流星。故にその要塞は鉄壁を誇った。
その威力。その破壊規模は他の追随を赦さない。
これこそがアン・ズオン・ウォンの宝具『一射千滅の魔城弩』の力である。
流星雨が降り注ぎ、轟音をかき鳴らした後、場には静寂が残された。
「ふ、ふふ!ふはははははははハッははははははははははは!!!!!
見たか遠坂!見ただろソフィアリ?どうだキャスターよ?凄いだろうセイバー!!?
ケヘヘヘヘ!ゲヒャヒャヒャヒャ!!何もかもふっ飛ばしてやった!!
見ろよアーチャ-!?周りがまるで廃墟だ。お?沢山死んでるぞ?良くやった、でかした!
よくぞ我が間桐の力をこの莫迦どもに知らしめてみせたな!!クハッハッハッハッ!」
その静寂を引き裂くように間桐はその威力の程に手を叩き狂笑で讃えた。
不愉快な笑い声がひたすら木霊する。
アーチャーは無言で滅茶苦茶にされた周囲の様子を眺める。
辺り一帯は酷い有様だった。一言で済ませば壊滅状態である。
木々は殆ど薙ぎ倒され。地面はそこかしこ掘り起こされ。
キャスターが投下した化け物の死骸が転がり。
牧師たちが用意した数頭の馬が息絶え。
最後に、男たちが死んでいた。
だが被害は断じてそれだけではない。
アーチャーの宝具の被害は戦場内のみに留まらずその周辺にある民家にまで及んでいた。
町道や田畑はもう使い物にならないまでに破壊され。
養鶏場やその他建物も壊滅。
城砦のすぐ背後にあった未遠川も矢の破壊を受けたせいで形が若干変わっている。
そしてなによりも民家が悉く倒壊していた。
アーチャーは持ち前の超視力で民家の状態を探る。
彼は宝具の威力と範囲を出来る限り絞った。
それでもこれほどの被害だったのだ。
マスターの命令に渋々ながらも従ったのは令呪を使われては加減が全く出来ないからだ。
そうなるとこれなど比較にならない規模の破壊が引き起こされていただろう。
出来うる限り被害を減らすための抵抗。
だが、アーチャーのそんな想いとは裏腹に、ソレは………あった。
倒壊して大穴の開いた家屋から血を流した人の死体が覗いていた。
それは年頃の女の子の死体だった。
その姿は否応無しに自らの娘の姿を思い出させる。
嫌な胸の重さだ。
周囲の破壊状況を見詰めならがアーチャーは溜息を一つ吐いた。
そして城下の強敵たちを睨め付ける。
なぜなら、まだ終わっていないからだ──。
「アーァアアアアァァァチャァァァアアーーーー!!!テメェェェェエェェェッ!!!!!」
神城の最上部から見下ろすアーチャーへ目掛けてセイバーが吼えた。
裂帛の気合はビリビリとアーチャーの身体に響く。
セイバーの表情から容易に見て取れる真なる怒り。
この惨劇を生み出した張本人へ向けられた明確な敵意と殺意。
アーチャーは殺意を受け止めながらつい自嘲する。
「範囲と威力を絞ったとは言え───見事じゃキサマら」
そこには全てのサーヴァントがいた。
威力を絞ったのが裏目に出たのか、あるいは単に幸運で助かったのか。
それは定かではないが一つ言える事はある。
無傷で済んでいる者は殆どいないと言うことだ。
「が、はっは……あ……」
まず苦しげに呼吸しているソフィアリは下半身が無い。
ゲドゥ牧師の部下であった七名の代行者と30名の僧兵はその大半が物言わぬ無残な死体へと成り果てた。
キャスターが用意した使い魔は全滅。
キャスターとソフィアリが乗っていた巨鳥も撃墜。
それらを作り出した主人は矢を回避していた巨鳥ごと片腕を持っていかれ、復元するのにそれなりの魔力を代償にした。
さらにソフィアリの身体を復元しようと試みている為さらに魔力を消費するだろう。
ファイターの方は直撃寸前でセイバーに助けられたためなんとか軽傷で済んでいた。
遠坂もファイターに助けられたため死んではいない。
だがソフィアリと二人掛りで相手したゲドゥ牧師との死闘と矢の余波から身を守るために宝石を大量に消費してしまった。
地面に伏せていた雨生は飛び交う石の破片にでも当たったのか顔面から夥しい血を流している。
バーサーカーは今は霊体に戻されているため現状不明。
この場に見当たらないゲドゥ牧師は矢の余波で左腕をへし折られた程度でなんとか済んでいた。
だがもし異様に速く駆ける馬に乗ったライダーに助けられなければ直撃を受け死んでいただろう。
そしてその当のライダーは僧兵から奪った馬で牧師を助けた後、即座に『日輪抱く黄金の翼神』で飛行しレンジ外へと離脱した。
状況が状況だけに他の連中に見られはしなかったが翼神の戦車は夜間飛行にはライダーの魔力が必要になる。
最後にセイバーとランサーだが持ち前の勘と幸運と俊敏性で直撃こそ辛うじて避けたが余波によるダメージが多少なりともあった。
城塞より半径約200m。
50m圏内は被害じゃ甚大であらゆるものが全壊。
100m圏内に存在した公私施設全壊。
150m圏内に存在した個人所有地、大壊。
200m圏内に存在した土地、建物含め半壊。
倒壊した家屋二十一世帯。破壊された建物七件。総死傷者119名。
これが宝具によって引き起こされた被害の全てであった。
「アーチャー……貴様、自分が何をしたのか判ってるのかっ!!!?」
もう一度アーチャーへ叫ぶセイバーの背後でヴォシュッ!っと突然赤い霧が出現した。
雨生を中心に謎の霧が発生している。
「痛ぇ、いてぇぞ畜生……でも運は良かった…これで逃げれる」
この赤い霧の正体は雨生が流した血だった。
さらに河の水も利用して霧を発生させた。
河川沿い一帯が瞬く間に濃厚な霧で覆われていく。
水使いの魔術師である雨生は液体の扱いが非常に上手い。
血を霧状にしたり、河の水で濃い霧を発生させる程度ならお手のものである。
「よっと、じゃあな今度会ったときは覚えとけよー!!」
素早く立ち上がり負け惜しみにも似た捨て台詞を残して雨生が消える。
「逃がすものか!!」
声のする方へ遠坂が攻撃を加えるが手応えが無い。
痛恨の痛手だ。まさかの雨生逃亡を許してしまった。
おまけに充満する霧が濃過ぎてとてもじゃないが追えない。
それに追うサーヴァントもいなかった。
サーヴァントたちの意識は既にアーチャーの方に集中していたからだ。
「わかっておるわ。マスターの命令で宝具を使った。
そして情けないことにヌシら全員仕留め損なってしもうた。それだけの話じゃな」
「それだけで済む話なものか!!無関係な人間を巻き込んだんだぞ!!?」
「じゃかましいわい!ワシらは聖杯を巡る戦争をしとるんじゃ!
戦争をすれば無関係な人間も死ぬ!それが嫌だと抜かすなら今すぐ大人しく死ぬがいい!
そうすればワシが勝者となり早く戦争が終わるわいっ!!」
歯を剥いてセイバーとアーチャーがぶつかり合う。
言い終えると同時にアーチャーはもう一つの台座をガンっと!叩く。
するとブゥン!っと要塞の周りを取り囲むように三層の螺旋を描く城壁結界が展開されていく。
「ワシもサーヴァント、キサマらもサーヴァント。ならば四の五の言わずに掛かって来んかい!!」
その言葉が第二の戦いの火蓋を切り落とすのだった。
「上等だぁ!!?オレがこの決闘受けて立つぞ!」
真っ先にセイバーがスタートを切る。
天と地を挟み間桐と遠坂が睨み合う。
「ハッ!!折角だからかかって来たらどうだ遠坂?!もっともお前如きじゃ無駄だろうがな!!」
「間桐……神秘は秘匿すべしという我々の原則を忘れたとは言わさんぞ。
残念だがこの地を管理するセカンドオーナーとして君を処理する。
ファイター!アーチャーとそのマスターを倒せ!!」
「了解だ!」
主人の号令に従者が走りだす。
「御意!拙者は主殿の槍、主人の与える命のままに」
ランサーにも柳洞寺にいる綾香から指示が飛んだ。
彼女はただ簡潔に、アーチャーのマスターをぶっ飛ばして!と命じた。
ランサーも標的をアーチャーに絞って疾走する。
猛スピードで地上を駆ける三人の英雄に対しアーチャーは砲撃台座の弩を使い迎撃する。
ガトリング砲じみた連射速度と迫力で弩が次々に火を噴く。
真名を伴った能力解放はしない。
だがそれでも完全な形になった弩は必殺に十分な威力があった。
ガトリング砲とはよく言ったものである。
一方、城の対岸にはランサーが単身でその状況を見つめていた。
その瞳には憤怒の感情が揺らめいている。
牧師は邪魔になるため下ろして来た。
「本来ならばここは連中の背後を襲う好機と判断する場面ではあるが……。
アーチャーのマスターめ、ラーの神判も無くして殺戮を行なうなぞ度し難いにも限度があるぞ、貴様はそこで死ね」
殺戮を行なったアーチャーのマスターを粛清する為に今は余計な介入は避け傍観に徹している。
だがもしも連中が駄目のようならばライダー自らが宝具を使い手を下すつもりでいる。
意味のある殺生は赦すが意味の無い殺戮は赦してはおけない。
それが民たちの支配者であり守護者でもラメセスⅡの正義であった。
セイバーは一番外側の城壁に一番乗りしまずは一撃喰らわせてみた。
ビクともしない。
次いで全力で城壁を斬り下ろす。
斬撃痕は出来たには出来たが正直言って浅い。
この城壁は冗談抜きで堅固過ぎた。
「アーチャー!!オレと決闘しろぉぉおお!!!」
怒鳴りながら城壁を滅多切りにするが全く壊れる気配が無い。
もう一撃入れようとした時、突然城壁に入り口のような穴が開いた。
奥の方は暗くてよく見えないがとりあえず先へと続いていた。
「ん…?入って来いってことか?よーし!待ってろよ!!」
まさに待った無しの即断。
セイバーは無謀にもズカズカと城壁の中に侵入していく。
蛮勇ここに極まれり。
彼は敵を恐れない。彼は罠を恐れない。彼は失敗を恐れない。
ローランの勇気がいつも突破口となる。
……ような気がしないでもない。
城壁内部は迷路のようになってはいたがなんとなくで適当に進む。
そして、先へ先へと進むうちにそのまま城砦の本丸への侵入を果たしてしまった。
「よーっし!あいつらは最上階だったな!?って事は階段か!」
ある程度本丸の奥に進むとそこには三つの階段があった。
三つもあるという事はどれかが罠の可能性も十分に考えられる。
そう考えられる。普通なら。
「なんか真ん中のは嫌な感じがする気がするから三番目で良いや。
待ってろよアーチャーァァァァァァアア」
だが今この場に居るのはあのセイバーである。
いつものように何となくな感じでかなーり適当に三番目の階段をチョイスし一気に駆け上っていく。
それは大きな螺旋状の階段であった。
セイバーはただひたすらに階段を上りまくる。
グルグルグルグルと駆け上がる。
しかし長い。出口はまだか。
いくらなんでもちょっと長すぎる。
流石におかしいかもと思い始めた頃についに光が見えた。
「よっしゃぁぁぁあ!!アーチャーとそのマスター!覚悟───」
───セイバーの城塞侵入直後。
「おいアーチャー!何故セイバーを中に入れた!?何考えてるんだお前は!!」
「やかましいわい。これでいいんだよ。どうせ奴は最上階まで来れん」
食いかかって来るマスターには一切目も向けずアーチャーは対地砲撃に集中する。
セイバーは城壁内に侵入させたがファイターとランサーは弩の連射攻撃で城壁外に足止めしている。
三本の矢の諺もあるように三人より一人の方が御しやすい。
よってあの二人には城壁前でしばらく留守番してて貰うべきだ。
「どういうことだ?」
「この城には奴のような真っ向から突っ込んでくるタイプに良く効く仕掛けがある」
「仕掛け?」
「なあワカメマン。何故我が神、キム・クイが城の階段を螺旋状にしろという神託をお与えになったか判るか?」
いやに仰々しい口調だが引き金からは指を離さない。
しかし今からなにかの重大な秘密を話す、そんな雰囲気がアーチャーから漂ってくる。
「バカか、そんな神の思考なんぞ判るわけ無いだろ。てか誰がワカメマンだ!」
だと言うのに間桐はそんなくだらない謎賭けに付き合うつもりは無いとばかりに実に素っ気無い。
おまけにさっさと教えろと催促さえしている。
「それはな、キム・クイ様が螺旋階段に魔法をかける為に必要な下準備だったわけじゃっ!」
くわっと目を見開き一瞬だけチラリと間桐の顔を見てまた視線を地上に戻す。
なんかチラリとさり気なく間桐の反応を窺がっていた。
やはりこの男も多少なりは相手の反応が気になるらしい。
そして心なしか玩具自慢をする子供のようにアーチャーは少し興奮気味だ。
「な、なんの魔法をかけたんだ?」
そんなアーチャーの態度に素っ気無かった間桐の言葉にも少し興味と期待が混じり始めている。
アーチャーもそのことに気付いているのか益々自慢気な口調で続ける。
「フフそれはな!一度上り始めたら最後!永久に螺旋階段を上り続ける事になる無限廻廊の罠が仕掛けてあるんじゃ!
螺旋とはループの象徴でもある。故にあの螺旋階段は無限ループになっとる。
しかも!最上階に来るには嫌でもこいつを昇るしかないのだ!!
流石キム・クイ様!実に神鬼畜な仕掛けをしてくれよるわい!
これでセイバーは生け捕り。そしてそのまま閉じ込めておけば脱落じゃい!ぬはははははははー!!」
まるで勝利を確信したように大笑するアーチャー。
罠上等。こういうのは引っ掛かる方が悪いのだ。
「と、とんでもない罠だな……と言うかそれじゃどうやって最上階に行けばいいんだよ?」
至極尤もな質問を間桐がする。
自分たちは最初から最上階に居たからいいが、それ以外の者や階下に降りる場合はどうすればいいのか見当もつかない。
「ああそれは簡単じゃ。螺旋階段の一段目を上らずに振り返って降りればいいだけだ。
最上階から階下へ行く場合は無限回廊は発生せんから安心せい」
「は?降りればって……上り階段を降りれる訳無いだろう常識的に考えて」
「じゃから貴様のみたくそういう硬い思考の奴も無限回廊に引っかかり易いわな。
第一神がかけた魔法じゃぞ?常識も糞もあるかい。
おまけにあの無限回廊は一度ハマったら絶対に出られんようになっとるらしい。
ワシの部下も何人か過って閉じ込められてそれっきりじゃった」
「おいおい……。じゃあじゃあそれの他には何かあるのか!?」
そこまでこの城の守りの高さを聞かされれば流石の間桐も少し期待に満ちた目をしていた。
「ふふん!それとは別に城の外に強制転移させる脱出用の螺旋階段もあったのー。
一階から上ろうが最上階から降りようが最後まで階段をゆくと城外のどっかに転移するやつ。
いや~流石キムクイ様じゃ!無敵の城の作り方を教えておきながらさり気なく脱出経路まで確保してくれとるとは!
備えあれば憂い無し……っとええい糞中華の偉人の言葉などをつい使ってしもうたわ胸糞悪い!
まあなにはともあれ神の偉大なお考えはワシ如きではちっとも判らぬわガッハハハハ!!」
「なら今頃無限回廊に嵌まっているセイバーはこれで終わりか!?」
「恐らくな!」
「よっしゃぁぁぁあ!!アーチャーとそのマスター!覚悟───ぉあれ?」
螺旋階段を駆け上がるとそこには綺麗な夜空が一面に広がっていた。
眼下には満月の光に照らされて暗緑色になった山々が見える。
山頂から見渡す夜景は静かだが雄大で冬木の町がいつもより美しく見えるような気がした。
ここは静かでいい所だ。
おまけに……うん、実に絶景である。
マスターに見せたら喜ぶだろうか?
いやちょっと厳しそうだから素直にオードにしよう。
彼女ならばきっとこの綺麗な夜景を喜んでくれるだろう。
「………で。ここはどこだ?」
一人ぽつんと佇むセイバー。
自分が何故柳洞寺の裏山などに飛ばされているのか、彼には知る由も無かった。
大槍で城壁を渾身の力で突く。
だが流石の天下三名槍も古代の城壁には勝てなかった。
「駄目でござるな少々堅過ぎる」
ランサーは十度目のトライで自分では無理だと判断した。
硬すぎる。
そこまで攻撃力がある訳でもないランサーではちょっと突破出来そうにはない。
ならばと突破できそうな攻撃力持ちの方を窺がう。
だがその当人は済まなそうに首を横に振った。
「私でも駄目だ。渾身の力で攻めれば罅は入るが完全に破壊するには時間が掛かる。
それまでアーチャーやそのマトウが黙っていてくれるとは考え難い」
などと言ってるそばから矢が飛んでくる。
ランサーが大槍で矢を払い落としながら口を開いた。
「御主でも突破には時間が必要か…なんという砦か」
「伊達に古代の城砦では無いということだろうな。
私でさえここまで堅固で見事な城は見たことが無い」
最上階から射られる矢の雨を避けながら城壁を攻め立てる。
全く手応えが無いがこれ以外に出来ることも無い。
一度は霊体化して上空から攻めてみたがやはりこの城壁が行く手を阻み駄目だった。
おまけに上空側は砲撃台から狙い撃ちし放題で地上側と比べると逆に危険ですらあった。
「どうするべきか……」
ファイターはしばし考え込む。
己の切り札を使用すれば確実に城壁は突破出来るだろう。
だがあれだけ手の内を秘匿を優先していたマスターがそれを許してくれるかと言えば微妙なところである。
おまけに運が悪いことに現在のファイターは万全の状態ではない。
再びアーチャーから掃射が開始される。
弩と異常に大きいだけあって矢の威力も存外高い。
これでは砲弾を迎撃しているのと大して変わらない気分になってくる。
「これはまずいでござるな」
この攻城戦に早くも暗雲が立ち込め始めていた。
攻城戦の火花が散らない少し離れた場所にキャスターたちはいた。
肉体の復元が終えた途端にまず口から出てきた言葉は命令だった。
身体を真っ二つにされたソフィアリは非常に危険な状態だったが、
治癒魔術に天才的な素質があるキャスターのおかげで見事に一命を取り留める事に成功した。
しかし倣岸でマスター然としたソフィアリは下僕から受けた手当てに対し礼もなければ感謝もない。
彼にとっては家来が主人を助けるのは至極当然な義務なのだろう。
「キャスター、アーチャーのマスターを殺せ!
奴はバーサーカーのマスターと同様に魔術師としての道を踏み外した!
外道は断固として粛清せねばならん!」
ソフィアリは顔を醜く歪ませ唾を飛ばしてがなりたてる。
今彼の中に渦巻いているものは秘匿の原則破りに対する怒りと、何よりも身体を真っ二つにされた事に対する怒りであった。
なにしろこれで二度目なのだ。
忌々しいことにアーチャーの矢はソフィアリの体を二度にも渡り蹂躙した。
その怒りたるや奴らを三度挽肉にしてやってもまだ足りない。
「わかりました。ボクの判断で戦っても?」
マスターの瞳を見つめるキャスターの瞳も今度ばかりは普段と違い冷たく非情だ。
この眼をソフィアリもよく知っていた。
これは死を容認した魔術師の目だ。
死を容認し相手の命を奪う事を躊躇わない覚悟を終えた魔術師の目。
普段の魔術師らしからぬ慈愛に満ちたキャスターの眼とはまるで別物だ。
この男がここまで魔術師然とした態度を取るとは……。
これならいける。とソフィアリは口元を歪ませた。
「いいだろう特別に許可する。全力でやるがいい」
では行きます。魔力を大分持っていくでしょうからお覚悟を。と呟きを残してキャスターも歩みを進める。
眼鏡を上げるいつもの仕草がどこか冷徹に見える。
「……アーチャー、そしてそのマスター覚悟なさい」
口は動かせど視線はアーチャーの城を真っ直ぐ見据えたままだ。
キャスターは首を動かすどころか視線すらも一切動かさない。
それはもとより当然のこと。なにせあれだけの宝具が発動したのだ。
この周辺一帯の被害状況など容易に想像が付く分なおさら見たくは無かった。
アーチャーのマスターもバーサーカーのマスターと同類だ。
自らの欲望のためには他人の命など何とも思わない。
自分も魔術師とは言えその手合いの連中はキャスターは好きではない。
「──闇幕──」
短い詠唱で自分の周囲に暗幕を張る。
これで外部からの視線は防げる。
さらに『世界の書』を開いて暗幕の上に魔力の遮断を重ね掛けする。
こうすることにより一時的にだが 内 部 か ら の魔力が外部に漏れることは無い。
キャスターは手に開いた『世界の書』に魔力を全力で叩き込んだ。
「────真理は、此処に顕現する」
書が独りでにキャスターの手から離れ浮遊する。
「叡智の触覚を以って」
書のページがバラバラバラと勝手に捲り進めてゆく。
ページが捲れる度にパチパチと魔力が小さく炸裂する。
「世界の記録を読み取り」
書に記録された全ての刻印が浮かび上がる。
刻印の淡い光が書を照らす。
「幻想の真意を解し」
書から今までの比ではない魔力が猛っていた。
全ての刻印がその力を起動させているためだ。
「世界の法則を統べり」
書の全魔術刻印の力を集結させ『世界の書』を覆っていく。
それはさながら魔書の上から刻印の魔力を肉付けしているようでもあった。
「此処に世界を具現する─────!!」
キャスターの一喝で圧縮した全ての力を魔道書に注ぎ込み『世界の書』を『勝利の書』へと変質させる。
紫雷を伴ないながらキャスターの手の真上に魔術師の英霊が持つに相応しい強大な魔力を放つ魔道書が姿を現した。
「おおっ!!」
魔力を搾り取られていたソフィアリが驚嘆の声を上げた。
暗幕と魔力遮断のせいでまだ中の様子は見えない。
だがこの魔力供給のされ方は期待していい。
きっとこれがキャスターの真の切り札なのだ!
「──セフィロトの木よ」
流麗な異国の言葉で囁き眼を見開く。
彼が『勝利の書』を開くと同時にキャスターの頭上には巨大なセフィロト図が出現した。
世界の縮図とも言えるセフィロトが今の彼の力である。
キャスターは『世界の書』の刻まれた全ての刻印の力を結晶化して『世界の書』を『勝利の書』へと反転させた。
これで準備は全て整った。
前方ではファイターとランサーが堅固過ぎる城壁に手を焼いているのが見えた。
異常に高い攻撃力を持つファイターでも駄目ですか。
くすりと微笑する。優越感からくる笑みだった。
アーチャーを倒したければまずはあの最上級の防護結界を何とかする必要性がある。
だがファイターですら突破出来ない護りだ。
突破出来る者はこの場に自分しかいないだろう。
ひしひしと周囲に展開した暗幕が軋みを上げていた。
魔書から溢れ出す強大過ぎる魔力で暗幕と魔力の遮断効果がそろそろ限界に来ている。
それにアーチャーのマスターが再びさっきの宝具を発動させないとも限らない。
悠長に考えている時間は無い。
キャスターはこの状況を打破し得る最も適切な奇跡を脳内から算出し想像した。
「─────リベル・ヴェル」
宝具の真名を唱える。
名は呪力を持ち奇跡に至るために加速する。
「トライアンフ──────!!!」
真名と共に炸裂する力の奔流。
創造した奇跡は神城を守る城壁結界の崩壊。
暗幕は宝具の魔力に耐え切れず一瞬にして爆散しキャスターの姿を露わにした。
だが問題はない。
城壁結界を破壊するのに一秒かからない。
故に誰にも見咎められずに無く決着が付くだろう。
不可視のうねりが神城を目掛けて真っ直ぐに走る。
運悪くうねりの前方を飛んでいた昆虫が綺麗に粉微塵になった。
城壁の前で悪戦苦闘するファイターとランサーが突如背後に発生した強大な魔力の方へ振り向こうとする。
と同時に不可視のうねりが城壁に激突した。
ドグンと城壁全体を揺さぶる振動が起きる。
全員がその様子に釘付けになった。
あれほど堅固だった城壁がバラバラに砕かれているのだ。
……否、砕かれているなんて生易しいものでは断じてない。
これは粉砕されているのではなく────分解されているのだ。
キャスターが創造した奇跡は空気の層による細切れでは無く、直撃対象への分子分解だった。
砂のようにサラサラと崩れ去る城壁。
防護結界にポッカリ空けられた穴の端を伝わり分解の波が侵食してゆく。
城壁一層目は一瞬にして分解した。
二層目も想いの外あっさりと砂に還されている。
そして三層目の分解には少し時間が掛かったがそれでもやはりものの見事に塵に還ってしまった。
「さあ!ファイター!ランサー!城内へ進入するのです!」
二人へ突入の合図を出しながらキャスターはパタンと本を閉じた。
頭上に出現していたセフィロト図も消滅し、『勝利の書』は役目を終え元の姿である『世界の書』へと戻った。
キャスターの合図に二人が即座に反応する。
古城の入り口を目指し一直線に駆け出した。
「いかん!おい振り落とされんようにその辺にしがみ付いておれ!!」
自慢の城壁が分解される様を目の当たりにしながらアーチャーの判断も早かった。
砲台とは別の台座の足元にあるスイッチを踏む。
台座が腰の辺りの高さまで伸びて来た。
ガチャン!と音を鳴らしいくつものスイッチやレバーが台座に展開された。
「お、おい何をする気だ!?」
「注意はしたから精々振り落とされんようにすることじゃな!」
そう言ってアーチャーは台座の一番大きいボタンを押し込んだ。
城全体が蠢動しているような激しい振動が足元を襲う。
「うわわわわわ!!ちょ、ちょ!おおおいぃぃ!アーチャーなにしたぁぁああ!!!?」
「さあ!変形せよ我が金亀神城!」
神城全体が振動し形骸が組み変わっていく。
その異様な状態に城内侵入を試みていたファイターもランサーも足を止めた。
「な、なんでござるか!?」
周辺部分の余計なものは中央部に収納された。
そして城の底部から太く巨大な四本の支柱が生えてくる。
さらに城の入り口に当たる部分の壁からは怪獣の頭みたいなモノが生えてきた。
入口はその怪獣の頭みたいな部分の口になっている。
「な、な、な。なんじゃこりゃぁぁぁあ!!?」
間桐の絶叫を余所に城の形がどんどん変形してゆく。
今まで凸型に近い角ばったシルエットだった城は、いつの間にやら丸みを帯びた山型に近いシルエットになっている。
もっと言えば岩で出来た四速歩行の厳つい亀の怪物に見えなくも無い。
「がっはっはっは!!どうじゃ我が城の底力は!
じゃがまさか頑丈な城壁結界を三層も破壊できる威力を持つ宝具がこの場にあったとは計算外じゃったぞ?
よし!では脱出じゃ動けコーロア!!僥倖な事に後ろは結構デカイ河じゃそのまま水中を移動して撤退する」
『リョウカイデス。イドウヨウサイ、コーロアシステム、キドウシマス』
城主の命令に機械音声のような声がどこからともなく返答する。
アーチャーがレバーを引くと城が立ち上がるように動き、激しく揺れた。
「うわっちっち!お、お落ちる落ちる!!つか水中?!冗談じゃないぞ!」
間桐はゴロゴロと地面を転がってその辺の柱に必死にしがみついている。
アーチャーは間桐の小言を無視して手元のレバーを操作する。
操作しながらシェルターのようになっている個室を指差してマスターはそこに入ってろと無言の指示を出した。
ドシンドスン!ドゴンズドン!
大地を揺るがしながら巨大な亀の怪物が後ろを向きで歩いていく。
歩み自体は人が歩くような非常にゆっくりしたものではあるが城自体が異様に巨大なためその分歩幅がある。
そのため要塞の移動速度は馬鹿でかい図体の割りにそれなりには速い。
逃げるアーチャーたちの後を追って来るファイターとランサーへ弩で威嚇射撃して時間を稼ぐ。
幸い河までの距離は最初から殆ど無いに等しかった。
既に移動要塞と化した神城の足が河の水に浸かっている。
「さらばじゃ英傑諸君。また戦場で会うことじゃろうがその時は捻り潰してくれよう!」
「待てアーチャー!!」
河の中頃でアーチャーはファイターたちへ叫ぶ。
城は殆ど水に浸かっていた。
威嚇射撃がもう無いと確認したファイターも追跡のため河へと飛び込む。
だがそれも徒労に終わることだろう。
撤退の即断と威嚇射撃で得たリードを保ったままアーチャーは河へと没して行く。
そうして案の定。
アーチャーの城は河の流れを推進力に利用し河底を海の方へ進み見事にこの場から無事離脱してみせた。
──────V&F Side──────
助けろ!ウェイバー教授!第十回
V「ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ」
F「ドドドドドドドドドドド」
V「ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ」
F「ドドドドドドドドドドドドドドドドドド」
V「……ええい!もう我慢できん狭いわ馬鹿者がー!!この少人数用の糞狭い教室にこんな大人数を詰め込むな!」
代行者「アドバイスをくれぇぇ!!」
僧兵「拙僧も!拙僧も!」
化け物「ゲーゲー!グゲー!」
巨鳥「ケェェェェエ!クェェエエ!」
V「な、なんという喧しさだ」
F「せ、先生!狭い!狭いです!それに煩いです!そして俺の顔になんか柔らかい二つのモノがぁ!」
女代行者「…………」
F「………。顔は柔らかい。でもお腹は黒鍵でチクチクする。
そして背中は僧兵の鍛え抜かれた胸筋が……って誰ですか俺のお尻を撫でるのは!?」
僧「フフフ」
F「さ、誘ってます?俺を誘ってますか!?ノーノー!ノーヒップOK?」
僧「OKOK。やさしくしてあげましょう」
F「全然違いますよ!!」
V「いいから落ち着け君たち!残るのは主要人物だけでいい。
こんな場所に三百人以上も入るわけ無いだろさっさと出て行け!!」
♀「ゲドゥ牧師に言われ菓子折りを持ってきました」
F「貴女はぜひ残ってくださいね!!」
V「このおっぱい小僧め……」
僧「それより訊いて下さい。我々の勇姿カットされているのはどういうことでしょうか?」
F「ページの都合です!」
V「核心的過ぎて注訳する必要もないな」
僧「馬鹿な!?我々はサーヴァントと戦ったんですよ?!」
V「とは言うが挑んだ殆どの者がセイバーとランサーに瞬殺されただろう?見せ場が無い位さっくりと」
僧「相手が強すぎました。とてもじゃないが懐に飛び込めません」
僧「ああ、あれは無理だ。千年修行しても勝てる気がせぬ」
F「どうしようもないことってありますよ!ドンマイドンマイです!」
僧「うっうっ!ゲドゥ牧師の命令通りにやったのに……」
V「悲惨といえばゲドゥが一番悲惨だな」
F「遠坂とソフィアリとの戦いをカットされ、味方はほぼ全滅、自分も骨折…悲惨ですね」
V「おまけに遠坂ソフィアリコンビとの戦いは優勢だったからな。遠坂とソフィアリはゲドゥにボコボコだ」
F「か、活躍するシーンまでがカットなんて!」
♀「ゲドゥ牧師……貴方の勇姿が見れないなんて…orz」
V「でこの女は?」
F「女代行者さんです。イメージ画像はサイマテの代行者の十字架マスクの人。
好きな人はゲドゥ牧師。げっ!趣味悪いですよこの人!?
あでも菓子折りくれたので名前募集中です!っておわっ!?」
V「死んだ女のプロフィールなどどうでもいいだろう……うおっ!?女!この教室の主に逆らう気か!」
F「暴力反対!助けてガンジー!」
♀「………。チャキ(黒鍵構える音)」
V「さて今日の教訓は頭のネジが外れた狂人に核ミサイルの発射スイッチを持たせてはいけないということだ」
F「持たせるとこうなるわけですね?」
V「その通りだ。そしてその被害が死屍累々なこの教室の状況なわけだ」
牧師の愉快な仲間たち「ブーブー!ブーブー!」
キャスターのゲテモノ仲間たち「グゲェグゲェ!」
周辺住人の皆様「氏ね!氏ね!はやく全員氏ね!」
F「格爆弾持ちのオワターマンのマスターはくれぐれも無茶すんじゃないぜ!?フラット君との約束です!」
V「四日目。まだ序盤と言える日数で早くも戦局が変わり始めたな」
F「安陽王さんの宝具『一射千滅の魔城弩』とローゼンクロイツさんの『勝利の書』が炸裂しましたね!
というかコーロアが格好良過ぎるんですけど!」
V「なにせコレがやりたくてアン・ズオン・ヴォンを選んだくらいだからな!」
F「ところでなんであんな宝具が発動したのに全員無事だったんですか?」
V「あの矢の着弾地点は基本的にランダムだからだ。
おまけにアーチャーが意図的に威力を絞ったのも関係あるし運が良かったのだろうな。
とは言っても余波のダメージはしっかりあるが即死に比べれば安いものだろう」
F「そういえば何気に幸運値ってみんな高いんですよね!」
V「しかし移動要塞コーロアが……なんかロボットっぽくなったな……」
F「なんででしょうねー?」
V「私でもわからん。しかも不思議ギミック一杯だな。ロマンが溢れ過ぎてちびっ子おおはしゃぎだぞこれ?」
F「キムクイさまが階段は螺旋階段にしろって言ったのはそういうことだったんですね!?
面白いくらいにローランさんが罠に引っ掛かって、それでもなんとかなってるところがあの人らしいですけど…」
V「遊び心満載の神様だなー……ってんなわけないだろう!これベトナム人が大激怒だろう!」
F「いいえきっと大丈夫です!アン・ズオン・ヴォンさんみたいに適当に済ませてくれますよ!」
V「まあいいか。さてともう一つ炸裂した宝具の方だが。
キャスターの勝利の書だが宝具としての形の無いため世界の書が持つ奥義という形で能力使用した」
F「でもこれってぶっちゃけ宝具じゃないんですか?」
V「いいえ宝具ではございません。世界の書という名の勝利の書でございます」
♀「あのそれは……詭弁では?」
F「お黙りなさい!先生が白と言ったらここでは白なんです!
下手に機嫌を損ねればもう出演して貰えないじゃないですか!俺一人じゃこのコーナー回せないんですよ!?」
V「Aランク宝具に相応しく見事に堅固な城壁結界を分解してみせた。いや実に素晴らしい破壊力だった」
♀「いま宝具って…」
F「脇役の方は少し黙っててください!」
V「しかし最後はアーチャーの見事な判断力で完璧に逃げ果せてみせたな。
おまけに雨生もなんとか持ち前の魔術を上手く使って撤退できた。まったくしぶとい奴め…」
F「キャスターさんたちもドジですねー。雨生さんが流体操作に長けてるって前日の段階で判ってたのに」
V「ローランの親友オリヴィエなら雨生を追ったんだろうがあの場にいたのはローランだったからな」
F「雨生さんの悪事に憤慨していたのにえらくあっさり見逃しちゃいましたよね?」
V「目の前に雨生以上の被害を出した悪がいたからな。雨生が魔王なら間桐は大魔王といったところか?
逃走する魔王はオリヴィエに任せて自分は大魔王を退治するのが生前の役割分担だったからしょうがない」
V「だが雨生の場合はアーチャーと違って水辺じゃなかったらまず逃げられなかっただろうな」
F「バーサーカーの助け無しなのにどこまでも悪運だけは強い人ですよねー!」
V「バーサーカーのマスターにはこういう苦労も付き纏うと言うことだな」
V「では本題に戻る。女代行者に男代行者、その他僧兵諸君に助言だ」
代僧「YES!YESー!アドバイスプリーズ!」
V「特に無い。運が悪かったな」
F「先生!それは助言ではありません!うおお!?失望した生徒による暴動がっ!!?」
V「しかしだな。作戦の全権限を持ってたのはゲドゥ牧師だぞ?
部下の彼らに作戦を変更させる権限があると思うか?」
僧「兵隊にそんな権限あるわけない!」
代「隊長命令に逆らえるわけが無い!」
♀「牧師が死ねというとのなら死にます」
F「ああ!恋する乙女がここに居ますよ!?」
V「しかし本当に運が無かったとしか言えんな。
戦況的にソフィアリと遠坂が変に間桐を刺激しなければライダー陣営の大勝利で終わっていた筈だったのに…。
それほどまでに一掃作戦の勝率は高かったんだ。間桐がアーチャーさえでしゃばらせなければ」
僧「実は勝ってたとかそんな馬鹿なっ!?」
代「隊長ぉぉ!奴らに神罰をぉぉ!我々の敵をぉぉぉぉ!」
♀「遠坂とソフィアリは今すぐ死ねぇぇぇ!」
V「しかし逆を言えば間桐がアーチャーに宝具の使用をさせたからこそマスター全員なんとか生き延びているとも言えるがな」
F「あの人たちいつもスレスレの戦いやってますね!」
V「今回のはまさに相性問題だな。
間桐が作中で言うように『一射千滅の魔城弩』は混戦乱戦状態であるほど威力を発揮する。
特に軍隊型の物量系宝具に対しては絶大な効果を持っているぞ。
そんなものを使われてはサーヴァントならともかく生身の人間が生き残れるわけが無い」
♀「くぅ…私が不甲斐ないばかりに……ゲドゥ牧師…………申し訳ありません……」
V「さあこれで一気に戦局の天秤が傾いたな。ライダー陣営とキャスター陣営が優勢から一気に劣勢になった」
F「この戦いで被害が大きいのってその二陣営ですもんね」
V「盛り返すかずるずるといくかは彼らの力量にかかっていることだろう」
F「ところで先生。FateASの主人公って誰なんですか?他の長編SSでは主人公がちゃんといるんですけど」
V「FateASには特定の主人公は存在しない。一見主人公っぽく見える沙条綾香も実は主人公ではない」
綾「……え…うそ?」
V「本当だ。そもそもマスターはぶっちゃけいつ死んでも構わんスタンスだぞ?それは君も同じだ」
綾「え?え?でもでも!わたしってなんか主人公っぽい立ち位置じゃない!?」
V「それは旧Fateの設定の影響のせいだ。
ASでは数合わせキャラの君を特に特別扱いしているつもりはない。死ぬときは死ぬぞ?」
綾「ガーン!」
V「だってなぁ。主人公を決めるということは主人公が最後まで勝つということだからな。
告白すれば、実は誰を最後まで残すかまだ決めないで書いている。
ASのサーヴァントが全体的に妙にしぶといのはつまりそういうことだ」
F「強いて言うならば七人のサーヴァントが主人公なんですよ。ASは全員が主人公なんです!」
V「なあフラット、折角良い事を言ってるんだから密集のどさくさに紛れて女代行者の胸に顔を埋めながら言うのはやめないか?」
F「お断りします」
綾「でもセイバーの設定はどうするの?」
V「要はセイバーを最終戦まで残せばいいのだろう?なら最終戦で残っているサーヴァントの数は問題ではない」
F「二人残そうが三人残そうが六人残そうが一番最後の戦いにセイバーが混じってれば筋は通る。という訳ですね?」
V「その通り。折角闘争がテーマの物語なんだから誰が残るか判らない方が書いてる方も楽しいからな」
V「では少し長くなったが今日はここまで!」
F「次回!落ち込んだゲドゥ牧師が君を待つ!」
♀「ああかわいそうなゲドゥ牧師!わたしが慰めてあげます!」
F「俺を慰め───あぎゃ!??」
V「まあフラットの自業自得だな。私は同情せんぞ(葉巻スパスパー)」
最終更新:2009年07月01日 16:01